どないしょ!?

どないしょ!どないしょ! 嘆いてばっかりでもしょうがないから、 なんとかしょうか!

「殉愛」関連記事の目次つくりました。

「殉愛」関連の記事が多すぎて、読みにくくなってきたので目次ページを作りました。

初めての方も、読みやすいようにジャンル別、日付順に並べてます。
記事タイトルをクリックすると、別ページが開きますので、またここに戻ってきてください。


<単独記事編>

2014/01/09  「やっぱ好きやねん
2014/11/23  「”やしきたかじん” という生き方
2014/12/02  「責任者出てこい!
2014/12/05  「”殉愛”騒動が収まらない
2014/12/09  「百田尚樹氏と朝日新聞
2014/12/20  「それでも、作家かよ!
2014/12/25  「痛快!宝島はやっぱり宝島だった
2015/03/02  「 『つるべえ』メモについての考察
2015/03/06  「”事故本”誕生のきっかけ
2015/03/14  「僕が「殉愛」のことをブログに書き続けるワケ
2015/03/25  「 一期一会
2015/03/30  「アリたちが、また動き出す春!
2015/04/20  「「殉愛」amazonレビューの考察が面白い
2015/05/04  「関西弁は話すための言葉だよな
2015/05/09  「21年目のユ・ウ・ウ・ツ」 
2015/07/04  「嘘つきの中の真実
2015/07/25  「追いつめられて・・・
2015/0801  「キーパーソン
2015/08/29  「Get back!」  New !!
2015/09/05  「殉愛騒動 第2幕」  New !!

<シリーズ 「遺言書の不思議」編>

2015/08/08  「遺言書の不思議 その1」  New !!
2015/08/15  「遺言書の不思議 その2」  New !!
2015/08/22  「遺言書の不思議 その3」  New !!

<シリーズ 「ノートに書かれた手紙」編>

2015/07/11  「ノートに書かれた手紙
2015/07/18  「ノートに書かれた手紙 その2
2015/07/19  「ノートに書かれた手紙 番外編

<シリーズ 「『殉愛』不都合な真実」編>

2015/05/12  「『殉愛』不都合な真実
2015/05/14  「『殉愛』不都合な真実 その2
2015/05/20  「『殉愛』不都合な真実 その3
2015/05/22  「『殉愛』不都合な真実 その4
2015/06/01  「『殉愛』不都合な真実 その5

<シリーズ 「リアルミステリー大作の謎」編>

2015/01/31  「〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その1
2015/02/02  「〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その2
2015/02/04  「〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その3
2015/02/08  「〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その4
2015/02/09  「〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その5
2015/02/10  「 〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その6
2015/02/11  「〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その7
2015/02/12  「〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その8
2015/02/14  「〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その9
2015/02/19  「 〜殉愛〜 リアルミステリー大作の謎 その10 まとめ編


<シリーズ 「残された謎」編>

2015/03/07  「『殉愛』の真実 〜残された謎〜 その1
2015/03/08  「『殉愛』の真実 〜残された謎〜 その2
2015/03/11  「『殉愛』の真実 〜残された謎〜 その3
2015/03/16  「『殉愛』の真実 〜残された謎〜 その4


<シリーズ 「俯瞰で考える」編>

2015/03/19  「俯瞰で考える
2015/03/20  「俯瞰で考える その2
2015/04/02  「俯瞰で考える その3
2015/04/06  「俯瞰で考える その4


<創作 「幻愛」>

2015/02/19  「幻愛 〜前篇〜
2015/02/22  「幻愛 〜中編〜
2015/02/23  「幻愛 〜後編〜
2015/02/24  「幻愛 ―あとがき―

初心に帰って・・・

前回のブログで、8月31日の打越氏に対する損害賠償訴訟の第2回口頭弁論において、打越氏ご本人とKマネージャーが証言したことで殉愛騒動も第2幕が開いたと書いた。

振り返れば「殉愛」発売直後から本の内容について多くの疑問が寄せられ、わずか1週間後には未亡人の婚姻歴の嘘がばれている。たかじんが残したというメモの字体が本人のものとは思えない、「つるべえ」と書くのはおかしいなど、他にも様々な点が指摘された。
その後、未亡人の婚姻歴は1度ではなく3度あったことや、過去にも損害賠償訴訟を繰り返していることも明らかになっていった。

「殉愛」発売から約4カ月後「殉愛の真実」が発売されるのだが、その間ネットでの騒動はまったく冷める気配を見せず、それどころかどんどんと盛り上がっていった。
その要因を作ったのは、ネット民の頑張りだけではなく、未亡人自身の訴訟連発と作者のネットの意見への反論ツイートだったのは皮肉な話だ。

これまで、百田尚樹氏はこの騒動で動きがあるたびに、ツイートでの発言が活発になっていた傾向がある。
ところが、8月31日以降はこの問題についてのツイートは一切見られない。
ネットでは、今回の口頭弁論後の記者会見で「名誉棄損での提訴を考えている」というK氏の発言が堪えているのではないかとの分析もされている。
K氏が、誰を訴えるのかはまだわかっていない。幻冬舎になるのか、百田氏になるのか、あるいは未亡人になるのか。もし百田氏が被告となるのであれば、軽はずみな発言によって不利になる可能性もあるので、おとなしくなるのも仕方ない。百田氏はその覚悟を決めたということなのだろう。

百田氏は、これまでのツイートで、

”裁判は面白いことになると思う。虚偽と言われては、本には敢えて書かなかった資料その他を法廷にだすことになる。傍聴人がびっくりするやろうな”
2014/11/23 00:22

”たかじん氏の娘が出版差し止め請求の裁判を起こしてきた。裁判となれば、今まで言わなかったこと、本には敢えて書かなかったいろんなこと証拠を、すべて法廷に提出する。一番おぞましい人間は誰か、真実はどこにあるか、すべて明らかになる。世間はびっくりするぞ”
2014/11/30 23:24

”たしかに『殉愛』には、未亡人の結婚暦と離婚暦を書かなかった。それは私のミスだが、書かなかったのは理由がある。たかじん氏がそれを公表することを望んでいなかったからだ。しかし、それ以外には一切ウソはない!!書かれたことはすべて真実だ!虚偽だと言う者がいるが、法廷で決着をつける”
2014/11/30 23:25

”『殉愛』には、敢えて書かなかったことが山のようにある。ある人物たちのことだ。もう、おぞましくておぞましくて、とても書けなかった。本が汚れると思った。 しかし裁判となると、話は別。全部、出すよ!
2014/11/30 23:29

”たかじん氏と娘がどういう親子関係だったか何も知らない人たちが、私に勝手なことを書くなと非難している。娘の気持ちは知らないが、たかじん氏が娘に対してどんな感情でいたかはわかる。彼の言葉を聞いた多くの証言があるだけではない。実は決定的証拠がある。本には書かなかったが、法廷には出る”
2014/12/01 18:12


これらを見ても、今回のK氏の提訴発言は百田氏が待ち望んだ結果であろう。
これだけ、裁判で言う、すべて出す、証拠がある、本に書くとツイートしていたからには、それなりに確証を持っているはずだ。いざ、自分に向ってきた裁判を目の前にして慎重になるのは当然だと言える。本番前に敵に手の内を見せるほどバカなことはない。いよいよ、百田氏は本気で裁判の準備を始めたのかもしれない。


ただ、9月に入ってからは「殉愛」サイドの動きがなくなってしまい、ネット民たちも戸惑っているようだ。
決して静かになったわけではないが、話題を探してつまらぬ憶測をしてみたり、他人の批判に走ってしまいがちだ。
皆、殉愛側への苛立ちや、理不尽なマスコミ対応、人を蹴落としてまで自分のことしか考えない人間に対する怒りなどを持っているはずで、その感情をどこにぶつければいいのかが迷いとして出てくるのかもしれない。
こんな時こそ、初心を思い出してじっくりと「殉愛」について検証できるよい機会なのではないだろうか。

この事件はあまりにもツッコミどころと情報が多すぎるため、うっかりと見逃してしまったり、忘れてしまっている問題点もあるに違いない。
相手が静かな間に、初心に帰ってもう一度のこの事件をじっくりと見直していきたい。


このブログでも特にこだわってきたのが次の2点である。

1.二人の出会いとそれに関わった人物
2.たかじんの本当の最期の様子

フェイスブックで本当に出会ったのか。たかじんからではないにしても、未亡人が単独でアプローチしたのだろうか。そこに第三者の関与はなかったのか。クリスマスのパーティでの出会いの場に居合わせた人たちの未亡人の印象はどうだったのか。その場にいたM氏の金スマでの証言は信じられるのか。

当初の報道と「殉愛」では死因も死に場所も変わっていまっているが、本当の死因はなんだったのか。どうして状況が違っているのか。最期の言葉はなんだったのか。これらのことは未亡人しか知りえず、いずれの情報も発信元は未亡人しかいない。一人の証言が短期間で変わってしまっているのはなぜなのか。

これらの疑問が明らかになれば、未亡人とたかじんの関係性(恋愛関係だったのか、単なる雇用関係だったのか)の疑問や、遺言書作成に関わりながら遺言執行人を解任された吉村弁護士と未亡人の関係、常識では考えられない聖路加病院での医療体制の謎などを解く鍵になるにちがいない。


今回のK氏の証言で新たに公になった事実として、遺言書を書くように未亡人が勧めたことがある。
打越氏の裁判とは直接的には関係のない話かもしれないが、とても重要な証言である。
未亡人に、遺言書は作らないといけないと言われたと、たかじんはK氏に話している。
元々たかじんには、遺言書を作るつもりはなかったと思われる発言である。

寄付先にもこだわり、痛み止めの麻薬を打って朦朧とした意識の中でさえ、寄付先の変更まで指示している人間が、その数日前まで遺言書を書くつもりがなかったなどということがあるのだろうか。
K氏の証言が事実だとすると、未亡人に言われて遺言書を書くことになったたかじんは、最後の最後まで寄付先の選定にこだわり、遺贈以外の全て、もっと言えば遺贈放棄された場合の財産の行方までを心配していることになる。

たかじんが本当に遺産を寄付したい、残りは未亡人に相続させたいと思っていたのなら、遺言書が必要なことぐらいわかっていただろう。たかじんは、政治や行政に対しても提言をしていた人物である。「そこまで言って委員会」という番組でクセのあるパネラー陣を相手にして見事な仕切りができたのも、彼に知識と経験と判断力と常識があったからだ。そんな常識人のたかじんが、寄付をするための遺言書を書くことに考えが及ばなかったというのは、どう考えても理解できない。

遺言書がたかじんの遺志を反映しているものなのかどうかについても疑問がある。
遺言書に関連した「温井メモ」も、状況証拠だけではあるが「殉愛の真実」では偽物であると結論付けている。それに対して未亡人は著作権侵害という意外な理由で訴えたのだが、早々に訴えを取り下げていることからも、あのメモが偽物である疑いが濃厚になっている。
温井メモが偽物だとなれば、それと密接に関連している遺言書の内容についても疑惑が出てくる。
今回のK氏の証言はそれを裏付ける客観的証拠のひとつにもなりうる。

遺言書の内容を未亡人が自分に都合のいいように吉村弁護士に作成させたとすれば、あるいはたかじんにそれを認めさせるために事実ではないことを告げていたのだとすれば、そして正常な判断ができないように非常識な投薬を続けていたのだとすれば、間違いなく未亡人は相続資格を失うことになる。
この疑いを払拭するには、遺言書作成に携わった者たちが、事実関係を明らかにするしかない。

今後、いずれかの裁判で吉村弁護士を含めた関係者の証人尋問も行われるかもしれない。
未亡人が潔白だというのであれば、ぜひそれを証明してほしい。これまでに出てきた数々の疑問に正面から答えてほしい。たとえ、それが「殉愛」の内容を肯定するものであっても構わない。

ただ、一方的に貶められた人々の名誉を回復し、真実が知りたいだけなのだ。

殉愛騒動 第2幕

「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」
これは、刑法第230条に示された、名誉毀損罪の条文である。

具体的な例で言えばネットラジオなどで、ある人物の名誉を毀損するようなことを話せば、それが事実であるかどうかには関係なく罪に問われると言うことだ。
ただし、以下の要件をすべて満たせば罪を免れることができる。
〇公共の利害に関する事実にかかわるものであること
〇専ら公益を図る目的があること
〇真実であると証明されるか、真実であると信ずるについて相当の理由があること

その根拠となるのが同230条第2項である。
(公共の利害に関する場合の特例)
1 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

そこから公人に対しては名誉毀損罪は成立しにくいと解釈されている。
公人であれば、当然その発言、行動などは公共の利害に関係すると考えられるし、それらが公益に反すると思われる場合に糺すことは目的に適う。もちろん、それが真実でなければならないのは言うまでもない。

以上は、あくまでも刑事事件の話である。

未亡人が出版社や個人を相手に起こしているのは、民事訴訟の損害賠償請求である。その請求の理由が「名誉を毀損されて損害を被った」というものだ。
この根拠としては、民法第723条に「他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる」とある。

民事訴訟での名誉毀損が認められるかどうかは、実は「事実の摘示」すら必要はない。単純に原告の名誉が毀損されたかどうかが問われるのだ。
ただし、その相手が公人、もしくはそれに准じ、公共の利害に関係する場合は名誉毀損とは認められない。刑法の基準が参考とされるということなのだろう。

今回の打越氏に対する損害賠償請求訴訟もそこが焦点となっている。

先日の第2回口頭弁論では、打越氏本人だけでなく、打越氏が名誉を守ろうとしたK氏自身も法廷で証言する機会を得た。弁護団の努力の賜物だ。

ここで、もう一度上記の刑法230条を読み返して欲しい。
たとえ事実であったとしても、人の名誉を毀損することを公に発言することは名誉毀損罪に問われるとなっている。しかし、裁判における証言はこれには当たらない。
もちろん、質問されたこと以外のことを自由勝手に喋っていいわけではないが、逆に言えば質問されたことに答えるためであれば、名誉を毀損するような発言であっても許されるのである。

また、民事裁判の証人も法廷で嘘をつくと偽証罪に問われ、最高で10年の懲役という名誉毀損罪よりも重い処罰が待っている。それを踏まえ、証人は証言の前に宣誓を求められる。
法廷での質問には、たとえそれが誰かの名誉を棄損する可能性があったとしても、正直に事実を答えなければならないし、だからこそ名誉棄損罪には問われないのである。それだけ証人尋問での証言は重く、真実性が担保されていると言える。

さらにいえば、ラジオやネットで当事者がいくら事実を話したところで、それが信じられるものかどうかは聞き手の解釈に委ねられることになるが、法廷での証言は偽証でない限りは事実だと認定されて裁判所に記録も残るのである。
それだけ、K氏の証人尋問は重いものだった。

この裁判は、ネット民たちが多数傍聴し、その一部始終をそれぞれが書き込んでくれた。
それらの情報をまとめてみると、K氏の証言で新たに判明したことがいくつかある。

ひとつは、未亡人のマカロン発言についてだ。
週刊誌にリークしたのは、「殉愛」にも登場し金スマでも友人として証言しているM氏であると、吉村弁護士からK氏が聞いたことと、未亡人の「マカロンみたい」発言は、吉村弁護士、娘さん、前妻さんも聞いていたことである。
一緒に死にたいと言っていたはずの未亡人の言葉であることがはっきりした。

それと、遺言書作成に至る経緯も新たにわかった。
「殉愛」では、12月25日にたかじんがK氏に「遺言書をつくるから弁護士を連れてこい」と言いつけ、29日に吉村弁護士とたかじんを訪ねたことになっているが、実際は吉村弁護士からの連絡があり訪ねていたのだ。
K氏は、25日にたかじんと二人っきりで話した際に「遺言書をつくらなあかん言いようんや」とも聞いている。遺言書の作成はたかじんの意向ではなく、未亡人の意向だったことも明らかになった。

他にも、24時間たかじんにつきっきりだったはずの未亡人は、めまいがするなどといってよく病院に通っていたこともわかった。また、未亡人が「抗がん剤、放射線治療の患者を世話している人に癌が移る可能性があると医師から説明があり承諾書にサインした」とあきれてしまうようなトンデモ発言をしていたこともわかった。乳がんになったと未亡人が主張していたこともあらためて証言された。

この日の証言は、基本的には打越氏のネットラジオでの発言の信憑性を裏打ちするためのものである。
つまり、被告サイドとしては「未亡人はみなし公人である」という立場で証人尋問を行い、打越氏の発言は「真実であると信ずるについて相当の理由がある」と証明しようとしたのだ。

そこで、問題となるのが未亡人が果たして公人か、私人かということである。
以前からネットでも言われているように、担当の裁判官は「私人」だという見立てを持っているようだ。

未亡人は、「殉愛」で何枚も顔出しし、金スマなどのテレビでも放映された。そして、新たに立ち上げた「オフィスたかじん」の社長となり、オフィシャルサイトで署名入りのメッセージも残している。
ただ、これだけで「みなし公人」といえるかは微妙なところかもしれない。

では、たかじんはどうだったのだろう。
たかじんはテレビタレントとして、広く顔を知られ、その言動には大きな影響力があり、大阪府知事誕生の最大の功労者でもある。第1次安倍内閣時代に、体調不良で辞任を余儀なくされ、肉体的、精神的にも落ち込んでいた安倍総理を慰め、再起を促したのもたかじんであったのは周知の事実だ。
どう考えても彼は立派な公人だったということに異論はないはずだ。

未亡人は、そのたかじんの遺志を継ぐものとして「殉愛」にも描かれている。
「今、彼女は夫の夢を叶えたいという新たな希望をもっている」
(「殉愛」p414)
たかじんの追悼番組に骨壷を持ってスタッフや出演者に挨拶に行ったり、「偲ぶ会」で名刺を配ったり、たかじんと血の繋がった実母や兄弟を差しおいて感動的なスピーチをしたのも、その決意の表れだったのだろう。
彼女は、自ら「公人の立場」を引き継ぎ、それを確実なものにするため悲しむ暇もないほど積極的に行動していたのである。「私の言葉はハニーの言葉」とテレビ関係者を牛耳っていたのも納得できる。
彼女が自ら望んで「公人」になろうとしていたのは間違いない。


打越氏の裁判は、10月28日の判決を残すのみとなった。
一審での判決がどのようなものになるかは予測できないが、もしいずれかが判決に納得できず、控訴ということになれば、今回のK氏の証言は大きな影響力を持ってくる。

また、そのK氏自身も、被害者として損害賠償請求訴訟を起こす意思を表明している。
「殉愛」であれだけ人格を貶められ名誉を毀損されても、今まで黙ってきたのは打越氏の裁判での証言を控えていたからでもあるだろう。K氏自身が訴訟を起こし当事者となってしまえば、打越氏の裁判でも利害関係者の証言となり、その効力も弱まる可能性があったからだ。

K氏は幻冬舎、百田尚樹氏、そして未亡人のいずれかを被告とするのか、もしくは共同不法行為として全員を被告として訴えるのか。これまで、言いたいことを我慢し、苦しい思いをさせられてきたK氏が満を持して行動に出たのだ。いずれにしても、今回の証言記録はK氏自身の訴訟の布石となった。


いよいよ、殉愛騒動の第2幕が開いた。

Get back !!

