Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

日ごとの聖句877 祝福されよ 2019/2/17〜23

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2019年2月17日(日)顕現後第6主日
                 エレミヤ17:5
主はこう言われる。呪われよ、人間に信頼し、肉なる者を頼みとし、その心が主を離れ去っている人は。

2月18日(月)           エレミヤ17:7
祝福されよ、主に信頼する人は。主がその人のよりどころとなられる。

2月19日(火)           エレミヤ17:8
彼は水のほとりに植えられた木。水路のほとりに根を張り、暑さが襲うのを見ることなく、その葉は青々としている。

2月20日(水)           エレミヤ17:9
人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。誰がそれを知りえようか。

2月21日(木)          エレミヤ17:10
心を探り、そのはらわたを究めるのは、主なるわたしである。それぞれの道、業の結ぶ実に従って報いる。

2月22日(金)          エレミヤ17:14
主よ、あなたがいやしてくださるなら、わたしはいやされます。あなたが救ってくださるなら、わたしは救われます。

2月23日(土)         エレミヤ17:12-14
栄光の御座、いにしえよりの天、我らの聖所、イスラエルの希望である主よ。あなたをこそ、わたしはたたえます。

女預言者アンナの物語

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ルカによる福音書2:36−38
奈良基督教会・親愛幼稚園「マリア会」でのおはなし

全文→ 女預言者アンナの物語

日ごとの聖句876 ギデオンの召命 2019/2/10〜16

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2019年2月10日(日)顕現後第5主日
                 士師記6:6
イスラエルは、ミディアン人のために甚だしく衰えたので、イスラエルの人々は主に助けを求めて叫んだ。

2月11日(月)           士師記6:12
主の御使いはギデオンに現れて言った。「勇者よ、主はあなたと共におられます。」

2月12日(火)           士師記6:13
彼は言った。「主なる神がわたしたちと共においでになるのでしたら、なぜこのようなことがわたしたちにふりかかったのですか。」

2月13日(水)           士師記6:14
主は彼の方を向いて言われた。「あなたのその力をもって行くがよい。あなたはイスラエルを救い出すことができる。」

2月14日(木)           士師記6:15
彼は言った。「主よ、どうすればイスラエルを救うことができましょう。わたしの一族はマナセの中でも最も貧弱なものです。」

2月15日(金)           士師記6:16
主は言われた。「わたしがあなたと共にいるから、あなたはミディアン人をあたかも一人の人を倒すように打ち倒すことができる。」

2月16日(土)           士師記6:23-24
主は言われた。「安心せよ。恐れるな。あなたが死ぬことはない。」
ギデオンはそこに主のための祭壇を築き、「平和の主」と名付けた。     

NHK「こころの時代―宗教・人生― 尹東柱を読み継ぐ人びと(仮)」

尹東柱

放送予定 : 2019年2月10日(日)朝5時〜6時 Eテレ
再放送  : 2019年2月16日(土)昼13時〜14時 Eテレ


 詩人、尹東柱(ユン・ドンジュ 1917−1945)。朝鮮半島の北、北間島で生まれ、日本の植民地支配の下、自らの母語、朝鮮語で詩を書きました。日本の大学で学び、治安維持法違反容疑で逮捕、福岡の刑務所で獄死しました。27歳でした。韓国では今も「一番好きな詩人」にしばしば上げられる、誰もが一度はその作品に触れたことのある、国民的詩人です。

 尹東柱の詩を読み継ぐ人たちを、日本各地に訪ねます。奈良基督教会の牧師、井田泉さんは、尹東柱の詩の翻訳に取り組んできました。「尹東柱の詩を吹き抜ける風に惹かれる」と井田さんは言います。
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 さらに、尹東柱ゆかりの東京、京都、福岡に詩人の足跡を辿ります。東京で尹東柱が住んだ場所を探すのは、楊原泰子さん。京都で尹東柱を死に追いやった治安維持法の研究を続けるのは、京都大学名誉教授、水野直樹さん。そして福岡には、尹東柱の詩を読むため25年にわたり、毎月欠かさず集まる人たちがいます。

 それぞれに尹東柱を読み継ぐ人びとの営みから、過酷な時代を誠実に生きた一人の若者の深い心のうちをお伝えします。
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(NHK提供)

