伊豆の城・城跡

2017年06月21日


DSCN7519伊豆市にある「本柿木農村公園」を再訪しました。






DSCN7522訪れたのは、ちょうど4月上旬。






DSCN7521綺麗な桜が咲いていましたよ。






DSCN7517この公園は、伊豆の武将「狩野茂光(もちみつ)」の居城の狩野城跡の一部。そのため、公園に狩野氏の詳しい歴史や年表の案内看板が設置されていしたよ。




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DSCN7511公園は、トイレも設置されており、快適に利用できました。







本柿木農村公園
静岡県伊豆市本柿木


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2017年01月16日


DSCN1588三島市にある「山中城跡」を再訪しました。ここは、1560年代、小田原防備のために北条氏が創築した城跡で国指定史跡になっています。



DSCN1547(全体の案内図)






DSCN1548(山中城について)







DSCN1564城跡は、たくさんの自然が残され、史跡だけでなく、芝生や花などの植物があって、四季を感じられるところ。




城跡の中で「箱井戸跡」「田尻の池」は、6月下旬になると、紫陽花や睡蓮の花が咲いて目を楽しませてくれましたよ。

DSCN1557土手を覆うように、紫陽花が咲き乱れ、






DSCN1559池では、ピンク色の可愛い睡蓮が咲いていました。






DSCN1572この城跡は、障子に似た独特の形をした堀「障子堀」が有名。






DSCN1581堀跡の斜面を芝生が覆っていて、芝生が緑色に生き生きとする季節は、ご覧のようにくっきりとした綺麗な障子堀が見られましたよ。



季節によって違った景色が見られるので何度訪れても面白い場所です。

「山中城跡」
静岡県三島市山中新田






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2016年05月26日



DSCN9656下田市下田公園に「鵜島城址」がありました。











後北条氏の支配下だった時代、海の要害として「鵜島城」が作られていたのだそう。

DSCN9621この年表によると「天正16年(1588年)秀吉の侵略に備え、北条氏直が下田城を水軍拠点とする。




天正18年(1590年)城将清水康英は、一万人超の秀吉方水軍に囲まれ篭城50日の後、降伏開城」とありました。


DSCN9664ここには、天守台跡や、空堀跡などが残されており、こちらは空堀跡。







DSCN9663下田公園は、あじさいが群生していることで知られていますが、あじさいの群生地は主に東側。



(空堀について)


西側に、空堀が残されていて比較的状態が良好のまま残されています。掘底を畝状の仕切りを設けた「障子堀」のようで、広いところでは幅12mもあるそうです。
この障子堀をたどると、約700m以上あり、下田城を取り囲んでいるらしい。


DSCN9665こちらは、天守台跡へ進む入口。







DSCN9666この階段をのぼると・・・







DSCN9678こんな感じの景色が広がります。





ここが天守台跡で、下を覗けば、

DSCN9676空堀。







DSCN9677遠くに目をやると、下田の街並や






DSCN9670反対側の海の様子などが見られました。







DSCN9679城の天守台は、高台にあるので、あじさいの時期は、斜面を覆うように作あじさいが見れるので一押しのポイントです。





DSCN9658城址は、「天下統一をすすめる豊臣秀吉と、小田原を本拠地とする北条氏の対立が表面化してきた天正16年(1588年)陸の防衛拠点である箱根の山中城(三島市)とともに、海の防衛拠点として下田城が取りたてられ、伊豆郡代清水上野介康英を城将に大改築が行われた。

城は、海と崖に囲まれた天然の要害に築かれている。通称天守台跡と呼ばれる高台を中心に、四方にのびた尾根の要所に守備軍地である曲輪や櫓台が設けられ、総延長700mを超える空堀が巡る伊豆半島最大規模の山城である。

天正17年(1589年)12月から翌年にかけて、雲見の高橋氏や妻良の村田氏など南伊豆の武士が入城し、小田原からは援将江戸摂津守・検使高橋郷左衛門が派遣され、臨戦態勢が整えられていった。

天正18年(1590年)3月清水湊(江尻)に集結した豊臣方水軍は、長宗我部元親や脇板安治らが率いる一万人を超える大船団で、西伊豆を制圧しながら下田城に迫った。圧倒的な兵力を眼前に、城将清水康英ら六百名の籠城軍は、50日ほど防戦に務めたが、4月下旬には開城の勧告を受け入れ、城を出た」とありました。

DSCN9654綺麗なあじさいとは、裏腹に、ここには、戦い抜いた兵が静かに眠っているようです。











下田公園
静岡県下田市5丁目



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2016年04月01日



DSCN8938平成27年5月24日に沼津市「長浜城跡史跡公園」で「北条水軍まつり」が行われました。



長浜城跡史跡公園は、1579年に駿河国を支配していた武田氏から、韮山城を守るために北条氏が築いた長浜城跡に作られた公園。
国指定史跡になっており、城跡は広さ1万5476平方メートルあります。

武田氏の海からの攻撃に備えるために作られ、本格的な水軍城ですが、山側に土塁があるなど山城としての機能をもつ全国で稀な様式の城。

DSCN8924水軍まつりは、この公園の開園に合わせて行われ、火縄銃の演武などのイベントが行われました。




会場は「小海埋立地会場」「内浦漁港会場」「長浜城跡会場」の3会場に別れ、こちらは「小海埋立地会場」。ここでは「小田原城馬廻衆の仕舞」「手づくり甲冑発表会」などが行われていました。

DSCN8925「戸田トロはんぺん」など、地元のグルメが味わえるブースも出展し、まつりを盛り上げていました。





DSCN8946変わって、こちらは「長浜城跡会場」。
小田原北條鉄砲衆保存会による火縄銃の演武がされ、間近で見ることができました。




DSCN8949火縄銃の轟音は凄まじく撃ち終った後、耳がき~んとするぐらいの衝撃でした。






DSCN8920こちらは「竹束」です。
無造作に置いてありますが、戦国時代に使用されていた列記とした道具。この竹束で矢や鉄砲から身を守っていたそうで、竹は、戦地でも調達が可能。紐でくくられているため、持ち運びも簡単で重宝されていたそうです。
当時は、現在より鉄砲の威力が弱かったため、離れた場所では充分身を防げたそうです。


まつりでは、歴史にまつわる面白い道具も展示もされ、会場への移動は、シャトルバスや船などで行くことが出来、無料で船まで乗れて楽しかったです



『北条水軍まつり』
長浜城跡史跡公園
静岡県沼津市内浦長浜



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2015年03月02日



DSCN4941三島市の山中城後を散策しました。







DSCN4942ここは、戦国時代に石を使わずに作られた山城であり、後北条流築城術の最高傑作と言われている城跡。小田原攻めを行う豊臣秀吉軍との、事実上の最終決戦が繰り広げられた舞台であるとも言われています。


(山中城跡について)



DSCN4939箱井戸跡







DSCN4948北ノ丸跡












DSCN4946矢立の杉











DSCN4956カシの木











DSCN4960本丸に守護神として祀られた諏訪・駒形神社






DSCN4955復元された兵糧庫










などなど・・・

DSCN4923訪れたときは、工事中で全部回りきれませんでしたが、晴れの日は富士山や駿河湾など雄大な自然が一望できる素敵な場所です。




DSCN4966






山中城跡
静岡県三島市山中新田




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