今週の金曜日に、名誉毀損、プライバシー侵害、父への敬愛追慕の念の侵害を訴え、出版差し止めと損害賠償を求めて、娘さんが「殉愛」の出版元である幻冬舎を提訴した事件の第5回口頭弁論が行われた。
前回の口頭弁論から約3カ月のこの日、裁判の方向性が示されると期待されたが、被告側は新たな証拠の準備があるとして、またしても裁判を引き延ばしてきた。
新たに見つかった物証ならばともかく、単に出し惜しみしていたとしか思えない証拠を今頃になって提出したいなどと言い出せば、裁判所を愚弄していると取られてもおかしくない。裁判官の心証は確実に悪くなっていくだけだ。和解交渉のために時間稼ぎをしているとしか思えない。それに対する原告側弁護士の答えは、
「和解に応じる予定はありません。賠償金での解決もありません」
と言うものだった。(日刊スポーツより)


「殉愛」が発売されてもうすぐ10カ月が経つ。
もう10カ月かという思いと、まだ10カ月なんだという思いが交錯している。

昨年の11月7日に、テレビを使って大々的に宣伝されて発売となった「殉愛」だが、その内容について発売直後からたくさんの疑問の声が上がった。その後、次々と明らかになっていった未亡人の過去や、遺産相続をめぐる問題など、本の中の未亡人像は大きく覆されていった。

この騒動の特長は、テレビなどのメディアがほとんど取り上げないにも関わらず、ネット上ではいつまでも経っても沈静化する気配がないところだ。
どんなスキャンダルでも、半年もすれば世間からは忘れ去られていくものだが、「殉愛騒動」に関しては、2ch、ガールズちゃんねるといった巨大掲示板とツイッターがまるで連携しているかのように声を上げ続けている。
そして、彼らの多くは単なる興味本位で追いかけているのではなく、心の底から沸いてくる怒りが原動力となっている。

タレントやしきたかじんの本当の姿は、すぐそばにいた者たちにしかわからないかもしれない。いや、もしかすると誰にもわからないのかもしれない。それでも、この世を去った人間の姿を、あれほどに下品に貶めて書かれた「殉愛」を許せない。

普通の関係ではないけれど、血の繋がった親子の心情を他人が理解できるはずもないのに、赤の他人が土足で踏み散らかしたことが許せない。

頻繁に交流していたわけではないが、常にお互いのことを気にかけていた親兄弟と、まるで縁が切れていたかのように万民に知らしめたことが許せない。

たかじんをずっと支えてきた歴代のマネージャーを泥棒扱いしたり、全くの無能者呼ばわりしたことが許せない。

これらのことを、作者は未亡人の一方的な話を鵜呑みにし、独自の裏づけ取材どころか当人たちへの取材を一切しないまま、出版社と共謀してメディアミックス戦略で大々的売り出し、金儲けに走ったのだ。
そこに多くの人間が怒っている。

発売直後に明らかになった未亡人の婚姻暦こそ認めたものの、「殉愛」には嘘はないと未だに百田氏は言い続けている。百田氏は、ツイッターで「本に離婚歴を書かなかったというだけで、ネット上では「とんでもない悪女」という評判が立った。すべては私のミスである。以上!」とツイートしているが、「殉愛」の未亡人は独身として描かれている。この点については、未亡人、百田氏ともに納得済みの虚偽である。
嘘を認めておきながら、嘘はないと言い切れる根性が理解できない。

関西の大物タレントに愛され、多額の遺産を相続することになった未亡人への妬みなどでは決してない。
故人を美化するための嘘ならともかく、人一倍サービス精神が旺盛で、タレントやしきたかじんを必死に演じ続けた、気の小さい、コンプレックだらけの男が守り続けた姿を稚拙な文章で辱めたことに腹立ちがおさまらない。

この騒動を支えている人たちはたかじんのファンだけではない。人として、見過ごすことが出来ないと憤っている人たちも多い。この騒動で、初めてたかじんの歌を聴き、あらためて歌手やしきたかじんの凄さを知った人も多い。
皆、嘘をついたくせに開き直って謝罪もせず、金に対する執着という甚だ個人的な都合のために故人の近親者を貶め、これまで受けてきた恩を忘れて利権を守るために人の心を捨ててしまった者たちが許せないのだ。
人として当たり前の倫理観や嫌悪感で声を上げ続けている。



月曜日には、大阪(未亡人が打越氏を訴えた事件)と東京(未亡人が光文社を訴えた事件)で2件の名誉棄損訴訟の口頭弁論が行われる。これ以外に未亡人が原告となった裁判中の名誉毀損の訴訟は2つもある。複数の裁判を抱えるだけでも普通ではないが、原告の立場で同日に2つの裁判が開かれるのだ。自分勝手な常識外れの訴訟魔だとしか思えない。
大阪の口頭弁論では、被告となった打越氏本人と「殉愛」で犯罪者扱いされたKマネージャーが証言する予定だ。
判決の行方も気になるところではあるが、お二人には法廷で真実を語り、しっかりと爪痕を残してもらいたい。
あの「やしきたかじん」をファンや、彼を支えてきた人たち、そして彼を愛した親族の元に取り戻すために。

遺言書の不思議 その3

8月17日、名誉棄損で映画評論家であり著述家でもある木村奈保子さんが、未亡人から名誉棄損で訴えられたことをツイッターで明かした。
木村奈保子さんと言えば、木曜洋画劇場の解説者としてご存じの方も多いだろう。映画やイベントのプロデュースも手掛ける才女である。

これで、未亡人の訴訟は名誉棄損に限っても、たかじんの友人のA氏(和解)、一番弟子の打越氏、光文社(女性自身)、毎日新聞社(サンデー毎日)に続いて5件目である。
いずれも「殉愛」に描かれた未亡人の人物像に異議を唱えたことに対しての訴訟である。

名誉棄損とは、「人が、品性、徳行、名声、信用その他の人格的価値について社会から受ける客観的評価(社会的評価)を低下させる行為」(ウィキペディアより)である。
ある人物の社会的、客観的評価を下げるというからには、その人物の現在の一般的社会的評価が基準となるのだろう。

今のところ、上記の5件の名誉棄損について、彼女を擁護する声は聞こえてこない。マスコミは相変わらずだんまりを決め込み、作家の百田氏を擁護する声はあっても、未亡人を擁護する声は皆無である。
というところからすれば、彼女の世間における客観的評価というものは、もともと高かったわけではなく、訴えられた側の意見に対し誰も違和感も持っていなかったということではないだろうか。
そもそも、複数の相手に訴訟を起こすということ自体が、名誉棄損の概念を超えたものである。直接的な関わりを持つものが、特定の人物の過去を世間にさらすことによって、その人物の社会的評価を下げるというのは解るが、未亡人とA氏、打越氏、木村氏は直接的な関係もなく、一般人と同じ目線で未亡人を見ていたにすぎない。彼らが彼らしか知らない未亡人の秘密を暴いたわけでもない。
この程度で、名誉棄損が成立し損害賠償を請求されるのならば、SNSなんて誰も怖くて使わなくなるだろう。



名誉棄損で訴えられたとは言っても、あくまでも民事訴訟である。裁判なので訴えられた方は「被告人」と呼ばれるが、決して罪を犯したわけではない。
刑法にも名誉毀損罪というものがあるが、未亡人がいくら警察や地検に告訴したところで不起訴となる見込みが高い。その前に、刑事告訴したところで賠償金が手に入るわけでもないので、そんなつもりもないのかもしれない。
民事裁判とは、言ってみれば当事者同士の話し合いの場である。根拠とするのが民法という法律ではあるが、あくまでも交渉ごとだ。民事裁判に負けたからと言って前科者になるわけではない。

ところが、これまで検証してきた「温井メモ」については、刑法犯罪の可能性がある。
このメモがたかじんが書いたものでないことになれば、このメモを書いた本人は「私文書偽造罪」という罪に問われる可能性がある。また、この文書を温井校長に見せて寄付の放棄を迫ったことは「偽造私文書等行使罪」に問われる。
いずれも立派な犯罪であり、有罪判決が下されれば前科がつく。

前科がついたところで遺産相続にはなんの影響もないのだが、「温井メモ」が偽造であるとなれば、被相続人(やしきたかじん)の遺志を捻じ曲げたことになり、それが未亡人の手によるものだとなると相続権そのものを失う可能性もある。これを相続欠格という。

相続欠格とは、一定の事由がある場合に相続権を自動的に喪失することをいう。
ポイントは、「自動的に喪失する」というところだ。
「私文書偽造」にしろ「偽造私文書行使罪」にしろ、被告は裁判を受ける権利があるが、「相続欠格」にはそういった手続きは全く必要ない。

その欠格事由は以下の通り。

・故意に被相続人または先順位もしくは同順位の相続人を殺害し、または殺害しようとして刑を受けた者
・被相続人が殺害されたことを知りながら、それを告訴・告発しなかった者
・詐欺または脅迫によって、被相続人が遺言をしたり、取消・変更することを妨げた者
・詐欺または脅迫によって被相続人に遺言させたり、取消・変更をさせた者
・被相続人の遺言を偽造、変造、破棄、隠匿した者

「温井メモ」自体は遺言書ではないので、上記には当たらないかもしれないが、前回のブログで書いたように「温井メモ」は遺言書とセットになって初めて意味を持つ。
もちろん、たかじん本人が書いたメモであればなんら問題はないのだが、それにしてはメモの日付の説明がつかない。遺言書を見た上でメモが書かれた可能性もあるが、遺言書に「遺贈について放棄された場合」のことにまで言及していることが理解に苦しむ点であり、温井メモとの相関性を感じる点である。

「温井メモ」が偽造だと認定されるとするならば、遺言書の作成過程も問題となるだろう。危急時遺言の録画を見たと言う関係者の証言から、Y弁護士があらかじめたかじんと打ち合わせた内容を読み上げ、たかじんの意志を確認しながら作成したものと思われる。つまり、内容についてはあらかじめ用意されていたということになる。
Y弁護士が、しっかりとたかじんと二人っきりで、たかじんの遺志を確認しながら原案を書いたのであれば問題はない。ただし、その際に未亡人が立ち会っていた場合は少々事情が異なってくる。
また、たかじんは30日の時点でもかなり衰弱していたものと思われる。元になった遺言内容は、未亡人とたかじんとで作成した言われるエンディングノートだったのではないだろうか。そうなると、遺言書の内容に未亡人が関与していた可能性が高くなる。

ところで、未亡人はY弁護士の遺言執行者解任申立ての陳述書でこう述べている。
「1月17日になって、私はA弁護士(注:Y弁護士のこと)に、改めて、なぜ自分の金庫を開けてはいけないのですかと問い合わせました。それまでA弁護士からは金庫を開けてはいけない、もし開けて「金庫内のお金を使うと奥さんを相続人から外すこともできますよ」などと言われていたからです」( 週刊朝日2014年12月26日号)

Y弁護士はなぜ「相続人から外すこともできます」などと言ったのだろうか。
確かに、遺産相続開始前に財産に手をつけることは許されることではない。だからといって、即相続人から外されるわけではない。未亡人には相続の権利もあるので、その分も含めて相続を実行すればいいだけだ。
Y弁護士の言う「外す」とは、相続欠格のことを指していたのではないだろうか。
少なくともY弁護士には未亡人を相続人から外すことのできるなんらかの根拠があったと思われる。

遺言書の内容を決めていくプロセスを知っているのは、未亡人とY弁護士だけである。直接利害関係にある未亡人の言うことは、真実性に疑いを持たれてしまう。未亡人が遺言書の作成過程に積極的に関与していたのか、あるいは潔白であるのかを客観的に証言できるのは、Y弁護士しかいない。

遺言書の不思議 その2

昨年11月7日に発売された「殉愛」は、テレビ特番の宣伝効果もあり第1週で6万5千部の販売部数となった。
オリコンランキングでも週間総合ランキングで見事1位を獲得。順風満帆の出足となった。
週刊売上6万5千部は、百田尚樹氏の著作の中でも「海賊と呼ばれた男(上)」(第40週目の記録7万6千部)の次いでいる。
第2週も6万9千部で見事1位を獲得するが、ネットで未亡人の過去やメモの偽造の疑いが噂されるようになるにつれて、売り上げは落ちていく。発売からわずか4週目の販売数は1万1千部と極端に落ちていくのである。
初版25万部、増刷7万部と言われた「殉愛」だが、初版分もかなり流通在庫で残っていると思われる。
そして、発売から1年を待たずしてamazonでは中古本が1円になってしまった。
当初のメディアミックスマーケティングでベストセラーにはなったものの、中古本の評価を見ると世間の目の厳しさがわかろうというものだ。出版社社長は「売れる本は良い本だ」と言ったそうだが、古本の値段こそがその本の正しい評価だとも言えるのではないだろうか。


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宝島の取材班によると、12月25日から体調を崩したたかじんは、自分の命が長くないことを悟り、Kマネージャーを呼んで今後のことを話している。そこで、たかじんは遺言書を作成するための手配を依頼し、Kマネージャーは29日に改めてY弁護士と共にたかじんのもとを訪れ、遺言書について打合せをしている。

遺言執行者解任申立ての際に裁判所に提出されたY弁護士の陳述書によると、当初の寄付先は、大阪市、あかるクラブ、日本盲導犬協会の大阪支部、知り合いのM氏がやっている恵まれない子どもたちの施設であるA学園であった。
Y弁護士が寄付先について確認すると日本盲導犬協会に大阪支部がないこと、A学園にいた知り合いも退任していたことがわかり、30日にそのことをたかじんに伝えると、急遽それらに代えて桃山学院が寄付先となったとある。

12月30日のたかじんは、朝から痛みがひどく麻薬を投与されるほどであった。
昼過ぎに目を覚まし「遺言書をとにかく作る」ということで、午後3時半にY弁護士他2名の弁護士がやってきて遺言書を作成している。
Y弁護士が、日本盲導犬協会とA学園のことをたかじんに伝え、寄付先を桃山学院に変更したというのはこのタイミングしかない。この様子の一部始終は録画もされている。

この時の録画を見たという関係者は次のように語っている。

「弁護士がこれらを〇〇さん(さくらさんのフルネーム)に遺すことを承知しますね? と聞かれたたかじんさんが、朦朧としながらただ『はぁい』と言っているのです。とても弁護士の話の内容を理解しているようにはみえませんでした」(2014年11月19日 ビジネスジャーナル)

朦朧としながら、寄付先の変更のやり取りなどが出来るものだろうか?
遺言書の中身は、前日に打ち合わせ済みだったのだから、おそらくY弁護士は原案を書いてきていたと思われる。その原案を、危急時遺言作成途中で変更しているのだ。
少し長くなるがここで遺言書の内容を書き記しておく。

遺言書 

遺言者(東京都中央区明石町9-1所在 聖路加国際病院入院中)家鋪隆仁は病気療養のところ、重態に陥り死亡の危急に迫ったので、平成25年12月30日、同所において、後記の証人3人立ち合いの上、証人〇〇〇〇に対し、次の遺言の趣旨を口授した。

第1条 遺言者はその所有する現金と預貯金を遺言執行者において、すべて解約・払い戻しの上、下記のものに遺贈する。
1.金3億円を「うめきた」の緑化事業に供するため、お世話になった大阪市に遺贈する。
2.金2億円を自分が生きてきた証として「たかじんメモリアル」を設立し、大阪のために頑張ってくれた人に対して表彰し、金100万から500万を授与するものとするが、当面の運営は大阪あかるクラブが行うため、同法人に遺贈する。運営が順調になれば、新法人を設立することを希望する。
3.金1億円を母校である桃山学院高等学校に遺贈する。
4.その余のすべての現金は、妻・家鋪さくらに相続させる。
5.万一、上記1〜3の遺贈について放棄された場合には、妻・家鋪さくらに相続

第2条 遺言者は、その所有する京都、東京、ハワイ所在の不動産を妻・家鋪さくらに相続させる。

第3条 遺言者は、その所有する株式、動産、債権その他一切の財産を、妻・家鋪さくらに相続させる。

第4条 大阪所在のパブリックインフォメーションスタイル名義の不動産に、妻・家鋪さくらに必ず住めるようにすること。同社株式は前条の通り妻・家鋪さくらに相続させる。

第5条 遺言者は、子である家鋪(旧姓)〇〇〇には遺言者の財産を相続させない。又、遺留分の権利主張をしないことを望む。

第6条 遺言者は、妻・家鋪さくらを遺言者の祭祀を主宰すべきものに指定する。
2.遺言者の葬儀は密葬で行うこととする。
3.遺骨は二分し、その1を大阪に、その1をハワイに埋葬することとする。
4.遺言者を偲ぶ会は、妻家鋪さくらが、在阪のテレビ局と協力して行うこととする。

第7条 遺言者は次のものを遺言執行者として指定する。
大阪市 ・・・・・・・ 弁護士 〇〇〇〇
2.遺言執行者は、不動産に関する所有権移転登記等の手続き、預貯金債権、有価証券等の名義変更、解約、払戻、その他、この遺言執行のために必要な一切の権限を有する。
3.遺言者は、〇〇法律事務所の弁護士報酬規程に基づき、遺言者の所有する現金から、上記規定に基づく報酬を遺言執行者に支払う。

第8条 前項2条の不動産は、次の通りである。
 (京都) ・・・・・・
 (東京) ・・・・・・
 (ハワイ) ・・・・・・

証人〇〇は、右遺言を筆記して、遺言者、及び他の証人に読み聞かせ、各証人はその筆記の正確なことを承認して、次に著名捺印した。
平成25年12月30日
 大阪市 ・・・・・・・ 〇〇〇〇
 大阪市 ・・・・・・・証人 ・・・・
 大阪市 ・・・・・・・証人 ・・・・


わざわざ、第1条の5に、寄付先が放棄した場合は未亡人に相続させると書いてある。
これほどまでに未亡人に相続させようと考えているのなら、盲導犬協会とA学園が条件に合わなくなったからといって、新たな寄付先を追加する必要があるだろうか。寄付先を削除するだけで十分である。
くどいようだが、これは危急時遺言なのだ。
遺言書の冒頭にあるように、たかじんは「死亡の危急に迫っ」ているのである。
朦朧としていつ息を引き取るかもわからない状態で、字を書くことはおろか力ない声で「はあい」と答えるのが精一杯の状態にも関わらず、前日の打ち合わせ内容を変更して新たな寄付先を選び出すという作業がどれほどの負担だったのか想像もつかない。
そこまでしてたかじんが寄付先に選んだ桃山学院に、たかじんが亡くなって一月後に未亡人は寄付の放棄を迫っている。


少し話がそれるが、未亡人は寄付を放棄するようあかるクラブにも交渉に行っている。大阪市へは交渉に行っていないのだが、公の団体に寄付を放棄しろと交渉することなどそう簡単ではないだろう。ただ、未だに大阪市は寄付を受け入れていない。
遺言書を見ると大阪市への寄付は「うめきたの緑化事業に供するため」と明確に使途を断定している。
地方行政にとって、寄付というのはありがたいものだが将来の事業に使途を固定された寄付というのは、なかなかに受け取りにくいものではないだろうか。

うめきたの緑化事業は、方向性としては大阪市と経済同友会は同意してはいるものの、具体的な計画は検討段階である。事業規模は数百億円にものぼり、100年先を見据えた官民が協力した投資事業と言う位置づけになっている。まだ具体的な予算の段階でもない事業計画のために寄付しますといわれても困るのである。橋下市長が「受け入れ態勢」と言っていたのはこのことだったと思われる。


