2024年9月22日(日)聖霊降臨後第18主日 ヤコブの手紙 4:5-6
「神はわたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに深く愛しておられ、もっと豊かな恵みをくださる。」
9月23日(月) 出エジプト記 20:2
「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。」
9月24日(火) 出エジプト記 20:4-5
「あなたは自分のために彫像を造ってはならない。それにひれ伏し、それに仕えてはならない。私は主、あなたの神、妬む神である。」
9月25日(水) ヨエル書 2:18
すると、主はご自分の地を妬むほど想い、その民を憐れまれた。
9月26日(木) イザヤ書 63:15
天から見下ろし、御覧ください。あなたの熱情と力強い御業はどこにあるのですか。あなたのたぎる思いと憐れみは、抑えられていて、私には届きません。
9月27日(金) 知恵の書 1:10
熱情の神の耳はすべてを聞き、つぶやきの声も隠されることはない。
9月28日(土) ヨハネによる福音書 2:17
弟子たちは、「あなたの家を思う熱情が私を食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。
(聖書協会共同訳、一部新共同訳)
(ひとこと)
神はイスラエルの民に与えた十戒のなかで「わたしは妬む神である」(出エジプト記20:5)と言われました(聖書協会共同訳)。ここは新共同訳では「熱情の神」と訳されていました。以前の口語訳、文語訳ではいずれも「ねたむ神」となっていたところです。
神の愛は燃える愛であって、全面的、徹底的に民に注がれます。その愛は民の応答を求めます。民の心と生活が別の方に向いているなら、そこに神の妬みが起こるというのです。
これは異様とも感じられるかもしれません。しかし神の愛は漠然としたものではなく、激しく切実なものであることを知りたいと思います。