Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2006年09月

聖書の会のご案内(京都聖三一教会)

 京都聖三一教会で月1回、聖書を読む集まりを開くことになりました。原則として毎月第2主日。礼拝後、12時半くらいから1時間半以内を予定しています。

 新約聖書は27の書物からなりますが、1回一つずつそれぞれの特徴や興味深いところを解説していきます。どなたでもお気軽にご参加ください。

             京都聖三一教会牧師 司祭 井田 泉


10月8日 「インマヌエル──マタイによる福音書」

 新約聖書の最初の書物、マタイによる福音書を私は「インマヌエルの福音書」と呼びたいと思います。福音書の最初と最後に「神は私たちと共におられる(インマヌエル)」「わたしはあなたがたと共にいる」という言葉があり、その約束が福音書全体を包んでいるからです。

 マタイによる福音書の第二の特徴は、「隠された王としてのイエス」です。イエスさまの降誕のとき、東方の博士のひとりは黄金をささげました。これは王位と王冠をあらわすものです。イエスさまは生涯の最後、捕らえられたとき茨の冠をかぶせられました。権力と富、武力によって人々を圧迫し、支配する王ではなく、人の重荷を担い、人を自由にするために苦難を引き受ける牧者としての王──それがマタイ福音書に描かれたイエスさまです。冒頭の長い系図にも、この意味が含まれています。

 マタイ福音書の最初と最後を確かめることを中心にしますが、中間の次の箇所を注目したいと思います。
 「彼はわたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った。」
 病の癒しの物語は四つの福音書に記されていますが、この旧約聖書・イザヤ書の言葉を引用しているのはマタイだけです。

 今後の予定は

11月12日 「エッファタ(開け)──マルコによる福音書」
 イエスの肉声と情熱に近づいてみましょう。

12月10日 「祈られたイエス──ルカによる福音書」
 ルカ福音書では、祈っておられるイエスが印象的です。

2006年1月14日 「わたしはある──ヨハネによる福音書」
 天地を造られた神、イスラエルを奴隷の苦しみから解放された神は、イエスのうちにおられて働かれます。かつてモーセに示された「わたしはある」という不思議な神の名は、イエスにおいてその力を現すのです。

日ごとの聖句231 2006/10/1〜7 日ごとの糧

2006年10月1日(日)聖霊降臨後第17主日
神に服従し、悪魔に反抗しなさい。ヤコブ4:7

10月2日(月)
天の父よ、わたしたちに必要な糧を今日与えてください。マタイ6:11

10月3日(火)
民が求めると、主はうずらをもたらし、天のパンをもって彼らを満足させられた。詩編105:40

10月4日(水)
主は、虐げられている人のために裁きをし、飢えている人にパンをお与えになる。詩編146:7。

10月5日(木)
すべて肉なるものに糧を与える方に感謝せよ。慈しみはとこしえに。詩編136:25

10月6日(金)
種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。コリント二9:10

10月7日(土)
イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」マタイ4:4

最初の殉教者ステパノ

使徒言行録7:54−60

 今日は京都聖ステパノ教会の創立23周年記念礼拝が行われています。
毎週代祷で祈っていますとおり、私たちの教会とステパノ教会が洛西伝道に力を合わせるため、ステパノ教会の名まえ、ステパノのことをお話しします。

 イエスさまが復活し、天に昇られた後、イエスを信じる人々に聖霊が注がれ、最初の教会が誕生しました。教会はいのちに満ちて成長していきました。

 ところが人数が増え、教会が大きくなるにつれて、大きな問題が生じてきました。教会の中に、軽んじられている人々がいる、という苦情が出て来たのです。軽んじられている人々とはだれかというとギリシア語を話すユダヤ人です。同じユダヤ人であっても、外国に暮らし外国語で生活する人々。そのやもめたちへの援助が後回しにされている、というのです。

 貧しい人々を支えること──それは当然のこととして最初の教会では行なわれてきました。ところが同じ教会に属していても、外国語であるギリシア語を話す人々は言わば後から入って来た人です。新しい人たちは後回し。しかしこれでは不公平ではないか、という声が大きくなりました。

 そこで12弟子たちは、新しいリーダーを任命することにしました。こうして選ばれたのがステパノをはじめとする7名です。12弟子たちは、教会の生活と奉仕活動の責任をこの7名に任せ、自分たちはみ言葉の奉仕と祈りに専念することとしたのです。
 ステパノは「信仰と聖霊に満ちた人」であったと聖書に記されています(使徒言行録6:5)。

 ステパノは教会の運営と奉仕だけではなく、説教にも力がありました。彼は、間違っていると感じたことを黙っていられない人でした。

 彼は、当時の信仰生活の中心であるエルサレム神殿を見て、憤りを感じました。神殿は本来、神さまを人々にあらわす場所です。神と人とを結び合わせるのが神殿の意味です。ところが当時の現実のエルサレム神殿は、まったくその逆の存在になってしまっていたのです。神殿が神と人との間に壁を造り、人が神に出会えなくなってしまっている。

