医座寺住職の独り言

はじめまして医座寺住職の熊澤です。私の独り言をお聞き下さい。

布団が要る

 朝夕の涼しさは寒さに代わる時節、しっかりした布団が要るようになった。秋の日は釣瓶落とし油断すると早すぎる1日で過ぎてしまう。種子保存用の「栄吾米」も収穫した。気のせいか昨年より稲の茎が短いような気がした。
ネズミの被害を考慮せねばならない。
 夏の大雨や土砂崩れで流された園地に、この秋各種ミカン苗30本補植した。来春もプラス20本植える計画。
年齢的に何を今更の思いもあるが、真の楽しみや喜びは棚ぼたや果報は寝て待てではあり得ない。メジャー片手に欠けた場所を測り植穴を決める。所々に埋まったままの木がある。まだ生きてるぞ!生きようともがいているミカンの木を掘り起こさねばならない。このシグナルは放っておけない。池まで流された金柑の木はまだそのまま生きている。苗木に添え木を打ち込み紐で結ぶ、場所は斜面だから滑りやすい。こんな場合はスパイクシューズがお似合いだ。18リットル入りの水を担いで均等に水を遣る。活着するまで水遣りは繰り返される。
 寺の近くの山に胡桃が落ちていた。どうも鬼クルミらしい。自然にか誰が植えたかもう定かではない。
表皮を除けば硬い見慣れたクルミになる。リスはこの硬い実を鋭い歯で立ち向かい、いとも簡単に食するから不思議だ。どこかのカラスはこれを咥えて空に舞い上がり、道路に落として割るのがいるそうな、賢いのか狡いのかそこが分からない。本当の話だろうか?
 胡桃の胡は中国の西は最果て中東を意味する。たぶんペルシャ当たりだろう。胡の付く植物に胡瓜・胡麻・
胡椒などがあるから納得がいく。面白いのに胡坐があるあぐらのことだ、シルクロードを経由して遥か彼方の日本まで伝播、坐り方まで伝授されたとは恐ろしい。そして有り難いではないですか。
 かかりつけの医師が、収穫の秋美味しい物が沢山あるが、見るだけにしなさいと言われた。うなずきながら言葉少なく辞したものの、我慢・辛抱できますか?呑まず食わずに働けとまでは言われなかったが、なるべくなら
少しは守れそうなご託宣を頂きたいものです。

60年後の判官贔屓

 甲子園の高校野球も、終われば大阪桐蔭高校の見事な優勝。金足農高の頑張りも及ばなかった。わが郷里愛媛の済美高校は、順調に勝ち進み準決勝に進出、若しかしたらの期待を持たせたが、王者桐蔭高校に惜敗、
念願の決勝進出は夢と消えた。決勝は判官贔屓で金足農高を応援してしまった。

 済美高チームの主将で4番のI君の祖父母が当地東大栗町に在住。祖父は愚僧の1級先輩で3年前まで医座寺の総代をこなして頂いた間柄、この朗報に町が大騒ぎしていたら、3回戦の高知商業戦に至り、またビッグ情報が舞い込んだ。何とこのチームの3番でキャッチャーのN君が、同じく東大栗町に住む愚僧の同級生の孫だと言う。中学校卒業以来60年後のハプニング、こんなドラマが待ち構えていたとは、仏様でもビックリなさっておられるはずだ。どちらを勝たせるべきか?!「いずれどちぞが残るがな」そんな伊予弁も聞こえて来て、嬉しいではないですか。

 甲子園の大会は、当山の棚経やお施餓鬼供養会と重なる。猛暑のなか汗にうきながら自家用車で150繕瓩各お檀家を駆け回らねばゴールとならない。坊さんも結構ハードな職業なのだ。高知にはどうにか勝たせて貰って、次の星稜高戦はあるお檀家で家族共々最終をテレビ観戦させて頂いた。まさか逆転満塁ホームランが飛び出すとは、勿体ない有り難い時を共有できたのは仕合わせだった。

 お檀家のなかに中学生時代の恩師(女性)がおられる。この夏はお目に掛かれなかったが、もう高齢で悠々自適のはずだ。この先生がこともあろうに、前に記した祖父二人と愚僧の恩師に当たるから大変、留守居の娘さんに甲子園出場の経緯すべてをこと細かく説明し、先生に必ず伝言をと念を押した。夏の終わりが近付くと日暮れが早く感じられる。

