医座寺住職の独り言

はじめまして医座寺住職の熊澤です。私の独り言をお聞き下さい。

あの時はありがとう

 タウンネットが募集している、誰かが「あの時ありがとう」聞かせてがある。
私にもそれに思い当たる古い記憶、そのなかの一つは、半世紀のむかし昭和50年頃の31才、インド遊学4年目日本山妙法寺に籍を置き、インドの仏跡のすべてを巡り、デリーのチベット寺にも1年居候した。
気温45度毎日ニューデリー迄の往復20キロ托鉢修行、暇があればニューデリー国立博物館に通っていた。20万点以上のコレクションは素晴らしく、見学して飽きることはなかった。
 食事は1日二食毎日塩味のすいとんの手作り、ときにははめ外して寺の境内の片隅で営業する食堂に行き、チベット風うどんトゥクパが楽しみ、月に1〜2度なのだがある日美味しく頂き支払いを求めると、
店の主人が先のお客さんが支払っていったと言う?!それらしい客もなく世には奇特な方がいるものだと感謝した。
 そんな思い出話を帰国後10年を経て松山のラーメン店のオーナーにしたら、和尚さんそれは違う!
お客さんの優しさではなく店の主人の思いやりですよと!見ていないようでも人はしっかり観察してますよ。そうだったのか!そうに違いない。目から鱗とは言うが、思い出は少し塗り替えられはしたが、
チベットの動乱で国を追われ食べるのが精一杯にも関わらず、チベット人の心意気異国日本の貧乏僧侶に優しさのお裾分けだったのか思いだすと、今一度彼の地に馳せ参じたくなるのです。
 チベット風うどん「トゥクパ」」親父さん「あの時はありがとう」

半世紀 光陰矢の如く 

 先日の伊予路の雨は期待外れの肩透かしに終わった。古木も柿の木に直径40cmを越すセッコク蘭画満開、誰に言うでなく古木に相応しい。田畑はカラカラに乾いて夏日、真夏日の様相を呈してきた。
 日本赤軍の重信房子元最高幹部28日懲役20年の刑期を満了して出所したと報じられた。日本赤軍と言えば半世紀50年前、1972年昭和47年2月、浅間山荘事件で武装した連合赤軍五名が、長野の軽井沢の保養書を占拠、人質を取って立てこもり国民を驚かせた。
 そのころ私は長かった比叡山でのご修行を終えて、次なるは仏陀の国インドに遊学の準備の真っただ中であった。故郷伊予の両親との暇乞い、氷点下の叡山から摂氏40度を超すインドへ、事件の経過テレビをお師匠様の自坊目黒大圓寺で見つめた。その時私は2月28才の誕生を迎えたばかり、確信なき自信若狭のみが奮い立たせてくれた。お師匠様は叡山に10年住みお祖師様にご給仕するのもありがたいが、
西天印度に渡りお釈迦様に3日のご給仕が出来れば、さらなる仕合せだと送り出してくださった。
 この大恩は半世紀経過した今日決して色あせるものではありません。短い歳月の予定はあまりに居心地がよく、気が付けば3年以上過ごしたのだから誰もが驚く、すべての仏跡は心行くまで自らの足で歩き、自らのはてなが?解消するうれしさ、自らを天下一の果報者と言わねばならない。
 歳月はひとを待たない。わが敬愛する天台宗の開祖最澄聖人のお弟子光定法師は、傘寿を迎える2年前、良徳天皇のおぼしめしに応え御所で拝謁、その時お若い天皇はざれごとから光定法師を怒らせ、
法師はもう二度と来ないからと言って山に戻ったとあるが、最晩年の光定法師の心意気にもあやかり、これぞ本物の信仰にさらに一歩近づきたいものです。

桜の杜

 日本人は桜が好きだ。国花が桜と聞けば納得がいくか、桜前線北上松山は28日染井吉野の満開宣言発表。わずか1週間の短くはかない期間,儚さと待ち焦がれた春の到来、松山は暖国だから寒い地方とは比べられないが、やはり春を待つ希望を感ずる気持ちは同じだ。地球の裏側では戦禍ウクライナも心配早く終結に向かって欲しい。
 わが寺の桜の杜も植樹開始から20年、各品種が早咲き散り急ぎ、まもなく枝垂れ桜のシーズンとなる。数十本の開花は見事である。電話連絡や様子見の自家用車、まだコロナ禍だから花の元で宴は勇気がいる。
 この春も20本近く捕植した。陽光・河津・実生苗など、3年前の土砂崩れあともほぼ植え終わった。
雑草に負けないように添え木を打ち込んだが、目印に赤いペンキをスプレーで吹きかけた。こうすれば夏場の草刈りに気付きやすい。ずいぶんになるが広大な場所独り草刈りに専念とはいかず、草刈り専門のオジサン方に委ねたことがあった。後でチェックすると桜の苗木がない?!オジサンたちが勢いで刈ってしまったのだ。和尚さん桜のことじゃまた生えてくるがな!そんな事件にも遭遇しながら年月重ねると、今では見上げる大きさに成長し人々に安らぎを与えてくれるのだ。
 寺の境内に桜が一株植わってある。道後の寺にあった薄墨桜の種子を貰い蒔いて育てた実生苗、
3本の苗木の株もとを縛り1本としたのだ。いたずら心からだったが、母親は同じだが父親の遺伝子の花粉が違うから、受精によって微妙に性格や姿かたちに違いが現れる。花も八重であったり一重になったり、親は同じに愛情を注いでも子は違って育ってくるのだ。DNAのイタズラとしか言いようがないかも知れない。

