
2025年4月20日(日)復活日
使徒言行録 10:34
ペトロは口を開きこう言った。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。」
4月21日(月)復活後月曜日 使徒言行録 10:36
「神がイエス・キリストによって平和を告げ知らせて、イスラエルの子らに送ってくださった御言葉をあなたがたはご存じでしょう。」
4月22日(火)復活後火曜日 使徒言行録 10:38
「つまり、ナザレのイエスのことです。神は、聖霊と力によってこの方を油注がれた者となさいました。」
4月23日(水)復活後水曜日 使徒言行録 10:38
「イエスは人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのですが、それは、神が御一緒だったからです。」
4月24日(木)復活後木曜日 使徒言行録 10:39-40
「人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました。」
4月25日(金)復活後金曜日 使徒言行録 10:41
「それは、イエスが死者の中から復活した後、御一緒に食事をしたわたしたちに対してです。」
4月26日(土)復活後土曜日 使徒言行録 10:42
「イエスは、御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、力強く証しするようにと、わたしたちにお命じになりました。」
(新共同訳)
(ひとこと)
わたしたちは普通「イエスが十字架にかけられて死なれた」と言います。けれども注意しましょう。
ここでペテロが「人々はイエスを木にかけて殺してしまいました」(使徒言行録10:39)と言うように、イエスは「殺された」のです。イエスを憎んで抹殺しようと計画し、それを命じた人々(権力を持った人々)がおり、それを実行した人々がおり、それを喜んだ多数の人々がいる。
神から送られた正しい人を殺す。そのような悪の事実と責任を、使徒言行録は明確に指摘しています。ここからわたしたちは、この世界の具体的な悪の事実とその責任を見つめるように促されます。
続けてペテロは「神はこのイエスを三日目に復活させ、人々の前に現してくださいました」と言います。
「神」が主語です。神がイエスを復活させた主体です。そして神は、復活のイエスを人々の前に現した。復活のイエスは弟子たちに出会ってくださった。これらは神のなさった業であり、わたしたちにとっては神秘です。
しかし復活のイエスに出会った者は、その出会った事実をそのまま語るほかはありません。復活のイエスの衝撃的な力、言い換えれば、神が弟子たちの絶望的な悲しみを最高の喜びに変えた、という愛の事実。このことが重要です。
神の業を棚上げして、「復活」を心理学的にのみ説明しようとするのは愚かです。
イエスが復活し、今も生きておられる。これがわたしたちに希望と力と喜びを与えます。
