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2022年11月13日(日)聖霊降臨後第23主日
               マラキ書 3:16
そのとき、主を畏れ敬う者たちが互いに語り合った。主は耳を傾けて聞かれた。

11月14日(月)      歴代誌下 6:40
わが神よ、この所でささげる祈りに目を向け、耳を傾けてください。

11月15日(火)      歴代誌下 7:14
もしわたしの民が、ひざまずいて祈り、悪の道を捨てて立ち帰るなら、わたしは天から耳を傾け、罪を赦し、彼らの大地をいやす。

11月16日(水)      シラ書 4:8-9
貧しい人の訴えに耳を傾け、穏やかにそして柔和に、答えるがよい。
不当に扱われている者を、加害者の手から救い出せ。

11月17日(木)      シラ書 5:11
人の言葉には、速やかに耳を傾け、答えるときは、ゆっくり時間をかけよ。

11月18日(金)    イザヤ書 48:17-18
あなたを贖(あがな)う主はこう言われる。わたしの戒めに耳を傾けるなら、あなたの平和は大河のように、恵みは海の波のようになる。

11月19日(土)  マルコによる福音書 12:37
大勢の群衆は、イエスの教えに喜んで耳を傾けた。

(新共同訳)

(ひとこと)
ずいぶん昔、わたしが神学校を卒業した年のクリスマスの頃、刊行されたばかりのルドルフ・ボーレン著『説教学』を読み始めていました。その中にこういう言葉がありました。
「マルコが、宮において教えられるイエスについて『大勢の群衆は、イエスの教えに喜んで耳を傾けた』(マルコ12:37)と語ったことの、いささかの痕跡でも繰り返されることはあり得ないのであろうか」。

「群衆は喜んで耳を傾けた」。
説教においてこのことが起こってほしい。それはわたしのなかで強い願いとなってきました。