 ステパノは大勢の人たちの前でこう言いました。
「かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖が逆らったように、あなたがたもそうしているのです。いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。天使たちを通して律法を受けた者なのに、それを守りませんでした。」使徒7:51-53

 ところで私たちは使徒信経で、次のように告白します。
「(イエス・キリストは)……天に昇られました。そして全能の父である神の右に座しておられます。」

 イエスが復活し、天に昇られ、父なる神の右に座られた。これは、仕事が終わったのでゆっくりしようと腰掛けられたのではありません。
主イエスが父なる神の右に座しておられるのは、私たちの現実をしっかり受けとめようとしておられるからです。神さまの傍らからは、世界のすべてがよく見えるのです。イエスさまは、座って私たちをしっかりと見守っておられます。

 ここでステパノの話に戻って、使徒言行録第7章54節からもう一度読みましょう。
「人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、『天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える』と言った。」7:54-55

 座っておられたイエスさまが立ち上がられました。ステパノが石を投げられて殺されようとするのを、イエスさまは黙って見ていることができませんでした。
「ステパノはわたしが引き受ける。」
 ステパノはイエスさまが立っておられるのを見ました。ステパノは立っておられるイエスの御手と胸に自分を預けました。イエスさまは立って、ステパノの体と魂をしっかり受け取られました。ステパノは自分の体と魂をイエスさまの御手に預けて死んでいきました。

 イエスは私たちを受けとめるために座っておられます。しかし私たちが危険にさらされたときは立ち上がって私たちを捕まえてくださるのです。

 続きを読みましょう。55節から。
「ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、『天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える』と言った。人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、『主イエスよ、わたしの霊をお受けください』と言った。それから、ひざまずいて、『主よ、この罪を彼らに負わせないでください』と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。」7:55-60

 ステパノは石を投げられました。石は彼の皮膚を破り、骨を砕きました。おびただしい血を流して、ステパノは死んでいきました。しかし、立ち上がられたイエスさまが、しっかりとステパノを引き受けてくださいました。

 しかしこの痛ましい出来事が、やがてひとりの人の回心を引き起こすことになります。このステパノの死に立ち会い、ステパノの殺害に加わったパウロが、やがて回心し、迫害していたキリスト教を今度は宣べ伝えることになるのです。
 もし、ステパノの殉教がなければパウロの回心はありませんでした。ステパノの死があり、パウロの回心があったからこそ、イエス・キリストの福音の恵みは、この私たちに届くようになったのです。

 ステパノを見守られたイエスさまは、私たちのことも見守っていてくださいます。ステパノの危ういときに、立ち上がって彼を引き受けられたイエスさまは、私たちの危ういときも立ち上がり、私たちを引き受けてくださいます。このイエスさまを信頼して、歩んでいくことができますように。
     (2006/09/24 京都聖三一教会・京都聖ステパノ教会)

日ごとの聖句230 2006/9/24〜30 御心

2006年9月24日(日)聖霊降臨後第16主日
わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。ヨハネ6:39

9月25日(月)
御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。マタイ6:10

9月26日(火)
だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。マタイ12:50

9月27日(水)
そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。マタイ18:14

9月28日(木)
父よ、この杯をわたしから取りのけてください。しかしわたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。マルコ14:36

9月29日(金)聖ミカエルおよび諸天使の日
「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」ルカ2:14

9月30日(土)
わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることである。ヨハネ6:40

聖公会平和ネットワーク 発足集会のご案内

皆さま

聖公会平和ネットワーク 発足集会のご案内

 主の平和をお祈りいたします。
 
 ご存じのとおり今この国では、憲法・教育基本法の「改正」、軍事強化、共謀罪の新設の動きなど、「戦争できる国」づくりが進められ、政治と社会の保守化、管理化、非人間化が進行し、思想・信教の自由までが脅かされる事態となっています。

 これに対してさまざまな形で平和を守り、平和をつくり出そうとする動きが活発になされていますが、私たち聖公会の中でも平和を願う祈りと学びと実践が深まり広がっていくことを願わずにはおられません。

 すでに教会、教区、管区、地域等で、組織を通しあるいは有志の集まりによって、さまざまな平和の実現に向けての取り組みがなされていますが、それらがお
互いに交流し、励まし合い、連帯していくことができるなら、大きな力となっていくことと信じます。

