2016年07月31日

スロヴェニアとクロアチア個人旅行

最近、スロヴェニアとクロアチアの旅行が日本で流行しているらしい。

スロヴェニアはブレッド湖とポストイナ鍾乳洞、クロアチアはプリトヴィーチェ湖水群と城塞都市ドゥブロブニク、そしてアドリア海に沿ったザダル、プロギールなどの小さな町、という感じでしょうか。

先日、リピーターの方のご案内で、4日間をお連れしたが、晴天に恵まれたのはいいにしても、いや、その暑いこと!!

外気は32度に上り、汗だくになりながらザダール、ジベニク、トロギールの町を経由し、港町であるスプリットにお送りし、そのまま帰宅の途に付いた。


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2016年07月30日

やられた!!

先日、ミニバスにガソリンを入れ、お客様に出すミネラルウォーターを買いに行こうと思ってクルマに乗ると、「?」と感じた。

車の中に置いてあったナヴィゲーションシステムがない。

それに、音楽の入ったっスティック、そしてサングラスがなくなっている。

「自動ロックがかかるはずなのにおかしいな?」と思ったが、どうもそうではないらしい。

ガソリンを入れ、ミネラルウォーターを買いに行く際に、ロックをしないままで放置しておいたら、空いたままになっている。

要するに、自分が完全に勘違いをしていたわけである。

空いたままの車の中にナヴィゲーションシステムを見つけ、それを盗むついでに、中を物色して、金目の物を持って行かれた、というわけらしい。

ちっくしょーめ!!

新しいナヴィを買うことになった。



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2016年07月29日

マッターホルンの山歩き 5

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2016年07月28日

マッターホルンの山歩き 4

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2016年07月27日

マッターホルンの山歩き 3

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2016年07月26日

マッターホルンの山歩き 2

逆さマッターホルン

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2016年07月25日

マッターホルンの山歩き 1

マッターホルンのゴルナーグラート駅からローテンボーデン駅まで電車で戻り、そこからリッフェルアルプまで2.5時間ほど歩きました。


日本からのグループが3,4団体ほどおりましたが、リッフェルベルクまでの山歩きで、リッフェルアルプまでの人はほとんどいませんでした。

下り坂だけではあるのですが、けっこう険しい道があるので、団体には無理でしょう。

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2016年07月24日

オーバーアルプパス

フルカ峠を超える際に、オーバーアルプパスを超えました。


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2016年07月23日

ローヌ氷河

スイスのサン・モリッツからツェルマットまで氷河特急に乗るお客様を送り出し、小生は車でフルカ峠を超えて車で追いかける。

途中に、ローヌ川の源流となるローヌ氷河が見えるベレヴェデーレという場所に立ち寄り、写真を何枚か撮りました。


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2016年07月22日

サン・モリッツの山歩き 3

この山小屋からはずっと下り坂。


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くねくねした山道を下っていく。

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やっとたどり着いたリフトステーション。

結局、歩いたのは5時間程度。
いや、きつかった。


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2016年07月21日

サン・モリッツの山歩き 2

生まれてこの方、山歩きなどしたこともなかった。

それこそ、死ぬ思いでやっとのことで、2731メートルの頂上の山小屋に到着。

ここで卵スープの昼食を取る。


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2016年07月20日

サン・モリッツの山歩き

プント・ムラーユ駅からケーブルカーでムオッタス・ムラーユまで上り、
そこから下の谷側まで下ったところで、お客様が、「上のコースに行きましょう」、というご希望。

そこからがきつかった。

たったの300メートルの落差とはいえ、2千メートル以上の場所で、しかも足場の悪い山道を登って行くのである。


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2016年07月19日

東京都知事選候補者の演説

枡添氏があんまりせこいことをしたせいで辞任し、新都知事を選挙することになって、小池百合子氏とか鳥越俊太郎、増田寛也氏などが有力視されているが、興味深いのは、以前から在日韓国人に対する不合理性を訴え続けている桜井誠氏である。

