Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2021年03月

日ごとの聖句987 イエスの最後の1週間 2021/3/28〜4/3

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【ひとこと】
 今回はイエスの生涯の最後の1週間をたどっています。(日)から(水)の聖句は、エルサレム神殿での様子や教えです。(月)では省きましたが、第一の掟はまず「イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である」という宣言から始まります。これは、神が人の想像の産物ではなく、生きて働き、愛し命じる主体であることを強く意識させます。

 「あなたの神である主を<愛しなさい>」。神を「愛する」ことが求められています。「愛する」ことは真心、情熱、そして意志を伴う積極的行為です。これは冷たい命令ではありません。神がわたしたちを愛しておられることを知るとき、わたしたちは揺り動かされて神と隣人を愛することへと促されます。

 (木)は「主の晩餐」(いわゆる「最後の晩餐」)の場面で、聖餐式の元となった言葉です。
 (金)の「神殿の垂れ幕」とは、神がそこにおられるとされた神聖な場所(至聖所)を隠し、人々を隔ててきた幕です。イエスの死によって、神とわたしたちの間の隔てが除かれたことを示す象徴的出来事かもしれません。

 イエスが墓に葬られている土曜日のことを伝えるのはルカ福音書だけです。女の人たちのイエスに対する深い思いと行動が、鮮明に伝えられます。

2021年3月28日(日)復活前主日    マルコ11:11
イエスはエルサレムに着いて、神殿の境内に入り、辺りの様子を見て回った後、十二人を連れてベタニアへ出て行かれた。

3月29日(月)復活前月曜日     マルコ12:29-30
「第一の掟は、これである。『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』」

3月30日(火)復活前火曜日      マルコ12:31
「第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』
この二つにまさる掟はほかにない。」

3月31日(水)復活前水曜日    マルコ12:35,37
イエスは神殿の境内で教えておられた。大勢の群衆は、イエスの教えに喜んで耳を傾けた。

4月1日(木)聖木曜日        マルコ14:22
イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」

4月2日(金)聖金曜日(受苦日) マルコ15:37-38
イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。

4月3日(土)聖土曜日       ルカ23:55-56
イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、墓と、イエスの遺体が納められている有様とを見届け、家に帰って、香料と香油を準備した。婦人たちは、安息日には掟に従って休んだ。

【説教】一粒の麦は地に落ちて ──トマス・クランマーの殉教

Cranmer

ヨハネ12:20−33

2021年3月21日・大斎節第5主日
聖アグネス教会にて

全文 PDF→ 一粒の麦は地に落ちて──トマス・クランマーの殉教

「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」ヨハネ12:24
 
 主イエスは弟子たちとの別れが迫ったとき、ご自分のことをこのように言われました。このイエスに引き寄せられて、一粒の麦となって死んだ一人のことを、今日はお話しします。それは16世紀、今からおよそ500年前に、聖公会というわたしたちの教会の土台を築いたトマス・クランマーという人です。

 祈祷書の12頁を開いてみると、教会暦の小祝日が記されています。その中に
「3月21日 主教トマス・クランマー(1556年カンタベリー)」
と書いてあります。今日3月21日は、トマス・クランマーの殉教の記念日です。彼は、16世紀、第69代カンタベリー大主教として英国(イングランド)の宗教改革を推進しました。クランマーの働きと死があって、聖公会の信仰と礼拝は基礎を据えられ、そうしてわたしたちのところまで受け継がれてきました。

 トマス・クランマーの目に見える最も大きな働き──それは祈祷書を編集し、発行したことです(1549、1552)。それまでの礼拝はずっとラテン語で行われており、一般の人には何が語られ祈られているのか理解することができませんでした。礼拝は、参加者それぞれが自分のわかる言葉で、まごころからささげてこそ礼拝です。
……


日ごとの聖句986 引き寄せよう 2021/3/21〜28

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【ひとこと】

 今回は主日の福音書の中から「わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう」というイエスの言葉を中心に味わいたいと思います。

