Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2025年11月

日ごとの聖句1231 主の光 2025/11/30〜12/6


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 京都聖三一教会


2025年11月30日(日)降臨節第1主日       イザヤ書 2:4-5
国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。
ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。

12月1日(月)使徒聖アンデレ日          創世記 1:3-4
神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。
神は光を見て、良しとされた。

12月2日(火)                  イザヤ書 9:1
闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。

12月3日(水)                   詩編 36:10
命の泉はあなたにあり、あなたの光に、わたしたちは光を見る。

12月4日(木)             ヨハネによる福音書 1:9
その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。

12月5日(金)            ヨハネによる福音書 12:46
「わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た。」

12月6日(土)          エフェソの信徒への手紙 5:14
「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」

(新共同訳)

(ひとこと)
クリスマスの備えをする降臨節(待降節、アドベント)になりました。

「世の光」として来られたイエス・キリストを、新しい思いでわたしたちのうちにお迎えします。

その光は清らかな光です。その光はわたしたちを清めます。また隠れた悪をあらわにします。

その光は温かな光です。わたしたちを平和と愛で満たします。その光の奥には、人と世界を救おうとする神の情熱が燃えています。

その光は「まことの光」、真実の光です。一時的に現れてやがて消えゆくようなものではなく、輝き続ける光。弱った者を力づけ、立ち直らせる確かな光です。

日ごとの聖句1230 主は私の羊飼い 2025/11/23〜29

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2025年11月23日(日)降臨節前主日          詩編 23:1
賛歌。ダビデの詩。
主は私の羊飼い。私は乏しいことがない。

11月24日(月)                   詩編 23:2
主は私を緑の野に伏させ
憩いの汀(みぎわ)に伴われる。

11月25日(火)                   詩編 23:3
主は私の魂を生き返らせ
御名にふさわしく、正しい道へと導かれる。

11月26日(水)                   詩編 23:4
たとえ死の陰の谷を歩むとも、私は災いを恐れない。
あなたは私と共におられ、あなたの鞭(むち)と杖が私を慰める。

11月27日(木)                   詩編 23:5
私を苦しめる者の前で、あなたは私に食卓を整えられる。
私の頭に油を注ぎ、私の杯を満たされる。

11月28日(金)                   詩編 23:6
命あるかぎり
恵みと慈しみが私を追う。

11月29日(土)                   詩編 23:6
私は主の家に住もう
日の続くかぎり。

(聖書協会共同訳)

(ひとこと)
詩人がうたいます。
「主は私の羊飼い。……」

この詩編の中でイエスが祈っておられます。
「主は私の羊飼い。……」

イエスの祈りを聞くうちに、いつの間にか私たちはイエスの呼びかけを聞きます。

「わたしはあなたの羊飼い。私はあなたを緑の野に伏させ、憩いの汀に伴う。」
「わたしはあなたの魂を生き返らせ、正しい道へと導く。」
「たとえ死の陰の谷を歩むとも、あなたは災いを恐れない。わたしがあなたと共にいて、あなたを慰める。……」

日ごとの聖句1229 主は聞かれた 2025/11/16〜22

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2025年11月16日(日)聖霊降臨後第23主日     マラキ書 3:16
そのとき、主を畏れ敬う者たちが互いに語り合った。主は耳を傾けて聞かれた。

11月17日(月)                 マラキ書 3:16
神の御前には、主を畏れ、その御名を思う者のために記録の書が書き記された。

11月18日(火)                 マラキ書 3:17
わたしが備えているその日に、彼らはわたしにとって宝となると、万軍の主は言われる。

11月19日(水)                 マラキ書 3:17
人が自分に仕える子を憐れむように、わたしは彼らを憐れむ。

11月20日(木)                 マラキ書 3:18
そのとき、あなたたちはもう一度、正しい人と神に逆らう人、神に仕える者と仕えない者との、区別を見るであろう。

11月21日(金)                 マラキ書3:20
わが名を畏れ敬うあなたたちには、義の太陽が昇る。その翼にはいやす力がある。

11月22日(土)                 マラキ書 3:23
見よ、わたしは、大いなる恐るべき主の日が来る前に、預言者エリヤをあなたたちに遣わす。

(新共同訳)

(ひとこと)
個人(自分も含めて)においてもそうですが、複数の人間の集まりにおいて、しばしば否定的な言葉や態度が大きな影響力を持ちます。

失望、非難、諦め、といったものを私たちはしばしば経験します。危ういことです。しかしそれはやむを得ないことも多く、むしろそれによってかろうじて大切なものを守ろうとしていることがあるでしょう。

指導的な人々や組織が、神を思わずに望ましくない方向に傾き、自己の安全や利益、保身に走ることも起こります。

旧約聖書最後の預言書、マラキ書はこう記しています。
「そのとき、主を畏れ敬う者たちが互いに語り合った。主は耳を傾けて聞かれた。神の御前には、主を畏れ、その御名を思う者のために記録の書が書き記された。」3:16

「主を畏れ敬う者たちの語り合い」。ここから転換が起こります。良いことが実現しはじめます。耳を傾けて聞いておられる神が、励ましと導きを与えられるのです。

自分の生涯を振り返ると、確かにそのような経験を与えられたことがよみがえってきます。

日ごとの聖句1228 わたしを贖(あがな)う方 2025/11/9〜15


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2025年11月9日(日)聖霊降臨後第22主日      ヨブ記 19:21
憐れんでくれ、わたしを憐れんでくれ。神の手がわたしに触れたのだ。あなたたちはわたしの友ではないか。

11月10日(月)                 ヨブ記 19:22
なぜ、あなたたちまで神と一緒になって、わたしを追い詰めるのか。肉を打つだけでは足りないのか。

11月11日(火)                 ヨブ記 19:23
どうか、わたしの言葉が書き留められるように。碑文として刻まれるように。

11月12日(水)                 ヨブ記 19:24
たがねで岩に刻まれ、鉛で黒々と記され、いつまでも残るように。

11月13日(木)                 ヨブ記 19:25
わたしは知っている。わたしを贖う方は生きておられ、ついには塵の上に立たれるであろう。

11月14日(金)                 ヨブ記 19:26
この皮膚が損なわれようとも、この身をもって、わたしは神を仰ぎ見るであろう。

11月15日(土)                 ヨブ記 19:27
このわたしが仰ぎ見る。ほかならぬこの目で見る。腹の底から焦がれ、はらわたは絶え入る。

(新共同訳)

(ひとこと)
ヨブは、突然自分に襲いかかった苦難と悲惨の中から、神を叫び求めました。
自分を不当に苦しめる神、沈黙して答えない神に、なお訴え続けました。

そして言います。「わたしを贖う方は生きておられ、ついには塵の上に立たれるであろう。」

ただ「わたしを救う方」と言わず、「わたしを贖う方」。わたしの傷も病も、血も涙も引き受けて、自らを投げ出して傷つき血を流すほどの方でなくては、わたしを救うことはできない。その方は必ず生きておられて、必ず地上に、わたしの前に立たれる。

イエス・キリストはそのような方としておいでになりました。
それですから、わたしたちはこの方のことを「救い主」と呼ぶだけではなく、「贖い主」(日本聖公会祈祷書280頁)と呼ぶのです。
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井田 泉
奈良基督教会牧師
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富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
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