Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2007年12月

日ごとの聖句296 新しい名 2007/12/30〜2008/1/5


2007年12月30日(日)降誕後第1主日
シオンのために、わたしは決して口を閉ざさず、エルサレムのために、わたしは決して黙さない。イザヤ62:1

12月31日(月)
わたしは決して黙さない。彼女の正しさが光と輝き出で、彼女の救いが松明のように燃え上がるまで。イザヤ62:1

2008年1月1日(火)主イエス命名の日
八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。ルカ2:21

1月2日(水)
主の口が定めた新しい名をもって、あなたは呼ばれるであろう。イザヤ62:2

1月3日(木)
あなたは主の御手の中で輝かしい冠となり、あなたの神の御手の中で王冠となる。イザヤ62:3

1月4日(金)
主に思い起こしていただく役目の者よ、決して沈黙してはならない。イザヤ62:6

1月5日(土)
見よ、あなたの救いが進んで来る。見よ、主のかち得られたものは御もとに従い、主の働きの実りは御前を進む。イザヤ62:11

『笛師のむれ』


ジョルジュ・サンド(1804〜76)の小説『笛師のむれ』を読んだ。

岩波文庫上下2冊。

サンドはショパンと関係のあった女性である。

以下、作中から少し引用する。

「わたしはあんたが、耳の中にか、頭ん中にか、胸ん中にか、とにかく、神様の本当の音楽ってものを持っていることはちゃんと知ってるわ。だって、子どもの頃、あんたの眼の色にそれが見えていたんだもの。」

「『大頭』は……そいつを極く静かに吹き出した。その曲は別に悲しくなるような曲じゃなかったが、しかしそいつを聞いていると、みんな思い思いに、いろんなことを思い出したり、祈ったりしたくなるような気持のもんだった。」

「やがて吹き出したのを聞くと、とても悲しそうなとても哀れっぽい節で、それこそ身をひれ伏して心底から悔い改めてる魂の声を聞くようだった。」

フランスの中の田園の国と森林の国の人の出会いと交流が、エチエンヌという農夫の回想の形で描かれる。

最後は、二組の男女の幸せな結婚と、ひとりの青年の不遇の死で幕は閉じられる。

作中、ごく自然にキリスト教信仰の素朴な姿が顔を出す。

「和尚」と訳されているひとり若い司祭の振る舞いも興味深い。

イタリア語の辞書


『伊和中辞典』(第2版)というのを買った。

小学館。消費税込みで7000円弱。

音楽との関係が深まるにつれて言葉の意味を知りたいと思うことが多くなり、これまでは手持ちのラテン語辞書から類推したりしていたが、それではちゃんとしたことは分からないと、思い切って購入した。

テレマンの「2本のリコーダーのためのソナタ」のCDを買ったのだが、そのケースにソナタ1の印刷譜の写真があり、"Flaut Dolce"と書いてある。Flaut Dolceとはリコーダーのことだと説明があった。

"dolce"を引くと「甘い」「穏やかな」「柔らかい」「優しい」「甘美な」「うっとりする」……といった説明がある。

インマヌエル

「『その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、
『神は我々と共におられる』という意味である。」マタイ1:23


ヘブライ語で
「インマ(←イム)」は「と共に」
「ヌ」は「私たち」
「エル」は「神」の意味。

 インマヌエル「神は私たちと共に(おられる)」です。

 イエスはインマヌエルの事実を、私たちのために、私たちのところに持ってきてくださったのです。

京都聖三一教会 12月逝去者記念聖餐式

2007年12月22日(土)午後2時から

特祷

世にある人、世を去った人の主なる神よ、あなたは、主にあって死ぬ人は幸いである、と教えられました。どうか主を信じて世を去り、安らかな眠りに就いた僕らに豊かな祝福を与え、主が彼らのうちに始められた救いのみ業をイエス・キリストの日に成就してください。天の父よ、今なお世にあって主に仕えるわたしたちにも恵みを与え、ついに彼らとともにみ国の世継ぎとしてください。救い主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン

旧約聖書 ミカ書4:3‐5

国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。
人はそれぞれ自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下に座り
脅かすものは何もないと、万軍の主の口が語られた。
どの民もおのおの、自分の神の名によって歩む。
我々は、とこしえに、我らの神、主の御名によって歩む。

