Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2021年05月

日ごとの聖句996 聖なる方 2021/5/30〜6/5

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2021年5月30日(日)三位一体主日・聖霊降臨後第1主日
              ヨハネの黙示録4:8
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能の主なる神、昔いまし、今いまし、やがて来られる方。」

5月31日(月)           イザヤ12:6
「シオンに住む者よ、叫び声をあげ、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたたちのただ中にいます大いなる方。」

6月1日(火)           イザヤ41:14
あなたを贖(あがな)う方、イスラエルの聖なる神、主は言われる。恐れるな、ヤコブよ、イスラエルの人々よ、わたしはあなたを助ける。

6月2日(水)           イザヤ57:15
その名を聖と唱えられる方がこう言われる。わたしは、高く、聖なる所に住み、打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にある。

6月3日(木)           マルコ1:23-24
男が叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」

6月4日(金)           ヨハネ6:68-69
「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」

6月5日(土)          テサロニケ一 5:23
どうか、平和の神御自身が、あなたがたを全く聖なる者としてくださいますように。

【ひとこと】
 今回、冒頭の三位一体主日は、当日の奉献唱(聖餐式でパンとぶどう酒を献げる際に司祭が唱える言葉)から引用しました。これはヨハネの黙示録に描かれた天上の礼拝で、「四つの生き物」が神を賛美する言葉です。時間を超越して存在される神の限りない神聖が歌われています。

 「聖なるかな」は人間の世界を隔絶した神の神聖さ、清さを表現するものですが、旧約聖書の中で何度も語られるのは、意外にもその聖なる神が「人々のただ中におられ」、「危機に陥った人々を助け」「打ち砕かれた人々と共におられる」ことです。「聖なる神」とは、聖書では、この世界と人から超然とした存在ではなく、弱らされた人々を支え、連帯される方なのです。

 そのような神の「聖」はイエスにおいて現れました。「汚れた霊に取りつかれた」男はそれをはっきりと認識しました。また後に、多くの弟子たちがイエスから離れ去ったとき、ペテロは「あなたこそ神の聖者」であるとイエスに告白します。

日ごとの聖句995 聖霊降臨 2021/5/23〜29

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日ごとの聖句995 聖霊降臨

2021年5月23日(日)聖霊降臨日 使徒言行録2:1-2
五旬祭の日が来て、一同が一つに集まっていると、突然激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。

5月24日(月)         使徒言行録2:3
そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。

5月25日(火)         使徒言行録2:4
すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

5月26日(水)        使徒言行録2:14,16
すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。
「これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。」

5月27日(木)         使徒言行録2:17
『神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。』

5月28日(金)         使徒言行録2:18
『わたしの僕やはしためにも、そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。』

5月29日(土)         使徒言行録2:33
「イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父(おんちち)から受けて注いでくださいました。あなたがたは今このことを見聞きしています。

【ひとこと】
 もし、このことが起こらなければ、キリスト教会は成立せず、わたしたちはイエスの名を聞くこともなかったでしょう。それが聖霊降臨という出来事です。
 イエスの復活から50日後の日曜日、またイエスを天に送って10日後の日曜日、集まって祈っていた弟子たちは、一緒に生涯忘れられない経験をしました。

 天から不思議な風の音が聞こえてきました。その風は心と体に吹き込み、すべての細胞を生かし、力を満たします。不安や動揺や葛藤は静められて、爽やかな深い呼吸が起こります。
 また炎のように燃える舌(舌のように見える炎)が現れて、一人一人の上に上にとどまりました。何か温かいものが体に宿り、心が熱く喜びに燃えます。
 そのとき、弟子たちがはっきりと知ったのは、イエスがここに生きて、自分たちとすべての人を愛しつつ働いておられる、ということでした。

 聖霊が働いて思いと言葉が溢れてきます。弟子たちはイエスのことを人々に語らずにはいられません。そして不思議なことに、通じるはずのない他の国々の人々にも、言葉と思いが通じていくのです。
 昔の預言者ヨエルがかつて語ったことが、今こうして現実になっています。

 ♪聖霊 降(くだ)りて 昔のごとく
  くすしき み業(わざ)を あらわしたまえ  (聖歌386)

