Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2018年05月

日ごとの聖句840 イエスの命

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2018年6月3日(日)聖霊降臨後第2主日 コリント二 4:7
わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであることが明らかになるために。

6月4日(月)           コリント二 4:8-9
わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、打ち倒されても滅ぼされない。

6月5日(火)            コリント二 4:10
わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。

6月6日(水)          サムエル記下22:47
主は命の神。わたしの岩をたたえよ。わたしの救いの岩なる神をあがめよ。

6月7日(木)             詩編42:9
昼、主は命じて慈しみをわたしに送り、夜、主の歌がわたしと共にある。わたしの命の神への祈りが。

6月8日(金)            コリント二 4:14
主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも復活させ、一緒に御前(みまえ)に立たせてくださると、わたしたちは知っています。

6月9日(土)            コリント二 4:16
たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。

“霊”が語らせるままに

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2018年5月20日
聖霊降臨日
奈良基督教会での説教です。

全文→“霊”が語らせるままに

「2:1 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、2 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。3 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。4 すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」使徒言行録2:1-4

 およそ2000年前の今頃の季節の日曜日、今聞いたこのような出来事が起こりました。聖霊降臨です。これがなければ教会は誕生せず、福音は伝えられず、この教会もなく、わたしたちもイエス・キリストを知り、また信じることも起こらなかったのです。逆に言えば、この聖霊降臨の出来事が起こったから、わたしたちはここでこうして礼拝する者となったのです。
 教会が、またわたしたちが生き生きと生きるためには、この最初の聖霊降臨の出来事の記憶がよみがえって、それが今のわたしたちの力となり命となる。それが大事です。そこで今日は、この日何が起こったのかをあらためて確かめてみたいと思います。
……

日ごとの聖句839 神の息吹 2018/5/27〜6/2

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2018年5月27日(日)三位一体主日・聖霊降臨後第1主日
                  ヨハネ3:8
風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も同じである。

5月28日(月)            創世記2:7
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

5月29日(火)            詩編104:29-30
あなたは御自分の息を送って彼らを創造し、地の面(おもて)を新たにされる。

5月30日(水)           ヨハネ20:21-22
「あなたがたに平和があるように。」イエスはそう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。」

5月31日(木)          使徒言行録2:1-2
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、家中に響いた。

6月1日(金)           エゼキエル37:5
これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。

6月2日(土)         ヨハネの黙示録11:11
三日半たって、命の息が神から出て、この二人に入った。彼らが立ち上がると、これを見た人々は大いに恐れた。

WCC総幹事 米大使館のエルサレム移転に関する「行き過ぎた暴力」を非難

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WCC総幹事 米大使館のエルサレム移転に関する「行き過ぎた暴力」を非難
 2018年5月16日

【キリスト新聞記事全文】

 世界教会協議会(WCC)のオラフ・フィクセ・トヴェイト総幹事は5月16日、多くの人々が犠牲になったガザ地区でのイスラエル軍による「行き過ぎた暴力」を非難するコメントを発表した。また、アメリカ大使館のエルサレムへの移転を「神からの贈り物」として祝う一部のキリスト者に対しても懸念を示し、「この移転はあまりにも挑発的な性質を持つもの」としている。

WCC「正義に立つ平和と、聖地エルサレムの赦しのために」

 「ガザ地区のデモに対する軍事的対応は、複数の子どもを含む多くの死者、何千人もの死傷者という結果を生んでいます。そしてその数はいまだ増加しています。この暴力と流血は、国際機関によって非難されるべきであり、国際的な調査下に置かれなくてはなりません。事態は、これらの出来事の水面下での一層深い理解を必要としています。

 抵抗者たちは、彼らの市民権を、パレスチナ人として自分たちが置かれている現在の状況への不服と失望を表すために行使しています。彼らの家族が70年前に経験した大災害『ナクバ』は、多くのパレスチナ人にとって――特にガザ地区在住の人々にとって――解決法のない居場所のなさと苦しみの原因であり続けています。子どもを含む非武装市民が銃撃され、殺され、多くの人々が傷つけられていることは、『一国の自衛の権利』の表れとして法的にも道徳的にも擁護され得ないことです。これは、イスラエルが本来尊重し保護するべき人々に対する、許されない暴力の行使として受け止められなければなりません。

 エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三つの宗教が共有する聖地です。聖地における包括的で持続可能な平和は、国際社会が定めた境界線に沿って聖地を2地域に区分するという解決法を基盤としなければなりません。

