Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

2026年08月

日ごとの聖句1270 エレミヤの祈り 2026/8/30〜9/5

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2026年8月30日(日)聖霊降臨後第14主日    エレミヤ書 15:15
あなたはご存じのはずです。主よ、わたしを思い起こし、わたしを顧み、わたしを迫害する者に復讐してください。

8月31日(月)                エレミヤ書 15:15
わたしがあなたのゆえに、辱めに耐えているのを知ってください。

9月1日(火)                エレミヤ書 15:16
あなたの御言葉が見いだされたとき、わたしはそれをむさぼり食べました。

9月2日(水)                エレミヤ書 15:16
あなたの御言葉は、わたしのものとなり、わたしの心は喜び躍りました。万軍の神、主よ。わたしはあなたの御名をもって、呼ばれている者です。

9月3日(木)                エレミヤ書 15:18
なぜ、わたしの痛みはやむことなく、わたしの傷は重くて、いえないのですか。あなたはわたしを裏切り、当てにならない流れのようになられました。

9月4日(金)                エレミヤ書 15:19
それに対して、主はこう言われた。「あなたが帰ろうとするなら、わたしのもとに帰らせ、わたしの前に立たせよう。」

9月5日(土)                エレミヤ書 15:20
「彼らはあなたに戦いを挑むが、勝つことはできない。わたしがあなたと共にいて助け、あなたを救い出す、と主は言われる。」

(新共同訳)

(ひとこと)
イエスより600年ほど前に活動したエレミヤ。彼は神の言葉を食べて(15:16)生きた預言者でした。彼は寄留者、寡婦、孤児ら、弱者、虐げられた人びとのための代弁者となり、「強盗の巣窟」と化したエルサレム神殿を批判し、バビロニア帝国に対する武装反乱に反対しました。

彼は迫害され、投獄され、殺されそうになりましたが、神の言葉への忠実を変えませんでした。

しかし彼は人間的には決して強い人ではなく、何度も涙を流して泣く人でした。ことに彼は、神の前に自分の弱さをさらけ出して訴えました。その箇所の一つが、今回の15章です。

エレミヤの真実と情熱、愛と涙は、イエスに継承されました。わたしたちは福音書の中に、エルサレムの崩壊を予見して泣かれるイエスの姿を見ます(ルカ19:41)

日ごとの聖句1269 ローマ書の中の祈り 2026/8/23〜29

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2026年8月23日(日)聖霊降臨後第13主日
ローマの信徒への手紙 1:7 わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。

8月24日(月)使徒聖バルトロマイ日
7:24-25 わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。
わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。

8月25日(火)                       
9:5 キリストは、万物の上におられる、永遠にほめたたえられる神、アーメン。

8月26日(水)                      
11:36 すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン。

8月27日(木)
15:5 忍耐と慰めの[源である]神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせてくださいますように。

8月28日(金)                     
15:13 希望の[源である]神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たしてくださるように。

8月29日(土)                      
15:33 平和の[源である]神があなたがた一同と共におられるように、アーメン。

(新共同訳)

(ひとこと)
パウロは「ローマの信徒への手紙」を書いている最中に(実際は口述筆記)、何度か心のうちに神への感謝、賛美が溢れてきて、それが言葉になりました。測り知れない神の愛、神の知恵の深さが彼を満たし、動かしたのです。

手紙の初めと終わりのほうには、宛先のローマの教会の人びとのための祈りがあります。
15章の「忍耐と慰めの神が」「希望の神が」「平和の神が」の三重の祈りは印象的です。

語っているうちに祈りが起こるのは、ヨハネ福音書が伝える「最後の晩餐」におけるイエスにも見られます。弟子たちへの長い語りは、やがて弟子たちのための祈りになりました(17章)。

※なお[源である]としたところは、ギリシア語原文にはなく、新共同訳聖書が補った言葉です。私は、これがないほうが意味が鮮明に伝わって来る気がします。

日ごとの聖句1268 平和 2026/8/16〜22

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2026年8月16日(日)聖霊降臨後第12主日        詩編 4:9
平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かに、わたしをここに住まわせてくださるのです。

8月17日(月)                  イザヤ書 9:5
ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。その名は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。

8月18日(火)                 イザヤ書 32:17
正義が造り出すものは平和であり、正義が生み出すものは、とこしえに安らかな信頼である。

8月19日(水)                 イザヤ書 52:7
いかに美しいことか。山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え、救いを告げる。

8月20日(木)                 イザヤ書 54:10
しかし、わたしの慈しみはあなたから移らず、わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないと、あなたを憐れむ主は言われる。

8月21日(金)                エレミヤ書 29:11
わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。

8月22日(土)                ゼカリヤ書 9:10
わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。

(新共同訳)

(ひとこと)
今回は、旧約聖書の中から「平和」が語られている箇所を選びました。

今、日本でも大規模な軍備拡張が現実になっています。「国を守るために」核兵器の持ち込み可能性も示唆するような発言が、政府高官から出ています。
兵器による「抑止力」という考え方はもうやめるべきです。

神は、この世界の不義、戦争、暴虐による人々の痛みをご存じです。
「わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ」(ゼカリヤ書 9:10)と言われる神の平和への意志と行動を信じて、それに加わりたいと願います。

日ごとの聖句1267 来なさい 2026/8/9〜15

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2026年8月9日(日)聖霊降臨後第11主日
                 マタイによる福音書 4:19-20
イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。

8月10日(月)           マタイによる福音書 14:25-26
夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは「幽霊だ」と言って恐怖のあまり叫び声をあげた。

8月11日(火)           マタイによる福音書 14:27-28
「安心しなさい。わたしだ。」すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」

8月12日(水)            マタイによる福音書 14:29
イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。

8月13日(木)            マタイによる福音書 14:30
しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。

8月14日(金)            マタイによる福音書 14:31
イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。

8月15日(土)主の母聖マリヤ日  ヨハネによる福音書 21:16,19
「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」このように話してから、イエスはペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。

(新共同訳)

(ひとこと)
夜の闇、逆風の波をかぶる舟の中で、ペテロたちはどれほど心細かったことでしょうか。

そこに湖上を渡ってイエスが来られた。自分たちを心配してこられたのだと感じたとき、ペテロはたまらなくイエスを慕う思いがつのりました。
「主よ、あなたでしたら、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」

「来なさい」とイエスが呼ばれたとき、ペテロはどれほどうれしかったことでしょう。

水の上を進んで、おぼれかけたペテロを、イエスは助けてくださいました。

かつてペテロを招かれたイエスは、この夜「来なさい」と彼を呼ばれました。そして十字架と復活の後、イエスはあらためてペテロに「わたしに従いなさい」と言われました。

イエスがわたしを最初に呼ばれたのはいつだったでしょうか。
わたしたちは人生の危機にイエスを呼び、何度かイエスに助け起こされつつ、晩年になってまた新しく、イエスの招きの声を聞きます。
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 『日韓キリスト教関係史資料』第3巻の編集
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井田 泉
奈良基督教会牧師
親愛幼稚園園長
富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
聖公会平和ネットワーク共同代表

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