話を戻そう。
土壇場で、寄付先変更などのどんでん返しを含めて遺言書作成にかかった時間は、5時に作成し終わっているところから、約1時間ほどだと思われる。
たかじんのそのときの容態はわからないが、危急時でありながら遺言書の作成は相当にスムースに運んだのではないだろうか。もしかすると、Y弁護士は、3時半より早い時間に来ていて寄付先変更の打ち合わせを済ませていたのかもしれない。
もし、そうだとすると遺言書作成の場ではないので、未亡人も立ち会っているはずだ。
たかじんの話し声もそうとう小さかっただろうから、未亡人がたかじんの口元に耳を寄せ、Y弁護士にたかじんの意向を伝えていたのかもしれない。それまでの献身的な看護や、看護師すら簡単には病室に入れずにたかじんの容態を伝えていた未亡人の行動からみると、おそらくベッドの側に付きっきりだったと思われる。

いずれにしろ、たかじんとのコミュニケーションは困難な状態であったと思われる。なにしろ、意識が朦朧とした状態だったのだ。遺言書にある寄付については、おそらくたかじんの遺志と見て間違いないと思われるのだが、土壇場での寄付先の変更と、第1条の5「万一、上記1〜3の遺贈について放棄された場合には、妻・家鋪さくらに相続」という余計な文言が、本当にたかじんの遺志を正しく反映しているものなのかということに疑いを感じさせるのだ。

さて、遺言書と関連のある「温井メモ」が疑わしいことはこれまでに書いてきた。
もしも、あのメモが本物だとしたら、たかじんは未亡人に脱税をさせようとしていたことになる。
脱税は立派な犯罪だ。悪質な場合は税金の追徴だけでは済まず懲役刑となる場合もある。たかじんが本当に未亡人を愛していたのであれば、その愛する人を犯罪者に仕立て上げるようなメモを残すはずがない。

そのメモとセットになっているのが、この遺言書である。
遺言書があってこそ、あのメモが意味を持ち、桃山学院に寄付の放棄にいけるのである。あかるクラブの寄付放棄の交渉にしても同様である。たかじんの遺志が本当に3つの団体への遺贈だったのなら、未亡人が寄付の放棄を交渉しに行くのはたかじんの遺志に反する行為となる。
たかじんの遺志が寄付という形を借りた脱税目的の迂回相続なのであれば、たかじんは未亡人を救うどころか犯罪者になってもかまわないと思っていたことになる。そこにはたかじんの未亡人に対する愛はない。
やはり、寄付の完遂はたかじんの遺志であったと信じたい。
ただ、そうなるとあのメモは偽物ということになるのだが。

それから、もうひとつ遺言書に関連するエンディングノートというものがある。
「殉愛」にも登場するこのエンディングノートは、未亡人とたかじんが二人で「お金」「葬式」「お墓」「伝えたいこと」「呼んで欲しい人」などについて話し合いながら書いたとされている。
このエンディングノートについては、未亡人がWILL12月号に寄せた手記にも登場する。
そこには、「前妻にも相続させると書かれていた」のである。公になった遺言書には、前妻どころか娘さんにさえ相続させないとなっているのにも関わらずである。
そして「(エンディングノートには)遺言書と同様のことがはっきりと記されています」とも未亡人は手記で述べている。未亡人のいう遺言書とは、どの遺言書のことを言っているのだろう?検認された遺言書は偽物だったとでも言うのだろうか?遺言書は複数あったとでも言うのだろうか?

何が本当なのかわからなくなってくるのだが、少なくとも遺言書が書かれる前にエンディングノートは確かに存在しており、そこには前妻にも相続させたいというたかじんの希望が書かれていたという未亡人の証言があるのだ。その数日後に危急時遺言を作成する際には、前妻の相続については削除されていたことになる。
エンディングノートが書かれたのは12月25日、遺言書は30日である。この短い間に、たかじんの心境を変えたものはなんだったのだろう。


この遺言書の作成過程は録画(と録音)してあるらしいので確認はできるはずだ。「温井メモ」の疑惑から始まって、未亡人の証言により遺言書の内容まで疑わしくなってきたのだ。未亡人はぜひこの時の録画をマスコミに発表し、雑誌、テレビ、新聞などの取材を受け入れてもらいたい。
それこそが、未亡人の愛したハニーの遺志を守ることになるのだから。

遺言書の不思議 その1

前回、「殉愛騒動」を取り上げている理由は、真相が知りたいからだと書いた。「殉愛」を普通に読むだけでも、いくつもの疑問が頭に浮かんでくる上に、その後ネットで次々と明らかにされていった未亡人の過去や、寄付の返還交渉の話など、わからないことがたくさん出てきた。一つ一つの謎を解明し、真実を知りたいという気持ちだ。

そういう理由なので、このブログでは「殉愛」や「殉愛の真実」、ネットで公になった情報などを並べ、辻褄が合わないことの裏側にはどういう事情があったのか、筋の通る解釈はできないものかと頭をひねってきた。できるだけ先入観にとらわれず、過剰な妄想はしないように気を付けてきたつもりだ。
それでも、視点というものは固定されやすいものである。視点が固まってしまうと、求めている真実から離れてしまっても気がつかなくなってしまう。

おかげさまで、このブログも更新するたびにかなりのアクセスを頂くようになった。ツイッターや掲示板などで、ご紹介いただいたり、ご意見をいただくようにもなった。
もちろん、肯定的な意見ばかりではない。頭ごなしに否定されるときもあれば、丁寧に反論をいただくこともある。いずれにしても、固まった視点をほぐしてくれるのでとてもありがたい。

実は、「殉愛騒動」を取り上げ続けている理由がもう一つある。
ネットで騒がれているとはいってもネット上ですら、まだまだ「殉愛騒動」の認知度は低い。百田尚樹の放言は知られていても「殉愛」の数々の疑問について知っている人は少ない。
このブログを通じて、少しでもこの騒動を拡散できるのではないかという思いがある。
その意味では、反論のご意見の方が議論も深まり、「殉愛」を純粋に信じている人たちに「普通でない」部分を認識してもらえる良い機会にもなるので、とてもありがたいと思っている。



百田尚樹氏のファンの間でも、「殉愛」に対しては批判的な意見も多いように見受けられるのだが、それでも「殉愛」で描かれた未亡人の天使のような女性像を信じている人も少なくないようだ。
「お金なんていらない」という未亡人の言葉と、「温井メモ」を持参して寄付の放棄を迫る姿は、イメージが合致しないと思うのだが、その行動すらたかじんの遺志だったと主張するものである。

この「お金に執着しない」という未亡人像は、百田尚樹氏も繰り返し主張している。もちろん「殉愛」の中に嘘はないと言い切るぐらいだから、そうでなければ都合が悪いのだろう。また、それと対照的に「殉愛」では娘さんが守銭奴のように描かれている。百田氏は昨年の12月1日にツイッターでこう書いている。

たかじん氏はそんな娘に怒り、遺言書で「娘には一円もやらない」と書いた。
実はたかじん氏の遺産のほとんどは寄付だ。これはさくら氏の希望でもあった。ただ、遺言書に一円もやらんと書いてあっても、娘は法律で四分の一は取れる。これは実はさくら氏の取り分よりも多い。


どういう意図があって、これを書いたのかはわからないのだが、百田氏は大きな誤解をしている。
確かに、遺言書には「娘には一円もやらない」と書いてあった。それどころか「遺留分の権利を主張しないことを望む」とまで書いてあった。だが、いくらたかじんが遺留分を請求するなと言ったとしても、娘さんには遺産総額の4分の1を受け取る権利はある。
しかし、これは決して未亡人の取り分より多いわけではない。

簡単な算数の問題なので、ケースごとに未亡人と娘さんの取り分を計算してみよう。
前提として、遺産相続の額を10億円と仮定する。これは現金、不動産、有価証券などの総額である。

まず、遺言書がなかった場合はどうか。
相続人は、妻である未亡人と娘さんの二人である。民法上の法定相続分は配偶者が2分の1、子どもが2分の1となっているので、両者とも5億円の相続となる。

遺言書通りに寄付が行われて、娘さんが遺留分を請求した場合はどうか。
まず、大阪市をはじめとした3団体に合計6億円が寄付され、未亡人は4億円を相続する。それぞれに対して遺留分減殺請求をかけることになるので、寄付先の3団体から1億5千万円、未亡人から1億円の合計2億5千万円が娘さんの取り分である。つまり未亡人の手元には3億円が残ることになる。

遺言書の通り寄付がなされ、あかるクラブと桃山学院が寄付の放棄に応じていたらどうなったのか。
娘さんの遺留分は2億5千万円で固定であるが、そのうち7,500万円は大阪市への寄付分3億円から支払われることになる。未亡人は手元に残った7億円から娘さんへ1億7,500万円払うことになり、残りは5億2,500万円となる。つまり、遺言書がなかった場合に比べて受け取れる遺産は2,500万円増える計算になる。
2つの団体への遺贈放棄の交渉がうまくいっていれば、大阪市に対しても放棄の交渉をしていた可能性が高い。もし大阪市も寄付の放棄に応じるとなれば、未亡人は法定相続分より2億5千万円も多い7億5千万円を受け取れることになる。

簡単にまとめてみると、

1.遺言書がなかった場合
  未亡人→5億円
  娘さん→5億円

2.遺言書通りに寄付が行われた場合
  未亡人→3億円
  娘さん→2億5千万円

3.桃山学院、あかるクラブが寄付を放棄した場合
  未亡人→5億2500万円
  娘さん→2億5千万円

4.桃山学院、あかるクラブ、大阪市が寄付を放棄した場合
  未亡人→7億5千万円
  娘さん→2億5千万円

となるのだ。

遺言書の存在は、未亡人の取り分を大きく増やすための道具にもなり得るのである。

遺言書に「全てを未亡人に相続させる」と書いてあったとしたら上記4のケースと同じ結果になるように思うが、そこで「温井メモ」に書かれている脱税の依頼がポイントになってくる。
遺言書とメモをセットで考えると、いかに税金を払わずに済ませるかということまで考慮し、未亡人の取り分が最大になるよう、よくよく練られた企みにも見えてくる。結果的には、その「温井メモ」があだとなってしまい、桃山学院への交渉が失敗し、桃山学院と深い関係にあるOSAKAあかるクラブも寄付を放棄することはなかった。


それにしても、あの遺言書にはどうも奇妙なところがある。
たとえ、娘に1円も渡したくないというのがたかじんの本音であったとしても、くどいほど未亡人に遺産がいくようにと繰り返しているところに違和感がある。
遺言書第1条で、現金についての記述がある。1項から3項で3団体への寄付を指示し、4項で「その余の全ての現金」を未亡人に相続させると書いている。普通ならば、これだけで充分たかじんの遺志は伝わると思われるのだが、ご丁寧に5項で「万一、上記1〜3の遺贈について、放棄された場合は、妻 家鋪さくらに相続させる」とまで書いてある。

そもそも、寄付をオファーされて、それを放棄するボランティア団体などあるのだろうか?
営利を目的としない団体の収入源は、会費と寄付が主である。その大切な収入源を放棄する可能性はほとんどない。万が一放棄されたとしても、4項で「その余の全ての現金」は未亡人へと書いてある。5項を付け加える必要など全くない。

痛み止めの麻薬と睡眠薬を大量投与され、意識も朦朧とし、自分で書くことはおろか話すことさえままならない状態で、寄付先が放棄してきたらどうしようなどと、よく気が回るものだ。それこそが、たかじんの未亡人に対する愛の力だとでもいうのだろうか。

いずれにしても遺言書が存在する限り、未亡人は娘さんよりも多額の遺産を相続することになる。
その遺言書の書かれた経緯や、内容についてどうも腑に落ちない点がいくつかある。
次回は、その不思議について考えていくことにする。

キーパーソン

「殉愛」を巡る騒動の周辺で、少し動きがあった。

未亡人による打越氏に対する名誉毀損の裁判で次回公判日程が決まり、そのときに打越氏本人と、「殉愛」のなかで全く使えないマネージャーとして描かれているK氏が証言することがわかった。
元々、打越氏はK氏の無念を晴らすという心意気でネットラジオでK氏から聞いていたことを話したのだ。それを未亡人が名誉毀損だとして訴えてきている。
そのK氏が証言しようというのである。これほどインパクトのある話はない。

それと関連があるかどうか、なにより事実かどうかはわからないが、テレビ制作会社の社長が躍起になってK氏の転居先を探し回っているという噂も流れている。
これが事実だとすると、やはりK氏はなんらかの脅しをかけられていて、これまで黙っていたのではないかと想像される。

また、これは関連性は薄いと思われるが、殉愛騒動を3号にわたって掲載してきた月刊宝島が休刊することもわかった。雑誌が休刊する理由と言えば発行部数の低迷が一番だろうが、それにしては月刊宝島は頑張ってきたほうだと思う。おそらく殉愛騒動は無関係だろう。なにより、宝島は「月刊」よりも「別冊」のほうが部数は出ているだろうし、「殉真」も「別冊宝島」として発売されても何の違和感もない本だった。

あらためて時系列を振り返ってみると、マスコミが取り上げないと言われているこの騒動だが、年末から年始にかけてかなりの雑誌で取り上げられていたことを思い出す。
SPA!、サンデー毎日、週刊文春、週刊朝日、週刊新潮、FRIDAY、FLASH、女性自身、WILL、婦人公論、そして宝島。もちろん、スポーツ紙でもなんども取り上げられてきた。
にもかかわらず、テレビのワイドショーではほとんど取り上げられていない。

芸能レポーターでたかじんとも親しかった井上公造氏は、民事訴訟だと視聴率が上がらないとツイッターで発言していたが、それは嘘だ。ワイドショーが過去にどれだけの芸能人にまつわる民事裁判をネタとして取り上げてきたかを考えれば誰にでもわかることである。
これだけ雑誌が取り上げておきながら、視聴率が取れないと言う判断はない。雑誌だって、売れてナンボの媒体である。どちら側の視点で書くかの違いはあれど、あの時点では、この騒動はネタとして価値があると判断したから記事になったのだ。
さすがに、今の時点ではニュースとしての鮮度は落ちている。よほどのことがなければ雑誌ですら取り上げることはないだろう。関連訴訟の数々が順番に決着していけば、ニュースバリューも再び上がるかもしれない。


さて、そんなマスコミの反応とは関係なく、相変わらすネットでは熱は冷める気配を見せない。
このブログ自体も、殉愛関連のネタを書き続けているわけだが、それはひとえに真実が知りたいという想いからである。「殉愛」に描かれている2年間のかなりのエピソードは嘘だったことが明らかになった。当然ながらそこで人格すらも否定されているK氏、娘さん、親族の方々の姿も事実ではないと考えるのが妥当である。
隠された真実はどこにあるのかを知りたいというのは、これまでこの騒動を追いかけてきた者すべての想いだろう。

ところで、7月29日に放送されたネットの番組の中で、メインパーソナリティの竹内義和氏と八幡愛氏が次のような話をしている。(コードレスでいこか 7月29日放送分  33分ごろから)

(竹内)「実は、そうじゃなくて、フェイスブックでたかじんさんを見つけたさくらさんが『大ファンです』と言うてきて、向こうから『ファンです』『ファンです』ということだったと。ってことはまったく正反対じゃないですか。言うてみたら。そこの一番最初の出会いのところが大きく違ってる。ね、そらそうでしょう。ね、関西に住んでてね、(たかじんさんを)知らんわけないですよ」
(愛)「そうですよね。私もどこから聞いたかは言えないんですけど、結構、ストーカーまでとは言わないですけど、結構マメに駆けつけてたと言うのを聞きましたけどね、現場に」
(竹内)「なんかね、もう仕方ないから、一回会おうかなと言うてた、とかね、たかじんさんがね」
(愛)「それと、あと、計算して、たまたまを装って会ってみたりとか」
 ~(中略)~
(竹内)「やっぱり、たかじんさんみたいな人を射止めようと思ったら、それなりのことをする。これは、女性として当然のことやと思うんで、そこは悪くはない。ただ、それを『まったく知らなかった』とね、そういうことを書くっていうこと自体がよろしくないなと。何か意図があるのかなと勘繰られてもしかたないなってね」


竹内氏は、この話をたかじんの弟さんと親しい人から聞いたと言っている。

「殉真」の中にも、同様の記述がある。
角岡伸彦氏による取材でKマネージャーが語っている。
「彼女(さくら氏)とは、フェイスブックで知り合って、彼女の方から猛アタックがあったと師匠(たかじん)から聞きました。(後略)」
この取材は、角岡氏がノンフィクション「ゆめいらんかね」を書くために行われたもので、「殉愛」の発売よりもずいぶんと前のことである。

「殉愛」に書いてあるように、たかじんが未亡人がフェイスブックのプロフィール写真に載せている犬を見つけて「可愛い犬ですね」とメッセージを送ったのがきっかけで、12月25日にパーティで出会うまで、お互いに顔も知らなかったというストーリーと、未亡人がたかじんのフェイスブックページにメッセージを送り、猛アタックして出会うことになったというストーリー。
どう考えても、後者のほうが納得できる話である。

ところが、その妄想としか思えないストーリーを裏付ける証言をする人物がいる。
たかじんと30年来の親友だというM氏である。

彼は、たかじんが未亡人と初めてリアルで出会うクリスマスパーティの席に居合わせている。
その席でM氏は、未亡人を見て、あまりにもたかじんの好きだった女性にそっくりだったので驚いている。そして、そのときの状況を「殉愛」で証言するだけでなく、金スマの中の取材VTRでも「(未亡人はたかじんのことを)知らんかったんちゃうかなぁ」と語っている。

K氏がたかじん本人から聞いた話と全く違う証言だ。
どちらかが嘘をついていることになる。しかし、どちらにしても、何のために嘘をつくのだろう。
「殉愛」の発売後に自分を貶められたK氏が汚名返上したい一心で嘘をつくのなら、ありえない話でもないかもしれない。しかし、インタビューは「殉愛」発売どころか、百田氏が「殉愛」の執筆をはじめているかどうかさえわからない頃の話である。もちろんK氏は「殉愛」で自分が無能で薄情な人間だと描かれることなど思いもよらなかった頃である。

K氏と未亡人が揉めていたことは事実だと思われる。そのためにわざと未亡人を貶めるために嘘をついたということも考えられる。しかし、それにしては角岡氏の取材以外でK氏が何も発信しないのも不自然だ。「殉愛」発売以後の各雑誌記者からの取材にも応えていない。未亡人を貶めるチャンスはいくらでもあったのにである。


「殉愛」にM氏は4度登場する。2度目は京都の友人たちと一緒のとき、3度目はハワイで療養中に番組制作会社の人間と一緒に訪ねて(おそらくたかじんが呼んだ)いったとき、そして4度目はたかじんが亡くなってすぐである。

未亡人が、たかじんが亡くなって一番最初に連絡したのがM氏である。
単なるたかじんの友人で、番組制作会社の連中よりも顔を合わせる機会も少なかったはずなのに、なぜか未亡人はM氏を頼っている。
「殉愛」でも、最初のパーティでのシーンでM氏のことを「後に何度もさくらを助けることになる」男性と紹介している。ただし、実際にM氏が未亡人を助けることになるのは、たかじんが亡くなってからである。

たかじんが生きている間には、3度未亡人と会っていることになるが、2年間で3度というのはけっして多いほうではない。いつのまに未亡人は、これほどまでにM氏を頼るようになったのだろうか。あるいは頼らざるを得ない状況だったのだろうか。


2014年1月3日の未明にたかじんが亡くなって、その日の午後に「ハニー(たかじん)がちょっと話したいことがあるって言ってます。今日、来てくれますか」と未亡人はM氏に電話で伝えている。
M氏は、午後7時前に「あけましておめでとさん」と六本木のマンションを訪れている。まだたかじんが亡くなったことを知らず、年始の挨拶ぐらいのつもりだったのだろう。

