St. Thomas, from Rubens' Twelve Apostles Series




 聖トマス(ルーベンス画)

2024年4月7日(日)復活節第2主日   ヨハネによる福音書 20:24
十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。

4月8日(月)聖マリヤへのみ告げの日 ヨハネによる福音書 20:25
トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」

4月9日(火)                   詩編 42:12
なぜうなだれるのか、わたしの魂よ、なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう、「御顔こそ、わたしの救い」と。わたしの神よ。

4月10日(水)            ヨハネによる福音書 20:26
八日の後、弟子たちは家の中におり、トマスも一緒にいた。イエスが来て真ん中に立ち「あなたがたに平和があるように」と言われた。

4月11日(木)            ヨハネによる福音書 20:27
イエスはトマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」

4月12日(金)            ヨハネによる福音書 20:28
トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。

4月13日(土)            ヨハネによる福音書 20:29
イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

(新共同訳)

(ひとこと)
復活のイエスが弟子たちのところに来られたとき、トマスはそこにいませんでした。

イエスに出会ったと喜んでいる他の弟子たちに対する疑いと拒絶、また自分だけが見捨てられたと感じる孤独。トマスはどれほど苦しんだでしょう。その苦しみはイエスを愛していたからこそでした。

8日後、イエスは再び来られました。イエスはこのトマスに会おうとして来られました。
イエスはトマスが求めていたように、ご自分のわき腹に手を入れるようにと言われます。けれどもトマスは、イエスにお会いできただけで十分でした。

イエスはトマスに言われました。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
しかしイエスはトマスにご自分を示されたのであって、見ることを拒否されたのではありませんでした。

「わたしは復活して、たとえ見えなくても生きてあなたと共にいるのだから、心配せずに信じていなさい。わたしを信じることの幸せの中にいなさい。」

特別の苦しみを味わったトマスは、そのゆえに特別の恵みを受け、彼にしかできない働きをこれから始めていくことになります。