Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2024年09月

日ごとの聖句1170 霊の分与 2024/9/29〜10/5

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2024年9月29日(日)聖霊降臨後第19主日      民数記 11:4
民に加わっていた他国人は飢えと渇きを訴え、イスラエルの人々も再び泣き言を言った。「誰か肉を食べさせてくれないものか。」

9月30日(月)聖ミカエルおよび諸天使の日     民数記 11:11
モーセは主に言った。「あなたはなぜ、僕を苦しめられるのですか。なぜわたしは、この民すべてを負わされねばならないのですか。」

10月1日(火)                  民数記 11:14
「わたし一人では、とてもこの民すべてを負うことはできません。わたしには重すぎます。」

10月2日(水)                  民数記 11:16
主はモーセに言われた。「イスラエルの長老たちのうちから、あなたが認めうる者を七十人集め、臨在の幕屋に連れて来てあなたの傍らに立たせなさい。」

10月3日(木)                  民数記 11:17
「わたしはそこに降(くだ)って、あなたと語ろう。そして、あなたに授けてある霊の一部を取って、彼らに授ける。」

10月4日(金)                  民数記 11:17
「そうすれば、彼らは民の重荷をあなたと共に負うことができるようになり、あなたひとりで負うことはなくなる。」

10月5日(土)                  民数記 11:25
主はモーセに授けられている霊の一部を取って、七十人の長老にも授けられた。霊が彼らの上にとどまると、彼らは預言状態になった。

(新共同訳)

(ひとこと)
出エジプトから約束の地を目指す長い旅。さまざまな困難が押し寄せてきます。あらゆる不満は指導者モーセに集中しました。
彼は苦しみに耐えられず、「わたし一人では、とてもこの民すべてを負うことはできません」と神に嘆き訴えて、このままであれば「わたしを殺してください」とまで言いました。

神はモーセの訴えを聞き、彼に授けていた霊の一部を取って、70人の長老に分け与えられます。こうしてモーセはこれまでのように一人で重荷を負うのではなく、70人の指導者とともに重荷を分かち合うことになりました。ここで重要なのは、責任と働きを分担しただけではなく、それが現実に実行されるために「霊」が分け与えられたことです。

わたしたちも、イエスに注がれていた霊を分け与えられた者です。洗礼、堅信をとおして、あるいは別の仕方で。それでわたしたちも力を受けて、たとえわずかであってもイエスの働きを共に担って歩んでいくことができます。

日ごとの聖句1169 ねたむほどの愛 2024/9/22〜28

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2024年9月22日(日)聖霊降臨後第18主日  ヤコブの手紙 4:5-6
「神はわたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに深く愛しておられ、もっと豊かな恵みをくださる。」

9月23日(月)              出エジプト記 20:2
「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。」

9月24日(火)              出エジプト記 20:4-5
「あなたは自分のために彫像を造ってはならない。それにひれ伏し、それに仕えてはならない。私は主、あなたの神、妬む神である。」

9月25日(水)                 ヨエル書 2:18
すると、主はご自分の地を妬むほど想い、その民を憐れまれた。

9月26日(木)                 イザヤ書 63:15
天から見下ろし、御覧ください。あなたの熱情と力強い御業はどこにあるのですか。あなたのたぎる思いと憐れみは、抑えられていて、私には届きません。

9月27日(金)                  知恵の書 1:10
熱情の神の耳はすべてを聞き、つぶやきの声も隠されることはない。

9月28日(土)            ヨハネによる福音書 2:17
弟子たちは、「あなたの家を思う熱情が私を食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。

(聖書協会共同訳、一部新共同訳)

(ひとこと)
神はイスラエルの民に与えた十戒のなかで「わたしは妬む神である」(出エジプト記20:5)と言われました(聖書協会共同訳)。ここは新共同訳では「熱情の神」と訳されていました。以前の口語訳、文語訳ではいずれも「ねたむ神」となっていたところです。

