Comfort Ye 井田 泉

Comfort Ye(慰めよ、あなたがたが) 旧約聖書・イザヤ書第40章1節

言葉

「至福にする」──ルター聖書

この2〜3年は、ほぼ毎朝ルター訳ドイツ語聖書を読むことを日課にしている。
もっともわたしの持っているのは16世紀のルター訳そのものではなく、1968年発行の現代における改訂版である。
購入は1976年6月25日と記入してあるので、神学生時代、35年前のことである。銀座の教文館で買ったのだと思う。

しばらく前に気づいたのだが、普通日本語で「救う」と訳されている箇所がルター訳ではところどころ
selig machen (至福にする、しあわせにする)
となっているのが非常に興味深い。

retten(救う)
という一般的な言葉に代えて、
selig machen (至福にする、しあわせにする)
という言葉を用いたところに、ルターの情熱というか魂の感動が込められている気がする。

今年になって iPad というものを購入し、聖書関連の膨大なアプリケーションが提供されていることを知ってだんだんと環境を整えつつある。

今日、iPad のBible Reader に入れたルター聖書(1984年)で

を検索してみた。
瞬時に窓が開いて、新約聖書から7箇所が表示された(retten と訳された箇所は35)。

その7箇所を新共同訳で列記してみる。

ルカ19:10
「人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」

コリント一 1:21
「そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」

テモテ一 1:15
「『キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた』という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。」

ヘブライ7:25
「それでまた、この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。」
Evernote 20110620 085054


ヤコブ1:21
「だから、あらゆる汚れやあふれるほどの悪を素直に捨て去り、心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。この御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。」

ヤコブ2:14
「わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。」

ヤコブ4:12
「律法を定め、裁きを行う方は、おひとりだけです。この方が、救うことも滅ぼすこともおできになるのです。隣人を裁くあなたは、いったい何者なのですか。」

上記の「救う」となっている箇所を「至福にする」「しあわせにする」に置き換えたらどんな感じになるだろうか。

「人の子は、失われたものを捜してしあわせにするために来たのである。」

「そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を至福にしようと、お考えになったのです。」

イエス・キリストによる神の救いは、人を「至福にする」こと、「しあわせにする」こと。

そう思うと、しあわせな気持ちになる。

ルターが当初?「律法ばかりで福音がない」「わらの書」と言って嫌ったというヤコブの手紙の3箇所もが
selig machen
と訳されているのは興味深い。
命令、要求ばかりのように思えるヤコブの手紙の中に「至福にする」福音の響きを、ルターは翻訳作業において聞き取ろうとしたのだろうか。

日韓聖公会神学会(1)

「日韓聖公会神学会」というのが2010年24日から27日まで、韓国の京畿道抱川市の山井湖水(サンジョンホス)というところで開かれ、参加した。

日韓双方約20名、合計約40名。
わたしは「日韓聖公会歴史断章──詩人・尹東柱を中心として」という題で発題講演を行った。

行く前に、戸田郁子『ハングルの愉快な迷宮』(講談社+α文庫)を読み、大変面白かった。

わたしは韓国に10数回行ってはいるものの、会議ないし研修旅行ばかりで生活経験がない。そのため、難しい漢字の言葉はたくさん知っているものの、食事、衣服、住まい、人間関係など、生活に関する言葉がほとんどさっぱりわからない。

たとえば、今、食べているものの詳しい説明をしてくださっても、説明の言葉がまたわからないのである。

ところでこの本の中に「モシダ」という言葉が出て来る。「仕える」「はべる」「ご案内する」「お招きする」「推戴する」といった広い意味で、相手を敬って使われる言葉である。

今回の集まりでもこの言葉を何回が聞いた。

ある韓国の若い司祭はわたしの講演を聞いた後、「イダシンプニムル(井田神父様を──わたしは韓国に行くと「イダシンブニム」になってしまう)モシゴ」尹東柱の故郷に一緒に行きたいというのである。

新約聖書の例。徴税人ザアカイの話。

ルカ福音書19:6

日本の新共同訳では
「ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。」

ここが韓国語の共同訳聖書を見ると
「(イエスを自分の家に)モショッタ
となっている。

話が最初から脱線気味だが、ともかく『ハングルの愉快な迷宮』には興味深い生活の言葉がたくさん生き生きと紹介されていてとても有益である。



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井田 泉
奈良基督教会牧師
親愛幼稚園園長
富坂キリスト教センター・日韓キリスト教関係史研究会主事
聖公会平和ネットワーク共同代表

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