Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2010年09月

日ごとの聖句440 力づけ 2010/10/3〜9

2010年10月3日(日)聖霊降臨後第19主日    使徒言行録14:22
二人は弟子たちを力づけ、「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。

10月4日(月)                    詩編86:17
良いしるしをわたしに現してください。主よ、あなたは必ずわたしを助け、力づけてくださいます。

10月5日(火)                コリント二 13:11
兄弟たち、喜びなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいてくださいます。

10月6日(水)               テサロニケ2:16‐17
どうか、わたしたちの主ご自身があなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。

10月7日(木)                    詩編16:7
わたしは主をたたえます。主はわたしの思いを励まし、わたしの心を夜ごと諭してくださいます。

10月8日(金)                   詩編119:50
あなたの仰せはわたしに命を得させるでしょう。苦しみの中でもそれに力づけられます。

10月9日(土)                   イザヤ33:2
主よ、我らを憐れんでください。朝ごとに、我らの腕となり、苦難のとき、我らの救いとなってください。

ポンティオ・ピラトの面前でのイエスの証し

テモテ一 6:13


 今日の使徒書に次のように語られていました。

「万物に命をお与えになる神の御前で、そして、ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエスの御前で、あなたに命じます。」テモテ一 6:13

 この後、礼拝で一緒に唱えるニケヤ信経で、主イエス・キリストについて私たちは次のように告白します。

「人となり、ポンテオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け……」

 ポンテオ・ピラトとはだれでしょうか。ピラトはイエスさまの当時、ユダヤにおけるローマ皇帝の代理人、総督でした。政治的権力と軍事力を握っていました。昔、映画を見たことがありますが、ピラトは紫色の服を着ていました。紫はローマ皇帝を表わす色です。

 ユダヤ人からすれば自分たちの独立を奪った外国の支配者の代表です。ユダヤ人の中にはローマの支配に反抗しようとするグループがあり、また反対にローマとそれなりに仲良くやっていこうとするグループがあり、さまざまに入り乱れていました。

 ピラトについてルカ福音書には次のように記されています。

「ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。」13:1

 詳しいことはわかりませんが、「いけにえ」と言えば礼拝における神への捧げ物です。それにガリラヤ人の血を混ぜた。ガリラヤ人を処刑して、その血を神への捧げ物と混ぜたというのです。見せしめの行為でしょう。残虐なことを平気でやる支配者としてのピラトの姿が浮かび上がってきます。

そしてピラトは、イエスに死刑を宣告し、実行した人です。ヨハネ福音書の記事を確かめましょう。

「そこで、ピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。」19:1

「そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。」19: 16


 総督ピラトはイエスを尋問しました。パウロはテモテへの手紙で、先ほど読んだようにイエスさまについてこう書いています。

「ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエス」

 イエスはこの地上に人となって来られ、その人としての道は十字架の刑に至りました。イエスはこの世界の憎しみ、反対、迫害、暴力にさられ、捕らえられ、不当な裁きを受けて殺されました。そのゆえにイエスは、憎しみ、迫害、暴力、虐げにさらされている人々の味方として、その傍らにおられます。イエスは、世界と人間の悪との戦いの最前線に立っておられます。私たちが悪のゆえに苦しむなら、イエスはわたしたちを支え守ってくださいます。

 けれどももう一つ知るべきことがあります。それは、イエスがピラトにもまっすぐ人として対し、その心に真理を呼びかけられたことです。

 人の目には、ピラトの前にイエスが立たされているように見えます。力を持ったピラトが無力なイエスを裁いています。けれども実は、ピラトがイエスの前に立たされているのです。ピラトによってイエスは裁かれているようでいて、実はピラトがイエスによって裁かれているのです。ピラトがイエスについて何をどうするかによって、ピラトが裁きを受けるのです。

 ピラトは権力を持っています。彼はイエスにこう言います。

「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」19:10

 イエスは答えられます。

「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。」19:11

 権力者ピラトは実はおびえています。ローマ皇帝を恐れ、ユダヤ人を恐れ、民衆を恐れています。そしておそらくイエスを恐れています。いばっているけれども、自分の保身のために汲々として平安がありません。

