Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2010年05月

Ave Maria アヴェ・マリア

5月30日、三位一体主日、「聖三一デー」の午後、合唱団京都エコーによる音楽会を行いました。
歌っていただいた曲のひとつはアルカデルトのアヴェ・マリアでした。

アルカデルトのアヴェ・マリアの歌詞は少し省略された形のようですが、元のアヴェ・マリアの歌詞は次のようです。

Ave Maria, gratia plena,
Dominus tecum,
benedicta tu in mulieribus,
et benedictus fructus ventris tui Jesus.
Sancta Maria mater Dei,
ora pro nobis peccatoribus,
nunc, et in hora mortis nostrae.
Amen

ラテン語の歌詞ですが、こんなふうに訳せるかと思います。

「おめでとう、マリア、恵みに満ちた方、
主はあなたとともにおられます。
あなたは女たちの中で祝福された方、
そしてあなたの胎の子イエスも祝福されています。
聖マリア、神の母よ、
祈ってください、罪あるわたしたちのために、
今も、死を迎えるときも。アーメン」

 これは三つの部分からなることに気づきます。

1. 「おめでとう、マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます。」
 これは天使ガブリエルがマリアに呼びかけた言葉です。いわゆる受胎告知の場面です。ルカ1:28

2. 「あなたは女たちの中で祝福された方、そしてあなたの胎の子イエスも祝福されています。」
 これはマリアが親戚のエリサベトを訪ねていったとき、エリサベトの口をついて出た言葉です。ルカ1:42

3. 「聖マリア、神の母よ、祈ってください、罪あるわたしたちのために、今も、死を迎えるときも。アーメン」
 わたしたちの祈りです。マリアに対して祈ることはしないのですが、マリアに「祈ってほしい」と願うことはできます。
 かつてはこの最後の部分に抵抗を感じたのですが、今はそうではなくなっています。

(終わり部分について質問を受けたので補足します。)
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京都聖三一教会 聖三一デー ご案内

2010 年5月30日(三位一体主日)
洗礼・堅信・聖餐式 10 時30 分

合唱団京都エコーによる音楽会
同日、午後1 時30 分開演 礼拝堂にて


三一デー2010案内_ページ_1

ブルックナー Christis factus est  キリストは我らのために

 次の日曜日、5月30日(三位一体主日)の午後1時30分から合唱団京都エコーによる音楽会を京都聖三一教会礼拝堂で行ないます。

 そこで歌われる曲の中からプルックナーの Christis factus est の歌詞について調べました。 ラテン語です。

Christus factus est pro nobis
obediens usque ad mortem autem crucis.
propter quod et deus exaltavit illum
et dedit illi nomen, quod est super omne nomen.

キリストは、わたしたちのために、従順になられた、
死に至るまで、しかも十字架に至るまで。
そのゆえに神は彼を高く挙げ、
彼にすべての名にまさる名をお与えになった。
 
出典
 新約聖書・フィリピの信徒への手紙2章8〜9節(パウロの書簡)

 この手紙は、パウロがAD50年代にマケドニア(ギリシアの北)のフィリピの教会に当てて書いたもの。獄中から書いたものと伝えられる。
 これは「キリスト賛歌」と呼ばれる箇所。パウロ以前にさかのぼる古い祈りの言葉。

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣(の)べて、父である神をたたえるのです。」2:6‐11

 日本聖公会祈祷書では、復活前主日(しゅろの主日)の聖餐式(ミサ)の「感謝聖別」の中、「特別序唱」としてこの言葉が用いられる。

「ことに、主イエス・キリストは人となり、己(おのれ)を低くして死に至るまで、十字架の死に至るまで従われました。これは地から挙げられ、すべての人をみもとに引き寄せてくださるためです(ゆえに……)」

<内容>
前半 キリストの生涯と受難

Christus         factus est  pro nobis
キリスト(第1の主語)は なられた わたしたちのために
obediens usque ad mortem autem crucis.
従順に 死に至るまで しかも十字架の(死に至るまで)