使徒書 テモテへの手紙一 1:14‐17

そして、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスによる信仰と愛と共に、あふれるほど与えられました。「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。しかし、わたしが憐れみを受けたのは、キリスト・イエスがまずそのわたしに限りない忍耐をお示しになり、わたしがこの方を信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした。永遠の王、不滅で目に見えない唯一の神に、誉れと栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

福音書 ヨハネによる福音書3:16‐17、19、21

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。
光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。

聖歌  入堂1  奉献440  退堂6 (番号は古今聖歌集)

京都聖三一教会 クリスマス

京都聖三一教会礼拝堂の十字架

  京都聖三一教会
  クリスマスのご案内



「エフラタのベツレヘムよ
お前はユダの氏族の中でいと小さき者。
お前の中から、わたしのために
イスラエルを治める者が出る。
彼は立って、群れを養う
主の力、神である主の御名の威厳をもって。」
             旧約聖書・ミカ書5:1、3

 紀元前8世紀、人々の嘆きと祈りに対して、預言者ミカは神の約束を伝えました。飼い主のいない羊のように弱り果てた人々のために、牧者が立ってくださるというのです。

 神はイエス・キリストを私たちの牧者として送ってくださいました。
主イエスが、ただ私たちを慰め支えてくださるばかりではなく、私たちと世界を統治してくださいますように。荒れ狂う世界をしずめてくださいますように。

 イエス・キリストは、私たちを守り、治め、養い、導く、牧者なる王です。京都聖三一教会礼拝堂の十字架はこの方をあらわしています。
 
 このクリスマスに、新しく御子の訪れを迎え入れましょう。
 皆様の上に、イエスさまの恵みと平和がありますように。


☆12月23日(日)
 午前10時30分 降臨節第4主日聖餐式
 礼拝後、クリスマス祝会

☆12月24日(月)
 午後6時30分 クリスマス・イヴ礼拝
(キャンドルサービス)
   合唱団京都エコーが参加してくださいます。

 午後10時   クリスマス深夜聖餐式
   ライアー(竪琴)の奏楽があります。

☆12月25日(火)
 午前10時30分 降誕日聖餐式

☆12月30日(日)午前10時30分
 午前10時30分 降誕後第1主日聖餐式

☆2008年1月1日(火)午前10時30分
主イエス命名の日(元旦)聖餐式

日ごとの聖句295 飼い葉桶 2007/12/23〜29


2007年12月23日(日)降臨節第4主日
あなたたちは互いに呼びかけて、ぶどうといちじくの木陰に招き合う。ゼカリヤ3:10

12月24日(月)
羊飼たちは急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。ルカ2:16

12月25日(火)降誕日
その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。ルカ2:17

12月26日(水)最初の殉教者聖ステパノ日
聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。ルカ2:18

12月27日(木)福音記者使徒聖ヨハネ日
しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。ルカ2:19

12月28日(金)聖なる幼子の日
羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。ルカ2:20

12月29日(土)
八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。ルカ2:21

『コンサート・プログラムのつくりかた』

千蔵八郎『コンサート・プログラムのつくりかた』という本を読んだ。

春秋社、2007、146頁、1800円

 私が音楽についてもっとも本質的と思っていることには触れてこず、日本語文章には改善の余地があると思われる。

 ピアノ・リサイタルのことが書かれている。

 目にとまった言葉を少し引用。

「《ヘンデル協奏曲》(ブラームス)では、最後に、この変奏曲の聴かせどころともいうべき〈フーガ〉にたどりつくが、そこで(あるいはそこに至るまでに)、演奏に『息切れ』が生じてしまうようであると、ヴィルトゥオーソふうに作られているこの変奏曲の『聴かせどころ』を、聴衆に充分味わってもらうことがむずかしくなるので、弾き出す前に、演奏での『力の配分』をよく考えておくことが大切になってくる。」

 以前に長い説教や講演をしていて途中で疲れてきたことがあるのを思い出した。

「演奏というものは、ふだんのような『人間臭い人間』ではなくて、オペラでの登場人物のようにまるで別世界の人のような気分になってやらないと、ありきたりの羞恥心や遠慮が出てきて、演奏がつまらなくなってしまう。」

日ごとの聖句294 羊飼い 2007/12/16〜22

2007年12月16日(日)降臨節第3主日
マリアは初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。ルカ2:7

