先日、震災復興支援の一環で、岩手県で行われた
指導団体SSI主催の海中瓦礫の回収作業のお手伝いに、
当スクールからプロ資格を持つダイバー4名を派遣しておりました。

あ「1年以上経って、復興も着実で。」
なんてタカをくくっていました。

途中のSAで佐野ラーメンと喜多方ラーメン対決とか言って、のんきに食っちゃって、かなり物見遊山的なノリでした。


現地に入るまでは。



あ東北道をかっ飛ばし、宇都宮、那須、阿武隈、郡山、福島、蔵王、仙台、築館と過ぎ、花巻で釜石自動車道へ入ります。


交代で運転を代わりつつ、
時間的には大分余裕がありました。

(あとで伊豆に帰ってメーター見たら
往復1600キロでした)



あ遠野を過ぎて、海岸線になる釜石に入ると、
光景は一変します。

道中、バカ話ばかりしてたこの口から、うめきしか出て来ません。

←津波に1F,2Fを抜かれて3Fで営業なさっている床屋さん。





遠目から見ると昭和の空き地みたいなところ。
近づくと住宅地の基礎だけ遺されています。
ああ












集合場所の山田町大沢地区の港につくと、
そこはやられた漁船の墓場でした。
船体にスプレーで「解体OK」と吹かれてあります。
伝わらないかもしれませんが、この光景がずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと続きます。

ああ






今回思ったことは・・。

実際に見たら、

被害規模が想像以上にデカかった。


TVで、新聞で、ネットでどういう被害なのかは分かっても、
その惨状がどこまで広がってるのかまでは伝わらなかったのです。
目の前の光景が延々続くのは本当に圧倒されました。




あ現地の漁師さんの中には、他所者が自分のところの海に入るのを快く思わない方もいるらしく、ボランティアと言ってもなかなか難しい事情があるそうです。

今回は盛岡のSSIダイブセンター、「リベロ」青木さんと八戸「アネシス」の楮さんに現地コーディネーターとしてお世話になりました。


あ4人グループに分かれ(3名海中・1名ボート引き上げ係)、1回の作業で1時間潜り続けます。

ウィンターグローブの上に、ドカチン用のゴムグローブ、そして今回は伊東市漁協で売ってもらった鋸刃のナイフ(鬼のように切れます)が役に立ちました。係留ロープや漁具が思った以上に絡まっています。





その週に入って一気に水温が上がって15度。
思いっきり体動かすので汗ビッショリでした。

ああ





予想外に透明度はありました。
が、瓦礫を掘り起こすととたんにヘドロが舞って視界0に。

伸ばした自分の手が見えません。
ヘドロ層の下には火災時の灰が積もっていました。

瓦礫の他にもランドセルや玩具が。しばし海中で耽ってしまいました。

あ岸壁沿いが一番多く瓦礫が溜まっていました。
今は埋まってるけど、嵐などで舞い上がった瓦礫で船底を削られるのが漁師さんが恐れていることだそうです。

ほとんど埋まってるので、手をヘドロの中に突っ込んで探しまくります。

大きくて持ちあげられないものは、ボートから垂らしてもらった索で縛ってユニックで引き上げます。


あ伊豆では見たこともない種類の海藻が陽光に透かされてキレイでした。

本当にキレイだったんです。
自然は強いなと思いました。



あ水面から顔を上げて、
思い瓦礫を持ったまま船を呼びます。

エアがもったいないのでBC膨らまさずに、ずっと立ち泳ぎなのがキツイんです。気合です。


真新しく鮮やかな黄色いブイが、湾全体を覆っています。
養殖用の筏です。
数少ない復興のサインです。


あ泊まったホテルは海が目の前で、
1Fが津波で抜かれていました。

エレベータがやられてしまい、配膳用エレベータで昇降しました。

集まった全国のダイブセンターの皆さんと夕食。
各ショップが代表して一言という場面で先日プロ資格を取ったばかりの豊川くんに喋ってもらいました。この経験が彼にプラスになってくれることを願ってやみません。



あ気が滅入る話ばかりでもありませんでした。
作業の合間の一コマ。

Q彼は手桶から何を飲んでいるのでしょうか?