聖なる父よ、彼らを守ってください

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ヨハネ17:11

2021/05/16 昇天後主日の福音書に寄せて

「聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。」
ヨハネ17:11


 ヨハネ福音書第17章全体が、主イエスによる弟子たちのための祈りですが、その中でイエスは6回も神に「父よ」と呼びかけられます。この11節は3回目の呼びかけです。

「聖なる父よ」
 イエスがここでただ「父よ」ではなく、「聖なる父よ」と呼びかけられたのは、理由があるのではないでしょうか。
 「聖なる」というのは、神の神聖さ、清さ、超越性を表す言葉です。イエスが「聖なる父」と呼びかけられたのは、今、イエスを捕らえて抹殺しようとしているこの世の力の汚さ、狡猾さ、醜さ──「聖」とは正反対の闇の力のうごめき──を強く感じておられたからでしょう。

 けれども「聖なる神」とは、旧約聖書ではただ神の神聖さ、超越を言うだけのものではありません。イザヤ書にはこのような言葉があります。

 「わたしは主、あなたの神。あなたの右の手を固く取って言う
 恐れるな、わたしはあなたを助ける、と。
 あなたを贖(あがな)う方、イスラエルの聖なる神
   主は言われる。
 恐れるな、虫けらのようなヤコブよ
 イスラエルの人々よ、わたしはあなたを助ける。」
       イザヤ41:13-14


 このように聖なる神は、弱らされた者、危機のうちにある者を助けるために行動される神なのです。

「聖なる父よ、彼らを守ってください。」
 
 祈られている弟子たちとは、どういう人たちでしょうか。イエスご自身がこの祈りの中で言われます。

「わたしは彼らに御言葉を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。」
ヨハネ17:14-15


 イエスに従った結果、やがて迫害されるであろう弟子たちのために、イエスは神の力ある助けを求めて祈っておられます。

 世の大勢(たいせい)、時流に抗して正義と公正のために発言し、行動する人々を、イエスが勇気づけてくださいますように。

日ごとの聖句994 聖霊の約束と待望 2021/5/16〜23

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日ごとの聖句994 聖霊の約束と待望

2021年5月16日(日)復活節第7主日(昇天後主日) 
                 ヨハネ15:26
わたしが遣わそうとしている弁護者、すなわち父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずだ。

5月17日(月)          ヨハネ16:13
しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。

5月18日(火)           ルカ24:49
わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。

5月19日(水)          イザヤ32:15
ついに、我々の上に、霊が高い天から注がれる。荒れ野は園となり、園は森と見なされる。

5月20日(木)          イザヤ32:16
そのとき、荒れ野に公平が宿り、園に正義が住まう。

5月21日(金)           詩編51:12
神よ、わたしの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください。

5月23日(土)           詩編51:14
御(み)救いの喜びを再びわたしに味わわせ、自由の霊によって支えてください。


【ひとこと】
 イエスは弟子たちとの別れに際して(受難の前、また昇天の前)、大切な約束をなさいました。それは「聖霊を、神の霊をあなたがたに送る」という約束です。この聖霊は「弁護者」と呼ばれ(なぜならこの方は、弟子たちにとって強力な助け手となってくださるからです)、「真理の霊」と呼ばれ、「高い所からの力」とも言われています。

 弟子たちはこの約束を聞いたとき、十分には理解できなかったかもしれません。けれどもイエスは言われました。「その方がわたしについて証しなさる」。つまり聖霊はやがて明確に教え示してくださるのです──イエスがどういう方であるか、その語られた言葉の意味が何であったか、その存在と働きが何であるかを。

 弟子たちはイエスの約束を信じて、聖霊を祈り求めました。昇天の日から10日後にその約束は実現します。聖霊は、人を心の奥から造り変えるとともに、この世界に公平と正義を実現していきます。
 

日ごとの聖句993 イエスの昇天 2021/5/9〜15

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日ごとの聖句993 イエスの昇天

2021年5月9日(日)復活節第6主日 使徒言行録1:3
イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示された。

5月10日(月)           使徒言行録1:3
イエスは、御自分が生きていることを使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。

5月11日(火)          使徒言行録1:4
イエスはこう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。」

5月12日(水)           使徒言行録1:8
「あなたがたの上に聖霊が降(くだ)ると、あなたがたは力を受ける。そして地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」

5月13日(木)昇天日         ルカ24:50
イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。

5月14日(金)            ルカ24:51
そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。

