Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2023年02月

日ごとの聖句1087 誘惑と克服 2023/2/26〜3/4

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2023年2月26日(日)大斎節第1主日
           マタイによる福音書 4:1
さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。

2月27日(月)   マタイによる福音書 4:2
そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。

2月28日(火)    マタイによる福音書 4:3
すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」

3月1日(水)    マタイによる福音書 4:4
イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」

3月2日(木)    マタイによる福音書 4:7
イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。

3月3日(金)    マタイによる福音書 4:10
イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」

3月4日(土)    マタイによる福音書 4:11
そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。

(新共同訳)

(ひとこと)
もう50年近くも前のことですが、わたしの神学生時代は悪魔の誘惑にさらされて苦しみぬいた時代でした。そのとき、助けの一つとなったのは、ボンヘッファーの『誘惑』という本でした。例えばこんなことが書かれていました。

「イエスもまた誘惑においてご自分の力をすべて奪われ、神と人間とから見捨てられてただひとりにされ、サタンの強奪を不安の中で忍ばなければならず、彼はまったくの暗黒の中につき落とされる。彼には、彼を固くとらえ、彼にかわって戦い、勝利するところの助け・守り・支える神の言葉以外に何も残っていない。」

イエスは三つの誘惑を、いずれも「……と書いてある」と、聖書の言葉によって退けられたのです。

雪 降る地図 【尹東柱の詩 1 】

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雪 降る地図

順伊(スニ)が発つという朝、言葉にできない心にぼたん雪が降り、悲しむかのように窓の外に果てしなく敷かれた地図の上を覆う。
部屋の中を見回してもだれもいない。壁と天井が真っ白だ。部屋の中まで雪が降るのだろうか、ほんとうにあなたはなくしてしまった歴史のようにふわふわ行くのか、発つ前に話しておくことがあったのを、手紙を書いてもあなたが行く所がわからず、どの街、どの村、どの屋根の下、あなたはわたしの心の中にだけ残っているのか、あなたの小さな足跡に雪がしきりに降りかかり、ついて行くこともできない。雪が溶ければ残った足跡の場所ごとに花が咲くだろうから、花の間に足跡を探してゆくなら、1年12か月いつもわたしの心には雪が降るだろう。

           *
눈 오는 지도

順伊가 떠난다는 아츰에 말못할 마음으로 함박눈이 나려, 슬픈것 처럼 窓밖에 아득히 깔린 地図 우에 덮인다.
房안을 돌아다 보아야 아무도 없다. 壁과 天井이 하얗다. 房안에까지 눈이 나리는 것일까, 정말 너는 잃어버린 歴史처럼 홀홀이 가는 것이냐, 떠나기前에 일러둘말이 있든것을 편지를 써서도 네가 가는 곳을 몰라 어느 거리, 어느 마을, 어느 지붕 밑, 너는 내 마음 속에만 남어 있는 것이냐, 네 쪼고만 발자욱을 눈이 작고 나려 덮여 따라갈수도 없다. 눈이 녹으면 남은 발자욱 자리마다 꽃이 피리니 꽃사이로 발자욱을 찾아 나서면 一年열두달 하냥 내 마음에는 눈이 나리리라.
1941.3.12

  (漢字・綴りは初版による。訳は井田)

※順伊(スニ)は詩人が心に深く愛する人なのでしょう。順伊が去って行き、自分はその足跡を追って行きたいのに、雪が降りしきって足跡を隠してしまい、後を追って行けないと歌います。
散文詩。改行は初めのほうの1カ所のみです。
尹東柱、満23歳。延禧専門学校3年の終わり頃の作です。

日ごとの聖句1086 イエスの変容貌

Hermonsnow


2023年2月19日(日)大斎節前主日
          マタイによる福音書 17:1
六日の後、イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。

2月20日(月)  マタイによる福音書 17:2
すると、彼らの目の前でイエスの姿が変わり、顔は太陽のように輝き、衣は光のように白くなった。

2月21日(火)  マタイによる福音書 17:3
見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。

2月22日(水)大斎始日 (灰の水曜日) 
           マタイによる福音書 17:4
ペトロが言った。「主よ、私たちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、ここに幕屋を三つ建てましょう。あなたのため、モーセのため、もう一つはエリヤのために。」

2月23日(木)   マタイによる福音書 17:5
ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、雲の中から、「これは私の愛する子、私の心に適(かな)う者。これに聞け」と言う声がした。

