Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

キリストの言葉があなたがたの内に

IMG_4835

「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。」
コロサイの信徒への手紙3:15-16

2016年7月31日  聖霊降臨後第11主日(C年)

      司祭 ヨハネ 井田 泉

 わたしの心の中にはさまざまな言葉が響いています。その言葉はわたしのうちに感情を呼び起こし、気分を左右し、生きる意欲にまで影響します。

 良い言葉、うれしい言葉も人からたくさん聞いたかもしれません。けれどもかつて人から聞いた嫌な言葉、つらい言葉、ひどい言葉がしばしばわたしのうちによみがえり、わたしをひどく苦しめることがあります。

 人の言葉だけではありません。自分のうちに響く自分の言葉があります。時には自分を非難する言葉、自分を軽蔑する言葉、自分を貶(おとし)める言葉が自分から離れなくなることがあります。

 けれどもパウロは言います。
「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。」

 人の言葉ではなく、自分の言葉ではなく、キリストの言葉がわたしたちのうちに宿るように。しかも豊かに宿るように。

「恐れるな、わたしだ」
「あなたがたに平安があるように」
「あなたはわたしの愛する子」

 キリストの言葉をわたしたちのうちに宿すとき、わたしたちは人からも自分からも解放されて、新しく生き始めることができます。

【ご案内】たなばた☆ライアーと笛のコンサート〜世界の平和を願って

たなばたコンサート2016


たなばた☆ライアーと笛のコンサート
  〜世界の平和を願って

2016年8 月9 日(火) 午後5 時より (7 時終了予定)
福井聖三一教会礼拝堂

  福井市春山1 丁目4 番13 号

ライアーアンサンブル・プリモール

日ごとの聖句744 キリストの言葉 2016/7/31〜8/6

IMG_4847

2016年7月31日(日)聖霊降臨後第11主日 コロサイ3:15-16
キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。
キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。

8月1日(月)               ローマ10:17
実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。

8月2日(火)              詩編56:11-12
神の御言葉を賛美します。主の御言葉を賛美します。神に依り頼めば恐れはありません。人間がわたしに何をなしえましょう。

8月3日(水)            ペトロ一 1:24-25
「人の華やかさはすべて皆、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」

8月4日(木)            エレミヤ22:24、29
「わたしは生きている」と主は言われる。
大地よ、大地よ、大地よ、主の言葉を聞け。

8月5日(金)              エレミヤ20:9
主の名を口にすまい、と思っても、主の言葉は、わたしの心の中、骨の中に閉じ込められて、火のように燃え上がります。

8月6日(土)主イエス変容の日    テサロニケ二 3:1
兄弟たち、わたしたちのために祈ってください。主の言葉が、速やかに宣べ伝えられ、あがめられるように、と祈ってください。

マルコによる福音書 「イエスの肉声を聞く」(講演全文)

P1000547

奈良基督教会 第2回公開聖書講座
2016年7月16日

マルコ福音書 「イエスの肉声を聞く」 (全文)

新約聖書27巻の中で、イエス・キリストの生涯を伝えてくれているのは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書です。その中で今回取り上げる「マルコによる福音書」は、一番早く書かれた福音書とされています。また分量は一番短いです。新共同訳聖書の頁数で数えると、前回のマタイが60頁であったのに対して、マルコは38頁で、マタイの63パーセント程度です。

内容からすれば、他の福音書と違ってイエスの降誕物語がありません。イエスの公の活動の直前から始まります。またマルコ福音書のギリシア語写本の古いとされるものには、復活のイエスは直接姿を現しません。

けれどもマルコ福音書にはひとつの重要な特徴があります。それは、イエスが実際に話していたとされるアラム語の言葉が四つ(四箇所)含まれていることです。新約聖書はギリシア語で書かれました。マルコ福音書もそうなのですが、その中にイエスの口から発せられたアラム語が響いている箇所がある。今回はそこにも注目してみたいと思います。

私は聖書のどの書物も愛しますし、あらゆるところから神さまからの命の言葉を聞きたいと願っています。けれどももっとも直(じか)に、あるいは間近にイエスとその周りの人々を、その場面を感じたくなったときは、マルコ福音書を開きます。たとえば、イエスが5000人(男性のみ数えて)の人々にパンと魚を提供する話は四つの福音書のいずれにも出てきます。イエスが群衆をそこに座らせるという場面があります。

マルコ6:39「そこで、イエスは弟子たちに、皆を組に分けて、青草の上に座らせるようにお命じになった。」

ルカとヨハネは「草」には言及せず、マタイはただ「草」とだけ書いてあります。けれどもマルコだけは「青草」と書いてあります。「青草」の上に人々は腰を下ろす。「青草」というこの一つの言葉で、より具体的にありありとその光景が浮かんでくる気がするのです。
……

日ごとの聖句743 執り成し 2016/7/24〜30

IMG_4838

2016年7月24日(日)聖霊降臨後第10主日   創世記18:22
その人たちは、更にソドムの方へ向かったが、アブラハムはなお、主の御前にいた。

7月25日(月)使徒聖ヤコブ日        創世記18:32
「主よ、もしかすると、十人しかいないかもしれません。」主は言われた。「その十人のためにわたしは滅ぼさない。」

7月26日(火)               ルカ22:32
「わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

7月27日(水)              ヘブライ7:25
この方は常に人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。

7月28日(木)               ローマ8:34
死んだ方、否、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。