12月17日(月)
羊飼いたちが夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。ルカ2:8‐9

12月18日(火)
天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。」ルカ2:10

12月19日(水)
「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」ルカ2:11

12月20日(木)
「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。」ルカ2:12

12月21日(金)使徒聖トマス日
天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」ルカ2:13‐14

12月22日(土)
羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。ルカ2:15

クリスマス ライアー・アンサンブル 親子コンサート

クリスマス
 ライアー・アンサンブル
  親子コンサート

2007年12月22日(土)午前11時開演
会場 マクリン幼稚園(075-701-2931)

 入場無料
 前もって下記までお申し込みください。
  マクリン幼稚園 075-701-2172(FAX)
     小野純子 077-529-17036(T&F)
             ptjono@hera.eonet.ne.jp


  演奏 ライアー・アンサンブル・プリモール
              主催 プリモール
primorxmasmac20071222

日ごとの聖句293 希望の神 2007/12/9〜15


2007年12月9日(日)降臨節第2主日
かつて書かれた事柄は、すべてわたしたちを教え導くためのものです。ローマ15:4

12月10日(月)
それでわたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです。ローマ15:4

12月11日(火)
忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせてくださいますように。ローマ15:5

12月12日(水)
希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たしてくださいますように。ローマ15:13

12月13日(木)
希望の神が、あなたがたを聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださいますように。ローマ15:13

12月14日(金)
平和の源である神があなたがた一同と共におられますように、アーメン。ローマ15:33

12月15日(土)
事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。ヨハネの黙示録21:6

聖餐式について


 聖餐式は教会の中心的な礼拝。
 イエス・キリストの最後の晩餐を継承・再現するもの。
 第1部はみ言葉、第2部は聖餐。主教または司祭が聖別したパンとぶどう酒を、キリストのからだと血として分かち合う。司式者のみならず出席者全員が参加して、主イエスの出来事をドラマとして共通体験する礼拝。

 聖餐式は、キリスト教がかつてローマ帝国の宗教となったこともあり、長くラテン語で行われていた。聖餐式の中の祈りに対して多くの音楽家が作曲しており、これを「ミサ曲」と言う。バッハの「ロ短調ミサ」、モーツァルトの「戴冠ミサ」「レクィエム」、ベートーヴェンの「荘厳ミサ」、シューベルトの「ドイツ・ミサ」などがその例。日本でも多数作曲されており、京都聖三一教会では松本正俊司祭が作曲したものを用いている。なお「レクィエム」とは死者のためのミサ(逝去者記念聖餐式)のことである。


聖餐式の流れ

(準備の式)
み言葉の部
参入
キリエ(Kyrie主よ、憐れみをお与えください)
大栄光の歌(Gloriaグロリア)
特祷
旧約聖書
(詩編)
使徒書
福音書
説教
ニケヤ信経
代祷
懺悔(赦罪──とりなしの祈り)

聖餐の部
平和の挨拶
奉献
感謝聖別
 聖なるかな(Sanctusサンクトゥス)
 ほめたたえよ(Benedictusベネディクトゥス)
 聖霊を求める祈り(エピクレーシス=祈求)
 主イエスの聖餐制定の言葉(アナムネーシス=想起)
主の祈り
神の小羊(Agnus Deiアニュス・デイ)
陪餐
感謝
祝福・派遣

○赦罪・聖別・祝福が司祭固有の働き


1. 聖餐準備の式
聖餐式を深く経験するために心の備えをする祈り。これを前夜等に済ませたか、各人が行ったことを前提にして、省略することもできる。言葉の数よりも心、姿勢が大切。

2. 参入
復活の主イエスを呼び求める祈りで聖餐式を開始する。主イエスの臨在こそが中心。

3. キリエ
キリエ(主よ)・エレイソン(憐れんでください) ギリシア語
これは主イエスを呼び求めたエリコの盲人の叫びにもとづく(マタイ20:30、31)。

4. 大栄光の歌
ベツレヘムの野原に天使の合唱が響きわたり、私たちはその合唱に参加する。ルカ2:14

5. み言葉
三つの聖書箇所(旧約聖書、使徒書、福音書)に耳を傾ける。特に福音書は、主イエスの言葉を直接聞くという意味で、立ってその方を向いて聴く。
聖書朗読は主イエスご自身がナザレの会堂でなさったこと(ルカ4:16‐)。
旧約聖書の後に短い詩編を用いて祈り、黙想することも意味深い。