2月24日(金)使徒聖マッテヤ日
            マタイによる福音書 17:6
弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。

2月25日(土)   マタイによる福音書 17:7
イエスは近寄り、彼らに手を触れて言われた。「立ち上がりなさい。恐れることはない。」


(聖書協会共同訳)

(ひとこと)
大斎節(レント)に入る直前の大斎節前主日の福音書には、マタイ福音書第17章1〜9節(イエスの山上での変容貌の箇所)が選ばれています。そこで今回は1〜7節を順に読むこととしました。

同じ話はマルコにもルカに出て来るのですが、マタイにしか記されていない言葉があります。それは7節の「イエスは近寄り、彼らに手を触れて言われた。『立ち上がりなさい。恐れることはない』」というところです。
優しくも力強いイエスの手は、わたしたちを力づけ、立ち上がらせてくださいます。

日ごとの聖句1085 成長 2023/2/12〜18

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2023年2月12日(日)顕現後第6主日
          コリントの信徒への手紙一 3:6
私が植え、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させてくださったのは神です。

2月13日(月)  コリントの信徒への手紙一 3:7
ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神なのです。

2月14日(火)     サムエル記上 3:19
サムエルは成長し、主が彼と共におられたので、その言葉は一つたりとも地に落ちることはなかった。

2月15日(水)   ルカによる福音書 2:40
幼子は成長し、強くなり、知恵に満ち、神の恵みがその上にあった。

2月16日(木) マルコによる福音書 4:26-27
イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が地に種を蒔き、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。」

2月17日(金)    ペトロの手紙二 3:18
私たちの主、救い主イエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。

2月18日(土)  2テサロニケの信徒への手紙二 1:3
あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません。あなたがたの信仰が大いに成長し、あなたがた一同の間で、互いに対する一人一人の愛が豊かになっているからです。


(聖書協会共同訳)

(ひとこと)
幼子の成長は著しい。それに比して自分はもう成長は終わり、後は衰えるばかりなのだろうか。
そうではなく、この世に命のあるかぎり、なんらかの意味で神はわたしを成長させてくださるのだと信じたい。

牧師・司祭であってよかったと思うことの一つは、人の信仰の成長に触れる機会が何度も与えられたことです。この幸せを経験させていただいたことを神に感謝します。

日ごとの聖句1084 ハバククの祈り 2023/2/5〜11

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 京都聖三一教会の十字架

2023年2月5日(日)顕現後第5主日
              ハバクク書 1:2
主よ、いつまで助けを求めて叫べばよいのですか。「暴虐だ」とあなたに叫んでいるのに、あなたは救ってくださらない。

2月6日(月)       ハバクク書 1:13
あなたの目は悪を見るにはあまりに清い。なぜ黙っておられるのですか。悪しき者が自分より正しい者を呑み込んでいるのに。

2月7日(火)       ハバクク書 2:1
私は見張り場につき、砦の上に立って見張りをしよう。主が私に何を語り、私の訴えに何と答えられるかを見よう。

2月8日(水)      ハバクク書 2:2-3
主は私に答えられた。「この幻を書き記せ。一目で分かるように板の上にはっきりと記せ。それは必ず来る。遅れることはない。」

2月9日(木)       ハバクク書 2:20
主はその聖なる神殿におられる。全地よ、主の前に沈黙せよ。

2月10日(金)       ハバクク書 3:2
主よ、その御業を数年のうちに現してください。数年のうちに示してください。怒りのさなかにも、憐れみを忘れないでください。

2月11日(土)     ハバクク書 3:18-19
私は主にあって喜び、わが救いの神に喜び躍る。神である主はわが力。私の足を雌鹿のようにし、高き所を歩ませてくださる。

(聖書協会共同訳)

(ひとこと)
ハバククは、紀元前600年頃に活動したといわれるユダの預言者です。
「主よ、いつまで」「なぜ」と訴える彼の祈りは痛切で、今の世界の嘆きに通じます。

沈黙して待つ彼に、主は答えられました。

その後ハバククは、「今すぐ」ではなく、「いつか」でもなく、「数年のうちに」神がそのみ業を現してくださるようにと祈りました。わたしたちにもまた「数年のうちに」と祈り求めるべき大切なことがあるかもしれません。
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井田 泉
奈良基督教会牧師
親愛幼稚園園長
富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
聖公会平和ネットワーク共同代表

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