しいたけ植菌

 昨年は体調不良でキノコ類の植菌ができなかった。この春はすこぶる健康体、例年だと秋に伐採した原木を運び込むのだが、今回は桜植樹を開始した20年前の、平成15年山の片隅に植えた数十本のクヌギが、大きく育ち役立つことになったのだ。遊び心から始まったことだが、自らが植えた木が原木として使用できるとは驚き、お年寄りが15年辛抱したら役立つよと言っていた。植えた当時野ウサギが悪戯して尖った歯で木々を食い散らしたり、そんなこともあったのです。シイタケばかりでなく、剪定した栗の太い枝には栗茸が、山桜にはナメコ、エノキはヒラタケやキクラゲ、それぞれに向き不向きがあるのです。
 土曜日気温は何と21℃、植菌の応援団は家内の友人四名、息子夫婦に我ら二人プラスだからにぎやかなことこの上なし。それぞれ何度か経験があるから仕事ははかどる。老僧はただ黙々と電動ドリルで原木に穴を開ければいい。
 応援の女史が昼食のお弁当まで用意してくれて、ただただ恐縮するばかり、昼食挟んだ数時間食事は美味しく仕事ははかどり、ご馳走様でした。お互いにお疲れ様。
 菌打ち終わった原木は境内に放置、雨の心配がなくなれば日の当たらない木陰に運び、梅雨明け後原木を組み合さねばならない。なんだか一年の大仕事をこなした気分だ。

猫の恋

 3月に入り急に暖かくなってきた。猫の恋は春の季語、日照時間が14時間を越すと、メス猫の体内時計が作動を開始するらしい。独特の鳴き声やフェロモンの影響で、オス猫の発情が誘発される仕組み。
我が寺にも内猫外猫(野良)が住み居候状態もいる。籍のあるのは避妊手術を施してあるが、無国籍の連中にも家内が優しさを示すからゴロにゃん状態、家内には老後は猫たちに診て貰いなさい。余生安楽にと伝えてある。
 いつも本堂の前に陣取っているオス猫は、悲しいかな顔じゅうキズだらけ足も怪我状態、もう切られの与三郎、お参りの方が「あららここにも猫の御住職がおいでること」とつぶやく声が聞こえる。呆れてか感心してかわ分からない。家内にはどれも素直だが愚僧にはまだ身構える仕草が哀しい。
いつでも逃げれますのポーズは野良猫の本性か?
 夜な夜な各地の戦場に赴く武者修行なのか、敵に立ち向かい勝たないことには、種の存続を果たすことはできない。生々しい傷を見ると痛々しく、簡単に勝利宣言はないだろう。負け戦にも思えないのだが、寅さんではないが男は辛いのだ。
 誰だったか今度生まれ変わってこれるならネコにと言っていた。いつも寝て楽をしているメス猫を見て言ったのだろう。オスの本当の哀しさを知らない。猫の写真集岩合光昭の世界のネコ歩き(写真文庫)や猫の恋(毎日文庫)が有名だが、オスは逃げ回ってはいけない。切った張ったの与三郎だろうが丹下左膳だろうが、勝たねばならない宿命を負っている。