午後に連絡をもらい、M氏の自宅から京都駅までの時間は不明だが、午後7時前に六本木のマンションに着くのはおかしくはない。ただ、この日は違っていた。
この日、有楽町駅の近くで火事があり、東海道新幹線は大混乱だった。新幹線の運行は午後には再開しているのだが、それまで5時間あまり全線で運転を見合わせていて、ダイヤは大幅に乱れている。106本が運休し、238本に遅れが生じていたのである。この日はUターンラッシュも始まっており、新幹線の各駅は人であふれていた。京都駅も例外ではない。

急に東京に行こうにも自由席ですら簡単には乗車できない状態だったと思われる。
いくら親友に呼ばれたからと言って、そこまで無理して行くものだろうか。もちろん、たかじんが亡くなったと聞いたのであれば、何をおいても駆けつけたであろう。しかし未亡人はそのことは伝えていない。M氏ののんびりした年始の挨拶からもそのことは窺われる。
普通であれば、「行こうと思ったけど、新幹線が大変なことになってるから明日でもいいか?」ぐらいのことは言いそうなものである。

ここからは想像力を膨らませてみよう。
二つの答えが浮かんでくる。
M氏はもともと東京にいたのか、未亡人からの電話でたかじんの死を知らされていたか。
どちらにしても、わざわざ嘘を書かなければいけない理由がわからない。東京にいたとしてしても、亡くなったと聞いて駆けつけたとしても、ストーリーには何の影響もない。
やはり、たかじんの最期には隠さなければならない出来事があったのではないだろうか。

こう考えると、M氏による出会いについての証言も信憑性が薄らいでくる。出会いは未亡人からのアプローチだったとして、なぜここまで隠さなければならないのか。出会い自体にも隠さなければならない事情があったのだろうか。そして、M氏には嘘の証言までして隠したいものがあるのだろうか。


8月31日の法廷でのK氏の証言も重要だが、ぜひM氏にも真実を語っていただきたいものだ。
ころころと変わる未亡人の証言や、彼女の話をそのまま鵜呑みにしている百田氏の証言など、いくら聞いても真実は見えてこない。殉愛騒動のキーパーソンとなるM氏がすべてを語ってくれる日がくることを心から願っている。

追いつめられて・・・

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~はじめに~

いつも、ブログを読んでくださってる方の中には、前回の「番外編」の結末が気になっている方もいらっしゃるのではないかと思います。

前々回のブログのコメントにma様より頂きましたご意見に対して、前回の番外編でお答えした後、ツイッターでもやり取りをさせていただきました。ツイッターでのやり取りをここで取り上げるのは、マナーに反すると思いますので控えますが、ブログのお答えに対しての再確認のようなものでした。それに対しても一つ一つお答えしました。その件については、その後反論やご意見はいただいておりません。
ブログのコメントでいただいた4点の疑問については、ma様もご納得いただけたものと理解しています。

前にも書きましたが、いろんな視点で物事を考えるのはとても勉強になります。
真相を追及しようとすると、つい思い込みに捉えられてしまい、真実が見えなくなることがあります。
そんな時に、反対のご意見をいただき、議論することは、とても有意義だと思っています。
いろいろな角度から見ていくうちに、徐々に真相に近づいていけるのだと思います。

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さて、その「温井メモ」が焦点となっていた、未亡人による「殉愛の真実」出版差止仮処分申請が取り下げられていたことが明らかになった。
その申請とは、「温井メモ」の著作権を侵害しているとして、未亡人が宝島社を相手取って裁判所に申し立てたものだが、そもそもなぜ著作権侵害だったのかが謎だ。

普通に考えれば、「殉真」で徹底的に過去を暴かれ、とんでもない女として描かれたのだから、名誉毀損が妥当なところだ。
昨年末にたかじんの一番弟子であった打越氏は名誉毀損で訴えられている。
打越氏がネットラジオで喋った内容のほとんどは、雑誌記者の取材でわかったことやKマネから聞いたことばかりだった。ごく一部は、たしかに引っ掛かるのかもしれないが、その後、事実だったことが明らかにされたことも多々ある。
噂によると、原告側から示談の話も出てきたみたいだが、打越さんはきっぱりと跳ね返しているという。
未亡人は、打越さんの他にもサンデー毎日、女性自身を名誉毀損で訴えている。たかじんの古くからの友人であるA氏も訴えていたが、こちらは示談(和解)で終わっている。

それらに比べると「殉真」の内容はもっと辛辣なものだった。
徹底的な取材で、これでもかというぐらい未亡人のサイコっぷりをあぶり出し、読んでいて「こりゃ、完全に煽ってるな。名誉毀損で訴えさせるのが目的だろうか」と思ってしまったぐらいだ。

なぜ名誉棄損ではなく、著作権侵害なのか。
名誉毀損で訴える材料は、いくらでもあったはずだ。
Kマネの証言、前妻の述懐、弟さんの証言、元夫M氏とD氏の証言など、これまでの「殉愛」に描かれた未亡人像がことごとく覆されている。

名誉毀損となると「殉真」のメインともいえる、温井メモの真贋について書かれた第5章にも触れないわけにはいかない。ここで、ずばり「私文書偽造等の罪」(刑法第159条)及び「偽造私文書等行使罪」(刑法第161条)に問われる可能性が高いと書かれている。
犯罪の可能性があると書いてあるのだ。これほどの名誉毀損があるだろうか。

ところが、そうなると、メモの真贋について公の場で争うことになってしまう。
弁護団としては、圧倒的に不利だと判断したに違いない。だからと言って第5章に触れずに訴訟となると、あのメモが偽物であると自ら認めてしまったことに等しい。

そこで出てきた妙案が「著作権侵害」だった。
著作権なら、どんな文書であれ権利を主張することは可能である。
たかじんが書いたものか、第3者が書いたものかは別として、書いた人間の著作権は主張できるわけだ。
メモの真贋に関係なく、出版差し止めが認められる可能性もあった。宝島社は著作権者に許可の取りようがない。見方を変えると、著作権者に無許可で出版したという理屈になってしまう。
もし出版差し止めが認められると、著作権侵害が認められたと言うことにもなる。裁判所は、著作権者が誰かを確認したわけではないが、未亡人としては著作権侵害が認められたのだから、自分が正式な相続人だと裁判所が認めてくれたとすり替えることもできただろう。

これは、まったくの詭弁である。詭弁ではあるが、印象としてはメモの信憑性を高めることができる。
未亡人サイドとしては、誰かの著作権を侵害している恐れがあるので、ひとまず出版は差し止めましょうという判断を裁判所に求めたのではないだろうか。

しかし、著作権を主張できるのは、当たり前の話だが著作権者である。
未亡人としては、どうしたって、このメモがたかじんによるものでその権利を相続したと言わざるを得ない。
それに対して、宝島社の論点はメモは偽物だというものだ。必然的にあのメモが誰の著作物かを争う展開となる。

宝島社からの答弁書を見て、争点がメモの真贋になることが明らかになった時点で、訴えを取り下げざるを得なくなったのではないだろうか。
メモが偽物であり、なおかつ未亡人が書いたものだということになれば、以前にも書いたが未亡人は相続権すら失いかねない。あのメモの真相が明らかになることで、刑事罰に問われるだけでなく、相続欠落の可能性すら出てくるのだ。

相続欠落とは、民法に定めのある、相続資格がある者が被相続人や他の相続人の生命や遺言行為に対して、故意の侵害をした場合に、相続権を失わせる制度のことだ。
「温井メモ」の件は、民法891条5号の「相続人が、相続に関する被相続人の遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した場合 」にあたると言えるのではないだろうか。

平成9年1月の最高裁判決によると、民法891条5号の相続欠格事由については、相続人が不当な利益を得る目的がある場合に限り該当するとしている。
遺言書を見れば、たかじんの遺志の第一としては、桃山学院に寄付することである。先方が寄付は不要だと放棄して初めて未亡人が受け取ることになっている。
あの温井メモが未亡人の手によるものだとすれば、たかじんの遺志を捻じ曲げて不当な利益を得る目的があったのは明白だ。遺言書そのものの偽造ではないが、故人の遺志を捻じ曲げて自己の利益のために私文書を偽造したわけで、欠落事由にあたるのではないだろうか。

いずれにしても、そこに見えてくるのは未亡人のお金への執着の凄まじさだ。
考えてみて欲しいのだが、未亡人は「殉愛」の内容はすべて真実ですと何度も主張している。
その「殉愛」の中の未亡人は、イタリアに行ってネイルサロンを立ち上げ、たった2年でスタッフを抱えるほど成功しており、伯父の秘書時代には株式の運用を任され、これもたった2年で1億円近い利益を出すようなスーパーウーマンである。しかもその伯父は困ったときには何も聞かずにポンっと5千万をくれるほどの人物であり、たかじんからお金の話を出されるたびに「お金なんていらない」と返事をするほど、未亡人はお金には困ったことがないという設定である。
それが事実であれば、たかじんも知らないはずがない。そのたかじんが未亡人の生活の心配などする必要がどこにあるというのか。

今回の申し立ての取り下げを受けて、あらためて名誉毀損で訴えてくるのではないかとの憶測も流れているが、その可能性は低いと思っている。
そんなことをすれば、あのメモが争点になることは必至である。たとえ訴状に「殉真」第5章を入れなかったとしても、宝島社側は必ず法廷に持ち出してくる。追いつめられているのである。
もし、名誉毀損で訴えてくるようなことがあるとすれば、未亡人側弁護団はよほどのバカか、思いもよらない奇策を弄する天才かのどちらかである。


ちなみに、宝島「殉愛騒動」取材班は、「殉真」第4章(未亡人の生い立ちから、2度の結婚相手への取材)、第5章(「温井メモ」の検証をはじめとする未亡人のお金に対する執着心)について、事実関係を確認すべく、未亡人と百田氏に配達証明郵便で取材を申し込んでいる。
その回答は、両人の代理人弁護士から内容証明郵便で届いた<記事を掲載、配信等することがないように>という「警告書」であった。事実関係については、何もコメントをしていない。

ノートに書かれた手紙 番外編

前回、前々回のブログに対して、ご意見をいただきました。
与えられたヒント(「殉愛」、「殉愛の真実」、その他ネットで明らかになった事実)が限られた中で、事実を検証していく際に一番大切なのは、違った視点からの推論です。
その推論を積み重ねていけば、真実に近づいていけるのだと思っています。

さて、いただいたコメントをあらためてご紹介します。


>Y弁護士とともに温井氏に面会し、Y弁護士に知られないように遺贈放棄を迫り、その3日後に未亡人が単独でこのメモを見せているのだ。その3日の間にメモを見つけたのか、書いたのか。

。各前すでに温井氏から寄付金放棄の了承を得ているのに、なぜわざわざ偽造メモをつくる必要があったのか。

偽造メモなら当然、便箋等を使い誰もが疑問に思うノートになど書かないだろう。

5饗い垢觝檗誰でもお手本を真似るものなのに打越氏が「ひと目みて笑った、あれはたかじんさんの字じゃない」と言われるほど違う字は書かないだろう。

Y弁護士は付き添って来たのに知らないはずがない。
席を外したのは「隠し持つことも考えたが」「弁護士も頼りないねん」という言葉からも解るように弁護士が不正に加担したことにならないよう、アリバイをつくったのだと考える。


Y弁護士は、立場上(弁護士としての守秘義務)話せないことがたくさんあると思います。
本当は、彼が知っていることを公にしてくれれば、真相は明らかになるのでしょうが、期待はできません。


。拱杆郢里般に歓佑たかじんの遺贈を伝えに来たとき、未亡人がY弁護士に席を外すように言い、二人になったときに「実は、私はお金に困っている」「寄付を放棄して欲しい」とお願いされています。それに対して温井校長は「寄付を検討してもいいですよ」と伝えています。そして「ただし、あくまで寄付の対象は学校法人なので、いくら家鋪君の友人といっても、校長である私の一存では決められない。理事会に諮らせてください」と伝えています。(「殉真」p233)
寄付金放棄を検討するとは仰ってますが、約束まではされていません。そのために温井校長が理事会を説得するための材料が必要だと考えたのではないでしょうか。

△修Δ覆鵑任后それがおかしいのです。たかじんが温井校長に当てた私信(信書)を書くときに便箋でなく、ノートに書くとは到底思えないのです。偽造メモだとしても、なぜノートなのかは理解できません。しかも、他に公開されているメモが書かれたリングノートではなく、大学ノートに書かれているのも不思議です。

B捻曚気鵑蓮△劼般楔て笑ったとは仰ってません。どちらかというと奥さんや女性自身の記者に言われて「ほんまや」と気がついたと仰ってました。特に「温井メモ」とも仰ってません。

づ躬崖惘,暴亳く前の1月中旬に、Y弁護士は未亡人から「自宅金庫の中の現金は、私のものだったことにして欲しい」と言われ、遺言執行者として、「自宅金庫内の現金はたかじんの相続財産であるという認識だったので、そのようなことは、未亡人の将来を考えても絶対にしてはいけない」と強く説得しているのです。
そして、1月29日に未亡人から呼び出され、なぜかその場にボーイズの相原社長が同席し、二人から遺言執行者を降りてくれと言われています。(遺言執行者解任の審判に提出されたY弁護士の陳述書より)
桃山学院に出向くのは2月5日です。その時点で、未亡人はY弁護士を全く信用していません。それどころか、遺言執行者から外すつもりだったのです。
これは、あくまでも推論になりますが、Y弁護士はたかじんに指名された遺言執行者として、すみやかに桃山学院への寄付を実行しようとしていたのだと思います。
Y弁護士が、未亡人に協力したとは考えられません。


まだまだ、真相はわかりません。議論を重ねていければ少しでも真実に近づいていけるのではないかと考えています。読者の皆様のご意見も広くお待ちしております。

ノートに書かれた手紙 その2

たかじんの遺した数々のメモを読んでいると、しっくりこない表現がいくつか見られる。

「ありもない」 「会えんくなる」 「さくらのが向いてる」 「奴らばっかか」

いずれも、年配の男性はあまり使わない表現だと思う。
特に「ありもない」には違和感がある。ネットで検索してもまったくヒットしなかったので、単なる書き間違えかとも思ったが、ツイッター内検索をすると結構出てきたので驚いた。
知らないうちに若い世代の間では使われるようになっていたのだ。
アカウントやツイートの内容から判断すると35歳ぐらいから下の世代だと思われる。

「会えんくなる」も若い世代の言葉である。新方言と呼ばれる、日本各地の方言で比較的新しく成立した表現であるらしい。若い世代とも交流があったたかじんのことだから、これらの言葉を知っていた可能性は高い。話し言葉の中で使っていたことも考えられる。しかし、慣れ親しんだわけでもない表現をわざわざ文字にするとも思えない。
プロファイリングに詳しいわけではないが、これらのメモを書いた人物像として、60過ぎの男性は浮かんでこないような気がする。関西弁のコテコテな感じの中にも若さを感じてしまうのだ。



その「ありもない」が出てくる「温井メモ」であるが、「殉真」の取材で明らかになったように、たかじんの書いたものとするには無理がある。その一番の論拠が12月23日の日付であった。23日の時点で寄付先には桃山学院がなかったというものである。
たかじんが書いたものでないとすると、書いたのは未亡人自身であった可能性が高い。Y弁護士とともに温井氏に面会し、Y弁護士に知られないように遺贈放棄を迫り、その3日後に未亡人が単独でこのメモを見せているのだ。その3日の間にメモを見つけたのか、書いたのか。
たかじんが亡くなってまだ2ヶ月も経っていない、悲しみに打ちひしがれているはずのこの時期にしては、驚くべき行動力と精神力だ。

同じような出来事がもうひとつある。桃山学院への返還交渉を試みる直前の1月中旬のこと、未亡人はY弁護士に「金庫の中の1億8千万円は自分のものだということにしてほしい」と言い出す。さすがにY弁護士はそんなことはできないと断るのだが、数日後には、あの金庫の現金は業務委託料だから自分のものだったと主張し、たかじんが書いたという業務委託契約書をY弁護士に見せている。
自分のものにして欲しいというお願いだったのに、数日後には証拠の書面を持ってきて、あれは自分の金だという。

温井メモにしろ、業務委託契約書にしろ、そんなものがあるのなら、なぜ最初に出さないのか?
誰がどう考えたって「あんた、書いちゃったでしょ」とツッコミを入れたくなるはずだ。


それでも、まだあのメモは本物だと信じている、いや信じたいという純粋な方もいるようだ。もう少し、別の観点でこのメモについて考えてみよう。

あのメモが本物だとすると、12月23日の時点で寄付先として、たかじんの頭の中に桃山学院への1億円があることになる。
大阪市・・・3億円
あかるクラブ・・・2億円
盲導犬協会・・・1億円
A学園・・・1億円
桃山学院・・・1億円
つまり、寄付金として合計8億円を考えていたことになる。

では、たかじんの現金資産はいくらだったのか。
マンションの金庫には合計2億8千万円あったのは確かだ。たかじん自身も3億ぐらいあるはずと言っている。
残りは銀行預金だが、12月にあかるクラブと桃山学院に寄付を実行する際に、未亡人からは数千万しか入金されなかったので、預金を約半分取り崩したと「殉真」には書いてある。
数千万がいくらなのかがはっきりしないところだが、常識的にみて4千万から6千万というところか。残りの2億5千万ほどが銀行預金の約半分ということになるので、もともとは5億円ほどだったと思われる。
となると、現金資産は約8億円程度だったと考えられる。

なるほど、全預貯金で8億円の寄付をすることは可能である。
ここまでは、特に問題はない。23日の時点で桃山学院も候補として考えていたとしてもおかしくはない。メデタシ、メデタシと言いたいところだが、ことはそう簡単にはいかない。

これは、死が迫っていることを悟ったたかじんと未亡人の会話である。

「でもお金なんかいらない」
さくらが言うと、彼は少し間を置いて静かな口調で言った。
「ほんなら、お金は寄付してもええか」
「いいよ。ハニーが稼いだきたお金だもん」
「でも二人の貯金はさくらのものや・・・(略)」
(中略)
たかじん名義の預金は全額寄付。寄付先は大阪市、親がいない子供たちの施設、盲導犬協会というものだった。
(「殉愛」p364)

未亡人に「お金なんていらない」と言わせておいて、たかじんに「貯金はさくらのもの」と言わせている。実に巧妙に「金庫の現金は未亡人のもの」ということを匂わせているではないか。
さすがはベストセラー作家と言いたいところだが、百田氏は未亡人の話をそのまま飲み込んで、消化もせずに丸ごと吐き出しただけなので、これは未亡人のテクニックというべきだろう。

それはさておき、注目したいのは預金と貯金とをはっきりと区別していることだ。「たかじん名義の預金」とあることから、これは銀行預金分のことだろう。しかし、それだと約5億円しかない。寄付すべき8億には3億足りない。金庫の中のお金も含めれば寄付は無事に実行できるが、未亡人に遺すはずの「二人の貯金」がなくなってしまう。すべて真実であるはずの「殉愛」ストーリーが嘘になってしまう。

たかじんは、未亡人に現金を遺す気はなかったのかというと、そうでもないらしい。

K氏がたかじんに、彼の死後、さくら氏が介入してくるのではないかという懸念を示すと、「そんなことわかってる。あいつにはこれで黙らせるから」と言い、親指と人差し指で〇をつくった。(「殉真」p100)