6. 説教
み言葉の説き(解き)明かし。講演や講義ではなく、聖書の響きが鮮明になるためのもの。
語るのは説教者であるが、説教者は会衆によって祈られることを必要としている(エフェソ6:19‐20)。説教者と会衆は共にみ言葉を祈り求めてそれを受ける。

7. ニケヤ信経
使徒信経ととともにキリスト教信仰内容の告白・宣言。ニケヤ公会議(325年)で起草され、コンスタンティノポリス公会議(381年)で今の形になった。信経は信条とも言う。
父なる神について、子なる神(イエス・キリスト)について、聖霊について、の三つの部分からなる。
み言葉(神からの語りかけ)に対する応答。この信仰告白は、神に対して、世界に対して、自分に対して行う。信仰の告白・宣言であるとともに神への賛美でもある。はっきり、しっかり、心と声を合わせて行うのがふさわしい。告白をとおして神の愛といのちが私たちの内に流れ込む。

8. 代祷
隣人、教会、社会、世界のために祈る。人のために祈ることは主イエスの働きに参加すること。

9. 懺悔(ざんげ)と赦罪(とりなし)
懺悔は心を痛めつつ自分の罪を告白すること。「わたしは、思いと、言葉と、行いによって……」。「、」のところでひとつひとつ確かめる。けっして急がない。告白を通して、私の罪はキリストが引き受けてくださり、愛のキリストが私の中に入ってきてくださる。赦しを受けることから新しい人生が始まる。

10.平和の挨拶
復活の主イエスが「平和があなたがたと共にあるように」と呼びかけてくださる(ヨハネ20:19ほか)のを受けて、私たちも相手のために平和を祈り、呼びかけ合う。この祈りと呼びかけの中に、平和を実現してくださるイエスが臨在される。

11.奉献
イエス・キリストがご自身を神と人のために献げられたこと(奉献)に私たちも加わる。パンとぶどう酒は私たちの生活、労苦、いのちのシンボル。これをとおして私たちは自分(全体、あるいは大切な部分)を神にささげる。神はそれを喜んで受けてくださり、神はそれを何倍にも増し加え、祝福と共に私たちに返してくださる。パンとぶどう酒のほか、献金を献げることも同じ意味。

12.感謝聖別(主の祈りの前までを含む)
聖餐式の中心的部分。

13.聖なるかな(Sanctusサンクトゥス)
預言者イザヤが経験した天使セラフィムの歌(イザヤ6:3)。神の臨在の前に、神を畏れつつも神を愛し賛美する合唱。私たちも神の前でこの賛美に加わる。

14.ほめたたえよ(Benedictusベネディクトゥス)
これは主イエスのエルサレム入城のときの群衆の歓呼(マタイ21:9)に基づくが、さらに古く旧約聖書・詩編118:26にさかのぼる。この聖餐式のうちにいよいよ救い主イエス・キリストがおいでになるのを喜び迎える賛歌。

15.聖霊を求める祈り(エピクレーシス=祈求)
感謝聖別のもっとも大切な要素のひとつ。神の力、また力ある命の神の現れである聖霊によって初めて、パンはパン以上のものとなり、ぶどう酒はぶどう酒以上のものとなる。
第二感謝聖別文のほうに、聖霊を求める趣旨がよりはっきり言葉として出ている。

16.主イエスの聖餐制定の言葉(アナムネーシス=想起)
もっとも大切なもうひとつの要素。最後の晩餐は、イエスが弟子たちのために用意された最初の聖餐。これを後々まで繰り返し続けるようにイエスは言われた。聖餐式を私たちが行う直接的な根拠はここにある。最後の晩餐におけるイエスの言葉を、司祭の祈りを通して記念・想起し、再現する。
ここにイエスの言葉のとおりに「これはわたしのからだ」となり、「これはわたしの血」となる。
ここですでに私たちは食卓(聖卓)を主イエスと共に囲んでいる。

17.主の祈り
主の祈りはイエスご自身が祈っておられる祈り。その祈りの中に私たちも加わる。

18.近づきの祈り
この祈り自体はとても深い、貴い祈り。ただし、聖餐式の流れとしては、すでに私たちは正客として招かれて主イエスと共に食卓を囲んでいる。そのため、ここであまりに謙遜な祈りをすることはかえって主イエスに対して「水くさい」ことになる可能性がある。毎回ではなく、降臨節の初めや大斎節の初めなどに行うのが適当と思われる。

