愛媛県東・中予地方に伝わる伝統行事。今年亡くなった人のために、12月に入った巳と午の日にかけてお正月を迎える。
 ときによって、和尚さん「巳午 みんま」なので拝みに来てくださいと、依頼されることがありますが、丁重にお断りしています。と言うのは、この行事は「神事」であり、「仏事」ではないのです。
 では「みんま」とは、どのような行事なのでしょう。寺には関係ありません。お断りすれば簡単ですが、このことは、毎年必ず誰かに尋ねられます。何でも知りたがる悪癖とも付き合わねばなりません。そこでほどほどの調査を行いました。
 どうも時代は「戦国時代」南朝・北朝が戦った頃とか、豊臣秀吉が伊予を攻めた頃と言われますが、定かではありません。しかし、5〜600年前から続く行事らしい。師走最初の巳の日(東予・北条方面は辰巳で1日早い)の戦いで、戦死した哀しい知らせが届いたとか。異国で亡くなったのでと諸説があります。12月、僅かすればともに新年が迎えられたのに、無念である。古里の優しい心が、日本のどこにもない「みんま」を残しました。
 「みんま」を迎える家は、決して客として親戚縁者を案内しませんが、故人の尽七日忌(四十九日忌)法要に参列された方は、必ず出席しなければならないと、暗黙の約束があります。
 最近では日中に行われますが、昔は夜墓参りして、逆さになったしめ飾りを飾り、当日ついたお餅をワラを燃やしてあぶり、千切り分け食べるが、一切無言で行うのが習わし、決して手渡しはしない。必ず刀に刺したり、竹の先に刺して渡す。これは、敵に気づかれないことと、刀にこだわるのは、戦を忘れないことを意味する。餅をあぶる仕草も、落ち着いておれない、切羽詰った事情が伺えます。無言で行うのも楽しく愉快な行事ではない。新亡慰霊の儀式だからです。
 家に戻れば、お餅を雑煮にして客にもてなします。今年は今日6日が「みんま」巳の日です。