Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2009年01月

シューベルト「アヴェ・マリア」の原詩


シューベルトの「アヴェ・マリア」の歌詞は、ウォルター・スコット『湖上の麗人』の中のエレンの歌第3番によるものと聞いていたが、昨年末に本屋で岩波文庫に『湖の麗人』を見かけ、読んでみた。

物語詩。
原題は The Lady of the Lake

三の巻「召集」の28にこうある。

「あれは聖歌の調子に絃(いと)を直して、厳かな和音を緩やかに奏でるアラン・ペインの竪琴の音ではないか。絃の音に合せて歌うのは誰だろう。あの涙を誘う歌声はエレンではないか、エレンでなければ天使の声にちがいない。」

この後に29「聖母讃歌」が続く。
これがシューベルトの「アヴェ・マリア」の原詩で、アダム・シュトルクによるドイツ語訳に曲をつけたものだそうである。

訳者(入江直祐)は「シューベルト作るところのめでたき曲……」と注に記している。

訳は口語であるが、語彙豊かで格調高い。もう今の時代にはこんな翻訳はできないのではないか、と思わせる。

「聖母讃歌」と訳されたところ、原文はこんなふうに始まる。

Ave Maria! maiden mild!
Listen to a maiden!s prayer!
Thou canst hear though from the wild,
Thou canst save amid despair.

直訳を試みると──

アヴェ・マリア! 優しいおとめよ!
 おとめの祈りを聞いてください。
あなたは荒野からであっても聞くことができます。
 あなたは絶望の中でも救うことができます。

マリアに祈ることはプロテスタントの信仰にはないものだが、今はわたしなりの理解をしている。

竪琴がこの作品の基調になっている。

日ごとの聖句353 幼子のことを  2008/2/1〜7


2009年2月1日(日)顕現後第4主日          ルカ2:22
さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。

2月2日(月)被献日                ルカ2:25
シメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。

2月3日(火)                   ルカ2:27
シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、いけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。

2月4日(水)                  ルカ2:28‐29
シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。「主よ、今こそあなたはお言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます。」

2月5日(木)                 ルカ2:30‐32
「わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光です。」

2月6日(金)                   ルカ2:38
そのとき、アンナは近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。

2月7日(土)                   ルカ2:40
幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。

日ごとの聖句352 パウロの祈り 2008/1/25〜31


2009年1月25日(日)顕現後第3主日        ローマ1:7
わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。

1月26日(月)使徒聖パウロ回心日         ローマ15:5
忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣(なら)って互いに同じ思いを抱かせてくださいますように。

1月27日(火)                  ローマ15:6
神が、あなたがたに、心を合わせ声をそろえて、わたしたちの主イエス・キリストの神であり、父である方をたたえさせてくださいますように。

1月28日(水)                 ローマ15:13
希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たしてくださいますように。

1月29日(木)               コリント 1:3
わたしたちの主イエス・キリストの父である神、慈愛に満ちた父、慰めを豊かにくださる神がほめたたえられますように。

1月30日(金)                 エフェソ1:17
どうか、わたしたちの神が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにしてくださいますように。

1月31日(土)                 エフェソ1:18
神が、心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、悟らせてくださるように。

日韓キリスト教史断章


2009年1月17日(土)、日本聖公会大阪教区在日韓国・朝鮮人宣教協働委員会主催の第1回日韓・在日学習会で講演をしました。聖ガブリエル教会(大阪市生野区)にて。約30名。
そのレジュメを掲載します。


日韓キリスト教史断章

1. 信徒が伝道して始まった韓国の教会──草創期


2. 涙の海の大復興運動──日本の侵略の中で 1907


3. 祈って実行した伊藤博文射殺──安重根 1909



4. 教会が拠点となった三・一独立運動 1919
 聖公会信徒、洪淳福(ホン・スンボク)氏の場合


5. 日本による神社参拝強制の中で
 朱基徹「五つの私の祈願」1938
 歌「あの高きところに向かって」
 金麟瑞「日帝圧迫下に犯した罪を悔い改める」1950、1952

