Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2015年07月

平和礼拝案内 2015年8月15日(土)

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日本聖公会 大阪教区礼拝・音楽委員会 & 京都教区礼拝部 協働による平和礼拝(聖餐式)の案内です。

2015年8月15日(土)14時
場所は奈良基督教会

司式 ・ 司祭 内田 望
説教 ・ 司祭 井田 泉

→ 平和礼拝ちらし2015年8月15日

奈良基督教会礼拝堂紹介

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奈良基督教会礼拝堂と親愛幼稚園園舎は国の重要文化財指定を受け、2015年7月8日付で「官報」に掲載されました。
これは以前に掲載したものの改訂版です。

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奈良基督教会礼拝堂紹介

礼拝における聖書朗読

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2013年11月24日、奈良基督教会の修養会で話したものです。

・ 聖書の中に記された聖書朗読
・ 聖書の朗読の要点
・ 聖書朗読の指針
・ 聖書朗読に際して注意すべき具体例

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礼拝における聖書朗読

聖公会の聖餐式について

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2013年6月23日、奈良基督教会の修養会で話したものです。

私のその時の関心がかなり強く反映しています。

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聖公会の聖餐式について

日ごとの聖句692 天からのパン 2015/8/2〜8

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2015年8月2日(日)聖霊降臨後第10主日     出エジプト記6:4
主はモーセに言われた。「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる。民は出て行って毎日必要な分だけ集める。」

8月3日(月)               出エジプト記16:13-14
朝には宿営の周りに露が降りた。露が蒸発すると、荒れ野の地表を覆って薄くて壊れやすいものが大地の霜のように薄く残っていた。

8月4日(火)                出エジプト記16:15
人々はこれは一体何だろうと言った。モーセは彼らに言った。「これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。」

8月5日(水)                出エジプト記16:35
イスラエルの人々は、人の住んでいる土地に着くまで四十年にわたってこのマナを食べた。

8月6日(木)主イエス変容の日            申命記8:3
主はマナを食べさせられた。人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。

8月7日(金)                   ヨハネ6:35
イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」

8月8日(土)                コリント一 10:16
わたしたちが裂くパンは、キリストの体にあずかることではないか。

神の息と人の息

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2015年6月30日、大阪保育福祉専門学校 チャペルアワーでの講話です。

わたしは奈良基督教会牧師で、合わせて教会が設立した親愛幼稚園の園長をしています。38年前に神学校(牧師になるための学校)を卒業して、幼稚園に関わるのは四つ目で、合計すると20年目になります。

 けれども元々、わたしの人生の計画には、子どもに関わる仕事をするということはまったくありませんでした。ところが、今から38年前ですが、神学校を卒業して、牧師の卵として教会に赴任したところ、そこには併設の幼稚園があって、いきなり幼稚園の責任を負わされるハメになりました。そのときから、大きな苦労と同時に、それまで全く知らなかった思いがけない喜びを経験することになりました。

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全文はこちら

日ごとの聖句691 エリヤ 2015/7/26〜8/1

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2015年7月26日(日)聖霊降臨後第9主日       シラ書48:1
そして火のような預言者エリヤが登場した。彼の言葉は松明(たいまつ)のように燃えていた。

7月27日(月)               列王記上17:15
やもめは行って、エリヤの言葉どおりにした。こうして彼女もエリヤも、彼女の家の者も、幾日も食べ物に事欠かなかった。

7月28日(火)               列王記上18:21
エリヤはすべての民に近づいて言った。「あなたたちは0いつまでどっちつかずに迷っているのか。もし主が神であるなら主に従え。」

7月29日(水)               列王記上18:30
エリヤは、「わたしの近くに来なさい」と言った。すべての民が彼の近くに来ると、彼は壊された主の祭壇を修復した。

7月30日(木)                列王記上19:8
エリヤは起きて食べ、飲んだ。その食べ物に力づけられた彼は、四十日四十夜歩き続け、ついに神の山ホレブに着いた。

7月31日(金)                列王記下2:8
エリヤが外套を脱いで丸め、それで水を打つと、水が左右に分かれたので、彼ら二人は乾いた土の上を渡って行った。

8月1日(土)                   マルコ9:2、4
イエスは、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。

わたしは、へりくだる霊の人と共に

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2015年7月19日、奈良基督教会での説教です。

イザヤ書57:14-21

今日朗読された旧約聖書・イザヤ書第57章14節以下に、深い悲しみと失意に沈んでいる人が見え隠れしています。

 この人は──あるいは個人ではなく集団なのかもしれませんが──何か過ちを犯し、神さまに背いて頑なになっていた人です。その人が今は、自分の過ちを悟り、うずくまって動くこともできない状態です。そういうときこそ、神さまに立ち帰るべきなのですが、この人は、神さまはもう自分を受け入れてはくださらないに違いないと思い込んでいます。どうしたらよいのでしょうか。

 今日大切に聞きたいことは、ここで、この人のために神さまご自身が姿を現し、この人を愛のまなざしをもって見つめておられる、ということです。……

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全文はここ

アダマ──創世記 (聖書一書一節 1) 

