2007年10月15日

「ファンが見ている」

ある人から忠告を受けた。
「ファンの人も見ているだろうから……」

え。

あ、そ、そう?

自覚がなかった。

うーん、あれから(たぶん2日間くらい)ずっと考えているけれど、よくわからない。

わたしは自分のイタいところも「芸風」として、それを受け入れてくれる人だけを相手にすればいい?
(いや実はずっとそう思っていた、つもりだった……)

それとも、やっぱりイタいところは自分から言い出したりせず、精一杯生きている「今」を見せればいい?……いや、その「今」もそんなにキレイじゃないんだけど。

わたしは芸人や芸能人であるつもりはない。
そういう商業ベースのものに乗れるとも思ってはいない。
……でも、それでいいのか?

ここで「mixi」の存在に思い当たる。
完全に「不特定多数」向けのメディアというわけではないけれど、そうもなりうる。……まあ、インターネットって結局なんでもそうなんでしょうけど。
事情をよく知らない人がわたしの「イタい話」を聞けば、芸能週刊誌みたいなのに出てくるゴシップ記事と同じように「んまあ!ヒドいヤツ」とかしか思われないんだろうな。

でも逆に「事情をよく知っている人」って、つまりは「身内」なので、そういう人向けだけにわたしは生きているのか、ということになる。
それでは、とてもじゃないけれどお金は稼げない。
いや、そりゃ昔々はそれで人々の生活が成り立っていたこともあっただろうけれど、今は、現代は、そういう時代じゃない。
不特定多数の人からお金がもらえるようにならないと、経済的には自立できないのだ。なんとむごい世の中。って、そう感じるわたしの感覚が現実離れしているのかも。

んー、まだよく消化し切れない。
「ファンが見ている」
わたしはそのファンのみなさんに、自分のイタい話をしてもいいのだろうか?

プロだったら、どういうイタい話は打ち明けてもよくて、どういう話はやめておいた方がいいのか、ちゃんと選り分けているんだろうな。
たとえば、ステージの上で「すいません、今日は生理なんです〜」と言って許される人は、それを殊更に「芸風」にしている人以外はいないだろう。
離婚がどうのとかいうことも、きっと同じなんだろう。
それで今でも苦しんでいるとかいう話は、どっかメンタル系など「安全な場所」で吐き出すようにした方がいいんだろう。

実は、そういうことを、わたしはちゃんと整理できないまま、なんとなく感覚的に感じ取ってある程度実行するようになってきていた。
ここ1年くらいは特にそうだった。
それが、なんだか耐えられなくなっちゃった。
このところずっと不安定だったのは、そういうこともあったのかもしれない。

自分のイタいことを歌う歌を作るべきなのか、それとももっと違うことを歌うべきなのか、それも揺れていた。

わたしが自虐ぶっていたせいで「なんだ、結局カネがないって騒いでるだけじゃんか」と思われた人もいただろうけれど、カネの問題だけ、なんてことはない。
わたしの音楽の問題だし、生き方の問題でもある。(もちろんそれらはある面で「カネの問題」と不可分なところもあるんだけど)

別のある人から『八ツ手の木』や『川風』はとてもいい、と褒められた。
素直にうれしかった。
これらの歌は、イタいことばかりを歌っているわけではない。
(いやその、わたしの人生をずっと見てきている人だったら、わたしのイタいところも反映している、っていうのはわかってもらえるだろうけれど)
普遍性、なのだろうか。
だとしたら、なおさら、うれしい。

もっともっと、こんな歌が作れるようになりたい。

11月2日には御茶ノ水KAKADOでライブ。
そういえば、この日は「一五一会弾き語り」が2人も出演するのだった!
これはただならぬ予感。

jackies at 12:17コメント(0)トラックバック(0)音楽系(演る) | 日常 

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