 このような思いから私たちは「聖公会平和ネットワーク」の意味と必要性について話し合いを重ね、次のような理解を共有するに至りました。

1. これはキリスト教信仰の表現(信仰告白の働き)であること。特に聖公会の信仰に根ざすことを大切にしたいこと。

2. 急速に進みつつある日本の国家・社会の保守化、軍事化、管理化に対して正義と平和を願い、可能なことを実践していこうとするものであること。

3. これまで各地でつづけられて来た集まりを大きな組織に統合しようとするものではなく、それぞれの集まりを大切にしながら、ゆるやかな協力関係をつくり、より多くの人々に平和への願いを広げていこうとするものであること。

4. 管区、教区などの組織・制度とは別の、どこからも制約されない自由な性格のものであること。同時に教会の制度や組織との協力関係を大事にしたいこと。

5. 1995年の日本聖公会宣教協議会および1996年の日本聖公会総会における戦争責任の宣言の精神を継承し、その実質化を願うものであること。

 私たちはこれを、預言者と使徒たちの働き、イエスさまの神の国の宣教につらなるものと理解しています。

 このたび下記のとおり「聖公会平和ネットワーク」を発足集会を開き、また礼拝をささげますのでどうぞご参加ください。

 ご参加になれない方もメッセージをお寄せくだされば幸いです。
 
 また日本聖公会正義と平和委員会からもご賛同ご協力のメッセージをいただいていることを感謝をもって申し添えます。

とき・ 2006年9月22日(金)午前10時30分から午後3時まで
ところ・名古屋聖マルコ教会
    〒461-0011 名古屋市東区白壁1-32
    TEL 052-971-7007  FAX 052-971-7006

     2006年9月14日 聖十字架日

聖公会平和ネットワーク 呼びかけ人
    司祭 広谷和文(北海道)
    司祭 前田良彦(東京)
       関ノリ子(東京)
       小山俊雄(横浜)
    司祭 野村 潔(中部)
    司祭 井田 泉(京都)
       木川田道子(京都)
    司祭 原田光雄(大阪)

 E-mailでメッセージをお寄せくださる場合は次のアドレスまでお願いします。
izaya@da2.so-net.ne.jp
 時間その他の制約があり、案内が十分に行き渡らないと思います。転送を歓迎します。

日ごとの聖句229 2006/9/17〜23  神の国

日ごとの聖句229 神の国

2006年9月17(日)聖霊降臨後第15主日
イエスは「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。マルコ1:15

9月18日(月)
御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。マタイ6:10

9月19日(火)
6:33 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。マタイ6:33

9月20日(水)
イエスは弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。神の国はこのような者たちのものである。」マルコ10:14

9月21日(木)福音記者聖マタイ日
イエスはガリラヤ中を回って諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。マタ4:23

9月22日(金)
小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。ルカ12:32

9月23日(土)
神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。ローマ14:17

2006年9月13日(水) カルヴァン

カルヴァン『詩編註解』序文

 昨日、日本基督教学会の会誌『日本の神学』45が届いた。森井眞『ジャン・カルヴァン──ある運命』(教文館、2005)の書評を出村彰氏が書いている。
 その中に言及されているカルヴァンの『詩編註解』の序文に関心が湧き、書斎を探してそれを読んだ。

 カルヴァンがいかに命がけで宗教改革に取り組んだかがわかる。敵対者に対する批判は猛烈であるが、それは彼に対する迫害、誹謗中傷が激しかった証拠である。
 詩編の極めて優れた信仰的解説であると同時に、自分の経てきた道を追って、心情を率直に吐露している自伝的文章でもある。

 ここにこめられたような信仰的情熱があれば、教会はまったく違ったものになるだろう。それを願う。

 出村先生からはかつて同志社で宗教改革についての集中講義を受けた。多くを教えられた。クラスの最後に祈ってくださったことを思い出す。

“霊”に助けられて祈り

“霊”に助けられて祈り

                  エフェソ6:18

「どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」6:18

 キリスト教以外の集まりに行って、何か物足りない気がすることがあります。それは、祈りがない、ということです。

 イエスさまを信じたからと言って悩みがなくなるわけではない。あらゆることが順調にいくわけではありません。しかし私たちには、非常に強い励ましがあり、力がある。それは祈りにおいて神さまとつながり、祈りにおいて信仰の兄弟姉妹とつながることができる、ということです。

 今日の使徒書はエフェソの信徒への手紙の終わりのほう、第6章10節以下でした。
エフェソは小アジア、今のトルコの西海岸の大きな港町でした。女神アルテミスを拝む大神殿がありました。パウロはそこに伝道し、とても苦労してエフェソ教会を発足させました。
後に彼はある手紙で「エフェソで野獣と闘った」と述べています。

「単に人間的な動機からエフェソで野獣と闘ったとしたら、わたしに何の得があったでしょう。」(コリント 15:32)