愛からなのか、手切れ金なのかは別として、たかじんが未亡人に現金を相続させようとしていたことは確かなようだ。「殉愛」に書いてある献身的な看護の中身については、とてもそのまま鵜呑みにできる代物ではないが、いつもたかじんのそばであれこれと世話をしていたのは紛れもない事実だろう。その見返りとなるべき報酬分と身を引くための慰謝料として、最低でも1億円ぐらいは考えていたのではないか。普通なら1億円もの大金を渡されれば、誰だって黙って引き下がると考えるだろう。

そこから考えられるのは、当初たかじんの頭にあったのは大阪市3億円、あかるクラブ2億円、盲導犬協会1億円、A学園1億円、未亡人の報酬分として1億円の合計8億円ではないかということだ。
30日になって盲導犬協会とA学園が候補から外れ、急遽、寄付先として「桃山学院に1億円」が浮上したわけだが、これによって未亡人の取り分は2億円ということになる。寄付総額を7億円にしようと思えば、桃山学院に2億円でも構わなかったはずだ。
ただ、この時点では麻薬、睡眠薬の濫用でたかじんはまともな思考もできなかったであろう。

そこで、少し考えを飛躍させてみよう。
たかじんは娘さんへ大金を遺すことを良しとしなかった(何故そう考えられるのかについては当ブログ「殉愛」の真実〜残された謎〜で推察しています)と思われるが、何もないというのは後々禍根を残すのではないかとY弁護士が考えたというのはどうだろう。彼が娘さんの取り分として1億円を確保したという見方もできなくはない。
そう考えれば、「殉真」に書かれた、娘さんへの1億円工作の話も筋が通ってくる。



もし本当に、たかじんが全現金資産の8億円全額を寄付しようと考えていたとなると、たかじんは未亡人に現金を一切遺すつもりがなかったことになり、「殉愛」にあるたかじんの「貯金はさくらのもの」という言葉は未亡人が捏造したということになる。「殉愛」で百田氏に嘘を書かせたということになる。

反対に、たかじんが未亡人のために現金を遺そうと考えていたのなら、最初は桃山学院への寄付は考えてなかったことになる。つまり「殉真」の検証どおり、「温井メモ」は捏造されたものということになる。


どちらにしても、嘘が入っていなければ成立しない話なのだ。
どちらにしても、未亡人のお金への執着が見えてくる。

(略)私は遺言書(コピー)をこの目で見ているが、たかじんの預金は全額寄付することになっている。(中略)これらの金をさくらはまったく望まなかった。彼女が受け取ったのは、預金以外の大阪と東京のマンションの権利その他だけだ。(「殉愛」p412)

これらの金をまったく望まなかったというのは、悪い冗談にしか思えなくなってくる。
百田氏が見たという遺言書のコピーすら、本物なのか疑わしくなってくる。「殉愛」では、寄付先として盲導犬協会とA学園が書かれていて、桃山学院の名前はどこにも出てこない。本物の遺言書には寄付以外の現金、京都、東京、ハワイにあるマンション、その他所有する株式、動産、債券すべてを未亡人に相続させると書いてある。
百田氏が未亡人から見せられた遺言書には何が書いてあったのだろうか?
それとも、百田氏はあえて嘘を書いたのだろうか。

百田氏はいとも簡単に未亡人を全面的に信用してしまい、あかるクラブへ遺贈放棄の交渉にまで立ち会っている。もう少し人を観察する力があれば、うまく出来すぎた話を疑って検証する能力があれば、芥川賞も狙える素晴らしい小説家になっていたのかもしれない。
騙されたことを認めることは、自分のプライドを傷つけることにもなるのはわかるが、そのプライドに頑なにしがみつく姿は見ていて痛々しい。
ここまで未亡人の嘘の数々が明らかにされてきても、未だに自身の公式ホームページにある「殉愛」の書籍紹介欄にはこう書いてある。

”やしきたかじんの最後の二年間を描いたノンフィクション。一部のアンチからは「捏造だ」と謂れのない非難を受けているが、本書に嘘はない。内容には絶対的な自信を持っている。”


ノートに書かれた手紙

最近ツイッターで、「温井メモ」についてのやりとりを目にすることがあった。
今ごろになって、まだあのメモは本物だという主張をされている人がいることに驚いた。
このメモの真贋については、「百田尚樹『殉愛』の真実」(以下「殉真」)において目玉ともいえるテーマとなっており、筆跡鑑定だけではなく、丹念な取材でその内容の矛盾を浮かび上がらせ、偽物だと結論付けている。
そのメモを本物だと信じ、宝島の記事は「与太記事」とまで言い切っているのである。

本物だとする根拠としては、
1.筆跡鑑定自体が疑わしく、たかじんの真筆を否定するだけの根拠に欠ける。
2.温井校長の証言は、あくまでも個人の主観なので証拠とは言えない。
3.メモの日付(12月23日)の時点で、寄付先として桃山学院も候補に上がっていたかもしれない。
というものである。

確かに、言われてみればいずれも確定的証拠とは言い切れないところもある。
いい機会なので、この「温井メモ」について考えてみる。

まず、このメモについてあらためておさらいをしておこう。
このメモ自体は、「殉愛」の本文にも、カバー写真にも出てこない。初めて公に人目に触れたのは、11月7日の「殉愛」発売日に合わせて放送された「金スマ」で映されたものだ。

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メモと言われているが、見てのとおり体裁は温井氏に宛てた手紙である。
簡単にまとめると、
「桃山学院に寄付したことにして、裏でさくらに金を戻してほしい」
ということだ。
何でそんな胡散臭いことを頼むのかというと「税金を払いたくないから」である。
日本の総理大臣を再起させ、タレント弁護士を大阪府知事として送り出し、大阪の未来を真剣に考えていた男が、たまたま高校の同級生で、日本の将来についても語り合うことのある出身母校の校長、つまり聖職者に対して脱税を手伝って欲しいというお願いである。

あれこれ議論する前に、誰が考えても胡散臭い話である。

あまり重要ではないが、おかしな大阪弁も目に付く。
「ありもない」という言い回しは、大阪弁ではあまり聞いたことがない。
言うとすれば「ありもしない」もしくは「ありもせん」となる。
同じ関西と言えども、どこかの地域では使う言葉かもしれないが、大阪市内ではあまり聞いたことがない。
「ありがとうやで」というのも会話では使うこともあるかもしれないが、文字にすることはほとんどない。
ただ、これについては個人的感想なので深追いはしない。

さて「殉真」では、このメモの文字(赤い点線で囲んでいる文字)の筆跡鑑定が行われている。
結果は、たかじんの筆跡とは一致しないというものだった。
裁判では、筆跡鑑定は一つの証拠となる。ただし、それが決定打になるかは別の話だ。
数々の証拠を総合して判断するのが民事裁判である。
そこは、「殉真」を書いた宝島の取材班も十分に承知しており、筆跡鑑定の結果は大して重視していない。

12月29日、たかじんはY弁護士、Kマネージャーと遺言の打ち合わせをしている。その内容は、Y弁護士が未亡人から遺言執行者解任の申し立てを受けた際に裁判所に提出した陳述書に書かれている。
大阪市に3億円、あかるクラブに2億円、その他の寄付先についてたかじんは「日本盲導犬協会の大阪支部(あくまでも大阪であること)に1億円寄付する、かつてABCのディレクターで一緒に仕事をしていたM氏がやっている親のいない子供たちのための施設のA学園に1億円寄付する」と言っている。

ところが、29日深夜にY弁護士が遺贈先の現状をネットで調べたところ、M氏はA学園を既に辞任していること、日本盲導犬協会に大阪支部がないことがわかった。
その結果を受け、たかじんの意向を確認したY弁護士は陳述書の中でこう述べているのだ。
「たかじんさんは、A学園と盲導犬協会の寄付はやめると仰り、それに代えて、自分がお世話になった母校の桃山学院高校に1億円寄付するとのことでした」

上のメモの日付を確認し欲しい。ここでは12月23日となっている。
この時点で、桃山学院高校の名前が寄付先として出てこないどころか、たかじんが寄付をしてもいいかと未亡人に確認するのは12月25日である。(「殉愛」p364)
たかじんの預金は全額寄付。寄付先は大阪市、恵まれない子供たちの施設、盲導犬協会となっている。
つまりこのメモが書かれた12月23日に桃山学院の寄付の話はなかったのだ。桃山学院の寄付の話を書けるのは、12月30日以降のはずだが、この日は危急時遺言の手続きをしており、たかじんは文字を書くことが出来ない状態だった。
この事実をもって「殉真」では、この温井メモは偽造されたものと断定しているのだ。

この事実をひっくり返すのは簡単ではない。
そこで、メモは本物だというために出てきた理由が「3.メモの日付(12月23日)の時点で、寄付先として桃山学院も候補に上がっていたかもしれない」というものだ。
しかし、それはどう考えても強引というものだ。
30日になってY弁護士に「A学園と盲導犬協会の代わりに桃山学院に寄付する」とたかじんは言っている。もしも、桃山学院も寄付先としてたかじんの頭の中で候補に上がっていたとしても、A学園と盲導犬協会に予定通り寄付されていたら、桃山学院の寄付はなかったということだ。寄付するかどうかもわからない先に、こんな非常識な、しかし未亡人の生活を左右するような依頼をあらかじめ書いておくというのは、どう理解すればいいのか。

そもそも、桃山学院の経営は安定しており、その証拠に一度は温井校長も寄付を放棄しても構わないとまで考えているのだ。
平成14年の2月5日、遺言執行者(当時)のY弁護士から「たかじんさんの遺言に基づき、桃山学院に寄付がなされることになりました」ということで温井氏はリーガロイヤルホテルに呼び出された。
その場に同席した未亡人は、Y弁護士に席をはずすように言い、「実は、私はお金に困っている」と言い出し、「寄付を放棄して欲しい」とお願いしたという。

そのときに温井校長は「家鋪君の遺志は本当にありがたいが、正直、うちの経営は安定していて、何がなんでもお金が欲しいという状態ではない。(中略)寄付の放棄を検討してもいいですよ」と未亡人に伝えている。
その後、すぐに未亡人から「1対1で会いたい」と温井校長の携帯に電話があり、校長室で会うことになるのだが、その際たかじんの遺骨の入った骨壷と一緒に持ってきたのが、この「温井メモ」である。

お金に困っているわけでもない桃山学院に遺贈することは、たかじんは考えていなかったのではないか。
では、なぜ桃山学院がA学園と盲導犬協会の代わりの寄付先となったのか。
たかじんは、なんとしても必要以上のお金を未亡人には残したくなかったからではないか。


温井校長はこのメモを見たとき、すぐに偽物だと見抜いたという。
その理由は、まず第一に、話すときも手紙でもお互いに丁寧語でやり取りをしていたこと。第二に、家鋪君は極めて正義感が強い男であり、こんな不正を持ちかけるわけがないこと。第三に、二人が話していたのは天下国家のことであり、そんな彼が、金を隠し持って税金をちょろまかすなど、そんなセコイことを考えるはずがないと言うものだった。
このメモで決定的な不信感を抱いた温井氏は、
「まずは家鋪君のご遺志を尊重したい」「(学校法人として)寄付を受けると、その使い道は理事会で厳しくチェックされ・・・」と暗に寄付金を戻すことはないと未亡人に伝えている。

そもそも、温井氏とたかじんは、高校の同級生ではあるものの、その当時の記憶はほとんどない。幼なじみではなかったのだ。二人が出会うのは2009年より後、たかじんがあかるクラブの運営を任せていた桃山学院時代の後輩が二人を結びつけたのが始まりである。たまたま同級生だったことに気がついただけで、あのメモのような馴れ馴れしい間柄ではなかったのだ。

もう一度、メモを見返して欲しい。
「温井へ」で始まり、日付の後に署名があるこの文書は、どう見ても手紙である。
内容については、すでに述べてきたようにたかじんが温井氏へ宛てて書いたとは到底信じられない代物であるが、体裁は手紙である。
ところが、この文書は他のメモもたくさん書いてあるはずのノートの1ページに書いてあるのだ。
いつ見つけられるかもわからない、たくさんのメモ(百田氏によると1000枚以上あったそうだ)の一部に、こんな重要な依頼を書くだろうか。それも、私信の形である。
もしも本当にこのメモのような手紙をたかじんが書いたのだとして、温井氏の手元に届かない可能性を考えなかったとでもいうのだろうか。他のメモがすべて公になっているわけではないが、完全な手紙の体裁をしているメモはこれだけである。
手紙をノートに書くのだろうか?

それに、未亡人は、これほど重要な内容の文書を最初に温井氏に会うためにY弁護士とともに出かけたリーガロイヤルホテルの席になぜか持参しなかった。
やしきたかじんの遺志を忠実に遂行しようとするY弁護士に知られると不都合なことがあったのだろうか。


すべての状況証拠が、このメモは偽物だということを物語っている。
他のメモの書体もたかじんのものだと思えないという話は多々あるが、このメモは特別な意味をもっている。
未亡人にとって他のメモはともかく、このメモだけは絶対に本物でなければならない理由がある。
このメモが偽物だとすると、未亡人はたかじんの遺志を捻じ曲げ不当に利益を得ようとしていることになる。
私文書偽造や相続欠落(相続人の資格を失うこと)の可能性すらあるのだ。

「殉真」がこのメモを筆跡鑑定の材料にしたのも、そこが狙いだったのではないか。他のメモが誰の字であろうと、単に「殉愛」がノンフィクションだということを否定する材料にしかならないが、この「温井メモ」だけは違う意味を持っているのだ。
未亡人が「殉真」の出版差し止めの仮処分申し立てを起こした理由が、著作権侵害というのもここがポイントになっている。宝島社は「殉真」を出版した時点で未亡人から訴えられることを想定していた。言ってみれば、訴えられることで、数々の矛盾点を法廷で明らかにしていくこともできるというのが宝島社の狙いだったであろう。
訴えられるとすれば「名誉毀損」だと思っていたら、「著作権侵害」だったのは殉愛騒動ウォッチャーだけでなく「殉真」の執筆陣にとっても意外だったかもしれない。

ところが著作権侵害が認められ、「殉真」が出版差し止めになれば、あのメモはたかじんが書いたもの(著作物)であり、未亡人が正当な相続権者だと裁判所が認めるということになる。
名誉毀損で訴えていたとしたら、こういう理屈は関係なくなってしまう。だからこその「著作権侵害」だったのだろう。
「殉真」の執筆陣が仕掛けた罠に、するっと乗っかってきたようなも見えるが、実は周到に計算された上での仮処分申請だったのかもしれない。

未亡人にしてみれば、世間からどれだけ酷く言われようとも、このメモさえ本物だということになれば、遺産相続に問題はない。だから、どんな手を使ってもこのメモを本物だとしなければならないのだ。
宝島社側からの陳述書が提出されたこのタイミングで、ツイッターで「温井メモ」の信憑性を主張する人が現れると言うのも考えようによっては出来すぎた話にも思える。ただ、いくらあのメモは本物だと訴えたとしても、それを信じる人間が世の中にどれだけいるのだろうか?

最後にもうひとつ、最大の疑問がある。
未亡人、もしくは百田氏は、なぜこのメモを金スマで流してしまったのか?
「殉愛」のなかでさえ、百田氏は遺言書のコピーを見たと言っておきながら桃山学院の名前は書いていない。このメモの存在を知っていたからこそ、うかつに桃山学院の名前を出せなかったのだろう。
にもかかわらず、これほど大きな意味を持つメモを全国ネットで、しかもゴールデンタイムにテレビに出すということが全く理解できない。テレビに映し出されたばっかりに、細かいところまで検証され、ますます疑惑を深めてしまったのだ。
このメモのせいで温井氏が不信感を抱いたということに未だ気づかず、心のどこかで桃山学院が遺贈放棄を申し出てくれるのを期待していたのだろうか。それとも単に自分で掘った墓穴に気がつかなかったのだろうか。
もしかすると、それは当人たちにとっても最大の謎なのかもしれない。

嘘つきの中の真実

これまで、一度も嘘をついたことがない人なんて世の中にはいないだろうが、息を吐くように嘘をつく人はそんなにいるものではない。

ついた嘘がばれたときの対応によって、「嘘つき」と呼ばれるかどうかが決まる。
「嘘つき」と呼ばれる人は、嘘がばれたときに辻褄を合せようとして、また嘘を重ねていくのである。
嘘を嘘で繕いだすとキリがない。

以前にも書いた(息を吐くように嘘をつく人)が、「嘘つき」の中でも、本当にやっかいなのは自分でついた嘘を本当のことだと自分で信じてしまうタイプである。ある種の障害ともいえるのだが、他人を巻き込んで迷惑をかけていくという点では放置しておけるものではない。
単なる「嘘つき」なら周りが無視すれば本人が反省することもあるだろうが、この手の人間は自分で嘘をついているという自覚がないので始末に終えない。

このタイプを「空想虚言症」という。

<空想虚言症>
空想虚言症とは、自分の空想や妄想で思い描いたことが、あたかも本当のことのように錯覚し、やがて嘘を真実だと思い込むことです。

ですから、詐欺行為で相手から金銭を引き出すときも、虚言ではなく、本人なりの真実を以って相手の説得に当たります。

普通の演技なら、どこかしらに嘘のほころびが出てくるものですが、本人は嘘を言っているつもりはないので説得力があり、相手に嘘の内容を真実と思い込ませることに成功します。


(「犯罪心理学の基礎知識」より)

もしかするとたかじんの未亡人は、このタイプなのかもしれない。
「殉愛」では、百田尚樹が未亡人の記憶力に驚いている描写がある。
「日をずらして質問しても、何度質問しても記憶がぶれることは一度もなかった」(p406)

普通の人間の記憶というものは、曖昧なものである。それがくっきりと記憶されているというのは、普通ではない。それだけ、未亡人にとってたかじんとの闘病生活は命を賭けたものだったと百田氏はいいたいのだろうが、実際はすべて彼女の妄想の賜物だったからこそ、ストーリーにブレがなかっただけではないか。

この手の嘘つきにはもうひとつの特徴がある。
嘘がばれてしまったときに、ためらうことなく、時には以前に言ったことと矛盾していてもおかまいなしに、新しい嘘をつけることだ。



2014年1月7日午前11時、大阪のたかじんのマンションを訪れたタレントの遥洋子氏は、突然死を知らされる。
孤独な彼女だけには、テレビで俺の死を知らせるなというたかじんの意思だったという。とても感動的なエピソードであるが、このエピソードでさえ未亡人だけの真実だった可能性もある。
それはともかく、遥洋子氏がたかじんの家を訪れたその夜、マスコミを通じてたかじんの訃報が流れた。
当初の報道や、未亡人がテレビ番組に向けて書いた手紙などでわかったたかじんの最後はこうだ。

年明けにはハワイで療養するために準備をしており、大量のワインなども手配していたが、25日に風邪をこじらせハワイ行きを中止せざるを得なくなった。大晦日の夜は紅白歌合戦をダメ出ししながら観ていたらしい。
1月3日、自宅で食事をのどに詰まらせ救急搬送されるが、搬送先の病院で息を引き取っている。
そして、最後の言葉は先ほどの「ちょー、飲みに行ってくるわ」であった。
これらは、未亡人が会社を通じて公表したこと、未亡人が遥洋子に語ったこと、番組収録に訪れた未亡人が番組スタッフに語ったことなどをつなぎ合わせたものである。
すべて、未亡人の語った「真実」だ。