今から50年前

  今から50年半世紀も前話です。昭和44年第50回全国高等学校野球大会は、甲子園で松山商業対三沢高校の決勝で盛り上がっていた。何度も優勝している松山市民は、勝って当たり前の気運が強かった。テレビはまだ白黒の時代、往来に人は無くタクシーも走っていなかったと憶えている。決勝は延長18回の引き分け再試合、
4時間16分の名勝負は4対2で松山商業が4回目の優勝を飾った・
 
 この年の秋、私は仏道修行のため、比叡山延暦寺のF大僧正の許におすがりすることになった。根本中堂近くの総持坊は大僧正に千葉の老僧・滋賀の和尚・静岡の禅師に加えて我輩の五人となった。禅師は私より二才年長、武者修行・他流試合の趣きがあって、里の叡山学院に聴講生として学んでいた。この年から足掛け四年47年2月インドに渡るまでだから、まあ良く辛抱したものだと思った。夏はまだ良いが叡山の冬は半端ない、それを3年体験したのだった。松山を離れるにあたりとなり村の寺に挨拶に伺うと、即座に反対された。当時私は25才、
不足な分は儂が教えよう、これ以上苦労することもあるまいと。勿体ない有り難いことばであった。

 同宿の禅師さんは天台宗の総本山に乗り込んでのご修行、なかなか難しい面も多い中持ち前のバイタリティーでクリアーするのだった。現在なお親交があって尊敬できる方だ。彼とは次第に心許す間柄となり、翌45年大阪で開催された万博見学に、師匠に内緒の決行で、帰山後こっぴどく叱られたことは言うまでもないこと。
ほろ苦く懐かしく思い出されるのです。

 1年半ばかり根本中堂に学び、46年横川中堂が復興されて、その冬は堂宇とともに新装なった政所に居を構えた。日中は高僧方が数名来られ、観光客もときおり京都からやって来るものだから、堂内外の清掃は疎かには出来ず苦労は絶えなかった。中堂のご本尊様は聖観音菩薩様、木彫で見事なプロポーションのお姿は素晴らしい。近年天皇皇后両陛下がご内覧遊ばされ、皇后陛下には二度戻られてのエピソードは有名な語り草。
あの時代至らぬ若造が縁あって叡山に上り、ご本尊様に観音経を奉じ至福の時を頂けた果報を、今さらながら有り難く勿体なかったと振り返るのです。

梅雨

 伊予路は5月28日梅雨入り、昨年より8日早いふれこみだったが、その後10日雨は無く、結局のところ昨年とほぼ同じの結論となった。なけなしの野菜の収穫は雨にあてないのが一番よい。毎年の繰り返しは多少賢く上手になれば良いのだが、そうならないのがまた面白い。
 
 広大な桜の杜の草刈りも専門家に委ねた。3人で3日9人役それでも刈り残しが生じた。この位ならと独り立ち向かったが3日間掛かった。平地ならいざ知らず険阻な斜面の草刈機使用は難しい。やがて体力的な問題も出て来ることだろう。今しばらくは老骨に鞭打って頑張らねばならない。

 堂内でのご法事や松山部天台宗寺院の講会(集会)など、今月末の各寺院檀信徒会開催も予定されてあるので、多少は境内内外清掃にも心がけねばならない。スカシユリはもう終わりだが、堀のスイレンは白・ピンク・黄色と次々咲き初めて、別鉢の大賀ハスが白い見事な花を咲かせている。これからの夏・秋のシーズンにかけて素晴らしい清涼剤の役を果たすことを期待しよう。

 幕末の米「栄吾米」も順調に育っている。あれから150年、愚僧が作り続けて約40年、来月の虫祈祷会にお供えすることにしよう。その昔この大栗の地は南予に負けぬ段々畑が連なり、田植えシーズンともなれば高みから下流に一滴の水も無駄にしない田植えがなされたものだった。それが現在ではたった10軒に満たない農家となってしまった。寂しいというか時代の流れと言うか、ときおり田植え後の田んぼを見下ろしながら、昭和30年時代両親が住職の傍ら人々の手助けを得て、米麦作っていた頃を懐かしく思い出す。

