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2017年9月17日 聖霊降臨後第15主日

「そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。『主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。』イエスは言われた。『あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。』」(マタイ18:21-22)

 このとき、ペテロは同じ弟子仲間に対してひどく立腹していたのかもしれません。「赦しがたい」と感じつつ、なお「赦さなければ」という葛藤の中にあったのではないでしょうか。

 しばらく前にペテロはイエスさまに対する信仰告白をしました。
「あなたはメシア、生ける神の子です」(マタイ16:16)

 これに対してイエスは言われました。
「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。」(16:17-18)

 ご自分の教会をこのペテロの信仰を土台として建てると言われたイエスは、今だけではなく将来のペテロのつまずきと立ち直り、使命と困難を見通しておられました。
 この後、イエスが捕らえられたとき、ペテロはイエスを裏切って「そんな人は知らない」と言います。もう生きて行けないほどの負い目を負ったペテロを立ち直らせたのは、イエスの赦しの愛です。赦しを必要としたのはペテロ自身でした。

 主イエスの復活と聖霊降臨の後、ペテロが信仰共同体(教会)の責任を負うことになるとき、どれほど多くの人の不当な言動に直面して行かなくてはならないことでしょうか。憤りと失望によって、あるいは自身の過ちや無力によってペテロは自分を失い、務めに耐えられなくなってしまうかもしれません。

「わたしの羊を飼いなさい。」(ヨハネ21:17)

 耐えがたい困難を乗り越えてペテロを支え生かし続けるのは、主イエスの七の七十倍以上も彼を赦す愛、無限の赦しの愛と、彼への使命の委託、そしてペテロの悔いの涙なのです。