12月7日エントリーに関して、さつき氏からはまだリアクションをいただいていない(ご本人によると、読んでいないということだが)。
その一方で、さつき氏のルール違反(と、私が主張する)行為により議論が中断する前に、いくつかの「宿題」をいただいていたのも事実だ。
はっきり言って、その多くは「私が書いていない」ことに関して「問い質す」という種類のものだった(この時点で、十分に議論の上ではルール違反だ)。
そして「私が書いてない」ことの多くは「考えていない」「調べてもいない」ことだから「答えようもない」ということも多かった。
そこで数日間「考え」ある程度「調べ」「わかった」ことをまとめてみる。
2009.12.11 18:00追記:細かい誤字を修正しました。
2009.12.13 18:00ガイヤルド氏の指摘に従い、一部の表現を撤回、修正しました。
その一方で、さつき氏のルール違反(と、私が主張する)行為により議論が中断する前に、いくつかの「宿題」をいただいていたのも事実だ。
はっきり言って、その多くは「私が書いていない」ことに関して「問い質す」という種類のものだった(この時点で、十分に議論の上ではルール違反だ)。
そして「私が書いてない」ことの多くは「考えていない」「調べてもいない」ことだから「答えようもない」ということも多かった。
そこで数日間「考え」ある程度「調べ」「わかった」ことをまとめてみる。
2009.12.11 18:00追記:細かい誤字を修正しました。
2009.12.13 18:00ガイヤルド氏の指摘に従い、一部の表現を撤回、修正しました。
「どっちもどっち論」に関する「どっちもどっち論」。
さつき氏は、私が「どっちもどっち論」を唱えたと繰り返し言い批判した。
確かに、氏の言う『非のある側の落ち度を免罪し、結果的に非のある側に味方』種類の不公正な「どっちもどっち論」は世の中に存在する(というよりも、それこそ、私が主張しつづけてきたものだった)。
私が考える「どっちもどっち論」とは?
「双方に人格批判があったといいながら、具体例を一例もあげることができず、その上、片方がうじゃうじゃいる場所で、他方を激しく侮辱しつづけた」愚樵氏のような論法を言う。そして、愚樵氏のような悪質な論法を使う人々がたくさんいたことには、さつき氏も見てきたはずだ。
このような事実を知りながら、さつき氏が行ったことは、ja e w ckが「どっちも・・・」という言葉を使ったというだけで、(私が非のある側に味方をしたかということに関する検証は皆無で)「どっちもどっちも論」だと繰り返したということだ。後述するが、このようなさつき氏の論法をよしとするなら、氏は日本共産党を批判しなくてはいけないことになる。
当然のことながら「どっちも・・・」という言葉を使ったら「どっちもどっちも論」になるはずがなく具体的にどのような不公正をもたらしたかという検証によってしか、その違いは「事実の検証」以外ではわからない。さつき氏は、その努力を怠り、ja e w ckを罵倒しつづけた。
まさに、さつき氏は「ja e w ckを『どっちもどっち論』と言って批判することにより、愚樵氏のような人物を味方する『非のある側の落ち度を免罪し、結果的に非のある側に味方』する「どっちもどっち論」を展開した。ということになる。
議論をはじめたのは誰か?
さつき氏 2009年12月05日 13:41コメントより
だが、発端となったたんぽぽ氏のエントリー「神戸市長選」を見て驚いた(その時点では関心がなかったので熟読していなかった)
「たんぽぽ氏は、このエントリーのなかで「日本共産党の選挙戦略批判」などは一言も行っていないエントリーの主題としていない。
(支持者に対する嫌悪感は示しているが、選挙戦略に関する批判派皆無でありリンク先に含まれているだけであり、いわんや、浅野氏評価については何も言っていない)
(*)このエントリーを要約すれば、あるブロガーの言行不一致を「揶揄」するものだった。付記すれば、私は「このような種類のエントリーを上げる」ということは筋の悪いことだと感じた。相談されることがあれば「やめといたほうがいい」と助言したかも知れない。が、それは別の問題となる。
このエントリーのコメント欄が「日本共産党の選挙戦略に関する議論の場」となったのは、 tomitomi氏が 2009年10月30日 16:23に、Looper氏が2009年10月31日 00:28に登場してから、というのは、一読して明らかだろう。
さらに、AML上での議論がテーマになるのは、ほかならぬさつき氏が2009年11月04日 23:27に登場して以降、ということになる。
注目すべきことは、さつき氏が登場する以前の段階においてLOOPER氏は「選挙のことのみ」をりあげ、「国保証」のことなどは何も話題になっていなかったということだ。
選挙の話を国保証の話に変えたのは、ほかならぬさつき氏であった。
これをもって「議論の主要点が選挙でなかったように言う」さつき氏の姿勢は、まさに「事実をねじ曲げる」ものとしかいいようがない。
「批判する口実をさがしをつづけてきた」のは誰か?