 ヨハネ福音書を読んでみましょう。

「そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、『お前がユダヤ人の王なのか』と言った。イエスはお答えになった。『あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。』ピラトは言い返した。『わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。』イエスはお答えになった。『わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。』そこでピラトが、『それでは、やはり王なのか』と言うと、イエスはお答えになった。『わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。』ピラトは言った。『真理とは何か。』」18:33‐38

 イエスはピラトの心に呼びかけておられます。

「あなたは権力と保身で生きている。けれどもそれでほんとうに生きていることになるのか。権力と保身と恐れに捕らわれて、あなたの魂は死んでいるのではないか。真理に自分を開いて自由になりなさい。わたしの声をあなたは聞いている。わたしは真理へとあなたを招いている。」

 イエスは最後の瞬間まで、ピラトに呼びかけられました。しかしピラトはただ「真理とは何か」とつぶやいただけでした。イエスを死に追いやろうとする人々に、彼はイエスを引き渡しました。

 後にピラトは帝国の不興を買ったのでしょうか、総督を解任され、ガリア(おそらく今のフランス)に流刑となりました。そこで自殺したとも伝えられます。

 もう一つの言い伝えがあります。ピラトは後に罪を悔いて回心し、熱心なキリスト信徒となったと。東方教会では彼は聖人として尊重されているともいいます。
 
 わたしたちはどうでしょうか。わたしたちはピラトのような権力は持たず、軍事力を持ってはいません。しかし何らかの力をもって人を支配しようとしたり、自分の立場を守ろうとする保身に陥ったり、心の奥ではおびえたり恐れたりしているかもしれません。わたしの中にもピラトがいるかもしれません。
 わたしたちにもイエスは言われます。

「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」

イエスは、「わたしの声を聞いてあなたも真理に属する者となりなさい」と呼びかけられるのです。

 もう一つ、イエスの言葉を聞きましょう。

「はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。」ヨハネ5:25

 あのとき、ピラトは神の子イエスの声を聞いたのでした。彼もその声を聞いて生きることができたはずでした。イエスの目に、ピラトもまた生きるべき大切な存在でした。

 わたしたちはイエスさまの目に大切な存在です。わたしたちがさまざまな困難、圧迫、保身、恐れに陥ることがあったとしても、わたしたちは生きなければならない。魂が死んだようになってしまうとしたら、その時こそ、神の子イエスの声を聞く時です。

「死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。」
 
 祈りましょう。

 主イエスさま、あなたはわたしたちのために人となり、ポンテオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受けて死なれました。あなたは死んで、わたしたちを生かそうとしてくださいました。神のみ子であるあなたの声を今、わたしたちに聞かせてください。わたしたちがあなたの声を聞いて生きるようにしてください。わたしたちを限りなく愛してくださるあなたの御名を賛美します。アーメン

(2010/09/26 京都聖三一教会)

リルケ「時です」

あまりに過酷な夏が過ぎて、リルケの「秋の日」の冒頭の1節が思い浮かぶ。

「主よ、時が来ました。夏はとても偉大でした。」

Herr: es ist Zeit. Der Sommer war sehr gross.

[ss はドイツ文字「エスツェット」なのだが文字化けするので代用]

es ist Zeit.
は英語では
It is time.

「時です」と訳すのもいいかもしれない。

ふと気になってドイツ語ルター訳(現代版)聖書の詩編119:126を開いてみた。

Es ist Zeit, dass der HERR handelt;
(主が働かれるべき時です。)

es ist Zeit.
同じ言葉である。

リルケの「秋の日」Herbsttag は、もうひとつの詩「秋」Herbst とともに、学生時代から特別に自分にとっては大切な詩に属する。

当時NHKのドイツ語講座で小塩節先生が語ってくださったのが今も耳に残っている。

「秋」については
http://blog.livedoor.jp/izaya/archives/50783123.html
をご覧ください。



日ごとの聖句439 わたしの道の光 2010/9/26〜10/2

2010年9月26日(日)聖霊降臨後第18主日       詩編119:97
わたしはあなたの律法を、どれほど愛していることでしょう。わたしは絶え間なくそれに心を砕いています。

