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 去る12月(2014年)のある朝、起きてみると目がおかしくなっていました。あらゆるものが二つ見えるのです。二重に重なって見えるのではなく、はっきり独立して見えます。2人の天使の人形は4人に見え、教会の階段を上がってくる親子は2組に見えます。20人のコーラスは40人です。

 眼科に行きましたがはっきりしません。本やパソコンの画面はほぼ正常に見えるので仕事はできるのですが、階段や雑踏は転倒しそうで困りました。どうも近くばかり見ていたせいで、目が(脳が)遠くを見る見方を忘れてしまったようです。一生こんなふうなのかと心配しましたが、7日目の朝から回復し、やがて正常に戻りました。

 念のためということでMRI検査を受けることになりました。1月22日、65歳の誕生日。直前まで忙しく、心の準備をしないうちに検査用の薄い服を着せられ、横に寝かせられ、身動きできない状態となって頭が大きな機械の中に吸い込まれました。不安が急に襲ってきます。うつ病と閉所恐怖症の経験がよみがえってきます。もっと祈ってから検査を受けるのだったと後悔します。「辛抱できなくなった場合はこれを握ってください」と言われて持たされた左手のボールを、いつ握りしめようかと何度も考えます。

 思ったのはヨナのことです。神さまの命令を拒否して逃げたヨナは、嵐の海に投げ込まれ、巨大な魚に呑み込まれました。魚の腹、暗黒の陰府(よみ)の恐怖の中から神に叫び求めます。

「わたしは思った。あなたのみ前から追放されたのだと。生きて再び聖なる神殿を見ることがあろうかと。……地はわたしの上に永久に扉を閉ざす。」 ヨナ書2:5-7

 わたしは25分で解放されましたが、ヨナは三日三晩魚の腹の中で過ごしました。

 イエスは、しるしを求める人々にこう言われました。

「ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の中にいることになる。」 マタイ12:40

 ヨナと反対に、イエスは神に逆らってではなく、神に従って「苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られ、よみに降り」(使徒信経)、暗黒の中に閉じ込められます。しかし神はイエスを陰府から解放し、復活させて、わたしたちのために救いの扉を開いてくださいました。

 主イエスの苦難を想起し、身にまとう大斎節。わたしたちにとっての辛い事柄が主イエスの苦難を思うことにつながり、イエスの苦難から新しいいのちを受けることができますように。

(検査の結果は以上なしでした。)

奈良基督教会 「シオンの丘」 (近刊) 掲載予定