5月15日(土)           ルカ24:52-53
彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。

【ひとこと】
 使徒言行録によれば、イエスは復活の後、40日にわたって使徒たちに現れ、御自分が生きていることを示し、神の国について語られました。そして彼らの見ている前で天に上げられました。

 ルカ福音書は「(彼らを)手を上げて"祝福された"」「そして、"祝福しながら"彼らを離れ」と、イエスの祝福を2回繰り返して伝えています。弟子たちの目と心には、イエスが自分たちを祝福してくださる手と姿が焼き付いたことでしょう。
 わたしたちもまた、わたしたちを祝福してくださるイエスの手とその姿を心の目で見て、慰めと励ましを受けるのです。

【説教】エチオピアの宦官の洗礼

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使徒言行録8:26‐40

2021年5月2日・復活節第5主日
上野聖ヨハネ教会(欠席・朗読用)

全文PDF→ エチオピアの宦官の洗礼

 今日の使徒言行録に登場したのはフィリポという伝道者、最初の教会の指導者のひとりです。イエスさまの12弟子の中にもフィリポがいましたが、それとは別の人物です。そのフィリポに主の天使が語りかけました。

「さて、主の天使はフィリポに、『ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下(くだ)る道に行け』と言った。そこは寂しい道である。フィリポはすぐ出かけて行った。」使徒言行録8:26‐27

 天使に命じられて、フィリポは遠く山道を急いで下っていきます。すると前方を馬車で行く人が目に入りました。馬車の様子やその人の服装からしてエチオピア人です。相当な地位のある人と思われます。

「折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来て、帰る途中であった。」8:27‐28

 アフリカのエチオピアの女王に仕える高官が、エルサレムに礼拝に来て帰り道だというのです。なぜこの人がはるか遠いエチオピアからエルサレムの礼拝に来ていたのでしょうか。

 非常に珍しいことですが、ひとつの例をわたしたちは知っています。30数年前、ユダのベツレヘムにイエスがお生まれになったとき、遠い東の国から博士たちがはるばる旅してきました。

 遠い東の国から来た博士たちと、遠い南の国から来たエチオピアの高官との間には──わたしの想像ですが──共通点があります。それはいずれも、真理を求めていた、ということです。魂が渇いていたのです。

……

日ごとの聖句992 エチオピアの高官 2021/5/2〜8

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日ごとの聖句992 エチオピアの高官

2021年5月2日(日)復活節第5主日
              使徒言行録8:27-28
エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官がエルサレムに礼拝に来て帰る途中であった。

5月3日(月)          使徒言行録8:29
すると、“霊”がフィリポに、「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」と言った。

5月4日(火)         使徒言行録8:30
フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。

5月5日(水)          使徒言行録8:31
宦官は、「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。

5月6日(木)          使徒言行録8:32
聖書の個所はこれである。「彼は羊のように屠(ほふ)り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、口を開かない。」

5月7日(金)          使徒言行録8:35
フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。

5月8日(土)         使徒言行録8:36,38
道を進んで行くうちに、彼らは水のある所に来た。フィリポと宦官は二人とも水の中に入って行き、フィリポは宦官に洗礼を授けた。

【ひとこと】
 エチオピアの高官は遠くエルサレムに礼拝に来て、帰る途中でした。心に深く求めるものがあったのではないでしょうか。彼はエルサレムで大切なものを手に入れました。聖書のイザヤの巻物です。馬車に揺られながら彼はそれを朗読していました。
 不慣れな外国語ですから、たとたどしかったかもしれません。しかし一心に読んでいるうちに、そこに描かれた「羊のように屠(ほふ)り場に引かれて行った人」「黙して口を開かず、ついには命を取り去られる人」に強く引かれました。

 たまたま追いついて来た(実は主の霊の命令だったのですが)フィリポに頼んで馬車に同乗してもらい、この人はだれなのかと尋ねました。そしてフィリポをとおして、苦難の僕(しもべ)イエス、復活の主イエスを知らされたのです。

 彼は「宦官」でした。彼はエチオピアの女王の全財産の管理を任されているほどの高官ですが、自分自身のうちに、決して満たされない喪失感を持っていたかもしれません。しかし今やイエスを知って、彼の思いは一変しました。生きていること、否、生かされていることの充実と喜びを知ったからです。
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