あAウニ。



甘さがしみました。
これを食わしてくれる優しさもしみました。






ウニを手桶で飲む。初めての体験です。
「ウニは飲み物です」カレーだけかと思っていました。
ああ












すごい量だったので、お弁当に乗っけて、
スーパーうに丼にさせて頂きました。
東北、旨ぇぇぇぇぇ!!!!
ああ











画像撮り忘れましたが、
御蔵の湯」という新しく作られた温泉はキレイで、
県外の僕らでも無料で入れさせて頂きました。
疲れが吹き飛びました。


2日間の作業が終わり、
海岸線を南下して帰ろうということになりました。
もう少し津波の被害を見たかったのです。
ああ






あ大槌町。

沿岸部は基礎と廃墟だけです。

←2Fまで抜かれた図書館



あ壊された外壁を見れば、
どの高さまで津波が襲ってきたか、
お分かりいただけると思います。
時計の針は「その時刻」で止まってました。


この建物の向こうの斜面は墓地。
新しいお墓が多かったので、
嫌でも目に入りました。



スクラップ屋でもここまでの車両はないでしょう。
消防車までやられている事実が僕らに教えてくれる意味は深いです。
ああ







あ一体どうなったら、
1台の車がこうなってしまうのか。

行く先も定まらぬまま、
ここに100台くらいあったと思います。

大槌町では津波の力強さをまざまざと見せつけられました。
青木さんが「大槌町はまだ潜ってもらえる段階じゃない」と言ってたのを思い出しました。


釜石、大船渡と南下。
途中寄ったコンビニはすべてプレハブの仮設でした。
それでもあると安心します。

そして僕らが行った中で一番衝撃だったのが陸前高田です。
文字通り「なにもない」のです。
それまでの街では残ってた基礎すら無いです。
ああ







陸前高田はこのあたりで一番平野部が広かったらしく、
津波の被害も広範囲でした。
TVや写真でわかってるつもりでしたが、規模が違いました。
ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっとこれです。
画像にある遠くの山までこうなってます。誇張じゃないです。
ああ







うめく余裕もありません。本当に「絶句」でした。
大きなユンボが何十台もいて、瓦礫を「キレイに寄せた」だけでした。
ああ






海岸近くにあった球場付近は地盤沈下を起こして潮が引きません。
海の上に球場が建ってる感じです。
岩手県陸前高田市高田町中宿高田松原第一球場を地図検索しました。
一番拡大させてこの付近にどれだけ建物があったのか確認なさってみてください。

今、その地図上にある建物、ほとんど全部無いです。
ああ







復興は始まっていません。
というか、

「震災、全く終わっていません」

「できることから、少しづつ、自分のペースで」なんて、
耳障りのいいこと言って善人ぶってなんてノリは
ちょっとできにくい光景を見てしまいました。

これからどうすりゃいいんだろう?
そんなモヤモヤを抱えたまま帰ってきて、
ブログになかなかアップできませんでしたが、
まだそういう気持ちであることも白状します。


「こんなのどうでもいいや」と思わなかった方へ。
ありがとうございます。
この事実を忘れて行けないと僕らは思いました。
フェイスブックでも画像を載せております。
アカウントをお持ちの方はぜひシェアをお願いします。
こちらです→震災支援活動

水中作業中は夢中だったので画像があまりありません。
詳しくはSSIのアルバムをご覧ください。
このページのすぐ下に「いいね」もあります。


以前、宮城県で潜った海はこんなに素晴らしいものでした。
こんな震災ちゃちゃちゃっと終わらせて、
また東北にトリップで行きたいんです。
シャケの産卵みたり、レアでキュートな北方のサカナみたり、
美味しいもん食べて悶絶したりしたいんです。
南の島とはまた違うすごい海をみんなに見せたいんです。

被災地以外の人たちが忘れないように、
どうか拡散していただけたらと思います。


行って本当に良かったです。
また、秋に行ってきます。


ファンキーハウス
池田 大峰
池田 浩志
福田 正幸
豊川 啓次郎