梅雨

 伊予路は5月28日梅雨入り、昨年より8日早いふれこみだったが、その後10日雨は無く、結局のところ昨年とほぼ同じの結論となった。なけなしの野菜の収穫は雨にあてないのが一番よい。毎年の繰り返しは多少賢く上手になれば良いのだが、そうならないのがまた面白い。
 
 広大な桜の杜の草刈りも専門家に委ねた。3人で3日9人役それでも刈り残しが生じた。この位ならと独り立ち向かったが3日間掛かった。平地ならいざ知らず険阻な斜面の草刈機使用は難しい。やがて体力的な問題も出て来ることだろう。今しばらくは老骨に鞭打って頑張らねばならない。

 堂内でのご法事や松山部天台宗寺院の講会(集会)など、今月末の各寺院檀信徒会開催も予定されてあるので、多少は境内内外清掃にも心がけねばならない。スカシユリはもう終わりだが、堀のスイレンは白・ピンク・黄色と次々咲き初めて、別鉢の大賀ハスが白い見事な花を咲かせている。これからの夏・秋のシーズンにかけて素晴らしい清涼剤の役を果たすことを期待しよう。

 幕末の米「栄吾米」も順調に育っている。あれから150年、愚僧が作り続けて約40年、来月の虫祈祷会にお供えすることにしよう。その昔この大栗の地は南予に負けぬ段々畑が連なり、田植えシーズンともなれば高みから下流に一滴の水も無駄にしない田植えがなされたものだった。それが現在ではたった10軒に満たない農家となってしまった。寂しいというか時代の流れと言うか、ときおり田植え後の田んぼを見下ろしながら、昭和30年時代両親が住職の傍ら人々の手助けを得て、米麦作っていた頃を懐かしく思い出す。

梅雨

 伊予路は5月28日梅雨入り、昨年より8日早いふれこみだったが、その後10日雨は無く、結局のところ昨年とほぼ同じの結論となった。なけなしの野菜の収穫は雨にあてないのが一番よい。毎年の繰り返しは多少賢く上手になれば良いのだが、そうならないのがまた面白い。
 
 広大な桜の杜の草刈りも専門家に委ねた。3人で3日9人役それでも刈り残しが生じた。この位ならと独り立ち向かったが3日間掛かった。平地ならいざ知らず険阻な斜面の草刈機使用は難しい。やがて体力的な問題も出て来ることだろう。今しばらくは老骨に鞭打って頑張らねばならない。

 堂内でのご法事や松山部天台宗寺院の講会(集会)など、今月末の各寺院檀信徒会開催も予定されてあるので、多少は境内内外清掃にも心がけねばならない。スカシユリはもう終わりだが、堀のスイレンは白・ピンク・黄色と次々咲き初めて、別鉢の大賀ハスが白い見事な花を咲かせている。これからの夏・秋のシーズンにかけて素晴らしい清涼剤の役を果たすことを期待しよう。

 幕末の米「栄吾米」も順調に育っている。あれから150年、愚僧が作り続けて約40年、来月の虫祈祷会にお供えすることにしよう。その昔この大栗の地は南予に負けぬ段々畑が連なり、田植えシーズンともなれば高みから下流に一滴の水も無駄にしない田植えがなされたものだった。それが現在ではたった10軒に満たない農家となってしまった。寂しいというか時代の流れと言うか、ときおり田植え後の田んぼを見下ろしながら、昭和30年時代両親が住職の傍ら人々の手助けを得て、米麦作っていた頃を懐かしく思い出す。

わが桜の杜

 松山の冬は雪の積もることはなかったが、花のシーズン気温20度越えが何日も続けば、桜の木もたまらない大急ぎの開花となった。山を一色に染める山桜や従来のソメイヨシノが人々を優しく迎えてくれる。
わが桜の杜の品種は数えきれない。実生から育てた自慢の品種も、微妙に木の姿形花の色形と違いが楽しい。

 長年江戸の時代から君臨した染井吉野桜も、花の期間があまりに短く天狗巣病という厄介な病気もあって、
近年不満をもらす御仁も多くなった。どの時代も次なるヒーロー出現を期待するが、最近河津桜なる名花がたびたびマスコミで取りざたされる。静岡河津が誕生地、ソメイより開花が1ヶ月もはやく、それでいて寒さにも強く花持ちがいいとなれば、花好き桜犂のの日本人はたまらない。かく観光地も便乗したいところだ。この春も親戚の者から伊豆に行って来た見事だったと報告があった。触発されてわが寺も桜の杜や境内地に近年植樹に努めている。

