そもそも、推薦制度とはなぜあるのでしょうか?

企業側から見ると、設計現場へ人を送り出すにあたっては、機械工学の基礎がある程度備わっていないと面倒なことになります。基礎というのは、力学や設計製図のような昔からあるものです。これらを教育してくれる学科から安定して人材が送られてくるというのは、企業にとって大きなメリットになったのだろうと思います。新卒一括採用の典型的な方式かもしれません。

しかしながら、最近は、面接などを通して、コミュニケーション能力など人材の良しあしをみるという風潮があります。

そもそも、面接で技術系の人の能力を測ることは可能なのでしょうか?

就職活動の目玉である面接とは、基本的に”お見合い”です。お互いのことを良く知りませんから、話題は当たり障りのないものになります。

”志望動機は?”
”趣味は?”
”自分の短所、長所は?”

などが一般的でしょう。学生は企業のことを知りません。知ることは無理だと思います。所属している従業員でもわかりませんから。だから、これもネット等で調べた範囲で当たり障りのない回答をします。企業は学生のことを知りませんから、サークルや大学のことを聞きます。学生は、少々誇張して当たり障りのない回答をします。面白いことに、ここで少々嘘を言っても、OKらしいです。忘れましたが、どこかのブログにどんどん、嘘をつくのが最適解という分析が出ていました。お見合いも同じかもしれません。ただ、どちらも後が怖いのでほどほどにしたほうがいいと思います。

以前にも触れましたが、能力を測ることが出来ませんから、結果は、面接官(配属される職場の上長の場合が多い)に、自分が気に入られるかどうかです。企業も面接であたりさわりのない人を採用していて大丈夫なのかと思います。いい人が集まる企業は衰退していくと思います。ただし、現在の日本社会では仕事ができる人は嫌われる風潮があります。古くは野茂やイチロー、今では本田がそうでしょうか。

以下のブログが状況を少し説明していると思います。
「仕事ができる人は悪玉」
http://iiaoki.exblog.jp/13947589/

我々の研究室でも優秀(研究開発の能力のある人)ほど、面接で落とされる傾向が定着してきました。自分をしっかり持った人ほど、面接は苦手のようです。ただし、社会人になると、ずるく立ち回ることを覚えるので、面接の類のものは得意になると思います。しかし、採用時のその能力を期待するのは、明らかに見当違いだと思います。

SI

(つづく)