○天から地上へ(降誕)、さらに死をとおして地下への下降(十字架の死と葬り)
○しもべとしてのキリスト  人間の苦難への連帯

後半 神のわざ(キリストを高く挙げる)
propter quod et deus       exaltavit  illum
そのゆえに 神(第2の主語)は 高く上げた 彼を
et dedit    illi   nomen, quod est super omne nomen.
そして与えた 彼に  名を     すべての名の上に

   キリストの名が中心(上)   あらゆる名はキリストの名を囲む

○神によるキリストの高挙(復活と昇天)
○王(統治者)としてのキリスト  苦難のうちにある人間を守り支える

京都聖三一教会 黙想会 2010

(詳細未確定・暫定的なお知らせです)

わたしは竪琴に合わせてほめ歌をうたいます
  ──洗礼者ヨハネの母エリサベトの物語

2010年6月27日(日)午後1時30分から3時


講話・井田 泉司祭
ライアー・小野純子さん

 6月24日「洗礼者聖ヨハネ誕生日」にちなみ、ヨハネの母エリサベトの物語を旧約聖書・詩編第71編を中心に思いめぐらしてみたいと思います。「地の深い淵」「あなたが贖ってくださったこの魂」といった言葉の中に、大きな喜びと悲しみを経験したエリサベトの祈りが込められているように感じられます。

 この詩編の中に「わたしは竪琴に合わせてほめ歌をうたいます」という言葉があります。竪琴は聖書の中でおそらくもっとも多く出て来る楽器で(新共同訳では61回)、長い歴史の中で人々の祈りを天に届け、また天からの光を伝えてきたものです。

 今回の黙想会では、現代の竪琴であるライアーを奏楽に耳を傾けながらエリサベトの生涯と祈りに近づき、わたしたちの祈りを深める機会としたく願っています。

日ごとの聖句421 聖霊 2010/5/23〜29

2010年5月23日(日)聖霊降臨日      テモテへの手紙二 1:7
神は、おくびょうの霊ではなく、力と愛と思慮分別の霊をわたしたちにくださったのです。

5月24日(月)                使徒言行録2:1‐2
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえた。

5月25日(火)                 使徒言行録2:3
そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。

5月26日(水)                 使徒言行録2:4
すると、一同は聖霊に満たされ、"霊"が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

5月27日(木)                 使徒言行録2:17
「終わりの時にわたしの霊をすべての人に注ぐ。するとあなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。」

5月28日(金)                  イザヤ32:15
ついに、我々の上に、霊が高い天から注がれる。荒れ野は園となり、園は森と見なされる。

5月29日(土)                イザヤ32:16‐17
そのとき、荒れ野に公平が宿り、園に正義が住まう。正義が造り出すものは平和であり、正義が生み出すものは、とこしえに安らかな信頼である。

ハレルヤ、主が王となられた──天上の賛美

黙示録19:1、4‐8

(ライアーの奏楽)

 福音と教会のために労苦し、ローマ帝国に迫害され、ついに地中海のパトモス島に閉じ込められてしまった長老ヨハネは、ある日曜日、祈っているうちにその魂が天に引き上げられ、天上でささげられている礼拝を目撃することになりました。前回の続きです。

 天上に聞こえるのは大勢の人々の祈りの声です。歌が聞こえます。そして楽器が奏でられるのが聞こえます。

 楽器は何でしょうか。天使はラッパを吹きます。しかし人々が手にして奏でているのは竪琴です。地上で苦しみを受けて後、天の救いに入れられた人たちは、竪琴を奏でているのです。

 天上の礼拝で竪琴が出て来る箇所を確かめてみましょう。

「わたしはまた、火が混じったガラスの海のようなものを見た。更に、獣に勝ち、その像に勝ち、またその名の数字に勝った者たちを見た。彼らは神の竪琴を手にして、このガラスの海の岸に立っていた。彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とをうたった。」15:2 ‐3