 野獣と闘うほど死に物狂いの闘いをした。野獣というのは比喩であって、人間のすさまじい現実のことでしょう。そのためにパウロはどれほど危険に身をさらし、傷つき、体と心の健康を損ったことでしょうか。しかしそれは人間的な動機からではなく、神さまのため、福音が広がっていくためです。イエス・キリストのことがとうとく、福音がかたじけないから、彼はそうせざるを得なかったのです。

 パウロはエフェソに3年とどまって教会の基礎をつくり、それからそこを離れました。年月を経て彼に聞こえてきたのは、エフェソの町と教会の非常に厳しい状態でした。教会が危機に陥っている。それをとても心配し、祈って書いたのがこのエフェソの信徒への手紙です。

 パウロはこの手紙の中でこう言っています。
「愚かな者としてではなく、賢い者として、細かく気を配って歩みなさい。時をよく用いなさい。今は悪い時代なのです。」5:15-16

 これは今の日本も同じです。平和憲法を変え、教育基本法を変え、アメリカとの軍事協力に莫大なお金をつぎこみ、そのために福祉を切り捨てるのは悪い時代です。「自立支援法」によって、実際には弱者が立っていけなくなっている。今は悪い時代です。

 エフェソの町で何が起こっていたかは具体的には分かりません。キリスト者は町の人と平和に暮らそうとした。しかし自分が平和に暮らそうとするだけではどうにもならない、町の、世の中のものすごい悪の力がある。それにさらされ、圧迫されていたのが、その時のエフェソの教会です。
 世の中全体が悪いだけではない。ひとりひとりの心が押しつぶされそうになる。悪い方に、否定的なほうに考えが向いてしまって動けなくなってしまう。これがエフェソ教会の状態です。
 パウロはそれを知って事態をはっきり把握しました。見える悪の背後に見えない敵がいる。悪魔です。パウロはこう言います。

「最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。」エフェソ6:10-13

 この厳しい時代の試練に打ち勝つように、パウロは身を守る神の武具を備えるように促しています。
「立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。また、救いを兜としてかぶり……」6:14‐17

 けれどもこれらは全部身を守る武具です。大切なものです。しかしこれだけでは悪の力を打ち砕くことはできない。積極的な攻撃の武器が必要です。

「霊の剣(つるぎ)、すなわち神の言葉を取りなさい。」6:17

 神の言葉、霊の剣。神の霊と言葉が一緒に働いて、私たちの内と外を襲う悪の力を退けるのです。
 聖書の言葉を心に宿していることがどれほど私たちを守り助けてくれるかを知りましょう。

 勧めの最後にパウロは祈ることを求めます。
「どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」6:18

 自分のために祈りなさい。自分の周りの人たちのために祈りなさい。すべての聖なる者たちのために、信仰を同じくする兄弟姉妹のために祈れ。あきらめず根気よく祈りつづけなさい。自分の救いのために、また神の業が前進するように。
 このように勧めたパウロは、エフェソの人々のために祈っていました。彼がどれほどエフェソの危機のある人たちのために祈っていたかは、この手紙の初めと終わりを読むと分かります。

 ここで一つのことを知ってください。人の祈りが頼りなくなったとき、私たちが祈り疲れて祈れなくなったとき、聖霊が助けてくださることを。
「どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」6:18
霊が助けくださる。どのような時も、聖霊が祈って助けてくださる。私たちがどうであろうと、聖霊が私たちのために私たちに代って呻きつつ祈っていてくださいます。聖霊が祈っていてくださるので、私たちもまた祈ることができるようになるのです。

 祈りは神と私たちを交流させます。私たちから神へ、神から私たちへ、言葉と霊と命が交流します。

 この悪い時代にあって、私たちが愛と正義と平和の神の国に向かって歩むことができるように。聖霊の助けをいただいて祈り、祈って歩みましょう。
(2006/09/03 京都聖三一教会)

日ごとの聖句228 2006/9/10〜16

日ごとの聖句228 主の御名

2006年9月10(日)聖霊降臨後第14主日
あなたたちの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神であるがわたしをあなたたちのもとに遣わされた。出エジプト記3:15

9月11日(月)
(ヤハウェ)」。これこそ、とこしえにわたしの。これこそ、世々にわたしの呼び名。出エジプト記3:15

9月12日(火)
その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、を畏れる者に及びます。ルカ1:49-50

9月13日(水)
主は主の御名を宣言された。「主、主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、罪と背きと過ちを赦す。」出エジプト記34:5-7

9月14日(木)
御名を愛する者はあなたに守られ、あなたによって喜び誇ります。詩編5:12

9月15日(金)
正しくいますにわたしは感謝をささげ、いと高き神、主の御名をほめ歌います。詩編7:18

9月16日(土)
戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが、我らは、我らの神、主の御名を唱える。詩編20:8
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 『日韓キリスト教関係史資料』第3巻の編集
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奈良基督教会牧師
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富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
聖公会平和ネットワーク共同代表

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