 「地上から上げられるとき」とは、イエスが十字架に上げられるとき、つまり死のときです。けれどもその死は終わりではありません。反対に、その十字架の死において、イエスはわたしたちをご自身のもとに──愛と真実に満ちたご自身のもとに──引き寄せると約束されたのです。

 50年近く前の学生時代に、わたしはキルケゴール(1813〜1855。デンマークの思想家)の『キリスト教の修練』をとおしてこの言葉に出会いました。この本は「イエスの招き」「わたしたちのつまずき」「イエスの引き寄せ」の3部構成になっています。近づこうとして近づけないわたしを、イエスがみずからご自身のもとに引き寄せてくださる、と知らされたのでした。


2021年3月21日(日)大斎節第5主日  ヨハネ12:32
イエスは言われた。「わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう。」

3月22日(月)            ヨハネ12:33
イエスは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、こう言われたのである。

3月23日(火)           詩編27:9-10
救いの神よ、わたしを離れないでください。父母はわたしを見捨てようとも、主は必ず、わたしを引き寄せてくださいます。

3月24日(水)            イザヤ11:12
主は地の四方の果てから、イスラエルの追放されていた者を引き寄せ、ユダの散らされていた者を集められる。

3月25日(木)聖マリヤへのみ告げの日
                   ルカ1:30-31
天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」

3月26日(金)            イザヤ54:7
わずかの間、わたしはあなたを捨てたが、深い憐れみをもってわたしはあなたを引き寄せる。

3月27日(土)            イザヤ54:8
ひととき、顔をあなたから隠したが、とこしえの慈しみをもってあなたを憐れむと、あなたを贖(あがな)う主は言われる。

日ごとの聖句985 主を仰ぐ 2021/3/14〜20

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【ひとこと】
 3月14日(日)の言葉の前半は、最初の部分を省略しましたが、「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない」(ヨハネ3:14)です。これには歴史的背景があります。

 遠い昔、エジプトを脱出して約束の地に向かって旅したイスラエルの民は、荒れ野で不平を言い、神とモーセに反抗しました。神は炎の蛇を送り、多くの民はこれにかまれて死にました。民は自分たちの罪を認め、モーセに自分たちのために祈ってほしいと求めました。モーセは祈り、神の指示に従って青銅の蛇を造り、旗竿の先に掲げました。蛇にかまれた人がこれを仰ぎ見ると、命を得たといいます(旧約聖書・民数記21:4-9)。

 イエスは人の子(ご自分のこと)も「上げられねばならない」と言われます。弟子たちは何のことかわからなかったでしょう。けれどもやがてはっきりと彼らは理解したのです。イエスが十字架にかけられたのは、このことであったと。

 十字架に上げられたイエスを仰ぎ見るとき、わたしたちはイエスの痛みとともに自分の罪の痛みを知ります。けれどもそれ以上にわたしたちは、十字架から流れ出てわたしたちに注がれるゆるしの愛と祝福の命を受けるのです。こうして十字架を仰ぐわたしたちは、慈しみ深い主イエスのもとに引き寄せられます。

 なお「聖ヨセフ」とはイエスの父となったヨセフのことです。ヨセフは天使のお告げに従って断乎として行動し、幼子イエスとその母を守ったのでした。
 

2021年3月14日(日)大斎節第4主日 ヨハネ3:14-15
イエスは言われた。「人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」

3月15日(月)           ヨハネ12:32
「わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう。」

3月16日(火)             ミカ7:7
わたしは主を仰ぎ、わが救いの神を待つ。わが神は、わたしの願いを聞かれる。

3月17日(水)           イザヤ45:22
地の果てのすべての人々よ、わたしを仰いで、救いを得よ。わたしは神、ほかにはいない。

3月18日(木)            詩編34:6-7
主を仰ぎ見る人は光と輝き、辱めに顔を伏せることはない。この貧しい人が呼び求める声を主は聞き、苦難から常に救ってくださった。