6. 詩人・尹東柱の日本留学と獄死 1942〜1945


7. 韓国民主化運動と日韓連帯
文益煥(ムンイックァン)牧師
歌「うるわしきシオンの朝」
朴鍾基(パクチョンギ)神父 ソウル大聖堂  日韓宣教セミナー


8. 日韓聖公会宣教協働

聖ガブリエル教会と聖公会生野センター
日本聖公会の戦争責任告白 1995〜1996
金根祥(キムグンサン)主教叙品式 2008.5.22
歌「真理がわたしたちを自由にする」

日ごとの聖句351 真実な方 2009/1/18〜24


2009年1月18日(日)顕現後第2主日        ヨハネ1:47
イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」

1月19日(月)               コリント 10:13
神は真実な方です。試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。

1月20日(火)                ペトロ 4:19
神の御心によって苦しみを受ける人は、善い行いをし続けて、真実であられる創造主に自分の魂をゆだねなさい。

1月21日(水)            テサロニケ 5:23‐24
どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。あなたがたをお招きになった方は、真実で、必ずそのとおりにしてくださいます。

1月22日(木)               テサロニケ 3:3
しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。

1月23日(金)                ペトロ 4:19
神の御心によって苦しみを受ける人は、善い行いをし続けて、真実であられる創造主に自分の魂をゆだねなさい。

1月24日(土)                テモテ 2:13
わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。

被献日礼拝のご案内


日本聖公会京都教区京都伝道区
被献日礼拝のご案内

主の御名を賛美いたします。
新しい年を迎え皆様にはお健やかに、お過ごしのことと存じます。
今年1年、京都伝道区のお当番を担当させていただきますので、よろしくお願いいたします。
さて、下記のように被献日礼拝に行います。幼子イエス様が神様にささげられた日を記念して共に礼拝をささげましょう。寒さ厳しい時節柄どうぞお体にご自愛くださいますように。多くの皆様のご出席を心からお待ち申し上げます。

                       当番・京都聖ステパノ教会

      記

日時:2009年2月2日(月)午後1時30分〜
場所:教区センター

礼拝:聖餐式 竪琴(ライアー)の奏楽による

   「女預言者アンナについての黙想」


         司式 井田 泉司祭(黙想講話)
         補式 奥晋一郎執事 三浦恵子執事
         奏楽 小野純子姉

「そのとき、アンナは近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。」
               ルカによる福音書第2章38節


攻撃にNo! テルアビブから


昨夜届いたメールで知ったのですが、イスラエルのガザ攻撃に対して、イスラエル国内でも大規模な抗議デモがあったそうです。

1月3日(土)、テルアビブにイスラエル全土から約1万人が参加。イスラエルの平和人権団体グシュ・シャロームが主導、23団体が呼びかけたものだそうです。
(京都の岡 真理さんによる)

教えられて
http://zope.gush-shalom.org/home/en/events/1231029668
を開き
Israel Social TV を見ました。

人々が

No, no, to the attacks,
Yes, yes, to peace.


と叫んで行進していました。

「すべてのイスラエルの大臣たちは戦争犯罪者だ」

他方、イスラエルの旗を持った別の一群が
Traitor! Traitor! 裏切り者!
と叫んでいました。

Dr. Awni Kahil という人がインタビューに答えてこう語っていました。

「ガザは破壊されました。多くの市民が殺されました。子どもたち、赤ちゃん、女の人たちも。何千という家が破壊されました。多くの人々が屋根なしでいます。
ただちに破壊されたものを立て直し、パレスチナとの関係を回復することはイスラエルの責任だとわたしは思います。」