さつき氏 2009年12月05日 18:25、18:27コメントよりさつき氏だったさつき氏ではなかったが「選挙」に関する議論がつづいているなかで「AML書庫」の話を持ち込み、議論の方向転換をしたのは、さつき氏だった。。「自分が餌をまいた」にもかかわらず「たまたま見つけた」ようにいう、これもまた悪質な詭弁であり、デマゴーグということになる。
(*)たんぽぽ氏は、2009年11月05日 22:47コメントで、ほかならぬさつき氏に対して「この記事は知らなかったです」と言っている。tomitomi氏、LOOPER氏が登場し「議論」がはじまり、かなりの時間が経過していいる。この時点で、さつき氏が記事を示したことを「共産党を批判する口実を常日頃探し続けていて、たまたま東本氏の批判記事を見つけ、その真偽を確認することもなく飛びつき、引っ込みがつかなくなったのでしょう」と、まとめることも、とんでもなく「事実をねじ曲げる」ことになる。
さらに、この引用部分を普通に読んだら
「さつき氏は「連合赤軍」に関するやりとりがあった時点で、たんぽぽ氏に対して、深い嫌悪感を持っていた。以来、一見友好的な顔をしながら『たんぽぽ氏を批判する口実を常日頃探し続けてきた」としか読めない。
たんぽぽ氏が、共産党を批判する口実を探してきたとしたら、さつき氏は「たんぽぽ氏を批判する口実を探しつづけてきた」ことになる。
素晴らしい「どっちもどっち」ではないか。
「現在につづく」について。
氏は「自分は選挙のことだけではなく『現在につづく』問題として国保証を語っている」と繰り返す。それに対して、私は、
>「国民健康保険証の問題」が現在につながっている、ということであれば「その点については」議論する意味はあるのでしょう。失礼しました。
(「どうすれば、苦しむ人を減らすことができるか」という方向の議論になっていることを祈ります)<
と、答えた。
重要なのは、括弧内の言葉であり(これはまさしく「皮肉」であり「揶揄」なのだが・・・)、「現在の問題である国保証問題を議論する」ということは、現在から近未来へとつづく社会の中の保険問題をどのような方向にもっていくか、という前提のもとに、そこに至る具体戦略を固め、具体的施策に落としていくということだ。
ところが、さつき氏のエントリーを見る限りにおいて、この問題を採り上げた大半の部分が「浅野氏の過去の失政の議論」に終始している。現在において知事でもなんでもない浅野氏の責任追及をすることが『現在、苦しんでいる人々を救う』ことになるのか?
寝ぼけた話もいい加減にしてほしい。
日本共産党の「どっちもどっち論」と脱却。
「歴史に学ぶ」について---。
数年間にわたって日本共産党がとりつづけていた「確かな野党が必要です」路線は、論理的帰結として「確かではない野党」=民主党が存在していることを前提としていた。
そのなかで行われた都知事選や小泉郵政選挙のなかで「民主党を論難した」ということは、一貫性あることとなる。この時代「どっちもどっち」ということを、誰よりも大きな声で主張していたのは、日本共産党だった、ということだ。しかし、このことは(私も、その一員だが)「政権交代をもって、世の中をよくするプロセスと考える」人間にとっては、文字通り『非のある側の落ち度を免罪し、結果的に非のある側に味方』するものと受け止められた。
(その考えの正否については、あえてここでは議論しない)
しかし、今年の総選挙および現在の国会における日本共産党のスタンスは、確実に変わってきているように見える。
今年の総選挙において日本共産党は「民主党を激しく批判」ということはむしろ控えていたように見え、その後も「評価するべきはする」「反対するべきはする」という現実的な対応がつづいている。
もちろん、私は、このような日本共産党の現在のスタンスを政党の成熟であると評価する。それは、彼等が過去のできごとを「総括し、反省の材料」にした・・・という証明だからだ。これが「歴史に学ぶ」ということだと思うし、「日本共産党は確実に『歴史に学び、前に進んだ』と見る。
つまり、「過去において、共産党は全面的に正しかった」というヲタクな議論をしている人々をよそに、共産党自身が新しい道を歩きはじめている。(それを党が言葉にすることはないだろうが)改善すべき点があったことを認めて、社会において存在価値を高める努力をはじめている。時代は、先に進んでいる。
「歴史に学んでいない」のは、だれだろうか?
