眼鏡堂通信

運動道楽東奔西走、普請道楽七転八起

『箱根駅伝』(幻冬舎新書)発刊に寄せて

先週は『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)。
そして今週は、『箱根駅伝』(幻冬舎新書)を上梓しました。

8月から9月にかけ、このふたつの本を私は並行して書こうと思っていました。
だいたい、そんなことは無理に決まっているのですが、朝に『駅伝』を書き、夜に『気仙沼』を書くというような生活をしたこともあります。
この時期は出張もあり、土曜日にはレギュラー番組もあります。
なんとか、2冊を書き終え、11月に2冊の本をほぼ同時に出せたのは自分でも驚きです。
まったく違った方向性の本なので、可能だったのかもしれません。

『駅伝がマラソンをダメにした』(光文社新書)を出したのは2005年。
もう、陸上の取材はできないだろうと思っていました。
ところが、今回の『箱根駅伝』では、早大、駒大、東洋大の司令官に話を聞くことができました。
ありがたいことです。

そしてこの6年間に、5区の位置づけが柏原竜二というランナーによって大きく変わりました。
それに伴って、区間配置の考え方も変化しつつあります。

今回の本は、「三強激突」を前に、現在の箱根駅伝の姿を自分なりにまとめたものです。

箱根と気仙沼。
まったく違った本ですが、2011年の夏、私の中で2つの本はないまぜになっていて、思い出深い仕事です。
両方で550〜600枚くらい書いたと思われます。

箱根を前に、お手に取っていただけましたら、幸いです。

箱根駅伝 (幻冬舎新書)
箱根駅伝 (幻冬舎新書)
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『気仙沼に消えた姉を追って』発刊に寄せて

『気仙沼に消えた姉を追って』(文藝春秋)、発売になりました。

よもや、こんな本を書くことになるとは夢にも思っていませんでしたが、3月11日からのこと、気仙沼のこと、姉のこと、生島家のことについて思うままに書きました。
出し尽くした・・・と言ってもいいです。

震災によって、私は気仙沼で泊まるところを失ってしまいました。
帰省しても、ゴロゴロする場所がないのは淋しいものです。
姉の家があった場所は、先月の段階では水が湧き、長靴を履いても近寄れない状態になっています。
復興計画で、姉が住んでいた地区がどうなるのか、見守りたいと思います。

震災後、気仙沼の人と会うとほっとするようになりました。
中学校卒業以来、話をしていない同級生と会うと、安心するのです。
それがなぜなのか、うまい言葉を探しているのですが、見つかりません。
それでもお互い、「何かを共有している」のは間違いないのです。
高校から気仙沼を離れることを望んでいましたが、高校まで気仙沼で暮らすことが出来て、私は救われています。

震災後の報道は、「Post311」にしか過ぎません。
私は「2011/3/11/1446」以前に、私が生まれ育った町に何があったのかを、書きたかったのです。
それを知らなければ、失ったものの大きさを理解することは出来ないと思うので。


気仙沼に消えた姉を追って
気仙沼に消えた姉を追って
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世界陸上テグ大会 備忘録

● 韓国は節電とは関係がないので、冷房がガンガンに効いている気がする。

● エストニア人は、列が作られていようがいまいが関係なく、横入りしてくる。

● バスの運行、初日はワケが分からなかったが、徐々に改善。運営側、一生懸命だ。

● 物価が安い。定食は500円を切る程度で腹一杯食べられる。

● メディア・ヴィレッジ入口の「プレッエル・カフェ」のお兄ちゃんは、ものすごい「てっちゃん」だ。私に日本の新幹線と韓国の新幹線、KTX(フランスのTGVのシステムを輸入している)の違いを説明してくれた。青森新幹線にも乗っている。

競技編
● 女子マラソン、ケニア勢のスパート、残り10km、つまり10000mの地点からのギアチェンジ。日本は距離を積み重ねる発想で、10、20、30kmと考えるが、アフリカ勢は「残り」で考えている模様。長距離に対する考え方が違う気がする。

● 期待されていた尾崎、ペースが遅すぎたのがあだになった様子。「中間点で少しきつくて」。ペースが遅いから楽だと思うのは、やっぱり素人考えである。

● 男子10000m、ファラ(イギリス)とジェイラン(エチオピア)のレースには感激した。9600mを走ってきたのに、こんなスピードが出るのか! という単純ではあるが、絶対的な驚き。

● 箱根のスター、佐藤悠基は腰が下がって、アフリカ勢と比べると躍動感に欠けてしまった。どうしよう、アフリカ勢との距離。誰か、トラックの救世主はいないか?