7月29日(金)              ヨブ記16:20
わたしのために執り成す方、わたしの友、神を仰いでわたしの目は涙を流す。

7月30日(土)             イザヤ書59:16
主は人ひとりいないのを見、執り成す人がいないのを驚かれた。
主の救いは主の御腕により、主を支えるのは主の恵みの御業。

奈良基督教会 原爆記念日平和礼拝

祈る平和2016a

広島原爆記念日 2016年8月6日(土)8時15分点鐘
          司式・メッセージ 司祭 井田 泉

長崎原爆記念日 2016年8月9日(火)11時2分点鐘
          司式・メッセージ 主教 谷 昌二

日ごとの聖句742 主は現れた 2016/7/17〜23

IMG_4812

2016年7月17日(日)聖霊降臨後第9主日   創世記18:1
主はマムレの樫(かし)の木の所でアブラハムに現れた。暑い真昼に、アブラハムは天幕の入り口に座っていた。

7月18日(月)            出エジプト記3:2
そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使(みつか)いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。

7月19日(火)             エレミヤ書31:3
遠くから、主はわたしに現れた。「わたしは、とこしえの愛をもってあなたを愛し、変わることなく慈しみを注ぐ。」

7月20日(水)              ルカ24:33-34
二人がエルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。

7月21日(木)               ヨハネ1:17
律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れた。

7月22日(金)マグダラの聖マリヤ日    イザヤ書56:1
主はこう言われる。「正義を守り、恵みの業を行え。わたしの救いが実現し、わたしの恵みの業が現れるのは間近い。」

7月23日(土)              ヘブライ9:28
キリストも、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。

親愛幼稚園 入園説明会&オープンキンダーガーデン

2016年度入説OKちらし(7月)

日時:2016年 7月23日(土)10時より

対象:未就園児 と 保護者

学校法人 親愛学園 親愛幼稚園
〒630-8213 奈良市登大路町44―2
Tel:0742―23―3210 Fax:0742―23―6786

日ごとの聖句741 仲間 2016/7/10〜16

IMG_4768

2016年7月10日(日)聖霊降臨後第8主日   コロサイ1:7
あなたがたは、この福音を、わたしたちと共に仕えている仲間、愛するエパフラスから学びました。

7月11日(月)              マタイ10:32
だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。

7月12日(火)              コロサイ4:7
わたしの様子については、ティキコがすべてを話すことでしょう。彼は主に結ばれた、愛する兄弟、忠実に仕える者、仲間の僕です。

7月13日(水)              ルカ24:33-34
二人がエルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。

7月14日(木)               使徒2:47
信者たちは神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。

7月15日(金)               詩編26:3-4
主よ、わたしあなたのまことに従って歩き続けています。偽る者と共に座らず、欺く者の仲間に入りません。

7月16日(土)                ルカ7:34
人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。

イエスの服にさわった女の人

IMG_4387

2016/07/01 親愛幼稚園

♪手をのばして主にふれよう
という歌を知っていますか? 「主」とはイエスさまのことです。今日はほんとうに手を伸ばしてイエスさまに触った人のお話です。

ある女の人がいました。ずっと病気で、もう12年ものあいだ苦しんでしました。おなかが痛くて、そのうえ血が出るのです。いろんなお医者さんにかかったけれども、少しもよくなりませんでした。
「イエスさまが来られたよ!」という声がしました。

ひょっとしたらイエスさまなら自分の病気を治してくださるかもしれないと思って、外に出ました。とてもたくさんの人が集まっています。ずっと前のほうを見てみると、あれがイエスさまだ!とわかりました。それで女の人は後ろからついて行きました。いっぱいの人です。人に当たったりつまずいたりしながら、女の人はだんだんイエスさまに後ろから近づいて行きました。

そして後ろからこっそり、イエスさまの着ておられる服に触りました。すると、おなかが楽になって、気持ちよくなって、元気が湧いてきました。「病気が治った!」 女の人はそのまま後ろを向いてそのまま帰ろうとしました。

ところがそのとき、イエスさまが立ち止まって振り向いて、「だれかがわたしの服に触ったね」と言われました。女の人はドキッととしました。

だれかが言いました。「イエスさま、こんなにたくさんの人なのに、だれが触ったかわかりませんよ」

「いや、たしかにわたしの服に触った人がいる」と言って、イエスさまは探しておられる様子でした。

女の人はこわくなって、進み出て「わたしです。わたしが触りました」と言いました。

イエスさまはその人を叱られるかなあ?

するとイエスさまはにっこりしてその女の人に言われました。

「わたしを信じてくれてよかった。安心していいよ。これからは元気でいなさいね。神さまがあなたをいつまでも守ってくださるように。」

女の人はとてもうれしかった。病気が治ったこともうれしかったし、それ以上に、やさしいイエスさまに出会えたことがうれしかった。元気が出ました。イエスさま、ありがとうございます。イエスさまに出会えたことは、その人には一生の宝になりました。

わたしたちも、やさしいイエスさまにお会いできますように。

(新約聖書・マルコによる福音書第5章から)
最近の記事
Archives
最近の関心

 『日韓キリスト教関係史資料』第3巻の編集
 リコーダーの世界
 音と響き
井田 泉
奈良基督教会牧師
親愛幼稚園園長
富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
聖公会平和ネットワーク共同代表

Mail
izaya*da2.so-net.ne.jp
(*を@に変更してください)

カウンター
最新刊
『これが道だ、これに歩め
──イザヤ書による説教』
かんよう出版
213頁 1500円+税

ここをクリックして
  ←左本文をご覧ください
ブログ内検索

WWW を検索 http://blog.livedoor.jp/izaya/ を検索