ところが、2014年の11月に発売された「殉愛」では全く話が変わっている。
12月25日には、痛み止めのクスリを飲み込むこともできず急速に弱っていくたかじんは自分の死をはっきりと意識し準備を始めるのである。この日以降、たかじんは水分を少し摂っているだけで食べ物は全く口にしてない。
30日に意識が朦朧としているような状態で遺言書を作成し、31日には下顎呼吸に陥っている。
それからは、生死をさまようような状態が続く。1月2日の夕方ごろにますます呼吸が困難になったところに睡眠薬を投与され、日付が変わった午前1時過ぎに静かに息を引き取っている。最後の言葉は「アイラブユー」に変わっている。

百田尚樹は3月3日にさくら氏と出会い、それから10日ほどで再会している。その場でたかじんとの2年間の話を聞き、この本を書くことを決める。取材中、百田尚樹の言葉を信ずるならば、未亡人の話は一貫しており、全く矛盾するところはなかったという。

ところが「殉愛」発売後、数々の矛盾を指摘されてからはいくつかの週刊誌が明らかにしてきたように、さくら氏は離婚暦やブログのこと、金庫の中の現金、遺言書などについての証言をコロコロと変えている。本人でさえどれが本当なのかがわからなくなっている様子だ。
特に週刊新潮による取材では典型的な姿が垣間見える。未亡人の話はインタビューの途中で話が二転三転してとても週刊誌として使えないものだったという。おそらくは、記者が矛盾点を指摘するたびに、新たな嘘を重ねていった結果なのだろう。

空想虚言症の特徴は、自分の嘘を真実だと思い込むところである。一度出来上がったストーリーが変化するには、嘘を指摘されるなどの外部からの刺激があった場合だと思われる。
週刊新潮の記者は、質問するたびに未亡人の記憶が次々とアップデートされていくさまを目の当たりにしたのだ。

つまり、たかじんが亡くなってまもなくのころの未亡人の中の「真実」は、百田氏と出会う3月には別の「真実」にアップデートされていたのである。それ以降、本が発売されるまでは3月時点の「真実」が保たれていると見られることから、何らかの刺激がなければ未亡人の中の「真実」は動かないと思われる。

では、本当の真実はどちらだったのか。あるいはいずれも虚構だったのか。

「殉愛」では12月30日に危急時遺言書を作成しているが、病院関係者や複数の弁護士が立ち会っているのでこれは事実だと思われる。その時点でたかじんが衰弱しているのを彼らは確認している。これだけ社会的な地位のある人たちの登場シーンが虚構だとは考えにくい。
1月7日に発表されたたかじんの訃報に一番驚いたのは、Y弁護士だろう。たかじんが亡くなったからではない。たかじんの衰弱している姿を知っていたからだ。
危急時遺言作成時のたかじんの姿を見ていれば、自宅に帰っていたはずがない、まして水分すらまともに喉を通らない人間が食べ物を詰まらせるはずがないと思ったのではないだろうか。

彼は遺言書作成過程で未亡人に協力し、後日、弁護士らしからぬ判断で娘さんに遺留分放棄を迫った人間である。たかじんの事務所の顧問弁護士であり、たかじんのおかげで政治家になった人物でもある。自分でも後ろめたい気持ちがあったはずだ。その彼が知っている事実と、未亡人が公にした(たかじんの最期を知っているのは未亡人だけである)たかじんの最期の違いに驚かないはずがない。

いずれ、このことが嘘だとばれてしまう時は来るだろう。そのときに遺言書作成の際の彼の判断が問題になるかもしれない。最悪の場合には政治家生命どころか弁護士生命まで絶たれるかもしれない。急いで何とかしなければ・・・。そう考えたとしても不思議ではない。
もしかすると、彼が未亡人の中の「真実」をアップデートさせることになったのかもしれない。


ところで、たかじんの利権をなんとしてでも守りたかったのは制作会社である。殉愛ストーリーは、この点で実によく出来ている。実際にはKマネージャーはたかじんから冠番組の終了を命じられ、また会社を解散したいというKマネの希望も認められている。制作会社からすれば、Kマネの存在はやっかいだったのだ。そのKマネやたかじんの親族を排除し、未亡人を利用して番組の存続を画したであろうことは想像に難くない。
おそらく、制作会社はたかじんの存命中から自分たちの生き残りをかけて、いろいろと策を弄してきたことだろう。そのひとつが未亡人を利用した番組利権の温存だった。

そのためには、殉愛ストーリーにあるようにたかじんが未亡人をいかに愛していたか、Kマネや娘さんたちがいかに酷い人間であったかを世間的に周知させていく必要がある。
番組の存続のために、新会社の設立と未亡人の意向こそたかじんの遺志であるという設定が不可欠になる。
そのために、未亡人とは綿密に打ち合わせをする必要がある。それが、未亡人の中の「真実」をアップデートさせたのかもしれない。

いずれにしても、2ヶ月の間に未亡人の中の「真実」はきれいに入れ替わっているのだ。
ただ、どうしてもわからないことがある。
なぜ、1月の時点で嘘をつく必要があったのかということだ。
食べ物を詰まらせたことにしなければならない理由があったのか?
病院で、亡くなったことに何か不都合があったのか?
「殉愛」ではあっけないほどに大雑把に描かれている、12月31日の朝に久保田医師が診察に来て下顎呼吸を確認してから、1月3日の午前1時過ぎに息を引き取るまでの60時間余りの間に何かが起きたのだろうか?

それを知っているのは未亡人だけであるが、彼女の中の「真実」はアップデートされてしまっているのである。

ボトムライン

注:この物語はフィクションであり、実在の人物、組織などは一切関係ありません。

~僕の人生に影響を与えてくれた、じんちゃんとたみおちゃんに捧ぐ~



「おはようございます!」
「あれ?啓介じゃないか。どうした?」
「いやあ、昨日楽屋に忘れ物しちゃって・・・」

啓介は、この店を拠点として精力的に活動しているロックバンドのボーカルである。
彼らはまだまだ学生バンドの域は出ていなかったが、憧れであったロックバンドのキャロル解散後の日本のロックは俺たちが背負っていくんだという意気込みだけはもっていた。
フォークソング全盛の時代にあって、ストレートなロックンロールバンドはマイナーな存在だったが、それでも啓介のバンドにはファンもついていたし小さなライブハウスを埋めるぐらいの人気もあった。

「そうか。じんちゃん楽屋入っちゃってるから、ちょっとそこで待ってろ」
そう言ってマスターは、舞台の下手から楽屋へと入って行った。
この店に出るようになってまだ1年しか経っていないが、啓介は何故かマスターに惹かれていた。この店はバンドの活動拠点であったが、それはロックバンドを受け入れてくれる小屋があまりなかったことと、マスターの存在が大きかった。

啓介が聞いたところによると、マスターも若いときにはミュージシャンを目指していたらしい。店の片隅にはその頃の名残のように、ギブソンのJ−45が飾ってある。店がハネてからマスターが弾いているのを何度か見たこともある。
なかなかの腕前だが、今の時代にブルースは似合わなかったのだろう。マスターはミュージシャンの道をあきらめて、この店をはじめたのだという。自分が果たせなかった夢を、若いミュージシャンに託しているのかもしれない。

「啓介、すぐにリハだから、その間に取りに行ってもいいってよ」

マスターが言うのとほぼ同時に、楽屋から4人の男が出てきた。
ピアノ、ベース、ギターとボーカルいうシンプルな編成だ。
アフロヘアーの出来損ないのような頭にサングラスといった、とてもカタギには見えない男が声をかけてきた。

「兄ちゃん、探しモンやろ?遠慮せんと楽屋行っといでや。取られて困るモン置いてへんから」

ドスの効いた関西弁に、啓介は少しビビった。

「あっ、すいません」

啓介は慌てて楽屋へ行き、忘れ物をすぐに見つけて戻ってきた。

ステージでは、リハが始まっていた。
サウンドチェックなのに、ステージには緊張感があふれていた。

「マスター、お騒がせしました」
「啓介、時間あるんなら、聞いていきなよ。勉強になるから」

ステージでは、シャンソン風のイントロが流れていた。

「あの人、有名な人なんですか?ここに出るのも初めてですよね?」
「啓介は知らないよな。関西では知名度もあるんだけどな。やざきりゅうじんって男だ。たまたまこっちに出てきたって連絡があったんで、一度出てみないかと誘ったんだ」
「さっき、ちょっと声かけられたんすけど、すごいダミ声で。あの声でシャンソン唄うんですか?」
「黙って聞いてりゃわかるって」

やざきりゅうじんという名前は、聞いたことがなかった。
それにしても、リハだというのにステージの空気は本番さながらに熱くなっていく。
イントロが終わり、いよいよ歌が始まった。
啓介は一瞬自分の耳を疑った。やざきりゅうじんの歌声は、さっきのダミ声とは打って変わって、心にダイレクトに何の抵抗もなく入ってくる、語りかけるような優しい声だった。
ロックンロール一筋の啓介の心をわしづかみにしていく。りゅうじんから目が離せなくなった。

「どうだ。本物って感じがするだろう」

1曲目が終わるとマスターが話しかけてきた。

「すごいっすね。シャンソンなんて馬鹿にしてたけど、こんなに引き込まれたのは初めてです」
「じんちゃんと初めて会ったのは5年前のことだけど、俺がミュージシャンになることをあきらめ切れずに京都にいたときなんだけどな」
「マスター、京都にいたんですか?」
「ああ、あの頃は京都ではブルースにも需要があったんだよ。自分のライブがハネて、飲みに行ったラウンジで唄ってたのがじんちゃん、やざきりゅうじんだったんだよ」

マスターは、懐かしそうな目になって続けた。

「衝撃だったなぁ。啓介が釘付けになったのは、あの声だけじゃないはずだ。魂が震えるような、情感がそのまま身体に飛び込んでくるような、そんな感じだったろ」
「ええ、とにかく、わけわかんないうちに魅入ってました」

リハは2曲目に入っていったが、マスターは構わず続けた。

「あいつの歌を聞いたときに、俺はきっぱりとブルースシンガーの道を断ち切れたんだ。こりゃ、かなわねえ。俺にはできねえ。ってな」
「やざきさんは、レコード出してないんですか?」
「いや、出してるよ。でも全く売れてない。聞く耳もってるヤツが少ないんだな。でもな、あいつは必ず売れる。俺も伊達に音楽やってきたわけじゃないからわかる」

マスターの目が昔を懐かしむ遠い目からギラっと光る目に変わった。マスターが目をギラつかせた時は、本気だということを啓介は知っていた。

「これからも音楽続けていくつもりなら、あいつの歌を頭と身体に叩き込んどけよ。歌ってのはどういうもんかってことを」
「はい。ロックでも歌は歌ですから」
「そうだ。それともうひとつ教えておいてやろう。りゅうじんは、歌を愛してるなんてもんじゃない。歌に命を賭けてるんだ」
「命を、ですか」
「あいつが唄ってるときに、その筋の連中がたまたま入ってきたときがあって、最初はおとなしく聞いてたんだけど、そのうちに銀バッジつけた親分みたいなのが『演歌を聞かせろ』と言い出してな」

そういいながら、マスターはキリンラガーの栓を抜いて、グラスに注いで啓介の前に置いた。

「あいつは『勘弁してください』って笑って、リクエストには応えなかった。いや、もちろん歌えなかったわけじゃない。流しの経験もあるんだからな。そのうちに、若い衆がイライラしだして、あいつを外へ連れ出したんだ」
「えっ、ヤクザに逆らったんですか?」
「そうだ。普通に飲んでて、絡まれたりしたときは逆らわずにその場を繕ったりもしてたけど、ステージについては頑として譲らなかったんだ」
「で、どうなったんですか?」
「しばらくして、傷だらけの顔で帰ってきて、そのままステージに戻ったじんちゃんは、また自分の曲を演りだしたんだ」
「俺には真似できませんね」
「さすがに、銀バッジもあいつの根性に負けたみたいでな。最後は拍手までしてさ」
「カッコいいすね」

啓介が空けたグラスに、マスターはまたビールを注いだ。

「あとであいつに聞いたんだ。どうしてそこまでするんだって。そしたらあいつは、歌に命賭けてる。歌手として絶対に成功せなアカン。別れた嫁との約束なんや。って」
「約束?だからって、やくざに逆らってまで・・・」
「別れた女房との約束を守るために、あいつは自分でボトムラインを決めたんだよ」
「ボトムライン・・・ですか」
「そう、ボトムライン。歌手として成功するためにどこまで行くかの上限は決めない。でもこれ以下のことは絶対にしないという線を決めてる。あいつはそう言ってた。最低限のプライドだな。『覚悟』と言ってもいいのかもしれないな」
「それが歌にも現れてるってことですか」
「そうだ。それがあいつの魂なんだよ。音楽だけじゃないぞ。人生でも同じだ。あいつはそれを守って生きてるんだ」

啓介は、自分たちのバンドが目指すべきものが見えてきたように感じていた。


3年後、啓介のバンドは念願のメジャーデビューを果たし、ファーストシングルは当初こそ売れなかったものの、じわじわとヒットしていき一流ミュージシャンの仲間入りを果たした。

やざきりゅうじんが別れた奥さんとの約束を果たすまでには10年の歳月が必要だった。





※この短編は、景山民夫さんの同名タイトルの短編小説をアレンジさせていただきました。

心はほんとに震えるんだね

ライブに出かけたのが久しぶりってことを差し引いても、この前の「打越元久アコースティックライブ」にはやられてしまった。思わず、クローゼットで眠っていたYAMAHAのギターを引っ張り出してきて、キコキコと弦を張り替えちゃったぐらいだから。

当日は、ライブのレポートを書こうと帰りの電車で考えてたんだけど、家に着いたら余韻に浸りたいのと年甲斐もなくはしゃいでしまったツケで早々に寝てしまった。で、何故だか今週はチョロチョロと帰宅時間も遅くなる日が続いてしまって、なんかタイミングとしては遅すぎぃって気もしないでもないけど、自分の記憶が残っているうちに記録を残しておこうと思う。

6時半開場よりもずいぶん早く着いたときには、「ホンマにここでやんの?」と周辺を歩き回った。
仕事の打ち合わせから直接行ったんで、何か腹に入れておこうと思ったけど、周りは学校と住宅しかないところ。何しろ会場は「桃ヶ池公園市民活動センター」という名前からは想像もつかないほど、懐かしい「公・民・館!」というたたずまいを見せている。仕方なく地下鉄の田辺駅まで行ったけど、そこにもあるのはコンビニぐらいしかない。とりあえず菓子パンと缶コーヒーで腹の虫を抑えることにした。

いよいよ、受付が始まって、会場に入ると思ったより広い。天井の高い大会議室って感じで、フロアいっぱいにパイプイスが並んでた。前方には急ごしらえ風の舞台(っていうか畳2枚分ぐらいのお立ち台)の横には、商店街の抽選会でも見たことのあるような、スピーカーが2本。これがPAね、と優しい目になりながら前を見ると、打越さんがウロウロとしてるのが見えた。

そんな会場だから、舞台のカミシモなんて関係ないし、舞台袖なんてのもない。ミキサーの前には打越さんの奥様が・・・。エンジニア?と少し驚く。

開演前には、会場はぎっしり。後で知ったけど、200人ぐらいいたらしい。
会場の蛍光灯が消えて(笑)、いよいよ演奏が始まった。

一曲目が「夢いらんかね」
やしきたかじん、実質上のデビュー曲。
似てる。声が似てる。顔と体型はずいぶんと違うのに、歌声が似てるんだよね。
さすがは、一番弟子だと妙に納得する。そういえば、鶴瓶ちゃんは六代目のモノマネ上手かったし、雀々ちゃんも特に若いころは枝雀師匠の口調そっくりやったしなぁ。あれ?なんか違う?

なんてことを考えてるうちに2曲目。「ICHIZU」
ギターの弾き語りのICHIZUもいいもの。女性の気持ちになりきって歌う姿が、やっぱり師匠とそっくり。
ええモン見てるなぁとニヤニヤしながら、気がついたら一緒に歌いだす自分に気づく。
ライブに行くことは、あらかじめ打越さんに伝えておいたし、客席ででっかい声で歌うかもしれませんとエクスキューズもしてあるし。それに、「一緒に歌おう!弔い合戦やぁ!」というお言葉もいただいていたので、気にせず(周りの方々には気を遣いましたが)遠慮がちに歌わせてもらいました。

曲間の話題も、師匠の懐かしい話をたくさん聞かせてもらった。
すると、僕の右隣に座ってたお姉さまが「あのぉ、師匠っていうのはどちら様のことですか?」と僕に聞いてこられたので、「たかじんさんのことですよ」と教えて差し上げました。

懐かしい曲を演奏している間も、左横に陣取っていらっしゃった地元阿倍野の皆様がたは、ビールを立て続けにあけて、スナック菓子を回してらっしゃる。実に正しいライブ鑑賞法に触れた気がした。

特別ゲストは、たかじんさんの弟さん。元校長先生をされていた良行さんが歌詞カードを握り締めながら「やっぱ好きやねん」を熱唱。真面目さはビシビシ伝わってくるんだけど、さすがに兄弟だけあってたかじんさんの雰囲気も垣間見える。不思議と、歌ってる姿を見てると涙でにじんできてしまった。
阿倍野の地元民の皆様たちも、みな涙ぐんでらっしゃる。なんなんだろうね。

皆を涙ぐませた良行さんをオーディエンスが一曲で許すはずもなく、舞台を降りたとたんに「アンコール」の声。
ところが、アンコールの「アン」ぐらいで、また舞台に上がって応える校長先生に会場は大爆笑。
「用意しといてよかったわ」といいつつ「あんた」を歌われた。
これには参った。さっきよりも、さらに涙がこぼれてきて、良行さんの顔も見えない。
2曲で観客全員の心をわしづかみにして、カッコよく舞台を降りた校長先生には、大きな拍手が贈られた。

その後、打越さんが会場に来ていたタージンさんを紹介する。
タージンと聞いても、わかるのは近畿圏だけだと思うけど、ローカルタレントさんで朝早くから市場で大きなそろばん抱えて値切ったりする人(余計にわかんないね 笑)
舞台に引っ張り上げられたタージンさん、さすがにお話しは上手い。
良行さんのことも上げて落として、会場をますます暖めてくれた。
そして、タージンさんと一緒に会場に来ていたのが疋田哲夫さん。関西の放送作家の重鎮みたいな存在の人。
疋田先生は舞台には上がられなかったけれど、疋田先生がおっしゃってた言葉をタージンさんが伝えてくれた。
「今日は、打越のライブやない。たかじんを愛した人間がぎょうさん集まった宴会や!」
胸が熱くなった。

いよいよ、盛り上がってエンディングが近づいてくる。すると打越さんはギターをおいてスタンディング。
どうすんのかなぁと思っていたら、ここで奥様の出番だった。
なんと、あえて言うなら反則技のカラオケが流れ出す。
そのカラオケの操作係としてミキサーの前(と言っても舞台のすぐ横なんだけど)に待機してらっしゃったのね。

曲は「殉愛」にも登場した「エゴイズム」
本当の意味はこうなんだぜっ!ってことがビンビン伝わってくる。
(わからない人は、作詞家の及川眠子さんのツイッターをチェックしてね)

アンコールは、「なめとんか」と「大阪恋物語」
会場も一緒になって大合唱となる。僕も遠慮することなく本気で歌わせてもらった。

正直に言って、ライブとしてのクオリティは高いものではなかった。
手作り感満載で、音響も酷いし、打越さんも興奮したのかコードを何度か間違えたり(でも、強引に歌いきるから気づかない人もいたみたいですが)、お客さんも音楽のライブなんて普段行くこともないようなおばちゃん、おっちゃんがたくさんいて、まるで大衆演劇の会場みたいな雰囲気さえあった。


でも、そんなことはどーでもえーけんね、と思わせるパワーがみなぎっていた。
会場が一つになった、なんてありきたりな表現では足りないぐらい、みんなが繋がっている感じがした。
笑って、泣いて、歌って。あっという間の2時間だった。
いろんなライブを観てきたけれど、そのどれよりも身体の中にダイレクトに入ってきた。一種のトランス状態だったのかもしれない。世代を超えたレイブ会場だったと言ってもいいかもしれない。もちろんノンドラッグだけど。

たかじんと二人でP.I.Sを立ち上げ、ともに苦労をしてきた初代マネージャーの野田さんも来ていた。
打越さんと二人で思い出話聞かせてもらった。売れるまで、苦労はしたんだろうけど、さぞかし楽しかったんだろうなと、羨ましく聞いていた。

ネットニュースでは、弟さんのことだけが取り上げられていたようだけど、そもそもこのライブを企画したのが、「たこ焼きやしき」の店長で、たかじんのいとこの息子さんなのだ。家鋪家一族が、たかじんに所縁のある地元で所縁のある人たちのために開いた、たかじんのためのライブだったのだ。
一番弟子の打越さんだからこそ、完成したライブだったのだ。


きっと、たかじんはあの会場に来ていたに違いない。
こんなにも、愛にあふれた場所に未練がないはずがない。
なかなか出来なかった、やしきたかじんのいい法要になったんじゃないだろうか。
打越さん、またやろうね!