 仏教用語に「散華」(さんげ)がある。辞書には仏の供養をするために華を散布するとある。第2次大戦で戦死された方々を悼み散華されたと表現した。日本人の無常観と相まって散り際の潔さを拡大解釈したものだ。
本来の意味はお釈迦様ご在世の時代、ある日ある時天から無数の花びらが舞い落ち人々を驚かせたことがあった。不思議に思い高僧に何故?を尋ねた。高僧は過去世こうした瑞相が現れた時、必ずやお釈迦様のご説法が行われたと説いた。その言葉通り御仏は出現し今に仏典に残る法を説かれたのでした。

 現在では、日本仏教かく宗派このエピソードを取り入れ、堂宇の落慶や仏像の開眼法要などに、多くの散華師が金属製の華籠(けこ)を持ち、ハスの華に似せた花びらを散らせ、御仏到来をお待ちする習わしが定着している。道も清め堂内の荘厳も終えました。どうかどうか、心からのおもてなしで御仏をお迎えいたします。
ご遠慮なくお越しくださいますようにとの意、仏事・法要も小さな?が分かり始めると絵解き謎解きが進み、
ただ有り難い勿体ないの世界からレベルアップしたいものです。
 
 ソメイ中心の桜も満開のピークを過ぎ、現在境内のボタン桜(樹齢50年)が満開、杜も黄色い花咲く御衣黄
(ぎょいこう)や各種のサトザクラが満開です。



 

シイタケ女子会

 椎茸の種駒を植えて見たい!そんな家内の友人達のオーダーに応えて,会場提供と相成った。シイタケと言ってもまず原木が必要、わが寺の雑木山には様々な木々が育っている。昨年10月末クヌギや桜を必要量伐採、100日以上乾燥させての運搬となる。チエンソーで各1辰棒效破椰瑤鰐鵤隠娃伊棔クヌギは椎茸、桜はナメコ用。種駒の総数シイタケ菌1500個、ナメコ1000個。

 彼女たち(と言っても還暦過ぎたご婦人方)、来山前日原木にドリルで穴開け、当然駒数の1500個開けねばならないのだ。何でも祭には準備が必要なのです。当日は気温15℃くらいかトンカチ持参でやって来た。
女子会4人だと仕事が早い、ワイワイガヤガヤ2時間足らずで打ち込み全て終了。

 ついでにサプライズで、桜の杜に植樹をして貰った。毎年多い本数のなか枯れたり傷んだりがある。この日はさいわい新しい場所が出来たので、2辰痢岷情しだれ」他に河津桜2本用意した。記念写真も勿論パチリ。
キノコの発生は2年後となるが、この日は運よく別のほだ木にシイタケが出ていたので、自らの手で収穫して頂いた。2年のはずが今日のキノコ狩りには大喜び。スーパーに並ぶタッパーに入った小粒は見慣れているが、
傘が開いたりどんこ状態の本物には興奮、まるで鬼退治の宝物積んでのご帰還と相成った。応援有難う。

 翌日直ぐそばの雑木山にのぼると、自然発生のシイタケ6枚発見。久しぶりの感動をカメラにも収めた。4〜5年前に倒した大クヌギだった。あまりに木が大きく放置してあった、よほど条件が整わないと難しい。その昔は開墾して掘り出されたクヌギの株にも出た。小粒だったが味は良かった。現在の種駒が発明される前は、おが屑菌もあったのだが、さらに以前は何もなく原木にナタ目を各所に入れていたのだ。第2次大戦前大分でこの光景に出会った、京都大学農学部出身の研究者森喜作氏が、発奮10年の研究を重ねて今日の種駒誕生になったのでした。

 祈りの姿は尊い、天地自然の恩恵に対して祈りの極致となる。老人の祈りは、シイタケよお前が出なかったら、ワシが村を出て行かねばならないと!祈りの力は素晴らしい。そして尊いその姿が多くの人を動かせる。