19.神の小羊(Agnus Deiアニュス・デイ)
洗礼者ヨハネがイエスを見て思わず口にした言葉(ヨハネ1:29、36)。
この方は、私たちの救いのために神に献げられる小羊。神の小羊は十字架にかけられて苦しみを受ける。屠られて血を流すことによって、罪なき神の小羊は、私たちの弱さと罪をご自分の身に引き受け、私たちの破れと傷を癒してくださる。

20.陪餐
私たちを愛しとおしてくださる救い主イエスは、今、パンとぶどう酒の中に生きて臨在し、ご自身を私たちに与えてくださる。畏れつつも、喜びと感謝をもってしっかり受けたい。イエスのいのちは私の中に入り、わたしのいのちとなる。イエスが私の中に生きてくださる。

21.感謝
丁寧にゆっくり唱えることによって、聖餐を受けたことの意味が自分の中に浸透する。

22.祝福・派遣
三位一体の神から祝福を一杯に受けて、主イエスと共にここから出かける。天には栄光が輝き、地には平和が実現するように。
神の国の前進と実現のためにイエスは私たちをこの世に送り出すと共に、私たちの先頭に立って歩まれる。

○聖餐式において大切なのは、まずしっかり受けること(赦しを、主のいのちを、祝福を)、そして自ら思いと言葉と姿勢で参加すること。祈祷書を見ることを少なくし、応答のところは顔を上げて、今、ここに立って私たちに呼びかけておられる主イエス・キリストに触れることを大切にしたい。
                    (2007/10/07 11/25)

シュッツ「クリスマス物語」 結びの言葉

 ハインリヒ・シュッツ「クリスマス物語」の最後の結びの言葉を訳してみました。

「神、私たちの主イエス・キリストに感謝をささげよう。
この方はその誕生によって私たちを照らし、その血によって私たちを悪魔の力から救われた。
 この方を、私たちはその御使いたちとともに響きをもってほめたたえ、歌おう。
『賛美がいと高きところで神にあるように』」


原文は

Dank sagen wir alle Gott unserm Herrn Christo, der uns mit seiner Geburt hat erleuchtet und uns erlöset hat mit seinem Blute von des Teufels Gewalt.
Den sollen wir alle mit seinen Engeln loben mit Schalle, singen:
Preis sei Gott in der Höhe.


クリスマスCD音楽会のご案内

 クリスマスに備え、京都聖三一教会礼拝堂でCD音楽会を開きます。

 聖三一幼稚園園長の主催ですが、園関係以外でもどなたでもご自由にご参加ださい。
曲は

ハインリヒ・シュッツ「クリスマス物語」1664

Heinrich Schütz, Historia der freuden-und Gnadenreichen Geburt Gottes und Marien Sohnes, Jesu Christi (イエス・キリストの喜ばしき降誕の物語)

12月5日(水)10:30より11:30まで

 シュッツ(1585〜1672)はドイツの作曲家。バッハ生誕のちょうど100年前に生まれた人で、「ドイツ音楽の父」とも呼ばれるそうです。「クリスマス物語」はルカとマタイによる福音書のクリスマス物語が、聖書の言葉そのまま歌われる優しく清らかな合唱曲です。ドイツ語と日本語の歌詞対訳を用意します。


 静かに齢(よわい)の坂をくだる丘の上で、シュッツよ。
 或る日私はあなたの音楽に初めてまみえた。
 そしてヨーハン・セバスチアンの豊かな世界の広がりの上に
 遠くあなたの星座の輝くのを見た。
 それ以来あなたの芸術は
 私の仰ぎ見る精神の天界図のなかで、
 いよいよ独自の光を強め、輪郭を明らかにしながら、
 善に通ずる美への遥かな郷愁を奏でている。
                ──尾崎喜八(詩人 1892〜1974)
最近の記事
Archives
最近の関心

 『日韓キリスト教関係史資料』第3巻の編集
 リコーダーの世界
 音と響き
井田 泉
奈良基督教会牧師
親愛幼稚園園長
富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
聖公会平和ネットワーク共同代表

Mail
izaya*da2.so-net.ne.jp
(*を@に変更してください)

カウンター
最新刊
『これが道だ、これに歩め
──イザヤ書による説教』
かんよう出版
213頁 1500円+税

ここをクリックして
  ←左本文をご覧ください
ブログ内検索

WWW を検索 http://blog.livedoor.jp/izaya/ を検索