Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2025年07月

日ごとの聖句1214 愛を身に着けなさい 2025/8/3〜9

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2025年8月3日(日)聖霊降臨後第8主日 
                コロサイの信徒への手紙 3:12
あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。

8月4日(月)           コロサイの信徒への手紙 3:13
互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように。

8月5日(火)           コロサイの信徒への手紙 3:14
これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。

8月6日(水)主イエス変容の日   コロサイの信徒への手紙 3:15
キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。

8月7日(木)           コロサイの信徒への手紙 3:16
キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。

8月8日(金)           コロサイの信徒への手紙 3:16
知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。

8月9日(土)           コロサイの信徒への手紙 3:17
そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。

(新共同訳)

(ひとこと)
ここはキリスト者のあり方が、「なさい」「しなさい」の連続で語られています。

若い頃に「キリスト者はこうあるべきだ」「牧師はこうあらねばならない」という内なる束縛にひどく苦しみ、そこから何とか解放されてきた?経緯があるからか、こういう「〜しなさい」の連続には何となく避けたい思いがありました。

けれども「〜しなさい」の土台には、「神がこうしてくださった」という事実があります。「愛を身に着けなさい」の前に、イエス・キリストがご自身の愛をわたしたちに着せてくださった、という事実があります。

冷たい教訓のようにしか思えなかった言葉の中に、イエス・キリストの愛の呼びかけが聞こえ始めます。

日ごとの聖句1213 祈るときには 2025/7/27〜8/2

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 福井聖三一教会礼拝堂


2025年7月27日(日)聖霊降臨後第7主日  ルカによる福音書 11:1
イエスはある所で祈っておられた。

7月28日(月)             ルカによる福音書 11:1
祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください」と言った。

7月29日(火)             ルカによる福音書 11:2
そこで、イエスは言われた。「祈るときには、こう言いなさい。
『父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。

7月30日(水)             ルカによる福音書 11:3
わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。

7月31日(木)             ルカによる福音書 11:4
わたしたちの罪を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を皆赦しますから。』」

8月1日(金)              ルカによる福音書 11:4
わたしたちを誘惑に遭わせないでください。

8月2日(土)             ルカによる福音書 11:13
「あなたがたは、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」

(新共同訳)

(ひとこと)
イエスは弟子の一人の求めに答えて、祈りを、また祈ることそのものを教えられました。それは「主の祈り」として、今日まで広く祈られています。

「わたしたちを誘惑に遭わせないでください」は切実です。金銭の誘惑、地位や名誉の誘惑、権力の誘惑、保身の誘惑……。

わたしたちを主の道から引き離す誘惑は至るところにあります。

この祈りについての教えの最後に、唐突に「聖霊」が語られます。
けれども主の祈りを祈ってそのとおりに生きていくには、聖霊が必要なのです。

神の霊、イエスの霊、聖霊がわたしに臨んでくださり、わたしの中に生きてわたしの主体となってくださるとき、誘惑は退けられて、わたしたちは主の道を歩むことができます。

日ごとの聖句1212 マルタ、マルタ 2025/7/20〜26

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2025年7月20日(日)聖霊降臨後第6主日 ルカによる福音書 10:38
一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。

7月21日(月)             ルカによる福音書 10:41
主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。必要なことはただ一つだけである。」

7月22日(火)マグダラの聖マリヤ日       使徒言行録 9:3
サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。

7月23日(水)                 使徒言行録 9:4
サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。

7月24日(木)                  創世記 22:11
そのとき、天から主の御使いが、「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、御使いは言った。「その子に手を下すな。」

7月25日(金)使徒聖ヤコブ日         出エジプト記 3:4
主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。

7月26日(土)               サムエル記上 3:10
主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。「サムエルよ、サムエルよ。」

(新共同訳)

(ひとこと)
イエスはマルタの名を二回呼ばれました。
「マルタ、マルタ」

旧約聖書のなかで、その名を神に二回呼びかけられた人としては、アブラハム、モーセ、サムエルが思い浮かびます。

新約聖書の中でイエスに二回呼びかけられたのは、マルタのほかにはサウル(後のパウロ)くらいではないでしょうか。

マルタの名を二回呼ばれたことの中に、イエスのマルタに対する深い愛がこめられています。

この呼びかけを受けてマルタは心の乱れから解放されます。そして彼女は、主の言葉を聴くことと、積極的に行動することの、両方を備えた信仰の人として成長していきます。

日ごとの聖句1211 愛する御子の支配下に 2025/7/13〜19

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2025年7月13日(日)聖霊降臨後第5主日
                  コロサイの信徒への手紙 1:2
コロサイにいる聖なる者たちへ。わたしたちの父である神からの恵みと平和が、あなたがたにあるように。