「対立構造」の落とし穴に落ちたのは誰か?。
私が「あえて『どっちでもいいだろ派』の旗色を鮮明にする」のエントリーを上げるとき、「対立構造」が頭にあったことは否定しない。
今回、本来まったくフェーズの異なる2つの「対立構造」がごっちゃになっていたことが、かつてないグロテスクな状況を生み出していた、と、見る。
いうまでもなく、たんぽぽ氏をめぐる「昨年来の対立構造」があった。そして、今回は「共産党をめぐる対立構造」が重なり合っていた。
当然の話だが、2つの「対立構造」を構成するメンバーは同じであるはずがない。「たんぽぽ氏を嫌いで、共産党も支持しない」人間がいても何の問題も生じない。だが「敵の敵は味方」という対立構造のなかで発言をするというと、それが許されなくなる。そのような現状を非常に不健全なものと感じた・・・ということ(も!)エントリーを上げる一因となっている。
(今回の議論に関して言えば、LOOPER氏と、そのブログ開設に集まった人々が、その最たるものに思えた。そして、たんぽぽ氏やアルバイシンの丘氏も、それにからめとられているように感じた。恐ろしく皮肉なことに、さつき氏のことを私は「そうではない人」と思い、2つの対立構造を区別して考えられる尊敬すべき人物と思っていた)
ところが私のブログに現れたさつき氏は、最初から最後まで「対立構造」の言葉で語りつづけた。私が、たんぽぽ氏支援のためにエントリーを上げたと決めつけ「対立構造」のなかで「事実をねじ曲げる」暴言を吐きつづけたというのは、ここまで見たとおりというになる。
(*)あらためて最初の2コメントを見れば、氏は、あの手この手で、ja e w ckが「たんぽぽ氏支援のために、エントリーを上げた」と、口を割らせようとしている。だが、ja e w ckが「たんぽぽ氏(ら)も評価しない」という立場を一貫して表明しつづけたために、3番目のコメントで、ja e w ckの発言を詭弁によって読み替え「たんぽぽ氏のことを擁護しているかごとく位置づけ」→「たたいた」と考えれば、さまざま彼の不可解な言動はすっきりと説明できる。だとしたら、なんと卑怯な人物だろうか。
そして、
「対立」を選び、
ja e w ckを「対立構造」のもとに攻撃した以上、
彼は「向こう側」に行かざるを得ない。
もし、さつき氏が、このエントリーを読むことがあったら、周囲を見回してほしい。あなたのことを擁護し、拍手喝采でもてはやしているのは、事実を見ず他人を貶めるネットストーカーとハラスメント常習者ばかりだ。
・さつき氏の労を労うのは、かつて「沖縄の性暴行事件の被害者を、夜遅く外出してきたから」というような内容でなじった人物だった。
・たんぽぽ氏が共産党を批判したといって攻撃したはずの人物は、共産党批判を一言もしていない私を同類呼ばわりして攻撃する。
・あまりにも既視感のある言語体系によって、ja e w ck侮辱の煽動をしている人物の正体は何者だろう?
そして、ごん氏が、さつき氏のブログにコメントで賛意を伝え、死ぬのはやつらだ氏がはてなブックマークでja e w ckを笑う。
さつき氏は、死ぬのはやつらだ氏やごん氏の味方になってしまったようだ。
死ぬのはやつらだ氏が、共産党支持に変わる日も近いか?
いま、さつき氏が、このような現状に陥ったことを「こちら側」でも「向こう側」でもない場所から、心から悲しむが、それもまたご本人が招いた悲喜劇としかいいようがない。
「向こう側」で、有意義なネット生活を送っていただきたい。
さつき氏は、私が「どっちもどっち論」を唱えたと繰り返し言い批判した。
確かに、氏の言う『非のある側の落ち度を免罪し、結果的に非のある側に味方』種類の不公正な「どっちもどっち論」は世の中に存在する(というよりも、それこそ、私が主張しつづけてきたものだった)。
私が考える「どっちもどっち論」とは?