喜寿を過ぎて

 しばらくぶりのブログ開始です。よろしく。
年を取るの類義語に、年老いる、世代を重ねる、齢を重ねるなどの言いかえがある。
 愚生も喜寿を過ぎて本物の年寄りとなった。先日運転免許症の更新、高齢者講習という制度に従い
実技指導まで受けさせられた。講習の部屋には初めましての爺さんや婆さんが集い、それぞれの横顔はまことに真剣そのもの、免許証は無いと困る。万一取り上げられてしまったら、カニが手足捥がれたようなものだ。隣村の知人がポツンと一言、取り上げられても乗るけどなあ?!気持ちは分かるが褒められる行為ではない。筆記(記憶)試験が終わった途端前列の爺さまがやおら話しかけてきた。ネットなどでチェックし事前準備してきたのにでけなんだ。悔しいアンタでけたかな!愚生もそんな話聞いたことはあるが、自然体がいちばんやはり無理はいけません。免許証は無事頂戴しました。
川柳のなかに、人生を 真面目に生きて 腰曲がる と言うのがあったが、幼かった頃、道端にたむろする還暦は過ぎたであろうお年寄りを見て、この世の人ではないと思っていた。自らが老いて今日にいたれば、小中学生からすればこの世の人ではないと自省すべきなのだ。
 年老いてますます盛んではないが、自らが開墾したみかん中心の果樹園の剪定に余念がない。
毎年サルやハクビシンに収穫を横取りされるがめげてはならない。暖国伊予と言えどこの時期は寒い、気温一けた台防寒対策のいで立ちでのにわか百姓、坊さんは衣と御経本があれば足りるが、山仕事にはチエンソー、脚立、鋸、鎌、剪定ばさみなど諸道具が必要。無言の木々との語らいも良いものだ、
 隣にある広大な桜の杜も早咲きの「河津桜」は3分咲き、コロナがなんだ!!早く本来の当たり前の生活を取り戻したい。町民こぞって桜の下で宴を催したいものです。

改元 令和

 大型連休4日目今日も雨模様、平成の時代も今日幕引きとなる。改元される令和に新たな一歩を踏み出そう。
このところ乾いていたので雨は有り難いのだが、ミカン開花前の農薬防除は大切で、散布してすぐ雨は効き目が薄れてしまう。せめて2〜3日好天が続くことを願う。お天道さまにはこちらが合わせ祈るしか方が無い。

 昨年の7月西日本を襲った集中豪雨、わが大栗の里山も甚大な被害を被った。瀬戸の海まで僅か5疎らず川幅5〜10辰龍臣川が、下流域に流れ出た土砂が大量堆積し氾濫寸前に至って久しく、周辺住民の2次災害に対する心配も大きかった。このほどやっと撤去作業が始まり、大小のユンボ大型ダンプがフル稼働だ。
それにしても半端ない土砂の量、大雨は山を削り田畑を呑み込んだのだった。こんな記憶は持ち合わせてないから史上初のことなのだろう。その昔幼い頃学校帰りに友と川遊びしながら家路に向かったことを思い出した。

 大型連休中も田舎の寺にもご法事が集中する。それぞれこの際・この機会にと、なかには和尚さん令和に入ってからのオーダーにOKを出したり、従ってこの連休中寺はそれなりに忙しく、海外に羽田から6万人の出国のニュースを聞いても関係ないのだ。まあ強がりのようだがわざわざ人混み狙いの旅も疲れるばかり、
いつか静かで穏やかな日にゆっくりと旅を楽しみたいものだ。

 平成も今日で千秋楽、例の集中豪雨で流された桜の杜に、26本の苗木を補植したのだが、ホームセンターに
まだ苗木が残っていたので5本購入、明日5月1日改元令和の記念植樹を行います。なぜ5本?5月だから、
5本残っていたから?!

便利は仕合わせか

 宅配のお兄さんが荷物抱えて来られたので、認めを用意しようとしたら、要りません?スマートホン突き出し、
タッチペン添えててここにサイン下さい。ペン先が出てなかったので出そうとすると、そのままでと言う?
仕方なくサインした。確かに下手くそな自分の字がそこに現れた。変なの!?S急便だったと思う。便利は有り難いのだが、これが主流になるのだろうか。

 先日も自家用車の保険で、書類の印鑑が通帳のと違うと言われた。最近はすべてが自動化されて、通帳にも届出印は捺されていない。そのうえ物忘れも避けて通れない年代なのだ。さらに気を付けなさいのシグナルだと受け取った。後日ある銀行で現金を引き出しに行った。係りの女性がテキパキと処理してくれて、機械の口が開き指示に従い現金を受け取った。帰宅して気が付いたのだが、通帳にはまったく記載がないのに驚いた。次の機会にダブル記載されるのだろう。便利=仕合わせとは限らない。機械を思い通りに扱えるから人はいらない、語らいも不要、何だそれ。

 人は聴く耳を持つ、わが田舎寺に旧暦で二十三夜祭と呼ばれる行事がある。ただ単なる呑み会の様でもあるが、呑んで食って語らい、日も代わり山の端に月が覗けば、参加者全員揃って柏手打って、五穀豊穣と家内安全を祈念して散会となるのだ。呑んでいてギンナン剥きの話になった。町内の電気屋さんが、知人の土木業者は電気ドリルの先に、撹拌器を付けていとも簡単に皮を剥くのだと?愚僧はこの話に飛びついた。毎年夫婦で手袋して一個一個皮をつぶし、最後は洗濯機で洗い流す面倒さは、たったキャリ箱二杯なのだが大変なのです。誰もが貰うとニッコリの笑顔だが、翌日ホームセンターに行くと、ワンコイン500円でお釣りがあった。18汎りの容器にギンナン3分の2入れてドリルを回す。容器には見事な渦が巻き実に簡単だった。二人で3〜4日かかった仕事が、たった半日足らずで完成です。撹拌器の優れものにカンパイ。話は聴くものそして実行、楽しくて嬉しかったものだから、早く来年が来ないかなと呟き、人を笑わせている。

