我が国の非正規雇用労働者の比率は、1998年の20.9%から2016年には37.5%まで上昇した。実に2.7人に1人は非正規雇用労働者である。なぜ非正規雇用労働者は増えたのか。以下で検討してみたい。

「金融危機の1998年を境に、正規雇用者が減少し、非正規雇用者が増えている」
 まず、非正規比率が増えたのは、何時からなのかみてみたい。 

1984年以降1998年までは、正規雇用者・非正規雇用者とも増加している。

 しかし金融危機の1998年を境に、正規雇用者が減少し、非正規雇用者が増えている。

 雇用者数は1998年の4967万人から2016年の5380万人まで413万人増えているが、

内訳をみると、正規雇用は430万人減少、非正規雇用は843万人増加している。

この間、非正規雇用比率は1998年の20.9%から2016年の37.5%に増加している。

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 次に、これを性別に見ると、

 男性については、1998年を境に正規雇用者が減少しているが、その減少分を非正規雇用者の増加が埋めており、男性全体の雇用者数はほぼ横ばいである。
 これにより、非正規比率は
1998年の10.3%から2016年の22.1%まで約2倍上昇している。

 
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一方、女性も正規雇用者は1998年の1158万人から2016年の1018万人まで140万人減っているが、非正規雇用者は1998869万人から2016年の1367万人まで498万人増加しているため、女性全体の雇用者数は増加している

 これにより、非正規比率は、199842.9から201655.9%まで大幅に上昇している。 
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 では、何故1998年を境に男女とも非正規比率が増えていったのか。当時日本経済の置かれた状況はどうだったのか。それに対して政府がどのように対応していったのか。詳しくみていきたい。

「1990年
バブルが崩壊し株式や土地等の資産が暴落し、不良債権が発生。1997年には金融危機を招くと同時に、消費増税の影響もあり景気が悪化。企業は正規雇用を押さえ非正規雇用を増やしていった。」

 

 1980年後半のバブル期に多くの企業や家計は借金をして株・土地・美術品・ゴルフ会員権等の資産に投資した。 

 元住友銀行取締役の國重惇史氏は、著書「住友銀行秘史」のなかで、中堅商社「イトマン」が土地や美術品に投資を重ね、バブルに飲み込まれていく姿を赤裸々に描いている。 

 
 やがて
バブルは崩壊し、資産価値は暴落、土地等の担保価値が融資額を下回る担保割れの状態に陥った。不良債権の発生である。 

 

 1997年から1998年にかけては、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債権信用銀行、山一證券、三洋証券など大手金融機関が、不良債権の増加や株価低迷等により倒産し、金融危機の様相を呈した。

 
1997年に実施された消費税増税の影響もあり景気は急速に悪化。企業は新規採用を抑制したり、正規社員を減らし非正規社員を増やしていく。これにより厳しい就職難が発生。 世にいう「就職氷河期」である。


 当時、
不本意ながら非正規社員となった若者は、その後もなかなか正社員になれず、賃金格差に苦しむことになる

労働分野の規制緩和が非正規雇用労働者の増加に拍車をかけた

   

 バブル崩壊後の経済停滞を打開するため、政府による規制緩和の動きが始まり、労働分野では「労働者派遣法の見直し」が実施された。

 労働者派遣事業は、1996年に対象業種が26業務に拡大され、1999年には派遣期間を原則1年に制限するとともに対象業務が除外職種以外は原則許可を与えられることになる。


 2004年には派遣期間を最長3年まで延長し、製造業務に関する労働者派遣事業が解禁された これらの規制緩和が非正規雇用労働者の増加に拍車をかけることになる

「企業が正規社員を減らし非正規社員を増やした理由」

 企業が正規社員を減らし非正規社員を増やしていった主な理由は以下の二点にある。

 先ず、需要の変動に従業員増減で対応しやすいということが挙げられる

景気変動や季節変動、1日のなかのピークオフピークに、非正規社員の活用により柔軟に対応できるようになる。
 
正規社員のみで需要の変化に対応すると、ピーク時にあわせた人員を雇うことになりオフピーク時には余剰人員を抱え込むことになる。

 これを避けるため、契約期間が限定されている人や短時間雇用者を活用し、需要のオフピークに対応しようとしているのである。

 次に、正規社員に比べ賃金が安く、人件費を抑制しやすいことが挙げられる。退職金や社会保険料も不十分な場合が少なくない。

 また勤続年数が増え仕事を遂行する能力が上がっても賃金は据え置かれたままであったり、正規社員と仕事内容や遂行能力が同じでも賃金格差がある場合が多い

 

 2009年にはOECD(経済協力開発機構)は、日本における非正規雇用増加の原因が「非正規社員に比べて正社員の解雇規制が強いこと」と「非正規雇用への社会保険非適用」にあると指摘。労働市場の二極化を是正するよう、勧告を行っている

 200811月に始まったリーマンショックを発端とする世界不況のなかで、自動車や電気メーカーを中心とする製造業による大規模な労働者派遣契約の期間満了以前の「派遣切り」と契約期間満了後更新しない「雇い止め」が発生した。

 これにより、多くの非正規社員が失業し、「ワーキングプア」といわれる低賃金労働者が問題化したことは記憶に新しい。

 2013年のアベノミクス以降、景気は良くなり、正規社員の減少は止まり横ばいの状況にある。
 一方、非正規社員は引き続き増加している。
雇用労働者数合計は2012年の5153万人から2016年には5380万人と約227万人増加しているが、大半は非正規社員の増加によるものである


