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 奈良基督教会のフロンタルの一部


2024年3月24日(日)復活前主日         イザヤ書 53:2
乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。

3月25日(月)復活前月曜日            イザヤ書 53:3
彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。

3月26日(火)復活前火曜日           イザヤ書 53:4
彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。

3月27日(水)復活前水曜日           イザヤ書 53:5
彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎(とが)のためであった。

3月28日(木)聖木曜日             イザヤ書 53:5
彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。

3月29日(金)聖金曜日(受苦日)        イザヤ書 53:7
屠(ほふ)り場に引かれる小羊のように、毛を切る者の前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった。

3月30日(土)聖土曜日             イザヤ書 53:12
多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しをしたのは、この人であった。

(新共同訳)

(ひとこと)
イザヤ書53章。遠い昔に語られ記された苦難の僕。
その中にわたしたちはイエス・キリストの姿を見ます。

「彼の受けた傷」(イザヤ53:5)
イエスは浴びせられた暴言によって心に傷を受け、鞭打たれて背に傷を受け、十字架につけられて全身に深い傷を受けて死なれました。

しかし「彼の受けた傷」が、わたしたちをいやす。

「そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。」ペトロの手紙 2:24
ペテロ自身が経験したに違いありません。自分がイエスを裏切ったことによって心に受けた死ぬほどの傷が、イエスの十字架の傷によっていやされたことを。