布団が要る

 朝夕の涼しさは寒さに代わる時節、しっかりした布団が要るようになった。秋の日は釣瓶落とし油断すると早すぎる1日で過ぎてしまう。種子保存用の「栄吾米」も収穫した。気のせいか昨年より稲の茎が短いような気がした。
ネズミの被害を考慮せねばならない。
 夏の大雨や土砂崩れで流された園地に、この秋各種ミカン苗30本補植した。来春もプラス20本植える計画。
年齢的に何を今更の思いもあるが、真の楽しみや喜びは棚ぼたや果報は寝て待てではあり得ない。メジャー片手に欠けた場所を測り植穴を決める。所々に埋まったままの木がある。まだ生きてるぞ!生きようともがいているミカンの木を掘り起こさねばならない。このシグナルは放っておけない。池まで流された金柑の木はまだそのまま生きている。苗木に添え木を打ち込み紐で結ぶ、場所は斜面だから滑りやすい。こんな場合はスパイクシューズがお似合いだ。18リットル入りの水を担いで均等に水を遣る。活着するまで水遣りは繰り返される。
 寺の近くの山に胡桃が落ちていた。どうも鬼クルミらしい。自然にか誰が植えたかもう定かではない。
表皮を除けば硬い見慣れたクルミになる。リスはこの硬い実を鋭い歯で立ち向かい、いとも簡単に食するから不思議だ。どこかのカラスはこれを咥えて空に舞い上がり、道路に落として割るのがいるそうな、賢いのか狡いのかそこが分からない。本当の話だろうか?
 胡桃の胡は中国の西は最果て中東を意味する。たぶんペルシャ当たりだろう。胡の付く植物に胡瓜・胡麻・
胡椒などがあるから納得がいく。面白いのに胡坐があるあぐらのことだ、シルクロードを経由して遥か彼方の日本まで伝播、坐り方まで伝授されたとは恐ろしい。そして有り難いではないですか。
 かかりつけの医師が、収穫の秋美味しい物が沢山あるが、見るだけにしなさいと言われた。うなずきながら言葉少なく辞したものの、我慢・辛抱できますか?呑まず食わずに働けとまでは言われなかったが、なるべくなら
少しは守れそうなご託宣を頂きたいものです。

60年後の判官贔屓

 甲子園の高校野球も、終われば大阪桐蔭高校の見事な優勝。金足農高の頑張りも及ばなかった。わが郷里愛媛の済美高校は、順調に勝ち進み準決勝に進出、若しかしたらの期待を持たせたが、王者桐蔭高校に惜敗、
念願の決勝進出は夢と消えた。決勝は判官贔屓で金足農高を応援してしまった。

 済美高チームの主将で4番のI君の祖父母が当地東大栗町に在住。祖父は愚僧の1級先輩で3年前まで医座寺の総代をこなして頂いた間柄、この朗報に町が大騒ぎしていたら、3回戦の高知商業戦に至り、またビッグ情報が舞い込んだ。何とこのチームの3番でキャッチャーのN君が、同じく東大栗町に住む愚僧の同級生の孫だと言う。中学校卒業以来60年後のハプニング、こんなドラマが待ち構えていたとは、仏様でもビックリなさっておられるはずだ。どちらを勝たせるべきか?!「いずれどちぞが残るがな」そんな伊予弁も聞こえて来て、嬉しいではないですか。

 甲子園の大会は、当山の棚経やお施餓鬼供養会と重なる。猛暑のなか汗にうきながら自家用車で150繕瓩各お檀家を駆け回らねばゴールとならない。坊さんも結構ハードな職業なのだ。高知にはどうにか勝たせて貰って、次の星稜高戦はあるお檀家で家族共々最終をテレビ観戦させて頂いた。まさか逆転満塁ホームランが飛び出すとは、勿体ない有り難い時を共有できたのは仕合わせだった。

 お檀家のなかに中学生時代の恩師(女性)がおられる。この夏はお目に掛かれなかったが、もう高齢で悠々自適のはずだ。この先生がこともあろうに、前に記した祖父二人と愚僧の恩師に当たるから大変、留守居の娘さんに甲子園出場の経緯すべてをこと細かく説明し、先生に必ず伝言をと念を押した。夏の終わりが近付くと日暮れが早く感じられる。
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