売ってはいけない!

<注意!>
今回のブログは、途中で過激な表現が出てきます。気の弱い方、感受性の強い方は絶対に読まないでください。






週刊金曜日の別冊として「買ってはいけない」という本があった。
日用品や、食品などを(一見)科学的に検証したりして、消費者に警鐘を鳴らす本として一時ブームにもなった。
その内容に対しての反論本も出版されたりして、信用性に疑問が投げかけられ、最終的には、いわゆるオカルト本(もしくはトンデモ本)扱いをされたと記憶している。

今回は、「売ってはいけない!」という話だ。もちろん、「買ってはいけない」とも思っている。
6月11日に出た新刊「絶歌」のことだ。この新刊本を巡ってネットでは批判が相次いでいる。
それは、平成9年に起きた神戸連続児童殺傷事件の犯人である少年Aの手記だ。

被害者の首を切り落とし、切り裂いた口に犯行声明文を挟んで校門に放置していたという猟奇性、警察に対する挑戦的なメッセージ、そして犯人が14歳の中学生だったということが、世間に大きなショックを与えた。
事件の詳細についてのレポートも数多く著され、その異常性は目を覆いたくなるものだ。

少年Aは、関東医療少年院から東北中等少年院へ入れられるが、平成16年に仮退院し、その翌年には本退院が認可されている。猟奇的事件を起こしてから、7年で世間に出ているのだ。
また少年院時代にも、彼は騒動を起こしているらしい。

その彼が、事件のことを書かずにはいられなくなったというのである。
そこに、どんな理由があるのかはあえて追及はしないでおく。どう考えても、この少年が更生できているとは思えないし、反省しているとも思えない。
だが、それはこの少年個人の問題であり、本来なら自分で起こした犯罪を背負いながら、世間から身を隠すように、一生びくびくしながら生きていくのであれば、それをどうこう言うつもりもない。

しかし、本にして世間に知らしめるというのは、許せない。
そうすることによって、彼は心のバランスを取ろうともしているのだろうし、うまくいけば印税でも食っていけると踏んでいるのだろう。しかし、それは本を出せればの話である。

ところが、そんなバカな出版社があったのだ。
ビジネスになると思ったら、公序良俗などは関係なく、法律にさえ触れなければ何をやってもいいと思っているのだ。
この手記に関して言えば、発売直後からネットで批判されているところを見ると、思惑通りには行かないかもしれないが、世間に対するインパクトは大きい。
読者は刺激を求めるものだから、ある程度の勝算もあったのだろう。

この本を出した太田出版の岡社長は、こうコメントしている。
「彼の心に何があったのか社会が知るべきだと思い、彼自身の詳細な記憶力や表現力も合わせて出版を決めた」

また、このようなコメントもしている。
「少年犯罪が今も社会を動揺させている中、加害者がどういう心境なのかを伝えるべきだと思った」

この事件は、数ある少年犯罪とは全く異質のものである。こんなレアケースを取り上げて、「加害者の心境」などと語れるものではない。

実際にどんなことが行われたのか。
(引用元:wikipedia 一橋文哉氏による 『未解決 —封印された五つの捜査報告—』からの抜粋)

少年Aは、小学生の男子を絞殺し、その日は自宅に帰っている。翌日、首を切断する目的で現場へ戻っている。

黒いビニール袋の上に置いた男児の遺体を、糸ノコギリの両端を持ち、一気に左右に2回切ると、ノコの歯が細かったためか、スムーズに切れ、切り口が見えた。人間の肉が切れることを確認した少年は左手で男児の額のあたりを押さえながら、右手で首を切っていく。この時、少年は「現実に人間首を切っているんだなあと思うと、エキサイティングな気持ちになった」と供述している。首を切っていく内に、段々と頭の安定が悪くなったため、男児の首の皮が1枚になった時に左手で髪をつかんで上に引っ張り上げ、首の皮を伸ばして一気に首の皮を切った。その後、しばらく地面に置き、正面から鑑賞しながら、「この不可思議な映像は僕が作ったのだ」という満足感に浸った。首を切断して射精した。

ところが、しばらくすると、男児の目は開いたままで、眠そうにみえ、どこか遠くを眺めているように少年には見えた。さらに、男児は少年の声を借りて、少年に対して、「よくも殺しやがって 苦しかったじゃないか」という文句をいった、と供述している。それで、少年は男児に対し、「君があの時間にあそこにいたから悪いんじゃないか」といい返した。すると、男児の首はさらに文句をいった。少年は、これは死体にまだ魂が残っているためだと考え、魂を取り出すため、また、眠たそうな男児の目が気に入らなかったため、「龍馬のナイフ」で男児の両目を突き刺し、さらに、2、3回ずつ両方の瞼を切り裂き、口の方からそれぞれ両耳に向け、切り裂いた。その後は文句を言わなくなったという。さらに、「殺人をしている時の興奮をあとで思い出すための記念品」として持ち帰ろうと考え、舌を切り取ろうとしたが、死後硬直でかなわなかった。さらに、ビニール袋に溜まった男児の血を飲むが、金属をなめているような味がしたと述べている。


そして、その翌日のこと。

少年は昼過ぎに「首をじっくり鑑賞したい」と池へ向かったが、興味を失ったため、男児の頭部を家に持ち帰る。そして、土や木の葉で汚れた頭部を風呂場で15分ほどかけて洗って、自分の部屋の天井裏に隠した。少年は首を洗った理由を「理由は二つ。一つは、殺害場所を特定されないように、頭部に付着している土とか葉っぱ等を洗い流すためでした。あと一つの理由は、警察の目を誤魔化すための道具になってもらう訳ですから、血で汚れていたので『せいぜい警察の目から僕を遠ざけてくれ。君の初舞台だよ』という意味で、顔を綺麗にしてやろうと思ったのです」と供述している。少年は首を洗った時も興奮して勃起し、髪の毛にクシを入れながら射精した。

その後、少年Aは、

少年は「警察は自分の学校に首を置くはずはないと思い、捜査の対象から逸れると考えた」と、友が丘中学校の正門前に男児の首を置くことを決めた。また、ただ首を置くだけでは捜査が攪乱できるかどうかわからないと考え、「偽りの犯人像」を表現する手紙を咥えさせようと考えた。漫画「瑪羅門の家族」第3巻の目次から引用したり、別の本で覚えていた言葉を組み合わせて、手紙を書き上げた。


少年Aの心情から、少年犯罪の一般論など語れるわけがない。
もしかすると、本人すらそのときの心情は理解できないかもしれない。覚えているとしても、他人事のような感覚ではないのだろうか。

少年による傷害事件や殺人事件の多くは、突発的な衝動で行われることが多い。事件を起こして、我に返ったり、自分のしたことの重大さに気づいたりして、怖くなって逃げることもある。
しかし、この事件では、絞殺してからの行動は冷静でありながら、歪んだ性的衝動を抑えきれないという、常人には理解できない行動をとっている。まさに悪魔の所業なのだ。

ここまで読んでいただければ、岡社長の言葉がどれだけ虚しいものか、理解していただけるであろう。
あれは、出版するための詭弁でしかない。
そして、我が子を異常者に殺され、それだけでなく遺体を弄ばれた親の気持ちを、ほんの少しでも考えたことはないのだろうか。
他人の心の痛みよりも、自社の売り上げのほうが優先される倫理観とはどういうものだろうか。

しかも、これは少年Aにとっても、更生の機会を損失しかねない暴挙でもある。
もし、この本がベストセラーにでもなって、少なくない印税が手に入ったら彼はどう考えるだろう。
少しは、苦しんで反省していたかもしれないのに、やっぱり世間は甘いもんだと認識するのではないか。そうなると、彼はまた過ちを繰り返すかもしれない。
自分の犯した罪を一生引きずりながら苦しむことでこそ、彼はようやく人生のバランスをとることができるのではないだろうか。

こんな本は、絶対に「売ってはいけない」し「買ってはいけない」ものなのだ。
表現の自由は守られるべきだとは思うが、金儲けのために人の気持ちを踏みにじってもいいとは思わない。
「彼の心に何があったのか社会が知るべきだ」と言い訳するのなら確信犯である。
法律には触れないかもしれないが、ほぼ犯罪に等しいと断定する。この本を店頭に並べる書店は、出版社の共犯者だと見做す。

この本にしろ、「殉愛」にしろ、売ったモン勝ちの理論は、本当につぶしておかなければ、だんだん書店に並ぶのは金儲け優先主義の駄本ばかりになって、本物の読者が育たなくなり、結果的にますますマーケットは縮小していくだろう。
今でさえ、プロのライターや編集者よりも、一般個人の発信する情報なりメッセージの方が支持されるようになりつつある。個人には、売れるか売れないかより、純粋に伝えたいかどうかという動機しかない。そこが強みなのだが、そこには文化の伝承は期待できない。

出版社の使命は、株主の利益だけではない。一冊の本が日本国民の文化を支え、人間を育て、また人を救うことさえあるのだ。本は、それだけ大きなパワーを秘めた媒体であるし、だからこそプロの活躍する余地の大きいメディアでもある。
それが、個人発信の情報に負けつつあるのだ。
そこに危機感を持つ業界人はどれだけいるのだろう。

そうなる前に、同じ出版業界が自浄作用を起こして、こういうガンを叩き潰してほしいのだが、金がものを言う(と思われている)世の中では、それも儚い希望にしかすぎないかもしれない。

「ガン」について

”ガン細胞ってすごく頭が悪い気がする。
普通、寄生虫とか寄生生物というのは、決して宿主を殺さない。宿主を殺せば自分も死ぬからだ。
しかしガン細胞は増殖し続けた末に宿主を殺す。で、自分も死ぬ。何がしたいのか、意味不明。”


5月30日の百田尚樹氏のツイートに、盗作疑惑が出ています。

”ガン細胞ってバカなんでしょうか?
人体に悪影響を及ぼして、宿主で人間を最終的に死亡させるガン細胞ってバカなんじゃないでしょうか?
宿主が死ねば、自分(ガン細胞)も死んでしまうのに。
ガン細胞は何故こんな自殺行為をするのですか?”


2007年のyahoo知恵袋にあった質問です。

この百田氏のツイートを見て、違和感を持たれた方も多いのではないでしょうか。
盗作かどうかは、はっきりとはしません。文章全体の意味としては全く同じといっていいかもしれませんが、ガン細胞が増殖した結果として死に至ることは誰でも知っていることです。
知恵袋の質問自体が、過去の誰かの文章を参考にしたものかもしれません。
盗作かどうかは、本人にしかわからないことなのです。

小説や、音楽など過去の盗作と言われた事例を見ても、明確なものは多くはありません。
作者が、その人生において触れてきたプロットやメロディーが頭の中に無意識にインプットされていて、創作の段階で、ふと出てくることもあるでしょう。
ただ、百田氏のこのツイートに対しての違和感は、盗作かどうかという問題とは関係ありません。

百田氏は、数々のベストセラーを輩出し、NHKの経営委員(昨年、辞任されましたが)を務め、それまでもテレビで政治的発言をされてきた、とても発信力のある人です。
このブログのような一般人が書いているものとは違い、圧倒的に大きな影響力を持っています。

この百田氏のツイートは、ガンのことを全く理解していないにもかかわらず、いい加減な知識でガン細胞のことを書いています。

もう一度、冒頭の文章を読みなおしてください。
まるで、ガンが外部から侵入した病原体のように書かれています。
これは、大きな間違いです。
ガン細胞は、寄生虫でも寄生生物でもありません。自分自身の細胞の一つなのです。

また、寄生生物は決して宿主を殺さないというのも正しくはありません。
寄生生物が微生物のようにとても小さい場合には、宿主を利用するだけ利用して、さっさと別の宿主に乗り換える場合もあります。
百田氏は、あの短い文章の中で二つも大きな間違いを書いています。
しかも、どこか上から目線で、小馬鹿にしたような不愉快な書き方です。

問題なのは、明らかに間違った認識のこのツイートを、ガンのことをよく知らない人が読んでそのまま信じてしまう可能性があることです。
それだけ、ベストセラー作家である彼の発信した文章は責任も大きいのです。

人間の細胞のほとんどは、分裂を繰り返していきます。そして古くなった細胞は死んでいくようにプログラムされています。死んだ細胞は、いずれ体外に排出されていきます。ガン細胞とは、その分裂の際にエラーを起こして、寿命のプログラムが壊れて死ななくなった細胞なのです。

エラーを起こす原因も、遺伝的なもの、外的要因、ストレスなど様々なものがあります。
また、健康な人もガン細胞は毎日発生していると言われています。ほとんどの場合、ガン化した細胞は免疫細胞に退治されているだけなのです。たまたま、ガン細胞が体内で増殖してしまった状態がガンなのです。

ガンの治療は、日々進化しています。ガンも治る確率も高くなってきました。
しかし、厄介な病気であることは間違いありません。

最近では、抗がん剤や放射線治療に対する批判的な意見も出て来たり、外科的手術の効用についても議論されるようになってきました。

抗がん剤や放射線で、ガン細胞だけを除去できれば問題はないのですが、どうしても健康な細胞にも影響が出ます。健康な細胞が傷つけられたりして新たにガン化することもあります。
摘出手術も、ガン細胞の除去には有効ですが、開腹することによって健康な細胞が空気に触れることで酸化し、ガン化することもあります。

それでも、ガンに対して直接的な効果があることも事実です。抗がん剤も、放射線治療も、外科的手術も日々進化しています。

抗がん剤治療や放射線治療をすべきかどうか、外科手術をすべきかどうか、お医者さんによっても意見が分かれることもよくあります。
専門家でも意見が分かれる判断を、患者本人がしなければならないのです。
そのうえ、ガン患者は治らないかもしれないという不安とも闘っているのです。
ガンは、他の病気以上に精神的なケアもとても大切なのです。

そんな患者さんの気持ちも考えずに、冒頭のようなツイートをしてしまう神経が許せません。
そのまま「意味不明」という言葉を返したいくらいです。

”いずれにせよ、文章というのは怖いものです。とても鋭い武器になります。時として相手を傷つけるし、自分をも傷つけます。扱いには気をつけた方がいい。言葉に関しては僕はプロだけど、その怖さは身にしみて知っています。”

これは、ある雑誌での村上春樹氏のインタビュー記事です。
百田氏も、ベストセラーを連発し、有料のメルマガを発行するのですから立派なプロフェッショナルであるはずです。百田氏は、言葉に関してのプロだという自覚を本当に持っているのでしょうか?
一度でも、自分の発した言葉の怖さを身にしみて感じたことはなかったのでしょうか?

もっとも、怖さを感じ取れるだけの感性がなければ、どうしようもないでしょうけれど。

「殉愛」不都合な真実 その5

「完璧な人間はおらん!おもろいやん!傷ついた過去や背負っているもんはお互い様や。その分人の弱さも苦しみも理解できるんちゃう? 結婚は誤解、離婚は理解してするもんや。勉強になったな」

2014年12月12日付 フライデーに掲載された、未亡人の手記に出てくるたかじんのセリフである。
手記によると、二人が出会ってすぐに「昔、愛した人に似てる」とプロポーズされ、自分の離婚暦などの過去の出来事を打ち明けた時のたかじんの言葉ということになっている。

個人的には、イタコメモや「殉愛」の中のたかじんのセリフの多くに、どうしてもたかじんらしさを感じられないのだが、このセリフに関しては、たかじんなら言いそうだなと思ったのを覚えている。
ただし、その相手は結婚を考えている女性ではなく、歳の離れた知り合いの女性というイメージなのだが。

60代の男性なら30も歳の離れた女性から相談事をされたとき、少なからず人生訓を話したくなるものだ。特にたかじんは、若い頃からそういう話が好きだった。
たかじんがまだ30代の頃のラジオ番組で、男と女の仲についてこんなことを言っていたのが印象に残っている。
「いったん切れた糸は、元には戻らへんねん。なんぼうまいこと繋ぎ合わせたとしてもやな、そこには結び目が残ってしまうねん」

リスナーからの相談に対する答えだったと思う。
別れた彼女ともう一度やり直したいという男性からの相談に対し、「別れた彼女のことは忘れて、新しい彼女探すことや」とたかじんは答えた。
アシスタントの女性が、そんなこと言わないで頑張ってくださいね、とリスナーに呼びかけた時に、たかじんが言ったと記憶している。
ずいぶんと昔の話なので、そういうシチュエーションだったのかどうか、正直なところ自信がないのだけれど、「切れた糸には、結び目が残る」というのは、確かにたかじんが教えてくれた、男女の仲の真実だ。

そういうたかじんの性格なら、冒頭のセリフを話したとしても不自然ではない。
決して人生のパートナーに対してのセリフではない。まだ若い知り合いの女性から身の上話を聞いて、人生の先輩としての教訓を垂れたのではなかったのか。相手のことを思いながらも、どこか距離を置いている関係性が見えてくる。

手記によると、たかじんのガンが発覚する前のことだという。
体調が優れないとはいえ、まだまだ弱っているわけではない。立場的には、人生の酸いも甘い経験してきた先輩として、将来のある若者に元気を与えたとも見える。
そう考えると、たかじんが彼女にそう話していたとしてもおかしくはない。

たかじんが、本心では未亡人との結婚を望んでいなかったであろうことは、「殉真」のみならず「殉愛」の内容からも推察できる。

最初の手術から復帰までの1年間、常にたかじん側で献身的な看護をしてくれた、人生最後のパートナーと決めた女性であるにも関わらず、復帰後の番組収録には連れて行ってもらっていない。
これについて、「マスコミのおるとことか、スタジオにさくらをさらしたくないねん(略)」「せやから、中途半端にスタジオに連れて行きたくなかった」と殉愛には書いてあるが、かなり無理な言い訳のように見える。結局、たかじんは、「中途半端に」どころか一度もさくらを表に出していないのだ。

