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2025年12月7日(日)降臨節第2主日       イザヤ書 11:1-2
エッサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる。

12月8日(月)                イザヤ書 11:2-3
知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊。
彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。

12月9日(火)                 イザヤ書 11:3
彼は、目に見えるところによって裁きを行わず、耳にするところによって弁護することはない。

12月10日(水)                 イザヤ書 11:4
彼は弱い人のために正当な裁きを行い、この地の貧しい人を公平に弁護する。

12月11日(木)                 イザヤ書 11:5
彼は正義をその腰の帯とし、真実をその身に帯びる。

12月12日(金)                 イザヤ書 11:9
わたしの聖なる山においては、何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。

12月13日(土)                 イザヤ書 11:9
水が海を覆っているように、大地は主を知る知識で満たされる。

(新共同訳)

(ひとこと)
預言者イザヤは、来たるべき救い主がどのような方であるかを告げています。
その方は霊に満たされた方です。

「知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊。
「彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。」

霊を受け、霊に満たされたその方は、弱った人、貧しい人、虐げられた人を放置することはできません。その人たちの傷を癒やし、力づけ、損なわれた尊厳を回復します。これを「正義」と呼ぶのです。

日本語の「正義」は、何かいかめしいもの、居丈高なもの、一方的で硬直したものを感じさせることがあります。けれども聖書に言う正義とはそういうものではありません。それは神の愛の発動です。そのゆえに「正義」と「恵み」と「救い」は重なり合うのです。