Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2021年09月

日ごとの聖句1013 主の霊 2021/09/26〜10/2

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日ごとの聖句1013 主の霊

2021年9月26日(日)聖霊降臨後第18主日
            民数記11:25
主はモーセに授けられている霊の一部を取って、七十人の長老にも授けられた。霊が彼らの上にとどまると彼らは預言状態になった。

9月27日(月)   サムエル記上16:13
サムエルはダビデに油を注いだ。その日以来、主の霊が激しくダビデに降(くだ)るようになった。

9月28日(火)         ルカ4:14
イエスは“霊”の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。

9月29日(水)聖ミカエルおよび諸天使の日
              ローマ15:13
希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。

9月30日(木)      コリント一 6:19
あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。

10月1日(金)      コリント二 1:22
神はまた、わたしたちに証印を押して、保証としてわたしたちの心に“霊”を与えてくださいました。

10月2日(土)        エフェソ1:13
あなたがたもまた、キリストにおいて、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。

(新共同訳)

【ひとこと】
 出エジプトに続く約束の地を目指しての荒野の旅は、次々に困難に襲われ、民の不平不満はモーセに向けられました。彼は苦しみに耐えかね、うめいて神に訴えました。
「あなたは、なぜ、僕を苦しめられるのですか。わたし一人では、とてもこの民すべてを負うことはできません。わたしには重すぎます。」
 すると神は、モーセに授けてあった霊の一部を取って、七十人の長老に分け与えられました(日)。こうしてモーセに集中していた重荷と責任は、分散されたのです。これは教会も含め、今日の集団や共同体のあり方について大切な示唆を与えます。

 神はわたしたちにも聖霊を与えられた。その聖霊はわたしたちのうちに宿っていてくださる(木)。このことの不思議さと恵みを思ってみます。神さまは聖霊によってわたしたちを内側から支え励まし、神さまの願われる良いことを、わたしたちを通してなさるのです。

日ごとの聖句1012 小さな者 2021/9/19〜25

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2021年9月19日(日)聖霊降臨後第17主日
                  マルコ10:14
イエスは弟子たちに言われた。「子どもたちをわたしのところに来させなさい。神の国はこのような者たちのものである。」

9月20日(月)          マルコ10:16
イエスは子どもたちを抱き上げ、手を置いて祝福された。

9月21日(火)福音記者使徒聖マタイ日
                マタイ18:10
「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいる。」

9月22日(水)        マタイ18:14
「これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」

9月23日(木)         イザヤ11:6
狼は小羊と共に宿り、豹(ひょう)は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち、小さい子どもがそれらを導く。

9月24日(金)       創世記48:15-16
わたしの生涯を今日まで、導かれた牧者なる神よ。どうか、この子どもたちの上に、祝福をお与えください。

9月25日(土)    エズラ記(ラテン語)2:30
「母よ、子どもらと共に喜べ。わたしがお前を救い出す。」これは主の言葉。

(用いたのは新共同訳。ただし「子供」は「子ども」とした)

【ひとこと】
 現実があまりに悲惨で絶望的なとき、神は人に幻を示して希望を与えられます。その幻は神が将来に用意しておられるもので、人はその幻から今を生きる力を与えられるのです。預言者はしばしば幻を語りました。示される幻は(木)のように非現実的と思えるようなものであったとしても、そこには神が必ず実現される平和と祝福の世界が映し出されています。

 (金)は、遠い昔、ヤコブが二人の孫、マナセとエフライムの頭の上に手を置いて祈った祝福の祈りです。ヤコブの人生は苦しみと破れに満ちていましたが、そこに神の導きがあったことをヤコブはかみしめます。私たちもまた、破れや過ちを多く経験してきたとしても、なお人のために祝福を祈ることが許されています。

日ごとの聖句1011 励まし 2021/9/12〜18

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2021年9月12日(日)聖霊降臨後第16主日
                 イザヤ50:4
主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え、疲れた人を励ますように、言葉を呼び覚ましてくださる。

9月13日(月)        シラ書17:24
主は悔い改める者には、立ち帰る道を開き、耐える力を失った者を励まされる。

9月14日(火)          詩編16:7
わたしは主をたたえます。主はわたしの思いを励まし、わたしの心を夜ごと諭(さと)してくださいます。

9月15日(水)         詩編146:9
主は寄留の民を守り、みなしごとやもめを励まされる。しかし主は、逆らう者の道をくつがえされる。

9月16日(木)       テサロニケ一 3:7
わたしたちは、あらゆる困難と苦難に直面しながらも、あなたがたの信仰によって励まされました。

9月17日(金)        哀歌3:20-22
わたしの魂は沈み込んでいても再び心を励まし、なお待ち望む。
主の慈しみは決して絶えない。

9月18日(土)      使徒言行録14:22
パウロとバルナバは「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。

(新共同訳)

【ひとこと】
 今週、ことに前半の聖句を繰り返し読んでいて気づくのは、神が弱り果てた人を思いやる方だ、ということです。
 「疲れた人を」(日)、「耐える力を失った者を」(月)、「わたしの思いを」(火)主は励まされる。その励ましは、弱った人をさらに追い詰めるような乱暴で無神経なものではなく、人への愛といたわりをもった励まし、力づけです。

 また神の愛と励ましはとりわけ「寄留の民」「みなしごとやもめ」(水)に注がれるということを大切に心に留めたい。弱者、少数者、また尊厳を傷つけられ、軽んじられている人々こそ、主の目に尊ばれる存在です。

日ごとの聖句1010 御言葉を行う人に 2021/9/5〜11

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2021年9月5日(日)聖霊降臨後第15主日
                 ヤコブ1:17
良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父(おんちち)から来るのです。

9月6日(月)         ヤコブ1:18
御父は、御心のままに、真理の言葉によってわたしたちを生んでくださいました。

9月7日(火)         ヤコブ1:19
だれでも、聞くのに早く、話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい。

9月8日(水)         ヤコブ1:21
悪を素直に捨て去り、心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。この御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。

9月9日(木)         ヤコブ1:22
御言葉を行う人になりなさい。聞くだけで終わる者になってはいけません。

9月10日(金)         マタイ7:24
イエスは言われた。「わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。」

9月11日(土)         ヤコブ1:12
試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです。

(新共同訳)

【ひとこと】
 今回、これまであまり取り上げなかったヤコブの手紙の言葉を選びました。
 ヤコブはある言い伝えでは、主イエスの兄弟ヤコブだとされますが、実際は違うようです。

 「御言葉を行う人になりなさい。」(木)
 素朴にそのようにして生きてみたいと思います。これまではあまりに頭で考え、心で迷ってきたかもしれません。

 神がわたしを生んでくださった。それが神の意志であった。(月)
 何と力強いことでしょう。わたしたちに「わが愛する子」と呼びかけてくださるのは、わたしたちを生んでくださった方なのです。

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井田 泉
奈良基督教会牧師
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富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
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