「双方に人格批判があったといいながら、具体例を一例もあげることができず、その上、片方がうじゃうじゃいる場所で、他方を激しく侮辱しつづけた」愚樵氏のような論法を言う。そして、愚樵氏のような悪質な論法を使う人々がたくさんいたことには、さつき氏も見てきたはずだ。
このような事実を知りながら、さつき氏が行ったことは、ja e w ckが「どっちも・・・」という言葉を使ったというだけで、(私が非のある側に味方をしたかということに関する検証は皆無で)「どっちもどっちも論」だと繰り返したということだ。後述するが、このようなさつき氏の論法をよしとするなら、氏は日本共産党を批判しなくてはいけないことになる。
当然のことながら「どっちも・・・」という言葉を使ったら「どっちもどっちも論」になるはずがなく具体的にどのような不公正をもたらしたかという検証によってしか、その違いは「事実の検証」以外ではわからない。さつき氏は、その努力を怠り、ja e w ckを罵倒しつづけた。
まさに、さつき氏は「ja e w ckを『どっちもどっち論』と言って批判することにより、愚樵氏のような人物を味方する『非のある側の落ち度を免罪し、結果的に非のある側に味方』する「どっちもどっち論」を展開した。ということになる。
議論をはじめたのは誰か?
さつき氏 2009年12月05日 13:41コメントより
ja e w ckさんによると、たんぽぽさんが最初に持ち出されたことは、「古代史に属する」ことであるらしい。だとしたら、彼女は「古代史の問題」を持ち出して、今現に生きている誰かを批判している訳です。さつき氏は、一貫して「たんぽぽ氏」が「事実をねじ曲げて議論をはじめた」と主張している。
私は、それは事実をねじ曲げるものだと反批判しました。なぜかと言えば、それは、「古代史の問題」ではなく、今現在、国民健康保険証が取り上げられているという現実の問題にかかわると考えているからです。
だが、発端となったたんぽぽ氏のエントリー「神戸市長選」を見て驚いた(その時点では関心がなかったので熟読していなかった)
「たんぽぽ氏は、このエントリーのなかで「日本共産党の選挙戦略批判」などは
(支持者に対する嫌悪感は示しているが、選挙戦略に関する批判
(*)このエントリーを要約すれば、あるブロガーの言行不一致を「揶揄」するものだった。付記すれば、私は「このような種類のエントリーを上げる」ということは筋の悪いことだと感じた。相談されることがあれば「やめといたほうがいい」と助言したかも知れない。が、それは別の問題となる。
このエントリーのコメント欄が「日本共産党の選挙戦略に関する議論の場」となったのは、 tomitomi氏が 2009年10月30日 16:23に、Looper氏が2009年10月31日 00:28に登場してから、というのは、一読して明らかだろう。
さらに、AML上での議論がテーマになるのは、ほかならぬさつき氏が2009年11月04日 23:27に登場して以降、ということになる。
注目すべきことは、さつき氏が登場する以前の段階においてLOOPER氏は「選挙のことのみ」をりあげ、「国保証」のことなどは何も話題になっていなかったということだ。
選挙の話を国保証の話に変えたのは、ほかならぬさつき氏であった。
これをもって「議論の主要点が選挙でなかったように言う」さつき氏の姿勢は、まさに「事実をねじ曲げる」ものとしかいいようがない。
「批判する口実をさがしをつづけてきた」のは誰か?
