Caption :いつでも一緒だった、『ハル』と『マリ』。夏の日、彼女たちの関係は歪な一歩を踏み出す。前編。

Tag :オープニング 百合





 マリがいわゆるレズビアンだということは、性に疎い私にも容易に分かることだった。それでも私が彼女の親友であり続けたのは結局、私にもその気があったからなのかもしれない。

 背の高い私と、背の低いマリ。
細くて胸の無い私と、細いクセに胸はあるマリ。
黒い髪を腰まで伸ばした私と、茶色掛かった髪を肩で切り揃えたマリ。
皆に『格好良い』と言われる私と、皆に『可愛い』と言われるマリ。
 私達は、面白い程に正反対だった。

 中学で知り合ってから、私達はいつも一緒に居た。一緒に学校へ行き、休み時間を過ごし、昼食を食べ、放課後はいつもどちらかの家に遊びに行く。私は彼女を『マリ』と呼び続け、彼女は私を『ハル』と呼び続けた。それは、高校生になっても続くのだった。
 その時にはもう、マリが私を見る目は、私がマリを見る目とは、少し違っていたのかもしれない。

 いつからか、私達の間に噂が囁かれるようになった。ある人は私達を囃し立て、ある人は私達を憧憬の眼差しで見つめ、ある人は私達を蔑んだ。それに私は、顔を赤くし、困ったように笑って、そして泣いた。
 それでも私は、マリと一緒に居た。世間の目だとか、道徳だとか、そんなものを差し置いても、マリと一緒に居たかった。やっぱり、私にもその気があったのかもしれない。

 私がそれに目覚め、もう一つの性癖に目覚めたのは高校1年、今の様な蒸し暑い夏の休日だった。

 ~・~・~
 本当に蒸し暑い日だった事を、私は覚えている。輝く太陽、焼け付くアスファルト、浮かぶ逃げ水。
 いつもの通りマリに誘われ、彼女の家に行く最中、私は多少イライラしていた。こんな暑い道を30分、少しも気が立たない方がおかしいと思った。このままUターンしてしまおうかと何度も考えたものの、結局私はそんな薄情な人間じゃ無かった。私は茹った頭のまま、マリの家に向かうことになったのだ。
『鍵開いてるから勝手に上がってー』なんて言う無用心なメールの通り、私は彼女の家に勝手に上がり、キチンと鍵を閉め、彼女が居るはずの二階に上がる。――今日はおじさんもおばさんも居ないんだな……。私はそんな事をぼんやりと考えながら、マリの部屋のドアを開けるのだった。

 そして、私は絶句した。 
 そこでは、マリがベッドの上で伏したまま、何ともだらしがない表情で眠っていたのだ。私の、汗でグッショリとした水色のワンピースとは対照的、まったく、着心地の良さそうな白いTシャツと青のホットパンツを身に纏って。
 先に書いたように、炎天の下を歩き通した私はイライラしていた。加えて頭も茹って、少し思考がぼやけていた。だから、冷房が効いた部屋の中、マリが気持ち良さそうに眠っているのを見てイラっとしてしまったのは、仕方が無い事だと思う。

 そして私は、その苛立ちとズレた思考、沸き立つ悪戯心を以て、今後の私達を大きく変えてしまう行動を取るのだった。
 私は、両脚を揃えて眠っているマリのふくらはぎにそっと腰を掛けた。
「……ん? ハル…………?」
後ろから聞こえたそんな言葉を無視する。そして彼女の、上を向いた小さな両裸足の裏に指を突き立て、ワシャワシャとくすぐり立てたのだった。

「――にゅうぅっ!!? いやっはははははははははははは!!!?」
マリは、何とも妙な奇声を上げながら笑い出した。
 それは、友人同士の他愛ないじゃれ合い。元気でお調子者のマリが、私にそんな悪戯をすることは、無い訳では無かった。それでも、少し引っ込み思案で捻くれ者の私は、そんな有り触れたスキンシップを取ることすら、今までに無かったのだった。きっと、マリも驚いたと思う。
「はっ、ハルうぅぅうふふふふふふふ!!? やめへぇえへへへへへへへへ!!!」

 こんなものかと思いながら、私は彼女のふくらはぎから降りた。そして努めて爽やかな笑顔で、いけしゃあしゃあと『おはよう』と声を掛けるのだった。
「……ひどいよぉ、ハル」
寝起きだからか、少しぼんやりしているマリ。私はそんな彼女を、強引に目覚めさせることにした。『にゅうぅっ』と、先の彼女の真似をして。我ながら本当に子供だなと思う。
「ちょっ、恥ずかしいから止めて……っ!?」
マリは頬を赤くしてうろたえる。普段こんな悪戯なんかしないため、ついつい調子に乗ってしまった。私は、何度も彼女の奇声を真似するのだった。
「……ハルぅ…………」

 マリは顔を真っ赤にして俯く。少しやり過ぎたか……? 私はそう思い彼女に声を掛けようとした瞬間だった。彼女が私に勢い良く覆いかぶさって来たのだ。
「――同じ目に合わせてやるぅぅぅぅっ!!!」
なんて叫びながら。