「非正規社員の多くは、正規社員への転換を望んでいる」

 非正規社員は、正規社員に比べ賃金が低いだけでなく、能力開発の機会が少なく、必要な能力を身に付けることが困難な場合が多い。しかし、このことは企業側にとっては結果的に生産性の低下に繋がることにもなっている。

 非正規社員は、正規社員に比べ、比較的容易に解雇されることが多く、生活基盤が不安定である。

 以上から、「非正規社員の多くは正規社員への転換を望んでいる」、というアンケート結果も出ている。

「働き方改革への取り組み開始」

 安倍内閣は20169月、働き方改革の取り組みを提唱した。
働く人の視点に立って、労働制度の抜本改革を行い、 企業文化や風土も含めて変えようとするものである。        http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/pdf/gaiyou2.pdf

 労働力不足を解消し、一億総活躍社会を作るために

①働き手を増やす(労働市場に参加していない女性や高齢者を働き手に)

②出生率を上げて将来の働き手を増やす

③労働生産性を上げる

に取り組むというのが「働き方改革」の概要である。

「働き方改革」を実現していく上で、以下の課題があり、それぞれに対して対策を講じていく。

①長時間労働

(対策)時間外労働の法改正 36協定の見直し

②正規・非正規の不合理な格差是正

(対策)同一労働同一賃金の実効性を確保する法制度の整備

    非正規雇用労働者の正社員化推進

③高齢者の就労促進

(対策)65歳以降の継続雇用延長、65歳迄の定年延長を行う企業に対する支援

    企業における再就職受入支援や高齢者の就労マッチング支援

 上記②で「不合理な」という言葉は印象的である。格差是正への強い意気込みを感じる。
https://youtu.be/NzhmLpFBOU8?t=1183

「最近は、人手不足を背景に非正規社員を正社員に転換、人材を確保する企業が増えている」

 労働契約法や労働者派遣法などの改正により、20134月を起点に有期雇用契約が5年を経過した人に対し、無期雇用に転換する権利が付与される。パートやアルバイトなどの短時間勤務の非正規社員であっても、5年勤務すれば正社員と同じように定年まで雇用が保障されることになる。

 このような法改正や人手不足を背景に非正規社員を正社員に転換する企業がでてきた。
   http://www.recordchina.co.jp/b189777-s10-c20.html

・クレディセゾンは20179月中旬から非正規社員2200人を正社員化  

・ファーストリテイリングは今年度中に、パートやアルバイト16千人を正社員に転換する方針

・日本郵政は非正規社員3145人を正社員化

JAL20164月から、契約社員として在籍する客室乗務員1100人を正社員に転換。

ANAも客室乗務員の契約形態を全て正社員化。

 以上、非正規雇用労働者が増えてきた理由をみてきた。

 バブル崩壊後、厳しい経営環境におかれた企業が、
非正規雇用労働者により助けられたことは、否定できない。
 しかし、
非正規雇用労働者は、正社員と同じ仕事をしても賃金が低く、昇進の見込みも薄く、いつ失業するかもわからないという不合理な契約に苦しむことになる。
 
 一時的にみると、企業は助かったかもしれないが、労働者の職務遂行能力・意欲の低迷等で、生産性が上がらないという負の側面も持っている。

 また、
日本全体を考えてみても、この20年間、賃金は上がらず、消費は盛り上がらず、結婚する人は減り、子供は減り、人口も減り、需要も減り、経済も低迷する、頼みは輸出と訪日観光客だけという状況に追い込まれている。

 個々の企業にとって、正規社員を抑えて代わりに非正規社員を雇用するという行為は、合理的であったかもしれないが、このことは労働者の賃金を抑制し、個人消費支出を減らすことにつながり、日本全体にとってみれば、需要が低迷することになる。
 企業の売り上げは減り、景気は低迷する。今、日本が陥っている悪循環をどこかで断ち切らないといけないのではないか。

 もし多くの企業が一斉に
賃金をUPしたり非正規社員の待遇を向上したりすると、個人消費は増え物価が上がる。物価があがると円の価値が下がり円安となり、日本の対外的な価格競争力は増し輸出は増える。長年の課題であったデフレからも脱却でき、企業収益もあがり、まさに日本経済は好循環に突入することになる。


 政府は、
「3%の賃上げが実現するよう期待したい」と経済界に賃上げを要請している。
 又、遅ればせながら、政府・企業・労働組合も「
働き方改革」に取り組み始めた。「正規・非正規の不合理な格差是正」も含まれている。今後の法制度の整備に期待したい。 

 
(追記)
 日本郵政労組は、2018年2月15日から開く中央委員会において、「非正規に手当」を
今春の労使交渉の場で要求する方針を固めたようだ。手当は、これまで正社員のみが対象であったが差があるのは合理的でないとして、政府が掲げる「同一労働同一賃金」制度の導入に対応しようというものだ。(日経新聞より)

 労組はこれまで正規社員の待遇改善には熱心であったが非正規社員の待遇改善には冷淡であった。今回のように非正規社員の待遇改善に乗り出す動きが出てきたことは高く評価したい。他の労組への拡大を期待する。