
2025年8月3日(日)聖霊降臨後第8主日
コロサイの信徒への手紙 3:12
あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。
8月4日(月) コロサイの信徒への手紙 3:13
互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように。
8月5日(火) コロサイの信徒への手紙 3:14
これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。
8月6日(水)主イエス変容の日 コロサイの信徒への手紙 3:15
キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。
8月7日(木) コロサイの信徒への手紙 3:16
キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。
8月8日(金) コロサイの信徒への手紙 3:16
知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。
8月9日(土) コロサイの信徒への手紙 3:17
そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。
(新共同訳)
(ひとこと)
ここはキリスト者のあり方が、「なさい」「しなさい」の連続で語られています。
若い頃に「キリスト者はこうあるべきだ」「牧師はこうあらねばならない」という内なる束縛にひどく苦しみ、そこから何とか解放されてきた?経緯があるからか、こういう「〜しなさい」の連続には何となく避けたい思いがありました。
けれども「〜しなさい」の土台には、「神がこうしてくださった」という事実があります。「愛を身に着けなさい」の前に、イエス・キリストがご自身の愛をわたしたちに着せてくださった、という事実があります。
冷たい教訓のようにしか思えなかった言葉の中に、イエス・キリストの愛の呼びかけが聞こえ始めます。