● 女子走り幅跳びのラデビカ(ラトビア)。選手紹介のときから雰囲気がよく、本番に入ったら安定的な跳躍。6回目のジャンプで逆転の銅メダル。跳躍競技では表情を見ていると、伝わってくるものがある。

● 女子棒高跳びのナンバーワン美女は、ファビアンヌ・ムレル(ブラジル)である。2007年大阪大会から、私のイチ押し。

● ボルト。世紀のフライング。隣のブレイクの膝が少し動いていたという情報も。それにつられたのか。

● 義足のランナー、ピストリウス(南アフリカ)。11歳から13歳まで学校でラグビー・ユニオンの選手だったそうだ。それを読んで、応援したくなる。

基金立ち上げ活動、紹介されまして。+Dustin Ackleyについて

気仙沼でいま活動していることが、「河北新報」で紹介されました。
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/06/20110620t13012.htm
後輩たちのために、奨学金を作り、なんとか役立てたいと思っています。
いま、いろいろな方の協力を得て、基金の立ち上げに進んでます。

この写真を撮ってくれたのは、気高の同級生の佐々木記者。

たまには野球の話。
マリナーズで金曜日にデビューしたダスティン・アクリー、いいなあ。
早くもファンになった。

どこがいいかというと・・・
● 打席でdisciplineがある。落ちついていて、自分のストライクゾーンがハッキリしている。新人の感じがしない。
● コンバートされた二塁での守備に、インテリジェンスと運動能力が感じられる。
メジャーデビューが遅れたのは、守備力強化といわれていたが、ゲッツー崩しのスライディングへの対応がしっかり出来ていた。マイナーで2か月実戦を積むと、まったく違うのだ。西岡にもそうした時間が必要だったのかもしれない。
● 持っている。初打席初ヒット、2試合目で初HR、3試合目では三塁打。何か、持っている感じがする。

メジャーは毎年、アクリー・クラスの選手がデビューする。
とても選手層ではかなわないと実感する。

気仙沼取材 「17歳の震災」にて

先週の水曜日から金曜日まで、TBSラジオで気仙沼取材。
放送は・・・

6月17日(金) 2100〜 TBSラジオ
「17歳の震災〜生島淳 ふるさと気仙沼の高校生と語る」
http://www.tbs.co.jp/radio/topics/201106/001721061100.html

6月25日には、東北放送、TBCラジオでも聞けます。
6月25日(土) 2000〜 TBCラジオ


浸水区域は5月に行った時よりも、だいぶ復旧は進んでいた(幸町、内の脇のあたり)。
6月8日(水)の取材。生家を前に。
港町
生家は岸壁から200mほどしか離れていないが、このように立ってはいる。
3月11日以前は知り合いの方が住んでらっしゃったが、果たしてまた住めるのかどうか・・・。
このあと、内の脇あたり、気中から気小、南町(文信堂書店あたり)を回って(高校の同級生二人に偶然会う)、成澤商店に顔を出す(同級生の家・歓待していただく)。それから斉吉商店さんの取材(中学の先輩に圧倒される)。
夜、同級生を交えて食事。

6月9日(木)は
気仙沼向洋、岩井崎から面瀬方面。
岩井崎とお伊勢浜の中間点。墓地があったが、墓石が倒されたのか、堤防沿いに一列に丁寧に並べられていた。

昼食を食べてからは巨釜半造まで足をのばす。それから鹿折地区に。
鹿折
打ち上げられた船が向こう側に見える。
さすがにこれは・・・時間がかかると思った。

夜は某所で食事をしたが、気仙沼の居酒屋さんのレベル高!
店には活気があって、復興の予感を感じた。

6月10日(金)のメインは高校の後輩との座談会。
DSC00771
かわいい後輩たちでした。
「もやしもん」をプレゼントすることを約束してきたが、もうすぐ期末考査。いま、送っていいものかどうか・・・。