9月27日(月)                  詩編119:105
あなたの御言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯。

9月28日(火)                詩編119:105‐107
あなたの御言葉は、わたしの道の光。主よ、御言葉のとおり、命を得させてください。

9月29日(水)聖ミカエルおよび諸天使の日     詩編119:108
わたしの口が進んでささげる祈りを、主よ、どうか受け入れ、あなたの裁きを教えてください。

9月30日(木)                  詩編119:112
あなたの掟を行うことに心を傾け、わたしはとこしえに従って行きます。

10月1日(金)                  詩編119:114
あなたはわたしの隠れが、わたしの盾、御言葉をわたしは待ち望みます。

10月2日(土)                 詩編119:116
あなたの仰せによりすがらせ、命を得させてください。わたしの望みを裏切らないでください。

エラールピアノ コンサート

  〜 透明さ、やわらかな香しさを 感じるままに
 
F.Liszt 愛の夢
J.Field ノクターン
F.Chopin ワルツ(遺作)
F.Chopin 即興曲第1 番
     幻想即興曲
     子守歌
Beethoven ピアノソナタ「月光」
Mozart ピアノソナタ「トルコ行進曲付き」
       など予定

演奏:小野 純子

ピアノはフランス・エラール社1911 年製アップライトです。
とても不思議な響きです。奏でていると、曲の本質に新たに出会う
思いがするとともに、私自身の感性が開かれていく気がします。
ご一緒にひとときを過ごすことができれば幸いです。
                      参加費2000円

2010 年10 月16 日(土) 午後3 時より
小野 音楽室(大津市比叡平)にて

詳しくはここ

命の水の川──「ヨハネの黙示録」

「ヨハネの黙示録」はローマのドミティアヌス帝の治世(紀元81〜96)に記されたと考えられる。ローマ皇帝礼拝の強制を含む迫害に苦しめられていた信徒を励ますために本書は記された。迫害下の秘密文書的性格を持つため、ところどころに比喩やなぞが含まれている。

1. 1:9「わたしは、あなたがたの兄弟であり、共にイエスと結ばれて、その苦難、支配、忍耐にあずかっているヨハネである。わたしは、神の言葉とイエスの証しのゆえに、パトモスと呼ばれる島にいた。」

 長老ヨハネはその信仰と宣教の働きのため捕らえられ、地中海のパトモス島に幽閉されていた。

2. 4:1‐2「その後、わたしが見ていると、見よ、開かれた門が天にあった。そして、ラッパが響くようにわたしに語りかけるのが聞こえた、あの最初の声が言った。『ここへ上って来い。この後必ず起こることをあなたに示そう。』わたしは、たちまち"霊"に満たされた。すると、見よ、天に玉座が設けられていて、その玉座の上に座っている方がおられた。」

 ヨハネは神の霊に満たされて天上に引き上げられ、天上の礼拝を目撃する。

3. 4:11「主よ、わたしたちの神よ、あなたこそ、栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方。」

Dominus et Deus noster(主にしてわたしたちの神)はドミティアヌス帝の称号。同じ言葉を用いつつ、主なる神こそがそれであることを明確に表明する。ローマ帝国の悪しき支配への抵抗。

4.6:9「小羊が第五の封印を開いたとき、神の言葉と自分たちがたてた証しのために殺された人々の魂を、わたしは祭壇の下に見た。」

 信仰の証しのゆえに苦難を受け、殺された人びとを、神は祭壇の下に守り顧みておられる。

5.12:7‐9「さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、勝てなかった。……この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。」

 黙示録は壮大な幻のうちに、悪の勢力が敗北し、神の愛と正義と平和が勝利することを告げる。

6.21:26「人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。」

 わたしたちもまた、自分の労苦とその実りを携えて神のもとに集まる。人類と人生の目標。

7. 22:1‐2 「天使はまた、神と小羊の玉座から流れ出て、水晶のように輝く命の水の川をわたしに見せた。川は、都の大通りの中央を流れ、その両岸には命の木があって、年に十二回実を結び、毎月実をみのらせる。そして、その木の葉は諸国の民の病を治す。」