7月14日(月)           コロサイの信徒への手紙 1:3
わたしたちは、いつもあなたがたのために祈り、わたしたちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。

7月15日(火)           コロサイの信徒への手紙 1:4
あなたがたがキリスト・イエスにおいて持っている信仰と、すべての聖なる者たちに対して抱いている愛について、聞いたからです。

7月16日(水)           コロサイの信徒への手紙 1:6
あなたがたにまで伝えられたこの福音は、あなたがたのところでも、神の恵みを聞いて真に悟った日から、実を結んで成長しています。

7月17日(木)         コロサイの信徒への手紙 1:9-10
どうかあなたがたが、“霊”によるあらゆる知恵と理解によって、あらゆる善い業を行って実を結び、神をますます深く知るように。

7月18日(金)          コロサイの信徒への手紙 1:13
御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。

7月19日(土)          コロサイの信徒への手紙 1:14
わたしたちは、この御子によって、贖(あがな)い、すなわち罪の赦しを得ているのです。

(新共同訳)

(ひとこと)
著者パウロは、コロサイの教会の成長を喜び祈りつつ、心配を抱えていました。というのは、コロサイの人々が「食べてよいもの、悪いもの」「日にちの善し悪し」「天使礼拝」などに惑わされて、福音からそれている現状を伝え聞いていたからです。

「御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。」1:13

これはコロサイの人々を福音の原点に立ち帰らせようとする、強い願いをこめた言葉です。

「御子の支配下」の「支配」とは、主の祈りの「御国(みくに)が来ますように」の「御国」(神の国)と同じギリシア語「バシレイア」という言葉です。

すでにあなたがたは古い価値観や拘束から解放されて、イエス・キリストのものとされた。「御子の支配下」言い換えればイエス・キリストの御手(強い影響圏)の中に入れられた。

その恵みの事実にふさわしく生きるようにと、パウロはこの手紙で呼びかけます。

日ごとの聖句1210 母がその子を慰めるように 2025/7/6〜12

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2025年7月6日(日)聖霊降臨後第4主日      イザヤ書 66:10
エルサレムと共に喜び祝い、彼女のゆえに喜び躍れ、彼女を愛するすべての人よ。彼女のために喪に服していたすべての人よ。

7月7日(月)                 イザヤ書 66:11
彼女の慰めの乳房から飲んで、飽き足り、豊かな乳房に養われ、喜びを得よ。

7月8日(火)                 イザヤ書 66:12
主はこう言われる。見よ、わたしは彼女に向けよう、平和を大河のように、国々の栄えを洪水の流れのように。あなたたちは乳房に養われ、抱いて運ばれ、膝の上であやされる。

7月9日(水)                 イザヤ書 66:13
母がその子を慰めるように、わたしはあなたたちを慰める。エルサレムであなたたちは慰めを受ける。

7月10日(木)                 イザヤ書 66:14
これを見て、あなたたちの心は喜び楽しみ、あなたたちの骨は青草のように育つ。

7月11日(金)             ルカによる福音書 10:5
イエスは言われた。「どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。」

7月12日(土)             ルカによる福音書 10:6
平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。

(新共同訳)

(ひとこと)
遠い昔、神の都と呼ばれ、人々の信仰と生活の拠り所であったエルサレムは、外国の軍隊によって破壊され、廃墟のようになりました。人々は打ちひしがれ、不安と混乱と絶望の中にありました。

そこに神の呼びかける声が響きます。
「見よ、わたしは彼女に向けよう、平和を大河のように、国々の栄えを洪水の流れのように。あなたたちは乳房に養われ、抱いて運ばれ、膝の上であやされる。」イザヤ66:12

ここで著しいのは、神がご自分を「母」、女性にたとえておられることです。
「母がその子を慰めるように、わたしはあなたたちを慰める。」66:13

神はわたしたちを深く慰め、わたしたちを再び立ち上がらせてくださいます。
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井田 泉
奈良基督教会牧師
親愛幼稚園園長
富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
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