この人は、再三にわたり、日本全国でデモ行進などを主催しており、そのたびに、それに反発する人たちから、「レイシスト!!」、などと罵声を浴びせられていたが、今現在、都知事候補者として演説をしている以上、何を訴えても、この場合は選挙演説ということなので、それに反発し、罵声を浴びせたりすることは、「選挙運動妨害」ということになってしまう。

要するに、彼に対して誰も文句を言えない、ということであり、この選挙運動こそ、彼の訴えたいことを伝える最高の方法といえるかもしれない。

もちろん、彼が東京都知事に当選するとも思えないにしろ、彼の主張に耳を傾けた都民は少なからずいたことだろう。

今後は都知事選挙のみならず、都議会選挙、区議会選挙、市長選挙などに立候補して、彼の主張を訴えることが続くかもしれませんね。

案外、都知事に当選したりして。




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2016年07月18日

プロ意識

先日、スロヴェニアとクロアチアを個人旅行のお客様をお迎えするために800キロほどを空で走ってスロヴェニアの首都リュビリャーナに行く途中、ふと考えた。

自分がロマンチック街道をご案内するのは、概算して400回ほどになると思うが、お客様に、「そんなに行ってるんなら飽きるでしょう?」と聞かれることが多い。

それに対しては、「お客様がそれぞれ喜んでいただけるので、そんなことはありません」と応えているし、実際にそうである。

で、ウィーンで観光客相手のオーケストラが、毎日のように同じプログラムを組んで演奏しているわけだが、それでもちゃんとした演奏を聞くことができる。

小生と同じように、「お客様が喜んでいただけるので飽きない」、と思って演奏してもらっているのだろうし、そう思いたい、と思ったりした。


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2016年07月17日

走行距離1、136キロ!!

個人旅行のお客様、スロヴェニアとクロアチアの4日間のご案内を終えて、翌日に帰宅する途中、世界遺産であるシュコツィアン鍾乳洞に2時間ほど寄り道して、その足で11時間ほどぶっ通しで1136キロを1日で走り、先ほど帰って来ました。

プライベートではハイデルベルクーベルリン間の670キロを1日で往復したことがあったが、今回の1136キロは、仕事上での移動では最長記録。

7;30ごろに出発、2時間ほど寄り道して、帰宅したのは23;05。

長い道のりだった。

明日は女性一人をフランクフルトにお迎えし、エルツ城とコブレンツに行く日帰りツアー。

6;30に起床する予定。

いま、23;58。

ビールを飲んで寝る。

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2016年07月16日

痩せてない!!

先日、ドイツとスイスの個人旅行のお客様をご案内し、ネルトリンゲンの聖ぎょルク教会の階段を70メートルほど、そしてサンモリッツとマッターホルンの山道を5時間、2.5時間と、一生分の山道を歩いたかと思うほど、というか、今までこんな山道を歩くことなどなかった経験をさせてもらい、ちょっとは痩せているかな?と思って、帰宅して体重計に乗ったら、71.8キロ。

9日間のご案内前は70.9キロだったんで、結局は痩せるどころか体重が増えていて、それに筋肉痛がまだ残っている。

痩せないなー。


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2016年07月15日

マッターホルンの山歩き

サン・モリッツの山歩きの翌日は、お客様がご存知、氷河特急でサン・モリッツからツエルマットまで移動、小生は荷物を積んだまま車で追いかけることにする。

こういうことは何回かやっていて、いまだに氷河特急には乗ったことがない。

で、その翌日、今度はマッターホルンの見えるゴルナーグラート間で登山電車に乗り、そこにちょっと滞在した後で、逆さマッターホルンの見えるローテンボーデンまで戻り、ここから歩いてリッフェルアルプまで行くことにする。

