「美夜野ちゃん、美夜野ちゃん」
 ぼーっとしていると、かれんに手招きされ、おそるおそる、二人に近づく。
 間近で見る、大谷地の顔は、まるで芸術品のように、整っていた。
「大谷地先輩、南条美夜野ちゃんです」
「こんにちは、大谷地悠人(おおやちゆうと)です。今年から、演劇部の部長をやらせてもらいます。よろしくね」
 さわやかな笑顔を向けられ、卒倒しそうになる。男子に笑顔を向けられたのは、初めての経験だった。
 言葉など出るはずがなく、ただ、頭を下げる。

 それを見た大谷地は、優しく、
「あはは、緊張することないよ、美夜野ちゃん」
 と、下を向いた美夜野の顔をのぞき込むように見て、手を差し伸べてきた。美夜野は顔を下げたまま、大谷地と握手をした。

 生まれて初めて、男子に下の名前で呼んでもらった。握手もしてくれた。
 いつも、男子に馬鹿にされて、優しくしてもらったことがなかったのに、こんな格好いい人と握手をしている自分が、信じられなかった。
 床を見たままの美夜野の顔は、熱くなっていた。

◆◇◆NEXT◆◇◆
【72】憧れの演劇部6