 「獣」というのはサタン、悪の力の象徴です。悪の力に打ち勝った人々が神の竪琴を手にしています。竪琴は、悪への抵抗、戦い、勝利を示すものです。歌われるのは神への賛美、神の僕モーセの歌、小羊キリストへの賛美です。

 天上の礼拝には竪琴が用いられていますが、今日わたしたちは幸いなことに、現代の竪琴であるライアーの響きを、この礼拝の中で聞く機会が与えられました。しばらくわたしたちもヨハネとともに天に招き入れられているつもりになって過ごしましょう。

 天上では竪琴の奏楽に支えられながら、力強い神への祈りと賛美の声が聞こえます。今日の使徒書です。

「その後、わたしは、大群衆の大声のようなものが、天でこう言うのを聞いた。
『ハレルヤ。救いと栄光と力とは、わたしたちの神のもの。』」19:1
「アーメン、ハレルヤ」19:4
「すべて神の僕たちよ、神を畏れる者たちよ、小さな者も大きな者も、わたしたちの神をたたえよ」19:5
「ハレルヤ、全能者であり、わたしたちの神である主が王となられた。
わたしたちは喜び、大いに喜び、神の栄光をたたえよう。」19:6‐7


 これは礼拝であり、祈りですが、祈りの中でも特別の祈りが連続してささげられています。
 「ハレルヤ」「アーメン、ハレルヤ」「神をたたえよ」……
 特別の祈りとは「賛美」です。

 わたしたちの教会では昨年、今年と祈りを深めようと願って過ごしています。祈りにはいろんな種類がある。わたしたちは感謝はします。お願いもします。神さまに文句も言います。けれども気づくのは、賛美が少ない、賛美をしていないということです。

 賛美とは何でしょうか。それは、神を喜ぶことです。神さまがわたしたちのために最良のことを備えてくださり、最良のことをしてくださる。危ういときもわたしたちを顧みていてくださる。その神さまを喜ぶ──これが賛美です。

 もう一つ。賛美とは、神をほめることです。神をほめる。わたしたちもけなされたらうれしくない。ほめられたらうれしい。神さまもほめられたらうれしい(人間的な言い方で、神さまに申し訳ないです)。

 神を喜び、神をほめる礼拝には力がみなぎってきます。今ヨハネが見つめている天上の礼拝がそうです。
「ハレルヤ、全能者であり、わたしたちの神である主が王となられた。
わたしたちは喜び、大いに喜び、神の栄光をたたえよう。」19:6‐7

 しかしこの天上の礼拝は、地上の現実と無関係に行なわれているわけではありません。天上の礼拝は、人の世界の悲しみと痛みの現実と関係なしに行われているのではないのです。

 黙示録第6章を開いて見ましょう。

「小羊が第五の封印を開いたとき、神の言葉と自分たちがたてた証しのために殺された人々の魂を、わたしは祭壇の下に見た。彼らは大声でこう叫んだ。『真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、地に住む者にわたしたちの血の復讐をなさらないのですか。』6:9‐10

 殺された人々の魂が天の祭壇の下にある。罪なくして死んだ人たち、戦い苦しんで死んだ人たち、殉教者たちの魂が祭壇の下から大声で叫んでいる。神はそれを聞いておられます。その魂を神は慈しんで、なだめるように答えられます。
「すると、その一人一人に、白い衣が与えられ、また、自分たちと同じように殺されようとしている兄弟であり、仲間の僕である者たちの数が満ちるまで、なお、しばらく静かに待つようにと告げられた。」6:11

 二日前、沖縄教区の人権担当者であるSさんから便りが届き、新聞二つが同封されていました。『琉球新報』と『沖縄タイムス』です。米軍の普天間基地撤去を求める9万人の集会の大きな写真と詳しい記事が載っています。1945年の沖縄戦ではおびただしい人々が犠牲になりました。今日も沖縄の基地から飛び立った米軍機が、中東でたくさんの人々を殺傷してきました。沖縄の人々の「基地はいらない」という叫びは、天に達しています。