 今回の抵抗は、アメリカ大使館を『分かれていないエルサレム』に移転するという、アメリカの一方的な決定に対するものです。この行為は、エルサレムに関する今までの国連決議すべてに反旗を翻すものであり、平和的で正当な解決法への深刻な障害を生み出しました。エルサレム問題は議論なしに進められたことはありませんでした。むしろ、国連の活動による非常に流動的な平和交渉の議論における最も困難な問題の一つであり続けています。

 5月14日の抵抗運動は、アメリカ大使館のテル・アビブからエルサレムへの正式な移転と、イスラエル建国70周年記念祝典に対するものでした。5月15日の抵抗運動は、その70周年記念祝典に焦点が当てられました。パレスチナ人は70年前のこの出来事をナクバ、あるいは大災害と呼び、1948年のイスラエル建国時に何十万人の人々が住処を追われた時だとしています。

 WCCは、はかりしれない重要性を持ち三つの信仰と二つの民族に愛されてきたエルサレムという都市の立場は平和交渉を通して解決されるべきであるという長年の理解に、一貫して賛同し続けてきました。

 このような時に、すべて行動を起こす者は――特にイスラエルの強力な国家と諸外国は――正義に立つ平和のために努力し、生命の尊厳を最大限に尊重しながら行動し、事態の進行につれてますます高揚するであろうあらゆる形の暴力の制止を実行に移さなければなりません。

 一部のキリスト者が、アメリカの決定を神に感謝していることは、地域的にも国際的にも、教会にとって非常に深刻な事態です。この決定は国際法と国際政治を嘲笑し侮辱するものであり、さらにはエルサレムを首都として共有する両民族への国際的な共通理解を基盤とする平和への道程を蝕み、服従させられ圧迫されたパレスチナ人を挑発するものであります。このことは、自らの信仰を和解と平和のための働きに駆り立てるものとして理解するすべての者に関わってきます。

 エルサレムの未来に関するあらゆる一方的な決定は聖地における平和への努力を蝕むであろうという前もっての警告が省みられることなく素通りされたということは、現在の暴力と直接関連づけられ非常に悲しむべきことです。このことは決して避けて通ることはできません。このうえさらに、アメリカ大使館のエルサレムへの移転が聖地における状況の永続的な解決策を見つけるだろうという反撃には、わたしたちはたいへん関心を持っています。

 わたしたちは国際機関に、国際協定および決議に沿いつつ、聖地に住むすべての人々の切なる願いを尊重した、正当で実現性のある解決法のためのあらゆる努力を性急に惜しまないよう勧告します。巨大な暴力がもつれ合い、ますます増加していく脅威にもかかわらず、わたしたちはWCCのメンバーである諸教会を、希望と次のような祈りの中へ受け入れます。願わくば、平和へのたゆまぬ努力が現在の悲劇的な暴力を克服し、『剣は鋤へ、槍は刈り鎌へと打ち直される』時を導きますように。

 WCCは、聖地にあるわたしたちのメンバーの諸教会との連帯を表明し、これからも和解と正義と平和のための彼らの働きの伴走者であり続けます」

翻訳:野川 祈


日ごとの聖句838 聖霊降臨 2018/05/21〜26

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2018年5月20日(日)聖霊降臨日 使徒言行録2:1-2
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、家中に響いた。

5月21日(月)         使徒言行録2:3
そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。

5月22日(火)         使徒言行録2:4
すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

5月23日(水)         使徒言行録2:7-8
「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。」

5月24日(木)         使徒言行録2:15-16
ペテロは言った。「この人たちは酒に酔っているのではありません。これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。」

5月25日(金)         使徒言行録2:17
「終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。」

5月26日(土)          使徒言行録2:28
「あなたは、命に至る道をわたしに示し、御前(みまえ)にいるわたしを喜びで満たしてくださる。」

信仰と愛──アンティオキア教会の始まり

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使徒言行録11:19−30
2018年5月6日・復活節第6主日
奈良基督教会での説教

今日の聖書日課の使徒言行録には、シリアのアンティオキア教会の始まりのことが記されていました。

「11:19 ステファノの事件をきっかけにして起こった迫害のために散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで行ったが、ユダヤ人以外のだれにも御言葉を語らなかった。20 しかし、彼らの中にキプロス島やキレネから来た者がいて、アンティオキアへ行き、ギリシア語を話す人々にも語りかけ、主イエスについて福音を告げ知らせた。」

