
2026年8月2日(日)聖霊降臨後第10主日
ローマの信徒への手紙 8:35
だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。
8月3日(月) ローマの信徒への手紙 8:36
「わたしたちは、あなたのために一日中死にさらされ、屠(ほふ)られる羊のように見られている」と書いてあるとおりです。
8月4日(火) イザヤ書 53:7
屠(ほふ)り場に引かれる小羊のように、毛を切る者の前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった。
8月5日(水) ヨハネによる福音書 1:29
その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。」
8月6日(木)主イエス変容の日 ローマの信徒への手紙 8:37
しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。
8月7日(金) ローマの信徒への手紙 8:38
わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、
8月8日(土) ローマの信徒への手紙 8:39
どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。
(新共同訳)
(ひとこと)
この手紙でパウロは、イエス・キリストにおいて現された神の計り知れない愛を説き、またわたしたちの内側から呻きつつ執り成してくださる聖霊の祈りを語ってきました。そのあいだに、自分の気持が激しく高まってくるのを抑えることができません。
「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。」ローマ8:35
こう語るとき彼は、自分がキリストのゆえに経験してきた苦しみ、迫害、飢え、命の危険を思わずにはいられなかったでしょう。そのとき、ふいに詩編の言葉が口をついて出ました。
「わたしたちは、あなたのために一日中死にさらされ、屠(ほふ)られる羊のように見られている」詩編44:23
遠い昔、自分と同じように、「あなたのために」、つまり神への真実を尽くしたがゆえに迫害され、死にさらされ、屠られる羊のようにされた人の声。まさにパウロも同じ経験をしてきたのです。
しかしまことに神のために苦しみを受け、事実屠られて死なれた方はイエス・キリストです。迫害と危険を経験したときこそ、パウロはこの方と深く結び付けられていたことをあらためて知ります。
けれどもここでパウロは、自分のしてきた経験を語ろうとしたのではありません。
次のことをローマの人々に伝えたかったのです。
「どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」ローマ 8:39