ヘロデのところへ帰るな

  
   マタイ2:12

 遠い東の国の博士たち(占星術の学者たち)は、星に導かれてはるばる西の国に旅し、エルサレムにあるヘロデ王の宮殿に行きました。

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」マタイ2:2

 ヘロデ王は不安を抱きました。ユダヤ人の王として生まれた者がいるなら、自分の王の位と支配を脅かす存在です。早いうちに見つけて取り除いてしまわなくてはなりません。

 博士たちはヘロデの宮殿では丁重に迎えられましたが、緊張がありました。

 ヘロデとその宮殿は、力と富と権威をもって威圧するものでしたから、博士たちも、自分たちの学識や社会的立場、権威をもってそれに立ち向かうような姿勢を取らざるをえなかったでしょう。居丈高に振る舞う者の前では、自分も不自由になってしまいます。

 王は祭司長や律法学者たちを集めて、救い主の誕生の地はどこかと尋ねました。
 「それはユダの地、ベツレヘム。預言者がそう書いています。」

「そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。
そして、『行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう』と言ってベツレヘムへ送り出した。」2:7‐8


 そうではありません。ヘロデはその子を抹殺することを心に決めていたのです。

「彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、『ヘロデのところへ帰るな』と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。」マタイ2:9‐12

 寒い風をかろうじて遮断している小屋の飼い葉桶に、無防備に寝ている幼子イエスさま。この方の前では、よろいをまとう必要はありません。自分を立派に見せる必要もありません。ただ、わたしの生きることと死ぬことを、この方に託すことができる。悩みと争いに満ちた世界は、この幼子の存在とほほえみから癒され、造りかえられていきます。

 博士たちがヘロデに向かって頭を下げたときとは何という違いでしょう。彼らがイエスさまを拝んだとき、その心にはほんとうの真心が起こっていたのです。

 神さまが自分たちを見捨ててはおられない確かなしるしをここに見て、平和と優しい思いが溢れてきます。慰めと喜びと希望の光が飼い葉桶から差してきて、その光は博士の涙になるのです。

 もし博士たちがその後、聖書を詳しく調べたとしたら、エレミヤの預言の中に、救い主イエスさまを発見したことでしょう。

「見よ、わたしは彼らを北の国から連れ戻し
地の果てから呼び集める。
その中には目の見えない人も、歩けない人も
身ごもっている女も、臨月の女も共にいる。
彼らは大いなる会衆となって帰って来る。
彼らは泣きながら帰って来る。
わたしは彼らを慰めながら導き
流れに沿って行かせる。
彼らはまっすぐな道を行き、つまずくことはない。
わたしはイスラエルの父となり
エフライムはわたしの長子となる。」エレミヤ31:8 ‐9


 イエスさまはわたしたちを呼び集めてくださいます。これまでの悲しみが溢れてきて泣きながら人々は帰ってくる。けれども同時にイエスさまが、失われていたわたしを見いだし、連れて帰ってくださる喜びで泣くのです。

「わたしは彼らを慰めながら導き
流れに沿って行かせる。
彼らはまっすぐな道を行き、つまずくことはない。」

 神は博士たちに「ヘロデのところへ帰るな」と夢の中で告げられました。彼らは別の道を通って帰って行きます。もはや彼らは救いをヘロデの宮殿には求めない。力と生きる拠り所を、この世の権威には求めない。イエスさまの中に自分たちの力、慰め、希望、命を見いだしたのですから、彼らは新しい道を歩むのです。

(2009/01/04 京都聖三一教会)

日ごとの聖句349 顕現 2008/01/4〜10


2009年1月4日(日)降誕後第2主日         マタイ2:1
イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来た。

1月5日(月)                   マタイ2:2
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」

1月6日(火)顕現日                マタイ2:9
彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。

1月7日(水)                マタイ2:10‐11
学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。

1月8日(木)                  マタイ2:11
彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬(もつやく)を贈り物として献げた。

