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2024年12月15日(日)降臨節第3主日     ゼファニヤ書 3:17
その日、人々は言う。「主はお前のゆえに喜び楽しみ、愛によってお前を新たにし、お前のゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。」

12月16日(月)                   詩編 30:6
主は、ひととき、お怒りになっても、命を得させることを御旨としてくださる。泣きながら夜を過ごす人にも、喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる。

12月17日(火)                  詩編 63:6
わたしの魂は満ち足りました。乳と髄のもてなしを受けたように。わたしの唇は喜びの歌をうたい、わたしの口は賛美の声をあげます。

12月18日(水)                  詩編 126:2
そのときには、わたしたちの口に笑いが、舌に喜びの歌が満ちるであろう。

12月19日(木)                  詩編 126:5 涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。

12月20日(金)                  詩編 126:6
種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる。

12月21日(土)使徒聖トマス日         イザヤ書 51:11
主に贖われた人々は帰って来て、喜びの歌をうたいながらシオンに入る。喜びと楽しみを得、嘆きと悲しみは消え去る。

(新共同訳)

(ひとこと)
聖書の中には音楽や歌についての記述がたくさんあります。歌を歌って神を賛美し、音楽を奏でて神を礼拝するのです。歌は人から神へと献げられます。

ところがゼファニヤ書 3:17にはそれとは違う著しいことが記されています。
「主はお前のゆえに喜び楽しみ、愛によってお前を新たにし、お前のゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。」

神が人を愛し人を喜ばれるがあまり、喜びの歌を歌われるというのです。

神が人のゆえにみずから歌を歌われる。これはわたしにとって大きな発見でした。

ある人は、ゼファニヤ書3:17は「旧約聖書の中のヨハネ福音書3:16」だと言います。福音の真髄を示しているからです。

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」ヨハネ3:16