さつき氏 2009年12月05日 18:25、18:27コメントより
ましてや、たんぽぽさんは、「何も考えずに、その辺を掘った」のではありません。たんぽぽさんは、HPのサイトに共産党批判のページを掲げるくらいで、ブログでも、これまで一貫して共産党批判の論陣を張っています。彼女は、共産党を批判する口実を常日頃探し続けていて、たまたま東本氏の批判記事を見つけ、その真偽を確認することもなく飛びつき、引っ込みがつかなくなったのでしょう。(続く)
今回以外にも彼女は、度々、事実をねじ曲げる記事をあげています。例えば、「日本共産党革命左派」と日本共産党が関係あるかのように書いて、日本共産党と「連合赤軍」との結びつきを示唆するようなことを書いていたので、私は訂正を求めました。かつさんのコメントもあって、結果的に彼女は記事の訂正に応じたのですが、誹謗中傷した相手である日本共産党に対する謝罪はありませんでした。極めて不誠実な態度と言えるでしょう。前段でのべたように、東本氏の批判記事を持ち出したのは、
(*)たんぽぽ氏は、2009年11月05日 22:47コメントで、ほかならぬさつき氏に対して「この記事は知らなかったです」と言っている。tomitomi氏、LOOPER氏が登場し「議論」がはじまり、かなりの時間が経過していいる。この時点で、さつき氏が記事を示したことを「共産党を批判する口実を常日頃探し続けていて、たまたま東本氏の批判記事を見つけ、その真偽を確認することもなく飛びつき、引っ込みがつかなくなったのでしょう」と、まとめることも、とんでもなく「事実をねじ曲げる」ことになる。
さらに、この引用部分を普通に読んだら
「さつき氏は「連合赤軍」に関するやりとりがあった時点で、たんぽぽ氏に対して、深い嫌悪感を持っていた。以来、一見友好的な顔をしながら『たんぽぽ氏を批判する口実を常日頃探し続けてきた」としか読めない。
たんぽぽ氏が、共産党を批判する口実を探してきたとしたら、さつき氏は「たんぽぽ氏を批判する口実を探しつづけてきた」ことになる。
素晴らしい「どっちもどっち」ではないか。
「現在につづく」について。
氏は「自分は選挙のことだけではなく『現在につづく』問題として国保証を語っている」と繰り返す。それに対して、私は、
>「国民健康保険証の問題」が現在につながっている、ということであれば「その点については」議論する意味はあるのでしょう。失礼しました。
(「どうすれば、苦しむ人を減らすことができるか」という方向の議論になっていることを祈ります)<
と、答えた。
重要なのは、括弧内の言葉であり(これはまさしく「皮肉」であり「揶揄」なのだが・・・)、「現在の問題である国保証問題を議論する」ということは、現在から近未来へとつづく社会の中の保険問題をどのような方向にもっていくか、という前提のもとに、そこに至る具体戦略を固め、具体的施策に落としていくということだ。
ところが、さつき氏のエントリーを見る限りにおいて、この問題を採り上げた大半の部分が「浅野氏の過去の失政の議論」に終始している。現在において知事でもなんでもない浅野氏の責任追及をすることが『現在、苦しんでいる人々を救う』ことになるのか?
寝ぼけた話もいい加減にしてほしい。
日本共産党の「どっちもどっち論」と脱却。
「歴史に学ぶ」について---。
数年間にわたって日本共産党がとりつづけていた「確かな野党が必要です」路線は、論理的帰結として「確かではない野党」=民主党が存在していることを前提としていた。
そのなかで行われた都知事選や小泉郵政選挙のなかで「民主党を論難した」ということは、一貫性あることとなる。この時代「どっちもどっち」ということを、誰よりも大きな声で主張していたのは、日本共産党だった、ということだ。しかし、このことは(私も、その一員だが)「政権交代をもって、世の中をよくするプロセスと考える」人間にとっては、文字通り『非のある側の落ち度を免罪し、結果的に非のある側に味方』するものと受け止められた。
(その考えの正否については、あえてここでは議論しない)
しかし、今年の総選挙および現在の国会における日本共産党のスタンスは、確実に変わってきているように見える。
今年の総選挙において日本共産党は「民主党を激しく批判」ということはむしろ控えていたように見え、その後も「評価するべきはする」「反対するべきはする」という現実的な対応がつづいている。
もちろん、私は、このような日本共産党の現在のスタンスを政党の成熟であると評価する。それは、彼等が過去のできごとを「総括し、反省の材料」にした・・・という証明だからだ。これが「歴史に学ぶ」ということだと思うし、「日本共産党は確実に『歴史に学び、前に進んだ』と見る。
つまり、「過去において、共産党は全面的に正しかった」というヲタクな議論をしている人々をよそに、共産党自身が新しい道を歩きはじめている。(それを党が言葉にすることはないだろうが)改善すべき点があったことを認めて、社会において存在価値を高める努力をはじめている。時代は、先に進んでいる。
「歴史に学んでいない」のは、だれだろうか?