河津桜咲き初める

 商売人がひそかに恐れるのが「にっぱち」つまり2月と8月のこと。年間通じて他の月と比べ売り上げが落ちるらしい。毎年のことだから仕方がないと諦めるか、ではどう対処するかで違いが現れる。商売人はともかくわが寺の2月は正月月以上に忙しい。とくに今年は寒暖厳しく長引いて、冷凍週間の繰り返しであった。雪は降らなかったが伊予弁で「こう寒うちゃ何もでけん 温(ぬく)なるまで待とやのう」と、ボヤキ節を何度聞いたことか。寒さの厳しさに自慢の「イヨカン」にも苦味が入ったとか、そんなニュースも飛び交うのだった。

 こんな寒さにめげずわが桜の杜の、河津桜が咲き初めました。昨年より10日遅れは致し方なかろう。いよいよ桜シーズン開幕です。この河津桜は花期が長い、染井吉野だとせいぜい1週間10日ていどだが、ややもすると1ヶ月近く楽しめるのだからすごい。静岡は伊豆半島河津町で発見されたそうだ。専門家は大島桜と寒緋桜系
との自然交配種と推定される。昭和41年発見だとするとすでに50年を経過する。最近の情報では宮崎県では
この桜苗を4600本植樹したそうだ。10年もすれば素晴らしい桜の名所が誕生することになる。

 わが医座寺の桜の杜計画も、来月植樹開始から満15年を迎える。何と早いものだ。堀江校区、堀江小学校の6年生が卒業記念に植樹を始めたのが初年度だから、彼らも27才の青年淑女に成長したことになる。負けず各種の桜も雄々しく生長著しい、歳月の過ぎ去る恐ろしさと経過の喜びが交差するのだ。

 今年も植樹する予定だ。河津桜を5本、畑に宿してある枝垂れ桜5本、他にも求めて計15本以上にはなるだろう。植えるのは桜の杜の補植と境内地に隣接する小高い山など、校区の方々や町民の笑顔に後押しされて花咲か爺さんも結構忙しい。

畑仕事

 正月行事はほぼ順調に推移した。年の瀬は開き直ってインフルエンザ予防もしなかった。罹れば休めばいい!かえって日頃の疲れも癒せるから、ところが、家内は風邪で1週間10日臥せった。息子もひーひーぜーぜーだったのに、我輩は風邪からも見放され、仕方なくはけ口を野良仕事に求めて、頑張らざるを得なかったのだ。

 睦月も半ば過ぎ、境内近く道路沿いの畑を耕していると、通りかかった人からお褒めの言葉を頂く、これもご挨拶の延長なのだが、応援の声に励まされ気を良くし働き過ぎになった。日頃遣らない肉体労働は生かな筋肉をむしばむ。翌日から筋肉の痛みに加え偏頭痛も加わった。これでは無理と半日テレビの前でごろ寝して過ごした。どこかゆったり温泉にでも浸かってと、それとなく誘いをかけて見るが、家内の重い腰はそのままである。それでも3日目になればいくぶん身体も慣れて、日本人特有の済ます・こなす・一区切りの根性論が勝ることとなるのだ。

 畑仕事をしていると挨拶にやって来る小鳥がいる。ジョウビタキだとおもわれる、翼に白い班があり腰が橙色をしているから♂かも知れない。畑から掘り出される小虫が目的。ときには1メートル足らずまで近づくことがあり、ガードレールに脱いだ上着の上に陣取っての催促も可愛い。好物はコガネムシの幼虫、見付ければ投げてやるのだが、土と同じ色をしていると分からないことがある。暖かければ虫もすぐ動き出すが、寒いと丸まったままじっとして動かないだから食われない。2~3匹も食べれば十分だと思う。他の人が来るとすかさずいなくなる。たわいない野鳥との戯れも楽しいものだ、

 明後日(24日)予報では寒波襲来、気温も高いのが4度最低はマイナス2度と報じた。南国伊予にとってはまことに厳しい、日頃寒さ慣れしていないから悪影響は免れないだろう。いちばん寒さに弱いミカン類はレモン系統だろう。ほぼ10年周期に巡り来る寒波、1品種に頼り切ればことごとく枯死させてしまった苦い体験を古老が語る。若者の耳にはこの天の声がなかなか届きにくい。わが家も守る物は守らねばならない。せっかく丹精込めて育てている木々をみすみす枯らす訳にはいかない。経験と勘働きを活かそうではないか。






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