 神は祭壇の下から叫ぶ人々を慈しまれる。地上の祭壇、この礼拝堂の聖卓も、天の祭壇を映すものです。この祭壇、聖卓のまわりにも下にも及んでいる神の慈しみを感じていたいと思います。

 ヨハネは殺された人々の魂と一体になって叫んできたのではないでしょうか。苦難は果てしなく、耐えがたいものです。しかし今、天では賛美がすべてを包んでいます。賛美の中から声が聞こえます。

「ハレルヤ、全能者であり、わたしたちの神である主が王となられた。
わたしたちは喜び、大いに喜び、神の栄光をたたえよう。」19:6‐7


 主権者は神です。地上に、わたしたちの現実にどのようなことが起ころうと、神が王として、主権者として立たれたのです。虐げる者、抑圧する者が主権者なのではありません。人々の叫びを聞かれる主が天と地の統治者なのです。

 喜びが起こります。神が生きておられる。重く暗かったヨハネにも光が差してきます。ヨハネも喜びに包まれ、賛美に巻き込まれて、今は天の会衆とともに神を賛美します。

 こうして地上で苦難を受けているヨハネは、天上の礼拝を目撃したことによって、地上で苦難を耐え抜く力を与えられました。神はヨハネを天の現実に触れさせ、彼を励まして地上での使命を果たすようにされたのです。

 賛美は自分の中から無理に絞り出すものではありません。ヨハネがそうであったように、神から別の世界を示され、別の声を聞かされて、それに巻き込まれて起こる。賛美は、賛美している人々の賛美に影響され、言わば感染して起こります。

 来週は、天上の礼拝の中から、完全な神の国の現実が輝きをもって現れてくる場面をお話しします。

 祈ります。
 神さま、パトモスに捕らえられたヨハネによって、今日わたしたちにも天上の礼拝を垣間見せてくださったことを感謝します。わたしたちにもあなたを賛美する心と歌を与えてください。そうしてこの世で生きて使命を果たす力を与えてください。主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン

(ライアーの奏楽)

(2010/05/02 京都聖三一教会)


付記
 ここに神を信じる者の幸いがあります。
 もしわたしたちが自分の置かれている現実、自分をとりまく状況しか知らず、目にするもの、耳にするものが、地上のものだけだとすれば、押しつぶされ、窒息してしまう危険があります。けれども幸いなことに、神さまは地上の現実とは別の現実をわたしたちに示し、地上とは別の声を聞かせてくださいます。
 神の国の姿を垣間見た人は励まされ、天上の声を聞いた人は慰められます。

日ごとの聖句420 聖霊の約束 2010/5/16〜22

2010年5月16日(日)復活節第7主日(昇天後主日)    ルカ24:49
「わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」

5月17日(月)                 使徒言行録1:8
「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」

5月18日(火)                  ヨハネ14:16
「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。」

5月19日(水)                  ヨハネ14:26
「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」

5月20日(木)                  ヨハネ14:27
「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。心を騒がせるな。おびえるな。」

5月21日(金)                  ヨハネ16:13
「しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。」

5月22日(土)                  ヨハネ15:26
「父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。」

日ごとの聖句419 昇天 2010/5/9〜15

2010年5月9日(日)復活節第6主日        テモテ二 4:18
主はわたしをすべての悪い業から助け出し、天にある御自分の国へ救い入れてくださいます。

5月10日(月)                 エフェソ2:4‐5
憐れみ豊かな神は、わたしたちを愛してくださり、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かしてくださいました。

5月11日(火)                 エフェソ2:6 神は、わたしたちをキリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。

5月12日(水)                   ルカ24:50
イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて彼らを祝福された。

5月13日(木)昇天日                ルカ24:51
そして、イエスは祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。

5月14日(金)                   24:52‐53
彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。

5月15日(土)                  フィリピ3:20
わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。
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