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「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」創世記2:7

神が最初に人間を造られたときのことがこのように語られています。形はできたけれども、人間は動きません、命がないからです。しかし神は人間が生きることを願われました。呼びかけ、応答する存在を求められました。そこで神は「その鼻に命の息を」吹き入れられました。すると人間は生きるものとなったのです。

神は「土」は命を育むものですが、「塵」ははかなく弱くうつろうもの、棄て去られる無価値なものの象徴です。人間は弱さ、もろさ、はかなさを抱えています。自分を偉いもののように思って傲慢になるべきではありません。しかし他方、人間は神の命の息を吹き入れられた尊いもの、かげがえのないものです。卑下したりいやしめたりしてはなりません。

人間は傲慢か卑下かの両極に傾きやすいものです。しかし創世記の記事は、わたしたちが謙遜に、しかし自分と他者と尊んでしっかりと生きるようにと呼びかけています。

(奈良ワイズメンズクラブ 「ブリテン」 に連載中のものです。 )

日ごとの聖句690 へりくだる霊 2015/7/19〜25

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2015年7月19日(日)聖霊降臨後第8主日       イザヤ57:14
主は言われる。盛り上げよ、土を盛り上げて道を備えよ。わたしの民の道からつまずきとなる物を除け。

7月20日(月)                  イザヤ57:15
その名を聖と唱えられる方がこう言われる。「わたしは、高く、聖なる所に住み、打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にある。」

7月21日(火)                  イザヤ57:15
「わたしは、へりくだる霊の人と共にあり、へりくだる霊の人に命を得させ、打ち砕かれた心の人に命を得させる。」

7月22日(水)マグダラの聖マリヤ日        イザヤ57:16
わたしは、とこしえに責めるものではない。霊がわたしの前で弱り果てることがないように、わたしの造った命ある者が。

7月23日(木)                  イザヤ57:18
わたしは彼の道を見た。わたしは彼をいやし、休ませ、慰めをもって彼を回復させよう。民のうちの嘆く人々のために。

7月24日(金)                  イザヤ57:19
平和、平和、遠くにいる者にも近くにいる者にも。わたしは彼をいやす、と主は言われる。

7月25日(土)使徒聖ヤコブ日          イザヤ57:20-21
神に逆らう者は巻き上がる海のようで、静めることはできない。神に逆らう者に平和はないと、わたしの神は言われる。

日韓聖公会 歴史断章──詩人・尹東柱を中心に」

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第4回日韓聖公会神学会での発題講演 「日韓聖公会 歴史断章──詩人・尹東柱を中心に」
2010年2月26日、韓国 ・ 京畿道抱川市山井湖水ハンファコンドにて。

全文→日韓聖公会 歴史断章──詩人・尹東柱を中心に

ヨナ物語

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旧約聖書のヨナ物語です。
親愛幼稚園お泊まりキャンプ(2015/07/09〜10)でのおはなし。

 昔々、ヨナさんという人がいました。ヨナさんはこんな話を聞きました。
──東のほうにニネベという大きな町があって、ニネベの人たちはとても悪いことばかりしているというのです。人をいじめたり、いじわるをしたり、泥棒をしたり、人をなぐったり蹴ったりしている。神さまのことなんか忘れて、お祈りもぜんぜんしないそうです。
 その話を聞いたヨナさんは、「ニネベなんか大嫌いだ、ニネベの人なんかぜんぶ死んでしまえばいい」と思っていました。
 ところがある日、神さまの声が聞えました。
「ヨナさん、あなたはこれからニネベに出かけて行って、『みんな悪いことをやめなさい』とお話ししてきなさい」。
 けれどもヨナさんはいやでした。だれがあんな大嫌いなニネベなんかに行くもんか。
 ……

  →全文はこちら


日ごとの聖句689 預言 2015/7/12〜18

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2015年7月12日(日)聖霊降臨後第7主日       アモス7:15
主は家畜の群れを追っているところから、わたしを取り、「行って、わが民イスラエルに預言せよ」と言われた。

7月13日(月)                  民数記11:29
モーセは彼に言った。「わたしは、主が霊を授けて、主の民すべてが預言者になればよいと切望しているのだ。」

7月14日(火)               出エジプト記15:20
アロンの姉である女預言者ミリアムが小太鼓を手に取ると、他の女たちも小太鼓を手に持ち、踊りながら彼女の後に続いた。

7月15日(水)                 エレミヤ25:30
あなたは、これらの言葉をすべて彼らに預言して言うがよい。「主は、高い天からほえたけり、聖なる宮から声をとどろかされる。」

7月16日(木)                 エゼキエル37:9
霊に預言せよ。霊よ、四方から吹き来れ。霊よ、これらの殺されたものの上に吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る。

7月17日(金)                   ヨエル3:1
その後、わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見る。

7月18日(土)                 ペトロ二 1:19
明けの明星があなたがたの心の中に昇るときまで、暗い所に輝くともし火として、どうかこの預言の言葉に留意していてください。
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 『日韓キリスト教関係史資料』第3巻の編集
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