 私は、とっさにマリから逃げようとした。しかし、それには反応が遅すぎたし、何より私の運動神経が悪すぎた。結局、私は背中からマリに跳び付かれ、うつ伏せに倒れ伏してしまう。腰の上に乗っかられて、私は成す術が無くなってしまうのだった。
「ふふふふ……覚悟しな、ハル……」
腰の上から聞こえるドス黒い声に、私は焦った。身体をくすぐられると分かっていて、焦らない人間なんかいない。私はマリに謝罪と一緒に制止を呼び掛けたのだが、
「問答無用ぉぉぉぉ!」
そんな叫び声と共に、私のお腹はぐにゃりとしたくすぐったさに襲われるのだった。

『ひゃあぁ!』だとか、『ひうぅっ!』だとか叫んだと思う。けど、マリみたいな変な叫び声は上げなかったと思う。そんなことを気にする余裕も無いぐらい、くすぐったかった。マリは私の腋の下や脇腹をグニグニと揉みしだいていく。マリの小さい手が私の身体に食い込む度に、私は慎み無く笑い声を上げた。足をばたつかせても、腰をくねらせても、激しいくすぐったさは少しも和らぎはしなかった。

 相当キツイ。とっくに倍返しすら過ぎている。笑いすぎて息が苦しい。頭もぼっとしてくる。いい加減に止めさせようと、笑いながらもマリに声を掛けようとした、その時だった。
「……はる…………」
マリが、蕩けるような声音で私の名前を呼んだのは。私は耳を疑い、笑いころげながらも腰を目一杯捻ってマリの顔を見た。涙が浮かぶ眼で辛うじて見えたのは、頬を朱色に染めて、虚ろな瞳で私の事をぼっと見つめるマリだった。
「…………」
――マズイ!? 私は背筋が凍るような何かを感じ、本気で彼女を諌めようとした。しかし、突然身体の芯まで犯す様なゾクゾクとした刺激が襲い掛かる。喉まで出掛かっていた言葉は、私自身の笑い声によって吹き飛んだ。マリが、ワンピースの裾から私のお腹を直接くすぐりだしたからだった。
「……はる……、はるぅ…………」

 その刺激に、私は狼狽した。
 マリは、私のお腹を手の平で優しく撫でたり、指先で軽く引っ掻いたり、両手で穏やかに揉み解したり……、先程とは全く違う刺激を私に送り続ける。その刺激は、激しいのにどこか甘く蕩けるような何かがあって、苦しいのにどこか気持ちが良くて。それは、不思議な快感。私の笑い声に、淫靡な何かが混じる。ワンピースが捲れ上がっていてもお構いなし、私はいつしか抵抗を止めていた。
 私のだらしが無く開いた口からは、甘い笑い声が漏れた。組み伏せられた身体は、マリの指に従ってビクビクと跳ねた。私の頭の中は、ピンク色に染まって何も考えられなくなっていた。ただひたすら、マリは私のお腹をくすぐり姦し、私は笑い続けた。

「……ぇ、ぁ…………!!?」
途端に、お腹に纏わりつくくすぐったさが消えた。腰に乗っかっていた重みも無くなった。
「……ハル……、ハル……!!?」
身体が酸素を求めた。肺が一気に膨らみ、激しく咳き込む。頭が、胸が、痛い、苦しい。
「ハル!? ハルっ!!?」
気付けば、マリが私の名前を何度も呼んでいた。答えようとするも、咳き込んで声が出ない。
「ハルっ!? 大丈夫!!?」
マリの顔が視界に入った。先程とは全然違う、顔を真っ青にして、目からは涙を流して……。どうしてこんなに泣いているのだろう? その時の私には、本当に分からなかった。もしかしたら、この時の私は相当危ない状態だったのかもしれない。
「今っ、水持ってくるっ!!」
マリが部屋から掛けて行った。

 マリがこんなにも私の事を心配してくれていたと言うのに、当の私が考えていたのは、先程までの甘美な時間の事だけだった。サワサワと撫でられた時の、鳥肌の立つ快感。カリカリと引っ掛かれた時の、腰が浮くような快楽。フニフニと揉まれた時の、身体の芯をゆする悦楽。もっと、この身体をくすぐられたい。私の心はただ、それだけに支配されていた。
 暑さのせいか、酸欠になる寸前までくすぐられたせいか、それは分からない。けど本当に、あり得ない程に、頭がどうかしていた。

「……ハル、大丈夫…………?」
マリの手に持たれたグラスも、涙で濡れた青い顔も、私の眼には映らなかった。私が見えていたのは、彼女のその小さくて細い指だけ。

 私は呟いた。
――もっと、くすぐって。

 マリの眼が、大きく見開かれた。

 分かっていた。マリは、私の事が好き。
 でも、私は違う。その言葉はただただ、快楽のため。
 
 今なら言える。それは、本当に最低な言葉だった。