先日、くまたろうと共に自転車に40分ほど乗って
高石ともやあの頃のフォークソングを歌おうに行ってきた。


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「高石ともや」といえば、私が小浜にいたころ、隣の「名田庄村」に住んでいて
「高石ともやとザ・ナターシャーセブン」と云うグループを作っていてフォークでは有名であったと思う。

でも、私はThe Beatles や Led Zeppelin が好きだったので、
彼の音楽をLiveで聴くのが今回がはじめてだった。




音楽も素晴らしかったが、トークがそれ以上によかった。

そして、今回わかったことがあったので紹介します。



2月20日のブログでちょっと紹介したハート・オブ・ゴールド」。
代表理事は「有森裕子」さん。


「ハート・オブ・ゴールド」は、どういう組織かと云うと、有森さん曰く

「スポーツを通じて、国境や人種をこえて、子どもたち、障害をもつ人たちと「希望」と「勇気」を共有したいという理念で、カンボジアの地雷被災者に生活自立支援をしています。バルセロナ五輪のあと、アンコールワットでハーフマラソンをやるからと誘われたのがきっかけでした。地雷で傷ついた人、子どもたちに義手や義足の資金を支援するのが目的です。」 また、 ニュージーランドのロレン・モラーさんと云うバルセロナで三位だった人がつけた名前で、オリンピックでメダルをとれる人は限られているけれど、心の金メダルはだれでも持てる、「子どもや障害をもつ人に夢を贈るこの活動をする人たちの心には金メダルがありますよ」という意味だそうだ。

 

ついでにもう少し、この有森裕子さんと云えば、

「メダルの色は、銅かもしれませんけれども……、終わってから、なんでもっと頑張れなかったのかと思うレースはしたくなかったし、今回はそう思っていないし……、初めて自分で自分をほめたいと思います」と涙ながらに語った96年アトランタオリンピック女子マラソン銅メダリストです。

1996年の流行語大賞にもなった 『自分で自分をほめてあげたい』 
を生んだのは、高石ともやさんの詩でした。


あの言葉を最初に聞いたのは高校のときです。私は高校の三年間ずっと都道府県駅伝で補欠でした。その開会式に高石ともやさんがこられて、読まれた詩にあった言葉です。それを聞いて感極まるものがあって大泣きしたんですよ。 アトランタの練習中、ネガティブになっていたとき、クルーのだれかに「自分で自分をいいと思えばいいじゃないか」といわれて、ふっとその言葉を思い出したんですね。でもそのときは、「いや、いまは自分で納得できない、ここで自分をほめたら弱くなる、するんだったらレースの後にしたい」と思いました。 アトランタは全体として私には苦手のコースなんです。ただ、三〇キロ近くに坂がある。小出監督も「お前に有利なポイントはそこしかない」といわれて、そこだけはがんばろうという地点だった。あのときはロバ選手に置いていかれて、しかも脱水症状、足もしびれかけていました。まわりはエゴロワ選手など強敵ばかり、先には苦しい登りがあることもわかっていて、飛び出すには勇気がいりました。だけどチャンスはここしかない、飛び出よう、全力で走ろうと、振り切る形でスパートしました。あそこで飛ばしていなかったら多分悔いのないレースと思わなかったし、あれができたからあの言葉も素直に出たと思います。




ちなみにその歌とは、こんな歌詞です。

 

「自分をほめてやろう」高石ともや

「頑張ったのは君だから
 自分で決めた道だから
 練習の辛さ 負けた悔しさも
 それでも走り続けたわけも
 君だけが覚えている
 
 今夜は自分をほめてやろう
 見えるだろう 一筋の道 君が選んだ長い道
 見えるだろう 一筋の道 みんなが君を待っている」





そして、もうひとつ。

高石ともやさんは、マラソンランナーとしても有名ですが、なんと1981年に行われた国内初のトライアスロン第1回大会(スイム2.5km、バイク63.2km、ラン36.5km)の優勝者です。

高石さん曰く、「あの高石ともやでも優勝したんだ」から、と云うことで以後参加者が増えたそうだ。


そして、ホノルルマラソンは第5回から連続34回出場で、これは現時点では最高記録だそうだ。
私も応援していた第18回泉州国際市民マラソン(2/20)には16回連続出場で4時間13分35秒です。





最後に、あの京大カンニング事件後、多分最初の「受験生ブルース」をどうぞ。