3月19日(金)聖ヨセフ日       マタイ2:14-15
ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた。

3月20日(土)             詩編40:4
主はわたしの口に新しい歌を、わたしたちの神への賛美を授けてくださった。人はこぞって主を仰ぎ見、主を畏れ敬い、主に依り頼む。

【説教】あなたの家を思う熱意が

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ヨハネ2:13−22

2021年3月7日・大斎節第3主日
上野聖ヨハネ教会にて

全文 PDF → あなたの家を思う熱意が


「ユダヤ人の過越祭(すぎこしさい)が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。」ヨハネ2:13

 イエスは弟子たちと一緒にエルサレムに行かれました。過越祭の礼拝に参加するためです。エルサレムの神殿は神の家と呼ばれてきました。神の家は祈りの家。人々の生活と信仰の拠り所でした。

 詩編にはエルサレムへの巡礼の歌がいくつか収められています。そのひとつにこんな言葉があります。

「主の家に行こう、と人々が言ったとき
わたしはうれしかった。」122:1 

 主の家に行くことは喜び。神を礼拝することは幸せ──その思いが歌われています。

 このエルサレムの神殿には、イエスは子どもの頃から毎年、過越の祭のときにナザレの町の人々と一緒に来られていました。

 主イエスが12歳の過越祭のときも、ナザレの村の人たちと一緒に来られました。それが終わっての帰り道、両親はイエスがいないことに気づき、非常に心配してエルサレムに引き返したところ、イエスはこの神殿の境内で聖書の学者たちと語り合っていました。母マリアが「どうしてこんなことをして心配させたのか」と尋ねるとイエスは、「僕(ぼく)が僕のお父さんのところにいるのが分からなかった?」と答えられました。神は自分のお父さん。エルサレムの神殿はイエスさまにとって自分のお父さんのところだったのです(ルカ2:49)。
 お父さんのところ、神の家は、真心からの祈りと平安の場所であるはずでした。

 さて、あの12歳の時からおよそ20年たって、同じ過越の祭の礼拝のために、イエスは弟子たちと一緒にエルサレムに上り、神殿の境内に入って来られました。その時、イエスが見られたのは、あるまじき光景でした。
……

日ごとの聖句984 あなたの家を思う熱意 2021/3/7〜13

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【ひとこと】
 イエスはエルサレム神殿の境内で乱暴な振る舞いをされました。それは、神と人々が真実に出会い交わるはずの大切な場所が、富と力を持った者たちの悪質なむさぼりの場と化していたからです。「あなたたちは祈りの家を強盗の巣にしてしまった。」(マルコ11:17)
 それを見たとき、弟子たちの心に詩編の言葉が響きました。
 「あなたの神殿に対する熱情が、わたしを食い尽くしている。」(詩編69:10)

 「あなた」とは神です。これはほとばしる自分の思いを神に告白した言葉です。神とその住まいたる神殿を愛する思いが、イエスのうちに激しく燃え上がっているのを弟子たちは感じました。神殿を自分たちの権威の拠り所とする大祭司以下の宗教的指導者、それと結びつくあくどい商人たち──彼らは神を侮るばかりか、貧しい人々の信仰を食い物にしています。
 神殿は本来の意味とは反対に、神と人々を隔てるものと成り果てている──それがイエスの嘆きであり憤りでした。

 詩編第69編において、神を切に愛する詩人は、その信仰のゆえに侮辱され、嘲られ、迫害される現実を神に訴えて祈ります。苦痛のあまり彼は迫害する者への復讐を求めます。しかしやがてその口から神への賛美が湧き出ます。神が貧しい者、苦しめられた者の味方であり、神がその人々をけっして放置されないことを、詩人は確信をもって語るのです。


2021年3月7日(日)大斎節第3主日  ヨハネ2:15
イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒した。

3月8日(月)             ヨハネ2:16
イエスは鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」

3月9日(火)            ヨハネ2:17
弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。

