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2017年08月17日

ラジオ体操の意味(平成29年8月号)

  連日、猛暑日が続きます。 体調管理にはくれぐれもお気をつけください。

 今日も出勤して始業のチャイムのあと皆様と一緒にラジオ体操をしました。 とても気持ちの良いものです。
 そのラジオ体操をしながら思い出したのですが、私は昭和41年9月の入社で、当時は工場で溶接の基礎から教えてもらう、それこそピカピカの新入社員でした。

 入社半年ほどがたったある日の朝、工場長が頭を抱えて私にひとこと、「バカみたいなミスや怪我が朝から起きて困ったものだ」と言われました。
 私はその時、「身体が目を覚ましていないからではないでしょうか」と言ってしまいました。
 「どうすれば良いと思うか」
 「ラジオ体操でもやりましょう」
 「ではお前がやってみせろ」
それで始まったのが現在まで続いているのです。

 25年ほど続けたとき、社会保険事務所から表彰を受けました。 理由は、職場の安全および事故防止に努力している企業ということでした。
 たしかにその時、作業中の事故は激減していました。 しかし、現在でも労災事故がゼロになることはありません。 社員の一人ひとりの注意に頼るしか無いことはいうまでもありません。
 これまでにも大きな事故は何度かありました。 今回はもうだめだと思ったこともありましたが、誰ひとりとして元通りに回復しなかった人はおりません。 全員が元気になって復活しました。

 昨日は高橋稲荷神社の「茅の輪神事」に参拝し、皆様の無事を祈ってきました。

 今日もラジオ体操のあと会社の社にお参りし、皆様の今日一日の安全を祈ってきたところです。

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2017年07月26日

慢心・油断に気をつけよう(平成29年7月号)

 今月の4-5日で日赤の人間ドックに行ってきました。 30年近く続く私の恒例行事ですが、最初は日赤健康管理センターが発足したてで、会社の営業も兼ねた狙いも確かにありましたが60歳を過ぎたあたりから、本当に自分自身の健康管理の目安として私の大事な年中行事のひとつと位置付けています。

 7月4日の午前9時からの受付開始とのことで、その時間に日赤に向かいましたが、途中の風雨のあまりの激しさに閉口しながら駐車場に着いたのですが、それから雨も風も更に強くなり、傘をさしても車から降りることができず、しばらく様子を見てやっと検診センターへ着いた時は全身びしょ濡れでした。

 その間ずっと会社は大丈夫かと思っていましたが、受付を済ませ検診着に着替え、ローテーションが始まるとお昼すぎまで連絡が取れません。 そうするうちに熊本日赤でも、病院も、血液センターも、検診センターもすべて停電して業務が一時停まりました。

 やっと会社に連絡を入れられたのは午後1時を過ぎてからでした。
 案の定と言うか心配した通り、リニューアル中の自衛隊のシェルターが風で動いて社用車にぶつかった、アルミの板が風で飛ばされシャッターに傷が入った、60週年記念で植えた桜の木が根元から倒れた、等々の報告を受けました。
 自然災害だから仕方ないと言ってしまえばそれまでですが、私は去年の地震から驚異的な復興を遂げつつある今、少し『全体に慢心があったらいかんな』とちょっと心配しています。
 これまでも何度も台風には遭遇してきましたが、勤務時間中、社員が会社にみんないてこんな不注意の事故はあった覚えがありません。
 検診を終え、昼から会社に出社してきて倒れた桜の木を見ながら(桜の木は仕方ない)、油断と慢心が一番怖いと改めて思いました。

 そして、今日(6日)北部九州の豪雨です。気をつけましょう。



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2017年06月16日

渡部昇一先生のこと(平成29年6月号)

 渡部昇一先生のご逝去を悼み、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 こう書き出したのも「致知」の先月号、今月号ともに冊子を開けばあらゆる箇所に渡部先生を悼む記事があり、どうしても私の頭から離れないからです。
 一昨年、東京のホテルのお寿司屋さんで偶然隣同士になり、同席されていた致知出版の藤尾秀明社長にご紹介していただいたこともあり、まだお元気でしたし、お酒も注がせていただいたし、その感激が今もなお残っているからかもしれません。

 渡部先生の追悼文の第一には安倍晋三総理大臣が「知の巨人を偲ぶ」という題で文章を寄せておられます。 さらに、石原慎太郎氏、堺屋太一氏、櫻井よしこ氏などそうそうたる方々の追悼文が並んでいます。

 致知の連載で「歴史の教訓」は235回を数えるそうで、私はこの本を手に取ると、まず一番にそこから読み始めるほど毎回楽しみに、そして毎回納得し、確信していた連載でした。
 最後の絶筆となられたのが今年6月号の第七八回「20代をどう生きるか」でした。

 昭和5年に山形県の農家に生まれ、両親が早くそのご両親を亡くされて貧しい幼年期を過ごしたそうで、自分の子供には本だけは読めるようにと他の生活費は切り詰めて育てられたそうです。 そのような中で高校、大学と進まれますが、家には負担がかけられないので常に主席で奨学金を得て、アルバイトで卒業した後、イギリスとドイツの大学に奨学生として留学され、上智大学の教授になられています。

 この中で私が特に印象深かった言葉は、
 『 「運という目に見えない力」と言われ、貧しかったのも不遇だったのも「仮装した祝福」であった。
 どんな逆境にあっても決して天を怨まず人を咎めず、自らを信じて心穏やかに道を楽しみ、これが天命だと受け入れる。 そうすれば霧が晴れるように視界がひらける。 そして思いもよらぬ幸運に恵まれる』
 と書かれていて、これが絶筆となっています。

izumishatai5 at 16:38コメント(0) この記事をクリップ!
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