2013年09月

2013年09月30日



029伊豆の国市にある
『願成就院』







038門をくぐると、このような景色が広がっていました。







044願成就院に所蔵されている運慶作の仏像、木造阿弥陀如来坐像・木造不動明王及びニ童子立像・木造毘沙門天像など、今年国宝となった仏像を見ることができます。





048宝物館も併設されており、願成就院跡からの出土品、北條時政が42歳の時に奉納したといわれる自身の像、北条政子7回忌法要時に奉納された像、毘沙門天像・不動三尊像の胎内より発見された宝暦3年(1753年)の修理の際の銘札などが展示されています。


宝物館では、生々しい地獄絵図、銘札に書かれた「運慶」の文字もはっきり見ることができ、目に水晶が埋めこまれた運慶作の仏像は、迫力きわまるものでした。


043境内には、様々な表情をした羅漢像がたくさん。








049開山800年のとき「あなた手で五百羅漢を作ってみませんか」という呼びかけで、羅漢像が作られたのだそう。





伊豆の国市大仁出身の彫刻家山田収氏が手掛け、本堂裏の林にもたくさんの羅漢像があるそうです。



040境内には願成就院略縁起の碑もあり、碑には「当山は山号を天守君山と称し、阿弥陀如来を本尊とする高野山真言宗の寺である。


創建は鎌倉時代初頭の文治5年(1189年)に遡る。この地を源氏再興の旗揚げをし、鎌倉幕府を開いた源頼朝公の奥州藤原征討の勝利を祈願して、幕府初代執権北條時政公が建立し「願成就院」と称したことに始まる。

幕府の事践を伝える「吾妻鏡」には、時政公が大御堂と西塔を建立し、ニ代執権北條義時公が亡父時政公の供養として西新御堂を建立。三代執権北條泰時公が北條御堂と北塔を建立したことが記されており、堂塔伽藍の営作は北條氏三代にわたる。貞應元年(1222年)には「定額寺」(官寺)とする宣旨が朝廷より下されており、この地に、守山を借景として中之島のある池を配した「浄土様式」の壮大な寺院が北條氏の氏寺として造営されていたのである。

数日の発掘調査でその遺構が概ね明らかになり昭和48年境内を中心に周辺一部地域を含めて「願成就院跡」として国指定史跡となる。鎌倉時代の伽藍は15世紀史、伊勢新九郎長氏(のちの北條早雲)の堀越御所(北條時政館跡)攻めの兵火で焼失するか、創建時に祀られた大仏師運慶謹作の五仏を中心とする七体の仏像と、仏像胎内造像銘札四枚は、奇跡的にも今日に伝えられており、この尊き御仏像を拝観すると幕府最大の権力者北條氏とこの寺の盛時を偲ぶことができよう。

本尊阿弥陀如来・不動明王・矜羯羅童子・制吒加童子・毘沙門天の五体の仏像は文治2年(1186年)の造像で、運慶30代半ばの謹作、日本彫刻史上、運慶様式の成立を考える上で大きな意義を有する尊像とされ造像銘礼四枚と共に重要文化財の指定を受ける。