3月10日(水)            詩編69:10
あなたの神殿に対する熱情が、わたしを食い尽くしているので、あなたを嘲(あざけ)る者の嘲りが、わたしの上にふりかかっています。

3月11日(木)            詩編69:22
人はわたしに苦(にが)いものを食べさせようとし、渇くわたしに酢を飲ませようとします。

3月12日(金)            詩編69:31
神の御名(みな)を賛美してわたしは歌い、御名を告白して、神をあがめます。

3月13日(土)            詩編69:34
主は乏しい人々に耳を傾けてくださいます。主の民の捕われ人らを、決しておろそかにはされないでしょう。

十字架の祈り

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全文PDF → 十字架の祈り

十字架の祈り

 十字架を仰ぎ、あるいは手にしてしばらく沈黙する。

先唱 神よ、速やかにわたしたちをお救いください

一同 主よ、速やかにわたしたちをお助けください

先唱 栄光は、父と子と聖霊に

会衆 初めのように、今も、世々に限りなく アーメン



(受肉)

聖書 「言は肉となって、わたしたちの 間あいだに宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の 独ひとり子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」ヨハネ1:14

先唱 人となって来られたイエスさま(赤ちゃんとなっておいでになったイエスさま)

一同 わたしたちを顧みて、お救いください



(招き)

聖書 「すべて重荷を負って苦労している者は、わたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげよう。」

マタイ11:28

先唱 わたしたちをみもとに招いてくださるイエスさま

一同 わたしたちを顧みて、お救いください



(逆風)

聖書 「ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。」

マタイ14:24-25

先唱 漕ぎ悩む弟子たちのところに行かれたイエスさま

一同 わたしたちを顧みて、お救いください



(病)

聖書 「彼女はイエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。『この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。」マルコ2:27-28

先唱 ご自分の服に触れた病気の女の人を愛されたイエスさま、わたしたちもあなたに触れることをお許しください

一同 わたしたちを顧みて、お救いください



(十字架)

聖書 「イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる『されこうべの場所』、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。そこで、彼らはイエスを十字架につけた。」

ヨハネ19:17-18

先唱 わたしたちの救いのために十字架につけられたイエスさま、あなたの十字架から愛のいのちがわたしたちに注がれます

一同 わたしたちを顧みて、お救いください



(復活)

聖書 「イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現された。」マルコ16:9

先唱 わたしたちの救いのために復活されたイエスさま

一同 わたしたちを顧みて、お救いください



(祝福)

聖書 「イエスは、そこから彼らをベタニアの 辺あたりまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。」ルカ24:50-51

先唱 主イエスさま、あなたはわたしたちを祝福し、神の国のためにわたしたちを派遣されます

一同 わたしたちを顧みて、お救いください



聖書 「キリストは、神の形でありながら、神と等しくあることに 固執こしつしようとは思わず、かえって自分を無にして、 僕しもべの形をとり、人間と同じ者になられました。

人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで、従順でした。

このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名を、お与えになりました。」フィリピ2:6-9



先唱 見よ、主の十字架、世の救い

会衆 ともにあがめ、たたえよう

  十字架の賛美

主よ、十字架の主をあがめ‖ その復活をたたえます

見よ、この十字架のいさおによって‖ あまねく世界に喜びが来た

神よ、恵みと祝福と‖ み顔の光をわたしたちに与え

主の道を地の上に‖ 救いの喜びを世に知らせてください



先唱 主よ、憐れみをお与えください

一同 キリストよ、憐れみをお与えください

先唱 主よ、憐れみをお与えください。

天におられるわたしたちの父よ、

み名が聖とされますように。

み国が来ますように。

み心が天に行われるとおり、地にも行われますように。

わたしたちの日ごとの 糧かてを 今日きょうもお与えください。

わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。

わたしたちを誘惑に陥らせず、悪からお救いください。

国と力と栄光は、永遠にあなたのものです アーメン



司式者 主イエス・キリストの十字架から、愛の慰めと励ましが、恵みと平和が、わたしたちの間に満ち溢れますように。



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