また、いよいよたかじんが自分の死期を悟ったときも、死後のことについてはKマネに相談している。
「殉愛」には未亡人に「大事な話やから、席をはずしてくれ」といい、Kマネと二人で話しこんだ様子が書いてある。「殉愛」では1時間とされていたが、実際には3時間に及んだと「殉真」には書いてある。
1時間でも、3時間でも構わないが、大事な話をするときに未亡人が邪魔だったことは確かだ。
入籍した後でも、たかじんは未亡人に聞かれたくない大事な話をKマネにしている。
そういえば、それほど大切にされているという割には、未亡人がP.I.Sの役員に名を連ねたこともない。
たかじんにしてみれば、未亡人の存在は身の回りの面倒を見てくれるスタッフの一人だったに違いない。
そう考えると、「殉愛」の中のたかじんの未亡人に対する行動にも納得できる。

だからこそ、冒頭のセリフは本当にたかじんの言葉だったのではないかと思えるのだ。
たかじんにとって、未亡人は人生のパートナーではなく、何かと面倒を見てくれるヤンチャな娘のようなものだったのではないだろうか。



さて、ここからは余談だが、手記にはこんな言葉も載っている。

「ファンっていうのは、良いときも悪いときも、失敗したときもファン。変わらず愛すべきや!それができんのやったらファン止めてくれ言うてんねん」

何よりも、コンサートの観客や視聴者を大切にしていたたかじんなら、絶対に言うはずのないセリフである。
身内には厳しいところもあっただろうが、自分を支えてくれているのはファンだということを忘れたことはない。
そんな大切なファンに、自分のワガママを押し付けたり、ましてファンを止めろなどと言うことなど絶対にあり得ない。

「芸人というのは自分から、お金を生んでいるものではない」
「俺らは金魚なんや」
「金魚は世間からの餌がなかったら、生きていかれへんねん」
「世間の人がお金を払ってくれるから、俺らは生きられるねん」


これは、トミーズの雅が追悼インタビューでたかじんとの思い出として語っていたことだ。
これほど、「世間(ファン)のおかげ」で生きているとファンに感謝している人間が、どんな時も変わらずに愛するのがファンなどと言うわけがない。

もうひとつ。
(私の過去については)「タレントでもないんやし、ぼくがギャグにするまでは一切言わんでええ。ぼくがお父さんの了解を得てから喋るから、心配せんでええ!!」

たかじんは自分の奥さんのことをギャグにするような男ではない。奥さんの尻に敷かれている自分をギャグにすることはあっても、奥さんのことをラジオやテレビでバカにしたことは一度もない。まして、奥さん自身の触れられたくない過去をギャグにするような破廉恥な男ではない。
二度の離婚についても、すべては自分が悪い(その通りなんだろうが)とは言っても、奥さんの悪口は言ったことはない。
もしも、本当にたかじんがこんなことを言ったのだとしたら、それは奥さんの話としてではなく、未亡人を芸人として売り出すためだったのギャグにするつもりだったのではないか。


手記の中にある、これらの言葉はとてもではないが、たかじんの言葉だとは思えない。
どう考えても、未亡人が自分に都合がいいように創作したとしか考えられない。
それにしても、彼女は「やしきたかじん」という人間を、まったく理解できていないことがよくわかる。
僕は、愛するということは相手を理解し、受け入れるということだと思っている。
たかじんの人間性を全然わかっていないのに、「主人を愛していた」と言われても、にわかには信じられないのである。

人として・・・

ノックダウンしたものや、ギブアップしたものに追い打ちをかけて攻撃することは、格闘技ではルール違反である。
パワーやテクニックで勝ったとしても、そういう行為をすれば反則を取られ失格となる。つまり負けるのだ。

スポーツとしての格闘技だけでなく、戦場においても同じルールがある。
殺るか殺られるかの戦場であっても、降伏してきた相手にさらなる攻撃を加えたり、あるいは人権を侵害するような行為は国際法によって禁じられている。
最近でも、一部のアメリカ兵がイラク人捕虜を虐待していたことが明らかになり、当事者は軍法会議にかけられ処罰を受けている。

利権や名誉などをかけての争い事は、世の中にはいくらでもある。小さな民事裁判などをあげればきりがない。しかし、共通しているのは結果が出たあとは、それ以上の追い込みをかけてはならないということだ。


5月26日、家鋪さくらから名誉棄損で訴えられていたA氏がブログを更新した。
そこには、

”私は、家鋪さくら様に対し、このブログに掲載した記事の中に、伝聞や憶測に基づき事実と異なる記載をしたことを認め、これにより家鋪さくら様の名誉を傷つけたことを深く陳謝します。”
http://ameblo.jp/azuma0220/entry-12031242007.html

とだけ書かれてあった。

ここでいう「伝聞や憶測に基づき」書いてしまったことや、ブログのコメントなどから「事実」であると判明したこともたくさんある。それらをひっくるめてA氏は「深く陳謝」したのだ。
これだけでも、A氏の忸怩たる思いは想像に難くない。
しかし、彼は家族や、自分を守るために原告側と争うことをせず、和解に応じたのである。

和解というのは、 民事上の紛争で当事者が互いに譲歩して争いをやめることであり、決して勝ち負けを決めることではない。和解の条件を互いに了承し、これからは争いませんと約束することである。
上記のブログへの掲載は、過去の記事を否定し、原告に謝罪するという和解の条件だったのであろう。

争いごとでも、敗者に過剰に追い込みをかけるものは非難されるのが常識である。
和解であれば、なおのことそれ以上の追及や人権侵害があってはならない。一度和解した事案については、改めて裁判を起こすこともできない。


そんな、人として当たり前の常識を覆すような出来事があった。
同じ5月26日の「たかじんメモリアル」というサイトのニュース記事である。
「A氏のブログについて」というタイトルの記事は、たかじんには関係のない家鋪さくら氏とA氏の争いごとについて、唐突にはじめられている。


”A氏は、自身のブログに掲載した内容について、そのほとんどが伝聞や憶測に基づいた事実とは異なる記載であることを認め、これにより家鋪さくら氏の名誉を傷つけたとしてA氏より和解の申し入れがありました。最終的に、当方が同申し入れを受け入れ、和解をすることに致しました。

双方代理人が同席の上での聞き取りによる、これまでの経緯を説明させて頂きます。
A氏は、やしきたかじん氏が亡くなった直後より、「30年来の友人」としてブログを書いてきましたが、最後に直接たかじん氏本人と会ったのは15年以上前とのことでした。
家鋪さくら氏については全く面識がありませんでした。
また、元関係者や知人から聞いた話などを、裏付けや確認を取らずにそのままブログに掲載されました。その後、ブログのコメント欄に多くの書き込みがあったことで、エスカレートしてしまい、さくら氏に対する記述を裏付けを取らないまま書き続けてしまったとのことです。
しかしA氏がこれまでさくら氏について語ったり、ブログに記述した内容は、すべて客観的な裏付けは何もなく、事実と異なる内容であり、極めて安易な気持ちで書き綴ってしまっていたことを認めました。
よってここに和解の申し入れを受けることに至りました。”


たかじんメモリアルのどこを探しても、この件についての記事は見当たらない。
このサイトしか知らない人(そんな人がいるとは思わないが)が読むと、なんの話だかさっぱりわからないであろう。

もう一度、よく読んでもらいたい。
事実は、さくら氏がA氏を名誉棄損で裁判を起こし、判決を得る前に両者が和解という解決策を選んだということなのに、そもそも「裁判」があったのかどうかも書いていない。
これだけ読むと、A氏が自主的に謝罪してきたように見える。

しかも、「家鋪さくら氏の名誉を傷つけた」A氏からの和解を「当方」が受け入れたとある。
「当方」というのは、たかじんメモリアルのことを言うのか?

やしきたかじんのことを忘れたくない、というファンのためにある「たかじんメモリアル」のページで「当方」と書いてある限り、その「当方」はたかじんメモリアル(の運営団体)を指すと考えるのが妥当であろう。
と考えると、なんで(いくら最期の妻とはいえ)たかじんとは関係のない、一個人の名誉を傷つけたという話を、ファンのものであるはずの「たかじんメモリアル」が勝手に受け入れ、A氏をウソつき呼ばわりしているのか
まったく理解に苦しむところだ。

A氏のブログは、確かに表現に行き過ぎもあったと思われる。
しかし、そこに書いてあったことのすべてが「事実と異なっていた」わけではない。
さくら氏の前夫のことを楽しそうに綴っていたブログの発見も、元はと言えばこのブログに寄せられたコメントによるものだったと記憶している。
A氏のブログが発端だったとしても、2chの奥様たちやガールズちゃんねるのお嬢様たちやツイッターのアリゾウたちがネットの海から捜してきた数々の物証や検証によって明らかになっていった、殉愛とは全く違った彼女の過去については、週刊誌などのインタビューや手記で、さくら氏自身も認めていることである。

もしかすると、A氏が自らのブログに謝罪文を載せることは和解の条件であったかもしれない。
しかし、「たかじんメモリアル」という、さくら氏にとって大切なはずの亡夫の想い出を、多くのファンと共有するためのサイトで、一個人であるA氏を徹底的に貶めるような記事を載せることまでが条件だったとは思えないのだ。

和解とは言っても、A氏の負けに近い条件だったとは思う。
だからと言って、それ以上に公の媒体で、都合のいいことだけを書き連ね、一個人の人権侵害することを世間は決して許さないだろう。


即刻記事を削除し、その代わりとして、このサイトをたかじんの想い出の場だと思っていたファンとA氏、そしてなによりたかじんに対しての謝罪文を掲載すべきだ。
それが、人としての最低限の礼節だと思う。

「殉愛」不都合な真実 その4

たかじんの遺言書には、大阪市に3億円、あかるクラブに2億円、桃山学院に1億円の寄付をするようにとの記載がある。あかるクラブと桃山学院には昨年末に寄付が実行されたが、大阪市の3億円については、いまだに寄付は実行されていない。
このことについては、未亡人側が寄付の申し入れをまったくしていないのではないか、あるいはうめきた地域の緑化事業に限定されていたため大阪市側の受け入れ態勢ができていないのではないか、などの噂も飛び交っている。

しかし、前回にも書いたように、橋下市長は未亡人側の個人的な事情で寄付が行われていないと明言している。大阪市の受け入れ態勢だとは言っていないのだ。
「百田尚樹『殉愛』の真実」(以下「殉真」)によると、2014年12月24日にあかるクラブに2億円、桃山学院に1億円の寄付を実行する際、現在の遺言執行者であるF弁護士が未亡人に「金庫にある現金を執行者の元に戻してください」と要請したところ、2億8千万円があったはずなのに数千万円しか送金されてこなかったとある。そのため、寄付を実行するために預貯金の約半分を取り崩したとも書いてある。

3億円を寄付するために未亡人から数千万、預金から2億数千万が用意されたということは、預金残高も2億数千万円ということになる。既に遺言執行者の管理している預金だけでは大阪市に寄付する3億円は用意できないのだ。その差額を未亡人の「個人的な、私的な事情」で埋められないということだろう。
そもそも、金庫にあった2億8千万円もたかじんの遺産である。これを未亡人が管理していること自体がおかしな話なのだが。


さて、話は変わるが、5月19日の関西テレビ『ゆうがたLIVE ワンダー』という番組で、大阪都構想の住民投票の特集コーナーに維新の党の吉村洋文衆議院議員がコメンテーターとして出演していた。
橋下氏の右腕といわれ、大阪都構想のまとめ役としても維新の会では重要な役回りを演じている人物でもある。

番組の中で、MCから政治家になったきっかけについて「橋下さんに誘われたんですか?維新の会に来ないって」と聞かれた吉村氏は少し戸惑い気味に「直接ではないですけど、別で話があって・・・」と答えていた。

元々P.I.Sの顧問弁護士をしていた吉村氏は、たかじんとの信頼関係が厚く、タレント弁護士から若くして大阪府知事となった橋下氏を尊敬し、目標にしていたであろうことは想像に難くない。先ほどの番組でも橋下氏のような政治家は他にいないと絶賛している。
その吉村氏が維新の会から大阪市会議員として立候補する際に「別で話があって」というのはおそらくたかじんが橋渡しをしたということなのだろう。
そして、吉村氏は2012年4月に大阪維新の会から出馬し大阪市会議員に当選している。
現役の市会議員として橋下氏のもとで活動しながら、P.I.Sの顧問も続けていたのだ。

吉村氏は、たかじんの遺言書の作成の際にも深く関わっている。
2013年12月29日には、たかじんと二人で遺言の打ち合わせをしている。そして、危急時遺言となった30日にも他の弁護士2名とともに立ち会っている。ちなみに、公表された遺言書は吉村氏の手書きだといわれている。

ところが、その遺言書作成の際に彼は弁護士としては考えられないようなことを言っている。
2014年12月26日発売のフライデーの記事だ。

本誌は、この遺言書を作成中の、たかじんとY弁護士とのやりとりの録音を実際に聞くことができた。すでに肺炎で言葉が出にくく、かなりしわがれた声になっているが、それでもたかじんの声ははっきりと聞き取れる状態である。
たかじん「もう寿命もあんまり長ないから。意味がようわからんけど、もう2ヵ月くらい。この際に身辺の、周りのね、最低限しとかなあかんなと。法律である、分配率は絶対守らなあかんの?」
Y弁護士「いや、守らんでエエですよ」
たかじん「俺、娘にやりたくないんで、いいんですか?」
Y弁護士「いけますね」


「いけますね」とはどういう意味なのか。
相続の基本的知識があれば、遺言の内容に関わらず実子には遺留分の権利があることはわかるはずだ。
弁護士が権利侵害を認めることなど、常識では考えられない。
フライデーの記者は、このやりとりの録音を聞いたとのことなので、本当にそういう会話があったのだろう。
だとすると、考えられるのはたかじんのいう「分配率」というのは、法定相続分の話ではないかということである。

たかじんは、お金に苦労して、お金に振り回された経験から、愛する娘に同じ思いをさせたくないために、過分な相続を避けたかったのだとは解釈できないだろうか。そう考えると「娘にやりたくないんで」というのも意味が違ってくる。また、常々彼は大阪に恩返しをしたいとも言っていた。それが寄付という遺産の使い方であったのだろう。
つまり、「娘にやりたくないんで」と言うのは、娘さんに全く渡したくないという意味ではなく、寄付を優先させ、娘さんには過分には渡したくないという意味ではなかっただろうか。
それならば、吉村氏の「いけますね」もおかしな言動ではなくなるのだ。
そこまでは、かなり強引ではあるが、そう解釈できないこともない。

遺言書とは別にエンディングノートが存在し、そこには「前妻にも相続させると書いてあった」と未亡人自らが雑誌に発表した手記で認めている。また、吉村氏と打ち合わせをする前にたかじんと話をしたKマネージャーも「娘にも遺す」と書いたエンディングノートがあるとたかじんから聞いている。
吉村氏とたかじんは、そのエンディングノートをもとに遺言書の内容の打ち合わせをしているはずである。
ところが、公表された遺言書には、娘には一切遺さないという内容が書かれてあったのだ。

遺言書をよく読むと、第5条にこう書いてある。
「(前半略)遺留分の権利主張をしないことを望む」
実子としての当然の権利も放棄せよと書いてあるのだ。
法定相続分を「分配率」というぐらいの知識しかないたかじんが「遺留分」のことまで知っていたとは思えない。この一文は、吉村氏がたかじんの遺志に沿うように追加しているということになる。

それにしても、たった数日でこんなにも遺志が変わるものなのか。そこになにがあったのか。吉村氏は何を知っているのか。

その後、吉村氏は遺言執行者となり、娘さんに対して、驚くことに遺留分の放棄を持ちかけている。
さらには、「遺留分を主張されると寄付が出来なくなる」と嘘までついているのだ。
いくらなんでも、これは弁護士としては職務の域を超えているのではないだろうか。
弁護士の仕事は、クライアントの要望に沿うように相手と交渉することであるのはわかるが、嘘をついてまで相手の権利侵害をするのは弁護士としての倫理に反する。

それはともかく、「殉真」によれば、法律に詳しくない娘さんは、遺言書の内容を聞いて相当にショックを受けたらしい。その姿を見て吉村弁護士は同情したのか、いくらかは娘さんにも渡るように未亡人に相談してみると言い、1億円ぐらいという具体的な数字まで言っている。

娘さんは、この申し出に対しご主人に相談し、さらにはご主人の家族の紹介で別の弁護士に相談している。
そこで、遺言書を確認したほうがいいというアドバイスを受け、2014年1月19日に羽田空港で遺言書を書き写している。その場でも、吉村氏は「遺言書どおりに寄付ができるかどうかは、Hさん(娘さん)にかかっています」と言ったらしい。
娘さんが、その遺言書の写しを自分の弁護士に見せたところ、いくらなんでもおかしいということになり、遺留分の請求を決心している。

この交渉が失敗したことがもとで、未亡人から吉村氏は遺言執行者の解任を大阪家庭裁判所に申し立てられることになる。それについて未亡人は週刊誌で「Y弁護士は他にも問題があった。主人のお嬢さんが遺留分を請求する前に、彼女に対して”1億円で手を打たないか”と持ちかけたのです。それは、お嬢さんが持つ正当なな権利を妨害する行為に他なりません」と語っている。
まるで、吉村氏が未亡人にも相談せずに勝手に娘さんに遺留分を放棄させようとしたかのように見えるが、クライアントの意向を無視して、何の得にもならないことをすることは考えられない。

このあたりの詳細については、「百田尚樹『殉愛』の真実」に詳しく書いてあるのでここでは省略するが、いずれにしても、吉村氏は弁護士としては非常にまずい対応をしてしまったと言わざるをえない。
親族の正当な権利を侵害することに加担あるいは画策し、さらには遺言書の内容さえも未亡人に有利な形に変更してしまった疑いを持たれているのだ。

しかも、そのとき吉村氏は大阪市会議員であり、都構想の中心的なブレーンの一人でもある。
もし、このことが報道され騒ぎになってしまったら、吉村氏の議員生命だけでなく弁護士としての将来が危ぶまれる話である。所属議員のスキャンダルは、維新にとってもダメージとなる。そうなれば都構想すら頓挫する可能性もある。
そして、なにより直属の上司ともいえる橋下氏の失脚にさえ繋がりかねない危険を孕んでいる。

おそらく、吉村氏は結果的にはうまく利用されてしまったのであろうが、取り返しのつかないことをしてしまった。
橋下氏は、彼が遺言執行者を解任された頃から事情は知っていたと思われる。たかじんと近かった橋下氏に吉村氏が報告しないわけにはいかないだろうし、他に相談できる人間もいなかっただろう。


橋下氏がはじめて未亡人に会ったとき、もしかすると若い女性に世話をしてもらっているというたかじんの照れがあったのか、ギャグとして「フィアンセ」という紹介をされたのかもしれない。それが本気か冗談かぐらいの見極めは橋下氏ならできたと思う。しかし、未亡人はそんな小さな出来事を自分に都合の良いエピソードに書き換える能力に恵まれているのは、これまで明らかになっている彼女の過去を見ても明らかだ。

「殉愛」のエピソードは、「殉真」で久保田医師が言ってもいないことを「殉愛」で書かれたとあるように、橋下氏への取材のありかた自体が疑わしい。百田氏は未亡人が語った内容を、しっかりと確認もせずに書いてしまったのだろう。
それでも、なお橋下氏がエピソードとしてテレビでも語らなければならなかった裏には、様々なものを守らなければならない事情があったからではないか。
事を荒だてて吉村氏のスキャンダルに発展させないために「殉愛」のキャンペーンの邪魔をせず、無難に収めたかったというのが大きかったのだと思う。

ただ、ここまで「殉愛」騒動が大きくなるとは、去年の11月の時点では思いもしなかったことだろう。
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