日ごとの聖句875 エレミヤの召命 2019/2/3〜9

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2019年2月3日(日)顕現後第4主日 エレミヤ1:4-5
主の言葉がわたしに臨んだ。「わたしはあなたを母の胎内に造る前からあなたを知っていた。」

2月4日(月)            エレミヤ1:5
主の言葉がわたしに臨んだ。「母の胎から生まれる前に、わたしはあなたを聖別し、諸国民の預言者として立てた。」

2月5日(火)           エレミヤ1:6
わたしは言った。「ああ、わが主なる神よ、わたしは語る言葉を知りません。わたしは若者にすぎませんから。」

2月6日(水)           エレミヤ1:8
「彼らを恐れるな。わたしがあなたと共にいて、必ず救い出す」と主は言われた。

2月7日(木)            エレミヤ1:9
主は手を伸ばして、わたしの口に触れ、主はわたしに言われた。「見よ、わたしはあなたの口に、わたしの言葉を授ける。」

2月8日(金)           エレミヤ1:11
主の言葉がわたしに臨んだ。「エレミヤよ、何が見えるか。」
わたしは答えた。「アーモンド(シャーケード)の枝が見えます。」

2月9日(土)           エレミヤ1:12
主はわたしに言われた。「あなたの見るとおりだ。わたしは、わたしの言葉を成し遂げようと、見張っている(ショーケード)。」

新約聖書「第一コリント書」

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OCCカレッジでの講義
2019年1月26日(土) 大阪クリスチャンセンターにて

全文→「第一コリント書」

良いぶどう酒を用意していてくださるイエス

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2019年1月20日・顕現後第2主日
奈良基督教会での説教

 イエスさまが公に活動を開始された初期のころのことです。ガリラヤのカナという町で結婚式がありました。カナはイエスさまの故郷ナザレから北へ6キロメートルくらいのところにある村で、カナとナザレとの間には頻繁な往来・交流があったでしょう。それでイエスの母マリアは、その婚礼に出席していました。

 当時の結婚式は村中のお祝いで、結婚の礼拝の後は何日もお祝いの宴が続いたそうです。大勢の人びとが集まっています。ここに

 「イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。」ヨハネ2:2

と記されています。結婚する二人も、その家族も、イエスを招いた。イエスにぜひとも来てほしかった。イエスが来てくださるのとそうでないのとでは全然違うのです。今回、結婚式をイエスが司式するわけではないにしても、イエスに臨席してほしい、二人を祝福してほしい。
……

全文→良いぶどう酒を用意していてくださるイエス

日ごとの聖句874 聖書の朗読 2019/1/27〜2/2

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2019年1月27日(日)顕現後第3主日
                ネヘミヤ8:8
彼らは神の律法の書を翻訳し、意味を明らかにしながら読み上げたので、人々はその朗読を理解した。

1月28日(月)          ネヘミヤ8:10
「今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」

1月29日(火)         ネヘミヤ記9:3
彼らは四分の一の時間は、主の律法の書を朗読して過ごし、他の四分の一の時間は、主の前に向かって罪を告白し、ひれ伏していた。

1月30日(水)           ルカ4:16
イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。

1月31日(木)           ルカ4:17
預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。

2月1日(金)            ルカ4:18
「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。」

2月2日(土)被献日         ルカ2:22
さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。

日ごとの聖句873 恵みの溢れ 2019/1/20〜26

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2019年1月20日(日)顕現後第2主日
               ヨハネ2:9-10
世話役は花婿を呼んで言った。「あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」

1月21日(月)         テモテ一 1:14
わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスによる信仰と愛と共に、あふれるほど与えられました。

1月22日(火)            詩編23:5
あなたはわたしの頭に香油を注ぎ、わたしの杯を溢れさせてくださる。

1月23日(水)           ヨハネ1:16
わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。

1月24日(木)           詩編65:5
いかに幸いなことでしょう、あなたの庭に宿る人は。恵みの溢れるあなたの家、神殿によって、わたしたちが満ち足りますように。

1月25日(金)使徒聖パウロ回心日 
              使徒言行録22:16
アナニアは言った。「今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい。その方の名を唱え、洗礼を受けて罪を洗い清めなさい。」