神の愛は燃える愛であって、全面的、徹底的に民に注がれます。その愛は民の応答を求めます。民の心と生活が別の方に向いているなら、そこに神の妬みが起こるというのです。

これは異様とも感じられるかもしれません。しかし神の愛は漠然としたものではなく、激しく切実なものであることを知りたいと思います。

日ごとの聖句1168 舌を与え 2024/9/15〜21

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2024年9月15日(日)聖霊降臨後第17主日     イザヤ書 50:4
主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え、疲れた人を励ますように、言葉を呼び覚ましてくださる。

9月16日(月)                 イザヤ書 50:5
主なる神はわたしの耳を開かれた。わたしは逆らわず、退かなかった。

9月17日(火)                 イザヤ書 50:6
打とうとする者には背中をまかせ、ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。

9月18日(水)                 イザヤ書 50:7
主なる神が助けてくださるから、わたしはそれを嘲りとは思わない。
わたしは知っている、わたしが辱められることはない、と。

9月19日(木)                 イザヤ書 50:8
わたしの正しさを認める方は近くいます。誰がわたしと共に争ってくれるのか、われわれは共に立とう。

9月20日(金)                 イザヤ書 50:9
見よ、主なる神が助けてくださる。誰がわたしを罪に定めえよう。

9月21日(土)福音記者使徒聖マタイ日      イザヤ書 50:10
お前たちのうちにいるであろうか。主を畏れ、主の僕の声に聞き従う者が。闇の中を歩くときも、光のないときも、主の御名に信頼し、その神を支えとする者が。

(新共同訳)

(ひとこと)
遠い昔の無名の預言者の告白です。
彼は主なる神から、「弟子としての舌」を与えられました。それは疲れた人を励ますためでした。

彼は神によって耳を開かれたので、神の言葉を聞くことができるようになり、その言葉に従って語り、行動しました。

その結果、彼は嘲笑され、つばを吐かれ、背中を打たれるという暴力的迫害を受けることになったのです。しかし彼はそれに屈せず、神の助けに頼って立ち、語り続けます。

この人を見つめるうちに、イエス・キリストの姿が立ち現れてきます。この方は、わたしたちを生かし励ますために、苦難を引き受けられました。

日ごとの聖句1167 御言葉を行う 2024/9/8〜14

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2024年9月8日(日)聖霊降臨後第16主日   ヤコブの手紙 1:18
御父(おんちち)は、御心のままに、真理の言葉によって私たちを生んでくださいました。

9月9日(月)                ヤコブの手紙 1:19
私の愛するきょうだいたち、よくわきまえておきなさい。人は誰でも、聞くに速く、語るに遅く、怒るに遅くあるべきです。

9月10日(火)               ヤコブの手紙 1:21
植え付けられた御言葉を謙虚に受け入れなさい。御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。

9月11日(水)                ヤコブの手紙 1:22
御言葉を行う人になりなさい。ただ聞くだけの人であってはなりません。

9月12日(木)               ヤコブの手紙 1:25
自由の律法を一心に見つめて離れずにいる人は、行う人になります。このような人は、その行いによって幸いな者となるのです。

9月13日(金)               ヤコブの手紙 1:27
みなしごや、やもめが困っているときに世話をし、世の汚れに染まることなく自分を守ること、これこそ父なる神の前に清く汚れのない宗教です。

9月14日(土)           ガラテヤの信徒への手紙 5:6
キリスト・イエスにあっては、割礼の有無は問題ではなく、愛によって働く信仰こそが大事なのです。

(聖書協会共同訳)

(ひとこと)
ヤコブの手紙1:21〜22で、御言葉について三つのことが言われています。

第一に、すでに御言葉は「植えつけられている」、つまりそれはわたしたちの一部になっているというのです。それを謙虚に、柔らかな心をもって受け入れなさい。

第二に、御言葉はわたしたちの魂を救うことができる。御言葉は動かない物体のようなものではありません。わたしたちを生かそうとして生きて働くものなのです。

第三に、御言葉を聞くだけではなく、行う人になりなさい。御言葉はみずから意志を持ち、願いを持ち、わたしたちをとおして行動しようとするのです。

第三のことはむつかしいことかもしれません。けれどもわたしたちに神と隣人への温かい思いがあれば、御言葉はわたしたちをとおしてみずから働いてくれるでしょう。それに信頼し、勇気を持って一歩を踏み出しましょう。
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井田 泉
奈良基督教会牧師
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