エルサレムの教会の力ある指導者ステパノが石で打たれて殺されたことがきっかけとなって、エルサレムの教会に対して迫害が起こり、多くの信徒たちがあちこちへと散らされて行きました。

こうしてエルサレムのずっと北の方、シリアのアンティオキアという当時の大都会に教会が成立し、このアンティオキアの教会がイエス・キリストの福音を世界に広める基地の役割を果たすようになりました。……

全文→信仰と愛──アンティオキア教会の始まり

天に昇られたイエスさま

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 復活の後、主イエスは40日にわたってしばしば弟子たちの前に現れ、ご自分が生きていることを示されました。そして40日後に、弟子たちの目の前で天に昇って行かれました。ルカによる福音書にはこのように記されています。

「イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。」24:50-51

 ここで2回も「祝福」という言葉が出て来ます。また日本語訳では「手」となっているところは、ギリシア語原文では複数、つまり「両手」です。

 イエスさまを見送った弟子たちの目に、そして心に刻まれたのは、イエスの祝福の手です。その挙げられた両手から、イエスの愛と平和と命が弟子たちに伝わってきます。たとえ姿は見えなくなっても、イエスの祝福の手がずっと自分たちを守り支えていてくださることを弟子たちは感じて、心を熱くされました。

 天に昇られたイエスさまは、弟子たちからただ離れて行ってしまわれたのではありません。今は父なる神さまの傍らにいて、弟子たちのために祈り、執り成していてくださるのです。

 さらにイエスさまは、昇天に先立って弟子たちに「聖霊を送る」と約束され、それを待っているようにと繰り返し命じられました。
「わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」ルカ24:49

 そこで弟子たちは、イエスが約束された聖霊を待ち望んで祈り続けました。10日後の日曜日、集まって祈っていた弟子たちは、激しく燃える神の愛を経験しました。弟子たちはその喜びを他の人々に伝えずにはおれなくなりました。これが聖霊降臨日(ペンテコステ)、言わば教会の誕生日です。今年は5月20日です。

 イエスさまは今も、わたしたちに向かって手を上げて祝福を注ぎ、他方神に向かってわたしたちのために祈っていてくださいます。わたしたちも最初の弟子たちのように、主イエスの祝福の手を仰ぎましょう。

 聖餐式の終わりに司祭は手を上げて会衆を祝福します。
「父と子と聖霊なる全能の神の恵みが、常に皆さんとともにありますように。アーメン」

 昇天のイエスさまの上げられた手が両手であることに気づいて以来、わたしは「父と子と」のところでは片手で十字を切るのですが、「聖霊」のところで両手を上げるようになりました。イエスさまの祝福を会衆に伝えたいからです。
 昇天の主イエスの両手の祝福が、皆さまとともにありますように。

日ごとの聖句837 主の昇天と約束 2018/5/13〜19

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2018年5月13日(日)復活節第7主日(昇天後主日)  
                  ルカ24:49
「わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」

5月14日(月)             ルカ24:50
イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて彼らを祝福された。

5月15日(火)           ルカ24:51-52
イエスは祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、神をほめたたえていた。

5月16日(水)         使徒言行録1:11
「あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

5月17日(木)           ヨハネ14:26
父がお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。

5月18日(金)           ヨハネ16:13
その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。

5月19日(土)           ヨハネ16:22
わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。

日ごとの聖句836 バルナバ 2018/5/6〜12

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2018年5月6日(日)復活節第6主日
              使徒言行録4:36-37
使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていたヨセフも、持っていた畑を売り、その代金を持って来た。

5月7日(月)         使徒言行録9:27
バルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが主に出会い、イエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した。

5月8日(火)        使徒言行録11:20-21
彼らはアンティオキアで主イエスの福音を告げ知らせた。主がこの人々を助けられたので、信じて主に立ち帰った者の数は多かった。

5月9日(水)          使徒言行録11:22
このうわさがエルサレムにある教会にも聞こえてきたので、教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した。

5月10日(木)昇天日        ルカ24:50-51
イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。

5月11日(金)        使徒言行録11:24
バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていた。こうして、多くの人が主へと導かれた。

5月12日(土)       使徒言行録11:25-26
バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。二人は、教会に一緒にいて多くの人を教えた。

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