
2021年5月30日(日)三位一体主日・聖霊降臨後第1主日
ヨハネの黙示録4:8
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能の主なる神、昔いまし、今いまし、やがて来られる方。」
5月31日(月) イザヤ12:6
「シオンに住む者よ、叫び声をあげ、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたたちのただ中にいます大いなる方。」
6月1日(火) イザヤ41:14
あなたを贖(あがな)う方、イスラエルの聖なる神、主は言われる。恐れるな、ヤコブよ、イスラエルの人々よ、わたしはあなたを助ける。
6月2日(水) イザヤ57:15
その名を聖と唱えられる方がこう言われる。わたしは、高く、聖なる所に住み、打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にある。
6月3日(木) マルコ1:23-24
男が叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」
6月4日(金) ヨハネ6:68-69
「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」
6月5日(土) テサロニケ一 5:23
どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。
【ひとこと】
今回、冒頭の三位一体主日は、当日の奉献唱(聖餐式でパンとぶどう酒を献げる際に司祭が唱える言葉)から引用しました。これはヨハネの黙示録に描かれた天上の礼拝で、「四つの生き物」が神を賛美する言葉です。時間を超越して存在される神の限りない神聖が歌われています。
「聖なるかな」は人間の世界を隔絶した神の神聖さ、清さを表現するものですが、旧約聖書の中で何度も語られるのは、意外にもその聖なる神が「人々のただ中におられ」、「危機に陥った人々を助け」「打ち砕かれた人々と共におられる」ことです。「聖なる神」とは、聖書では、この世界と人から超然とした存在ではなく、弱らされた人々を支え、連帯される方なのです。
そのような神の「聖」はイエスにおいて現れました。「汚れた霊に取りつかれた」男はそれをはっきりと認識しました。また後に、多くの弟子たちがイエスから離れ去ったとき、ペテロは「あなたこそ神の聖者」であるとイエスに告白します。