本堂(茅葺き御堂)本尊阿弥陀如来宝物館に祀る北条政子尼七回忌供養地蔵菩薩両像も、13世紀前期の慶派正統仏師による秀作とされ、県指定文化財である。

境内には北條時政公と足利茶々丸公(堀越御所ニ代公方)の墓所があり、両公の菩提寺である」と刻まれありました。


051







願成就院

〒410-2122
静岡県伊豆の国市寺家83-1
TEL 055(949)7676

拝観時間 10時~16時
休館日 火・水曜日
拝観料 大人¥400
      中高生¥200
      小学生¥100




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伊豆の寺 

2013年09月29日



026願成就院近くにあった石碑。












027石碑の横には説明看板があり、この碑は1655年に建てられたもの。






028石碑のある道をまっすぐ行くと、願成就院に行けます。







『石碑』

(願成就院)
〒410-2122
静岡県伊豆の国市寺家83-1


大きな地図で見る

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伊豆の史跡・碑・像 

2013年09月28日



029伊豆の国市にある
『願成就院』







031山門近くには、願成就院跡がありこのような広場が広がっていました。






032説明には「この付近一帯を願成就院という。

吾妻鏡によると文治5年(1189年)6月6日「北條殿(時政)御願として奥州征伐のことを祈らんがため、北條(この付近の地名)のうちに伽藍の造営を企てらる」との記載があって、源頼朝による奥州藤原氏攻めの成功を祈願して北條時政が建立し寺院でありその後同寺院建立に関して文治5年7月18日及び、同年11月24日の2日、吾妻鏡に関連記事がみえ、その内容から推して、鎌倉初期に創建された北條氏の氏寺であるとおもわれる。


創建の当初から七堂伽藍に池を配した壮大な寺院だったが、その後更に、義時が南新御堂を、また泰時が北條御堂と北の塔を建立した。

延徳3年(1491年)伊勢新九郎(早雲)による足利茶々丸攻めの際、寺の殆んどが焼失したといわれるが、僅かに時政の命により文治2年(1186年)5月、運慶(当時33歳)が造立した仏像(重文指定五躰)だけが、現願成就院に伝わり、鎌倉幕府の中心権力であった北條氏のおもかげを偲ぶことができよう。

昭和44年以降数次にわたる発掘調査の結果、現在地は承元2年(1207年)北條時政により建立された「南塔」の遺構と推定されている」などとあり、昭和48年2月4日、国指定史跡に指定されています。



035反抗した源義経をかくまった奥州の平泉の藤原氏を源頼朝が攻める際、北條時政が戦いに勝つことを祈願して願成就院を建立したと伝えられ、文治5年6月下旬には上棟が行われていたのだそう。





発掘調査により、剣先・唐草などの模様がつけられた平瓦と、巴の模様がついた丸瓦などが出土しており、出土品は願成就院内にある宝物館で見ることができます。





『国指定史跡 願成就院跡』

(願成就院)
〒410-2122
静岡県伊豆の国市寺家83-1
TEL 055(949)7676



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伊豆の史跡・碑・像 

2013年09月27日



157『ホテルハーヴェスト伊東』の
大浴場






159大浴場はホテルの10階にあり、このような景色が広がっていました。




    (大浴場の内湯)


151(内湯の湯のそそぎ口)







149(洗い場)







156露天風呂












155(露天風呂の湯の注ぎ口)








274時間により男女入替があり、もう一つの大浴場からは海が望めました。




    (大浴場の内湯)


275(内湯の注ぎ口)







279露天風呂







281(露天風呂の湯の注ぎ口)












163温泉分析書が平成25年4月で新しくなっており、以前の温泉の泉温は30.3度でした。

この分析書の泉温には29.9度とあり、若干温度が下がったようです。







166












大浴場には、このほかサウナ・ミストサウナ・水風呂などもあります。


192ホテルには、2種類の貸切風呂(有料)もあり、







186大浴場に比べ源泉率が高く、貸切風呂は時間制。





   (貸切風呂なぎさ)


187(湯の注ぎ口)








167温泉はホテルの敷地内から湧き出ており、ホテルには一年中泳げる屋内プールも。




       (源泉)


198訪れた時、ホテルのレストランからリスの姿を見ることもできました








171







ホテルハーヴェスト伊東

〒414-0027
静岡県伊東市竹の内1-5-14
TEL 0557(32)0109






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伊豆の温泉 | 伊豆の宿・旅館・ホテルなど

2013年09月26日



021伊豆市上白岩にある『歴史民俗資料館』で出会ったスタンプ。







『歴史民俗資料館』

〒410-2502
静岡県伊豆市上白岩425-1



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