「象徴天皇・素顔の記録」のほぼ終わりのとこを見ていた時のこと、


テレビのナレーションは、

「国民とともに歩もうとする象徴天皇としての姿勢が明確に示されたのは即位の礼の翌年、1991(平成3)年6月3日。長崎県雲仙普賢岳で火砕流が発生、この被災地に天皇陛下はなるべく早く行きたいという意向を示された。」


「1991(平成3)年7月10日、13:00から16:06まで分刻みの予定で避難所と仮設住宅七箇所の訪問が決定。到着から1分後に予期せぬ事態が発生した。天皇陛下続いて皇后様が床に膝をつかれ、住民と同じ高さの目線で話を聞き始められた。」


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鐘ケ江島原市長(当時)曰く、「みんなぎょっとしてたですよ。私たちもあーっと悲鳴を上げたですから。両陛下が体育館の板張りの上にお座りしてお見舞いいただいたという事は考えられなかったですね。」



そして、阪神淡路大震災時での避難所訪問時の映像が流れた時、

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妻がポツリと独り言、「村山元首相は、後ろに手を組んで、立ったまま、上から視線で被災者に声をかけていた」と。



そうなんです。私の政治家売国奴Best2内(あと一人は河野洋平)に入る村山富市は、地震発生後、3日目にしてようやく現地入りし、後ろ手を組んで被災者を見舞うなど、一国の首相にあるまじき無神経極まりない態度に国民から非難轟々の声をあびてました。そして、避難所被災者もソッポを向いていたましたが、両陛下のご訪問には皆感激し、涙を流す人もいたのを覚えています。


そして国会でのあの名文句 「なにぶん初めてのことでございますし、早朝のことでもございますから、政府の対応は最善だった」 (後に全面撤回)


http://blog.livedoor.jp/j1bkk/archives/2009-01.html?p=3#20090119



日本一の”公人”であられる天皇・皇后両陛下と村山富市を比べること自体、非常識ですが思い出しましたので今日の話題としました。

他の政治家も、”公人"であることを自覚し、陛下の爪の垢でも飲んで行動してください。