オール6月号にen-taxi

ただいま、仙台。

昨日は気仙沼。
古町〜河原田〜仲町を周って、田中方面へ。
1315に気仙沼高校、その後、「キラ☆キラ」に出演してから面瀬中学校へ。
高校への通学路は・・・。言葉は無力。
面瀬中の校庭には仮設住宅。
バックネットがさびしそうだった。

久しぶりに執筆情報。オール6月号、書いてます。「こんぴら歌舞伎に流れる時間」。震災のことも絡めて。
オール讀物 2011年 06月号 [雑誌]
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そして4月に出てましたが、こちらには気仙沼のことを。
en-taxi No.32 大特集 東日本大震災 (ODAIBA MOOK)
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Number 776号、書いてます。

先週木曜日発売の「Number」776号、巻頭随筆を書いております。
気仙沼のこと、今季の野球について思うこと、6枚。

気仙沼高校の同級生、現在は中学校の先生になっている櫻井君に取材して、登場してもらいました。
Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2011年 4/21号 [雑誌]
Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2011年 4/21号 [雑誌]
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明日からリセット (DAY21)

先輩の素晴らしい文章に接しました。
http://blog.livedoor.jp/nor_sasaki/

震災からまる3週間、この間に感じたことは三陸の人たち、宮城、そして気仙沼で生まれ育った人間との連帯感でした。
そのつながりはセンシティブなもので、言葉には出さないけれど、みんな「痛みを分かち合っている」ということを頭ではなく、体で理解している気がします。
今回の災害では、誰も無傷でいられない。
みんな、それを感じているのでしょう。

姉の件ではご心配をおかけしていますが、地震のあと、最後に電話で話したのはわが家の長男だったようです。
きっと、家から無事であることを知らせてきたのだと思いますが、それは裏を返せばその後の津波の襲来を、家で受けてしまったのかもしれません。
すべて、憶測でしかありませんが。

Number編集部から、来週4月7日発売のプロ野球開幕特集で原稿の依頼をいただきました。巻頭随筆として、気仙沼のこと、そして今季のプロ野球に期待することを書きました。
まさか気仙沼のことを、こういった形で原稿に書くとは想像もしていませんでしたが、自分にとって何かしら転機となる仕事になったかもしれません。
気仙沼の中学校で教鞭をとっている同級生に取材をしましたが、日常が戻るまでは長い時間がかかりそうです。

私はと言えば、震災後一週間はテレビとPCの前から離れることが出来ませんでした。
精神的に不安定で、ひどい状態でした。
特に第一報で入ってきた空撮による気仙沼の火災の映像は、二度と見たくありません。
連絡を取り合えるのは、中学校の同級生だけでした。

いま、通常営業に復帰できたのは、友人と話す機会が普段にもまして増えたからだと思います。お茶をしたり、酒を飲んだりして話すことが、気持ちを落ち着けることにどれだけ役に立ったことか。
あと、芝居と「空耳アワード」も効果がありました。
サイモン&ガーファンクルが「坊さんの乱闘」って歌ってたなんて・・・。
笑うことって、大切ですね。

明日から新年度。
私は大学1年の時から、4月始まりの手帳を使っているので、明日からリセットです。

昨日のありがたかったこと

昨日のありがたかったこと。

伸び放題だった髪を切ったこと(今週からNHK BSの番組は放送される予定なので)。

両親を亡くした中学の同級生が、それにもかかわらず励ましのメールをくれたこと。

表参道での語らい。

Number編集部に行ったら、みなさんが立ちあがって挨拶をしてくれたこと。

次兄と姪とのしみじみとした語らい。
でも、ちょっと飲みすぎました。

この時期、連絡をくれる友人は本当にありがたいものだと実感しています。

今回のようなことがあると、言葉がどんどん単純化されるように思います。
通常営業を再開しておりますので、じゃんじゃん連絡ください。

21歳、帝国軍人だった父

葬儀で気仙沼に帰ったら、いろいろなものが出てくる。
__帝国軍人の父
21歳、左側が帝国軍人だった父。右は次兄。
昭和18年の写真、まだ21歳。21歳・・・。

このあと、南方で地獄を見たと思うが、父が話す体験談はユーモラスだったと、みんな振り返っていた。

昭和24年に結婚、25年に父となる。
買っていた雑誌は「文藝春秋」と「丸」、野球のポジションは捕手。
自分の息子が2004年に「文藝春秋」本誌に原稿を書くことを知らぬまま、昭和51年3月4日、没。
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