山道には日本からの団体が3,4グループおり、いずれも60代後半と思われる人たちばかり。

その昔、山男、と呼ばれた人たちなんでしょうね。

で、そのグループはいずれもリッフェルベルク方面に移動して行ったが、こちらは、そのまた下のリッフェルアルプという駅までのコースを取る。

途中、行き会う人はほとんどいないが、駆け足で登ってくる人や、マウンテンバイクで走っている人もいた。

上り坂がほとんどないので、息が切れることはないが、だんだん一昨日の疲れもあって、足がなかなか前に進まない。

最後の1キロ地点は、かなり足場が悪く、これでは20人以上を率いる団体には無理だろうと思う。

結構危険な思いをしながら、リッフェルアルプのレストランに到着したのは2.5時間後。

無事に終えたので一安心である。

天気が良かったので、お客様は大喜びであった。

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2016年07月14日

サン・モリッツの山歩き

フランクフルトから始まって、ローテンブルク、ネルトリンゲン、ホーエンツォレルン城、そしてサンモリッツ3泊、ツェルマット2泊、ジュネーブというスケジュールでの親子2名さま。

お母様が非常に元気で、山歩きをしたい、ということでご一緒する。

で、最初は、サン・モリッツの隣町にある、Muraglの山歩き。

ケーブルカーで、2456メートルのMounttas Muraglまで登り、ここから歩いてAlp Languardまでのコースを歩くことにする。

途中、2338メートルのMargunまで下り、ここから上のコースと、平行したコースの二手に分かれるが、お客様のリクエストで、上のコースに向かう。

これがきつかった。

ここから一気に380メートルの山道を上り詰めていく。

いや、そのきついこと!

汗だくになって息を切らせながら、足はがくがく、という状況で、2時間ほどかけてやっとのことで、2731メートの野山小屋に到着、ここでスープとパンの軽い昼食をとる。

その後、ずっとゆっくりとした下り坂を下りていく。

結局、下のPontresinaに戻ってきたのは4時半ごろ。

歩いた時間はざっと5時間。

山歩きをしたのはガイドをしてから2回目。

1回目は平坦な道を歩いただけだったので楽勝だったが、今回は一生分の山歩きをしたと思われるほどきつかった。

後ほど写真をアップしますね。




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2016年07月13日

サン・モリッツにて

ドイツからスイスの個人旅行のお客様をご案内して、サン・モリッツに初めて泊まることになった。

お客様の希望で3泊だが、困ったのはレストラン。

リゾート地として有名な町で、あちこちにホテルが建っていて、それもかなり高い。

小生が予約した一番安いホテルは、朝食付きで1泊110ユーロほど。

2段ベッドが置いてあり、それだけで一杯でデスクもないし、クロゼットもない。

不便この上もないのだが、値段からすれば仕方がないのかもしれない。

決して不潔ではないので、まあ、これでよしとする。

日本人の観光客が結構いて、それも団塊の世代の人たちばかりで、山好きな人たちなんだろう。

韓国人の観光客も少しいたようだが、中国人はまったく見かけない。

なんとなくほっとしたりして。

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2016年07月12日

イギリスのEU離脱

ずっとアウシュヴィッツのことを書いていたんで、遅ればせながらイギリスのEU離脱のこと。

国民投票では、EUに存続となると思ったが、僅かの差で離脱が決まりましたね。

まあ、イギリスという島国だからできたのかも。

それと同時に、かの「大英帝国」という亡霊から抜け出れないということもあるかも。

かのイギリスという海運国は世界の40%を植民地支配していた国であるがゆえに、現在のEUを牛耳っている、とは言わずとも、リーダー格であるかつての敵国であるドイツの台頭をどうしても許せなかったのかもしれない。

1989年にベルリンの壁が開き、ドイツ再統一に反対していたのはイギリスのサッチャーだったんですよね。

ヨーロッパ表人事を採用しているヨーロッパ諸国に対し、未だにグリニッジ標準時を採用しているし・・・。

国民感情としては、「かつてのイギリス大英帝国の栄光を失いたくない」、ということもあるだろうけども、経済的には完全にドイツに遅れを取っているし、株式市場などがまだヨーロッパの中心であったとしても、所詮はサービス業であって、自国の製造業を基盤とした産業に基づいた株式取引であるといえるのか?

イギリスの製造業は一体どうなっているのか?

車で言えば、ジャガー、ロールスロイスと言った、今ではマイナーなメーカーしかない。

ポンドは昔は1080円だったのが、今は180−200円程度に落ちてしまった。

北海油田があるとしても、今は石油の値段が下がっているし・・・・。

どうなるんでしょうね?



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