「あなた自身の井戸から水を汲み
あなた自身の泉から湧く水を飲め。」箴言5:15

 尹東柱が9月に書いた詩を拙訳で紹介。第2回は1939年の「自画像」。

「山の麓をめぐって 田んぼのそば ぽつんとある井戸を ひとり尋ねて行っては、そっとのぞいて見ます。

 井戸の中には、月が明るく、雲が流れ、天(空)が広がり、真っ青な風が吹き、秋があります。

 そして ひとりの男がいます。
 なぜかその男が憎らしくなって、帰って行きます。

 帰ってから考えると、その男がかわいそうになります。ふたたび行ってのぞいてみると、男はそのままいます。

 またその男が憎らしくなって、帰って行きます。
 帰ってから考えると、その男がいとおしくなります。

 井戸の中には、月が明るく、雲が流れ、天が広がり、真っ青な風が吹き、秋があり、追憶のように 男がいます。」

 朝鮮総督府保安課の極秘文書『高等外事月報』は、その9月に新義州で開かれた長老派総会の様子を伝えています。「宮城遙拝」「国歌奉唱」「皇軍将兵に対する感謝黙祷」「皇国臣民誓詞斉唱」「国民精神総動員朝鮮耶蘇教長老会連盟結成式挙行」……。日本によって韓国・朝鮮の人たちの歴史と文化が押しつぶされようとする時代でした。

 満21歳の尹東柱は、井戸の中に映る自分を見て、それを受け容れることができずに帰って行きます。けれどもその自分がいとおしくて、また戻ってきます。井戸の中にはもう一つの世界が開けています。いつの間にか彼は将来の自分になって、そこから過去の自分を見つめているようです。彼は永遠を知っていたから、闇の現実を底まで見通すことができたのでしょう。

(「キリスト新聞」2006年9月、第2回掲載分です。)