2013年11月

2013年11月30日



280伊豆市にある
『狩野川記念公園』






28211月下旬に訪れたとき、イチョウの紅葉が見頃を迎えていました。





286












284












283












294







006







303イチョウと一緒に城山も見られました










狩野川記念公園

〒410-2411
静岡県伊豆市熊坂512-1



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伊豆の公園 | 伊豆の桜・花・紅葉の見所

2013年11月29日



007伊豆市堀切に
『農機具資料館』がありました。





こちらは、農機具資料館1号館。


024こちらは
農機具資料館2号館。







009「ご自由にご覧ください」とあったので、2号館に入ってみることに。







010農機具が「ずら~り」







017







019トラクター







022砕土用器具












020耕起用人力畜力器具












012馬用荷物運搬くら







013背負子














014一輪車












015苗運び籠












016かつぎ俵












021牛耕用くら







昔、活躍していた農機具から現代活躍しているであろう農機具まで、たくさんの展示物がありました。

昔と現在の農機具の違いが見られ、とても勉強になりました



『農機具資料館』

〒410-2418
静岡県伊豆市堀切


 
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伊豆の記念館・博物館・美術館 

2013年11月28日



733賀茂郡河津町にある
『寒天橋』





橋の道は、踊子歩道(浄蓮の滝と湯ヶ野方面をつなぐ道)となっており、旧天城トンネルへ行くことができます。


734












750橋のデザイン







755橋の外側のデザイン











735昭和34年7月竣工







739橋からは、このような綺麗な川が見られました。











740かつてここは、「天城河津口字川の入」と言いましたが、明治9年土地の有志が国からこの地を借りて、寒天を製造。このことから、寒天橋と名前が付いたようです。その当時、伊豆半島の海岸では多くの寒天がとれ出荷されており、ここは水質が良く、燃料が豊富なので選ばれたのだそう。





743橋のたもとには、
バス停「寒天橋」











745日本の道100選(昭和61年8月10日)に選ばれた「天城路」の石碑






738八丁池(徒歩約120分)方面まで続く道がありました。






名曲「天城越え」にでてくる、橋なのだとか・・・




『寒天橋』
静岡県賀茂郡河津町


大きな地図で見る

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伊豆の橋 

2013年11月27日



721『天城山隧道』
(河津側)





トンネルの入口、凸凹になった石は「コブ出し仕上げ」と呼ばれる工法なのだそう。


723小説「伊豆の踊子」にも出てくるトンネル。トンネルは「伊豆市側」につながっています。











728








720地元の石工が彫った扁額。








713登録有形文化財旧天城隧道の碑には「このトンネル(隧道)は明治38年に築造され川端康成作「伊豆の踊り子」のトンルとして広く親しまれている。トンネルの入口や馬蹄形をしたトンネル本体とともに総石造構造のものは珍しく重厚な構えとなっている。明治末期を代表するこのトンネルは国土の歴史的景観に寄与しているとして平成10年9月25日有形文化財に登録された」などとありました。



『天城山隧道』(河津側)
静岡県賀茂郡河津町
踊子歩道沿い



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伊豆のトンネル 

2013年11月26日



664『天城山隧道』
(伊豆市側)





延長446m・幅員4.2mのトンネル。明治26年に道路建設が始まり、明治38年に開通。トンネルのある標高は711m。現存する石造道路トンネルでは最長で、登録有形文化財(平成10年9月)・重要文化財(平成13年6月)になっています。

690トンネルの高さ3.50m








673説明には「天城山隧道、天城湯ヶ島町と河津町をつなぐトンネルである。陸の孤島と嘆く南伊豆の人達の熱い思いによって総工費、10万3,016円の巨費を投じて明治38年(1905年)に開通した。地元上河津町では、1万2,361円余を負担した。さらにトンネルまでの道路工事費を1万円余負担した。このトンネルの開通によって北伊豆と南伊豆の距離は一挙に短縮し、難所の天城越えは解消した」などとありました。



700トンネルには、伊豆の国市吉田地区から切り出された「吉田石」が使用したといわれ、トンネル内は石積みが続いています。











707トンネルの道は「河津側」につながっています。日本の道100選(昭和61年8月)にも選ばれ、浄蓮の滝と河津町の湯ヶ島方面つづく「踊子歩道」になっています。


トンネルは小説「伊豆の踊子」の舞台になっており、その作者「川端康成」は大正7年11月2日にここを通ったそうです。



704(地元の石工が彫ったトンネルの扁額)






昭和45年に現在の新天城トンネルが開通したので、今はひっそりとあります。


668(案内図)







『天城山隧道』(伊豆市側)
静岡県伊豆市
踊子歩道沿い





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伊豆のトンネル 
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