 これがわたしたちに約束され、用意されている安息の地。わたしたちはそこで神から永遠のいのちを受け、すべてが癒される。


たとえ何がどうあろうと、神がわたしたちを永遠の祝福の地に迎えてくださることを思い、悪しき力や不安に圧倒されず、希望を抱いてこの世を生き抜きたい。

  (2010/09/12 京都聖三一教会「聖書の会」)

日ごとの聖句438 老いの祝福 2010/9/19〜25

2010年9月19日(日)聖霊降臨後第17主日       ヨエル3:1
その後、わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見る。

9月20日(月)                  詩編71:7、9
あなたはわたしの避けどころ、わたしの砦。老いの日にも見放さず、わたしに力が尽きても捨て去らないでください。

9月21日(火)福音記者使徒聖マタイ日        詩編71:18
わたしが老いて白髪(しらが)になっても、神よ、どうか捨て去らないでください。御腕(みうで)の業を、来るべき世代に語り伝えさせてください。

9月22日(水)                箴言16:31、20:29
白髪(しらが)は輝く冠、神に従う道に見いだされる。力は若者の栄光。白髪は老人の尊厳。

9月23日(木)                   創世記24:1
アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた。

9月24日(金)                 エレミヤ31:13
そのとき、おとめは喜び祝って踊り、若者も老人も共に踊る。わたしは彼らの嘆きを喜びに変え、彼らを慰め、悲しみに代えて喜び祝わせる。

9月25日(土)                   詩編71:23
わたしの唇は喜びの声をあげ、あなたが贖(あがな)ってくださったこの魂は、あなたにほめ歌をうたいます。

日ごとの聖句437 詩編第46編 2010/9/12〜18

2010年9月12日(日)聖霊降臨後第16主日        詩編46:2
神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦(とりで)。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。

9月13日(月)                  詩編46:2‐3
神がおられるから、わたしたちは決して恐れない。地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移るとも。

9月14日(火)                    詩編46:5
大河とその流れは、神の都に喜びを与える、いと高き神のいます聖所に。

9月15日(水)                    詩編46:6
神はその中にいまし、都は揺らぐことがない。夜明けとともに、神は助けをお与えになる。

9月16日(木)                  詩編46:9‐10
主の成し遂げられることを仰ぎ見よう。主は地の果てまで、戦いを断ち、弓を砕き槍を折り、盾を焼き払われる。

9月17日(金)                   詩編46:11
「力を捨てよ、知れ、わたしは神。国々にあがめられ、この地であがめられる。」

9月18日(土)                   詩編46:12
万軍の主はわたしたちと共にいます。ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。

日ごとの聖句436 回復 2010/9/5〜11

2010年9月5日(日)聖霊降臨後第15主日    出エジプト記23:12
あなたは七日目には、仕事をやめねばならない。それは、あなたの牛やろばが休み、女奴隷の子や寄留者が元気を回復するためである。

9月6日(月)                   申命記30:3
あなたの神、主はあなたの運命を回復し、あなたを憐れみ、あなたの神、主が追い散らされたすべての民の中から再び集めてくださる。

9月7日(火)                  列王記下20:7
イザヤが、「干しいちじくを取って来るように」と言うので、人々がそれを取って来て患部に当てると、ヒゼキヤは回復した。

9月8日(水)                   イザヤ57:18
わたしは彼の道を見た。わたしは彼をいやし、休ませ、慰めをもって彼を回復させよう。

9月9日(木)                 エレミヤ書31:23
わたしが彼らの繁栄を回復するとき、人々は言うであろう。「正義の住まうところ、聖所の山よ、主があなたを祝福されるように。」

9月10日(金)                 エレミヤ書33:6
しかし、見よ、わたしはこの都に、いやしと治癒と回復とをもたらし、彼らをいやしてまことの平和を豊かに示す。

9月11日(土)               エゼキエル書39:25
主なる神はこう言われる。今やわたしはヤコブの繁栄を回復し、イスラエルの全家をわが聖なる名のゆえに熱い思いをもって憐れむ。
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奈良基督教会牧師
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