「対立構造」の落とし穴に落ちたのは誰か?。
私が「あえて『どっちでもいいだろ派』の旗色を鮮明にする」のエントリーを上げるとき、「対立構造」が頭にあったことは否定しない。
今回、本来まったくフェーズの異なる2つの「対立構造」がごっちゃになっていたことが、かつてないグロテスクな状況を生み出していた、と、見る。
いうまでもなく、たんぽぽ氏をめぐる「昨年来の対立構造」があった。そして、今回は「共産党をめぐる対立構造」が重なり合っていた。
当然の話だが、2つの「対立構造」を構成するメンバーは同じであるはずがない。「たんぽぽ氏を嫌いで、共産党も支持しない」人間がいても何の問題も生じない。だが「敵の敵は味方」という対立構造のなかで発言をするというと、それが許されなくなる。そのような現状を非常に不健全なものと感じた・・・ということ(も!)エントリーを上げる一因となっている。
(今回の議論に関して言えば、LOOPER氏と、そのブログ開設に集まった人々が、その最たるものに思えた。そして、たんぽぽ氏やアルバイシンの丘氏も、それにからめとられているように感じた。恐ろしく皮肉なことに、さつき氏のことを私は「そうではない人」と思い、2つの対立構造を区別して考えられる尊敬すべき人物と思っていた)
ところが私のブログに現れたさつき氏は、最初から最後まで「対立構造」の言葉で語りつづけた。私が、たんぽぽ氏支援のためにエントリーを上げたと決めつけ「対立構造」のなかで「事実をねじ曲げる」暴言を吐きつづけたというのは、ここまで見たとおりというになる。
(*)あらためて最初の2コメントを見れば、氏は、あの手この手で、ja e w ckが「たんぽぽ氏支援のために、エントリーを上げた」と、口を割らせようとしている。だが、ja e w ckが「たんぽぽ氏(ら)も評価しない」という立場を一貫して表明しつづけたために、3番目のコメントで、ja e w ckの発言を詭弁によって読み替え「たんぽぽ氏のことを擁護しているかごとく位置づけ」→「たたいた」と考えれば、さまざま彼の不可解な言動はすっきりと説明できる。だとしたら、なんと卑怯な人物だろうか。
そして、
「対立」を選び、
ja e w ckを「対立構造」のもとに攻撃した以上、
彼は「向こう側」に行かざるを得ない。
もし、さつき氏が、このエントリーを読むことがあったら、周囲を見回してほしい。あなたのことを擁護し、拍手喝采でもてはやしているのは、事実を見ず他人を貶めるネットストーカーとハラスメント常習者ばかりだ。
・さつき氏の労を労うのは、かつて「沖縄の性暴行事件の被害者を、夜遅く外出してきたから」というような内容でなじった人物だった。
・たんぽぽ氏が共産党を批判したといって攻撃したはずの人物は、共産党批判を一言もしていない私を同類呼ばわりして攻撃する。
・あまりにも既視感のある言語体系によって、ja e w ck侮辱の煽動をしている人物の正体は何者だろう?
そして、ごん氏が、さつき氏のブログにコメントで賛意を伝え、死ぬのはやつらだ氏がはてなブックマークでja e w ckを笑う。
さつき氏は、死ぬのはやつらだ氏やごん氏の味方になってしまったようだ。
死ぬのはやつらだ氏が、共産党支持に変わる日も近いか?
いま、さつき氏が、このような現状に陥ったことを「こちら側」でも「向こう側」でもない場所から、心から悲しむが、それもまたご本人が招いた悲喜劇としかいいようがない。
「向こう側」で、有意義なネット生活を送っていただきたい。
事実確認を一点だけ。「東本氏の批判記事」を、最初に持ち出したのはたんぽぽさんです。だから誤読しています。発端となったたんぽぽ氏のエントリー「神戸市長選」での文
>浅野史郎氏をバッシングするやりかたは、いつになくえげつなく
>大手メディアの論調にも影響しました。」
この「いつになくえげつなく」にリンクさせているのが、「東本氏の批判記事」を載せているURLです。
2007年03月14日【都知事選・石原三選阻止!】日本共産党の浅野史郎氏批判の誤謬性( 再・アップデート版)
http://blog.livedoor.jp/zatsu_blog/archives/51378556.html
それに対して、さつきさんが紹介したは「東本氏の批判記事」への反論(msqさんの文)です。(「神戸市長選」でのさつきさんのコメントをよく読んでください)だから、たんぽぽさんが「知らなかった」と言ったのは、反論(msqさんの文)のこと。そして、上のURLに追記として
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(4月9日・追記)
このエントリで紹介した東本(higashimoto)氏の共産党批判に対し、日本共産党員のsaruさんという方が反論をされていますので、こちらも参考記事として紹介させて頂きます。
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