1月9日(金)                 テトス2:11‐12
実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。その恵みは、わたしたちが思慮深く、正しく、信心深く生活するように教えています。

1月10日(土)                テトス2:12‐13
その恵みは、祝福に満ちた希望、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。

主よ、わたしたちの中にあって進んでください


  (主イエス命名の日・元旦礼拝)

出エジプト記34:9

「主よ、わたしたちの中にあって進んでください。確かにかたくなな民ですが、わたしたちの罪と過ちを赦し、わたしたちをあなたの嗣業として受け入れてください。」


「主よ、わたしたちの中にあって進んでください。」

 今日の旧約聖書日課にあったこの祈りを、新しい年の最初のわたしたちの祈りとしたいと思います。

「主よ、わたしたちの中にあって進んでください。」

 わたしたちはこの新しい年の歩みを始めます。わたしたちの世界、わたしたちの教会、わたしたちの幼稚園、家庭、学校、またわたし自身のこの新しい1年の歩みを進み行こうとするとき、神さまがわたしたちの中に、わたしたちと一緒にいてくださって、わたしたちと一緒に進んでくださいますように。これが第1の祈りです。

 これはかつてイスラエルの民をエジプトから導き出し、約束の地に導こうとしたモーセの祈りですが、同時にここで、イエスさまが祈っておられるように思います。イエスさまがわたしたちと共に、わたしたちのために祈っていてくださるように思います。それは次の祈りがあるからです。

「確かにかたくなな民ですが、わたしたちの罪と過ちを赦してください。」

 かたくなな民ですが、赦してください。

「かたくなな民」。わたしたちのことではないでしょうか。いろんなことに直面しているうちに、いちばん大切なことを見失う。不満や嘆き、否定的な思いに捕らえられ、自分と人のことばかり気にして、神さまに対して心を閉ざしてしまう。そのわたしたちをご自分のこととして引き受けて、イエスさまは祈られます。

「確かにかたくなな民ですが、わたしたちの罪と過ちを赦してください。」
 
 神の赦しをいただくことは幸いなことです。心にのしかかっている重荷は軽くなる。わたしたちは清められ、新しくされます。赦しを受けてわたしたちの新しい一歩が始まります。

 第3の祈りが続きます。

「わたしたちをあなたの嗣業として受け入れてください。」

 嗣業というのはむつかしい言葉ですが、「受け継ぐ者」「相続人」という意味です。神さまの愛を自分のものとして受け継ぐ者、神の祝福を受け継ぐ者。わたしたちをあなたの者として受け入れてください。あなたの祝福を受け継ぐ者としてください。

 今日の聖書日課はこの9節で終わっていますが、その次の10節に神さまの答があります。

「主は言われた。『見よ、わたしは契約を結ぶ。わたしはあなたの民すべての前で驚くべき業を行う。』」34:10
 
 神は祈りを聞かれたのです。

「わたしは驚くべき業を行う。」

 わたしたちが予想もしない驚くべき業を行うと、神は言われます。わたしたち以上に神さまのほうが積極的です。

 わたしはあなたがたの中にあって一緒に進む。

 わたしが教会を、この教会を造ったのに、どうして一緒に歩まないことがあろうか。

 わたしがこの幼稚園を造ったのに、どうして一緒に歩まないことがあろうか。

 わたしがあなたがたの命を造り、その人生を始めさせたのに、どうして一緒に行かないことがあろうか。あなたがたこそわたしと一緒に歩みなさい。

 わたしはあなたがたの中にあって一緒に進む。わたしはあなたたちの過ちを赦す。あなたがたは大切なわたしのもの。必ずわたしの愛と祝福を受け続けて生きなさい。
 
 祈ります。
 主よ、この新しい1年、わたしたちの中にあって進んでください。あなたの赦しと祝福に守られて歩ませてください。あなたと一緒に歩ませてください。主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン
(2009/01/01 京都聖三一教会)
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