1月26日(土)          ゼカリヤ10:7
エフライムは勇士のようになり、ぶどう酒を飲んだように、心は喜びに溢れる。その子らも見て喜び、心は主にあって躍る。

佐野洋子『100万回生きたねこ』

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佐野洋子『100万回生きたねこ』

(2004年に書いた文が出て来たので、そのまま掲載します。)

先日、医院の待合室でふと目についた絵本『100万回生きたねこ』を読んだ。初版は1977年となっているから、私が神学校を出た年、27年前である。何度も表紙は見ていたが手に取ったのは初めてだった。

100万回死んで、100万回生きたねこがいた。そのねこは、あるときは王さまのねこ、あるときは船のりのねこ、サーカスの手品つかいのねこ、どろぼうのねこ、おばあさんのねこ、女の子のねこだった。しかしねこはあるとき、だれのねこでもなくなり、始めて自分のねことなった。これが前半である。

これは「自立」ということを思わせる。だれかに依存し、だれかに所有されている状態から脱して、自分自身となった。りっぱなとらねこ、りっぱなのらねこになった。自分が大好きであり、自分は自分の人生(ねこ生?)の主人公となったのである。

後半、いろんなめすねこが寄ってくる。贈り物をくれるねこがおり、愛想をふりまき、気を引こうとするねこがいる。しかしどのねこにも彼は気を引かれない。ところが1匹、自分に見向きもしない白のめすねこがいた。彼は自分が100万回も死んだことを自慢するが、白いねこは「そう」というだけ。けれども彼は、自慢の通じないこの白いねこと一緒にいたくなる。白ねこは同意し、やがてたくさんの子ねこが生まれる。自分が大好きだったのらねこは、今は自分よりも白いねことたくさんの子ねこのほうが好きなくらいになった。

子ねこたちはやがて成長し、独立していく。老いたのらねこは白いねこといつまでも生きていたいと思う。しかしある日、白ねこは動かなくなる。ねこははじめて泣く。夜も朝も次の夜も朝もねこは泣き続ける。100万回も泣く。そしてやがて自分も、白いねこのとなりで動かなくなる。
物語の後半は、自立したねこどうしが出会い、一緒に生きる、という話である。支配と従属の関係ではなく、しっかりした自分をもった者どうしが互いに支え合って喜びと困難をともにする。言わば前半が「自立」の物語であるのに対し、後半は「共生」の物語である。

これは勝手な深読みかもしれないが、わたしはこの物語を、人間の真のありようを象徴する物語と感じた。ある時期までは、私たちは親のもとにあり、親に依存して生きている。それは大切な事であり、必要なことである。しかしやがて人は親から、また世間から自立していかなくてはならない。だれかに従属するのではなく、自分は自分であり、自分の人生の主人公となって自分を発揮していく者となりたい。

これは実はキリスト教的、聖書的な生き方であると思う。日本のキリスト教の一部には、自分を抑えることを信仰的とし、自分を主張することを「わがまま」として否定するような空気があるように思う。しかし私が聖書から汲み取るのは、その反対であって、世間がどう言おうと、良いことは良いとし、悪いことは悪いとする精神である。世間の目を気にし、世間に束縛されるのではなく、言わば責任ある自由人として生きるように促すのが聖書の福音である。

しかし責任ある自由人というのは、孤立の中にとどまるのではなく、他者と出会い、他者と共に生きていく。自分の自慢を聞かせ人を従わせて満足を得るような段階を突き破って、人と共に労苦を負う責任主体として形成される、というのが私の理解するキリスト教的生き方である。もう一言加えれば、それは神と隣人のために課題を引き受けていく生き方であり、損得を越えて人の命の尊さを守ろうとする生き方である。自分も生かされていき、人をも生かすような生き方である。そのような歩みへと私たちを招くのが聖書の言葉であり、イエス・キリストである。

100万回死んで100万回生きたねこは、最後はもう二度と生き返らなかった。それは、「自立」と「共生」によってただ1回限りの充実したかけがえのない人生を生きた以上はもう十分に生きたのであり、もはや生き返る必要はない、ということではないだろうか。そのような一度限りのかけがえのない人生を生きたいものである。
(講談社 1400円)
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 『日韓キリスト教関係史資料』第3巻の編集
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井田 泉
奈良基督教会牧師
親愛幼稚園園長
富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
聖公会平和ネットワーク共同代表

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