ジャガーズファンの日記

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RB

新人紹介(2) RB デジ・カリーム

 ジャガーズの攻撃の中心はRBモーリスジョーンズ・ドリュー。5フィート7の小さな選手が、中央突破を狙う攻撃スタイルは、いくらタフな選手でも怪我のリスクがつきまといます。
 ドリューは、チーム一のリターナーでもありますが、彼の負担を和らげ、バックアップする選手がどうしても必要です。

 そのためにジャガーズがドラフト6巡180位で指名したのがデジ・カリームです。deji karim身長5フィート8、体重208ポンドとジョーンズ・ドリューのレプリカのような体型といえますが、NFLでは小さすぎる部類に入ります。ジョーンズ・ドリューは小さくてもパワフルですが、このカリームは、スピードはあるようですが、どこまでパワーを持っているでしょうか。

 オクラホマ州の高校で、州選抜に選ばれるほどのRBでしたが、学業成績が悪く、大学に進学できず、短大へ進学せざるをえませんでした。
 短大で活躍後、FCSのサザン・イリノイ大へ編入。1年目386ヤードを走り、期待された2年目は膝の怪我でシーズンを棒にふりました。
 でも、怪我の間に、進学のときに辛苦を舐めた勉学の方も頑張り、リハビリを続けながら、学位を取得。不得意だった学業を克服しました。
 最終学年は、フットボールに専念し、1694ヤードを走る大活躍で、カンファレンスの攻撃部門の最優秀選手に選ばれました。ようやく評論家の間に名前が知られるようになり、下位指名が期待されるようになったものの、下位指名とドラフト外は紙一重。評論家の多くは、カリームの指名に否定的でした。
「カリームはトップレベルで試されたことがなく、3rdダウンバックやスペシャルチームなら可能性があるが、エブリダウンでプレーできるほどのパワーはない。」というのが定番の評価でした。

 でも、プロ・デイで40ヤード4秒37、垂直飛び43インチ、ベンチプレス19回を記録すると、評価が一変します。ジャガーズ、コルツ、イーグルス、チャージャーズ、ライオンズの5つのチームから電話があり、ワークアウトに出かけました。

 その後も、興味をもつチームの数は増え、彼の代理人は、これでもうドラフト外になることはないと確信し、3巡から6巡で指名されると予想を伝えていました。でも、彼自身はまだ、最悪ドラフト外になることも考えていました。

 ドラフト直前のインタビューでは、「ドラフトで指名されることは、小さい頃から夢だから、最後の指名まで、じっと座って、名前が呼ばれるのを待つつもりだよ。」

 身体の小さな選手は、いつもそれだけで評価を下げられてしまいます。「僕は、これまでもそうした評価を何度も覆してきたんだ。短大から1-AAへ進む時もそうだったし、今度は最高のレベルででもできることを証明したい。ドラフトで、もし自分の名前が呼ばれたら、どういう気分になるか想像もできないね。世界一幸せな人間になることだからね。」と答えていました。

 無名の大学の出身であることと、サイズの無さ、怪我の履歴で、ドラフトは6巡となりましたが、ジャガーズはドラフト前から目を付けており、6巡まで残ってくれていてラッキーでした。

 プロ・デイ後、TV初出演のデジ・カリーム。最初に握手をするタイミングを間違う初々しさがいいです。


 OTAでは、予想以上の爆発力を見せ、今年一番の大当たりかもと周囲の期待は膨らんでいます。
 この選手を指名したのでリターナーは確保できたなと思いましたが、チームはさらにスピードのあるCBスコッティ・マッギーに指名権を費やしており、ジャガーズ得意の重ね獲り(DT×2、DE×2、KR×2)で、今年はリターンの改善にも力を注ぎました。
 指名で、補強できなかったポシションは、ドラフト外で補強。これから採用した18人のドラフト外選手の将来性を、OTAの中で、じっくりと見極めて行くことになります。

<追伸>
 FAでダレン・シャーパーの獲得に動き、微妙な関係となっていると報道されていた元1巡のSレジー・ネルソンですが、自主トレ開始から筋力アップに積極的に取組み、体重を200ポンドを超えるまでに増強し、OTAでは、1stチームのFSでいい動きを見せているようです。

 元々反応の早さはピカ1なのに、それを逆手にとられ、フェイクにひっかかり、裏をかかれ、ビッグゲインを許してしまう失態が続き、おまけにタックルが下手で、失態をさらに大きくし、コーチ陣の信頼を失って行きました。
 フロント4のプレッシャーが強くなることで、QBがフェイクする余裕がなくなれば、ネルソンにとっては環境が良くなりそうです。


新人紹介「15」 FBブロック・ボレン

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FBブロック・ボレン
6フィート0 233ポンド
ルイヴィル大
40ヤード4秒7

 彼の父は、ベトナムで戦った退役軍人で、その後、傭兵や要人警護、プロボクサーの経歴をもつ、まるでランボーのような人物です。
 彼の家には、トレーニングルームがあり、その設備はその辺の高校の施設よりも充実していました。
 彼は、父のDNAを受け継ぎ、さらにそのトレーニング施設で鍛え上げられた体で、高校時代から強靭なFBとして活躍し、イリノイ大へ進学します。
 オハイオ州立大からもFBとしてオファーがありましたが、イリノイ大を選んだのは、TBとしての起用を約束してくれたからでした。でも、1年でイリノイ大に見切りをつけ、ルイヴィル大へ転校し、翌年故障のRBマイケル・ブッシュ(現レイダース)にかわって、ここでもTBとしてラン攻撃の主軸となりました。
YEAR AT YD AVG TD
2004 11  51  4.6  0
2006 48 296  6.2  2
2007 88 456  5.2  7
2008 124 505 4.1  7

 FBとしてリストアップされていますが、体格はFBですが、TBとして使われてきたので、パスプロテクションは上手なようですが、ランブロックは未熟です。

 スカウティング・コンバインには招待されませんでしたが、FBの中では全米トップ10内にランクされ、もしかしたらドラフトされるかもしれないという前評判でした。
 ニューイングランドとマイアミが興味以上のものを示しているなど噂されていましたが
「いろいろな噂は信じないようにしている。自分ができることに、今はトレーニングに集中しようと思っている。私に必要なのはプロへ挑戦するチャンスだ。」
「自分は1番速い選手でも、1番背の高い選手でも、1番大きい選手でもない。でも、自分よりハードに練習する選手はいない。」専属コーチを雇って、プロデイに挑みましたが、40ヤード4秒7と評価を急上昇させるほどの結果は残せませんでした。
 結局、ドラフトされず、ドラフト外で8チームほどから電話があった中で、ジャガーズを選びました。
 「みんなから、ドラフトされなくてがっかりしただろうと言われるけれど、自分はドラフトされること自体にはこだわりがなく、プロへ行く機会だけを期待していた。」
 「ジャガーズを選んだのは、デルリオHCから電話をもらったとき、その言葉から、ここが1番自分にチャンスを与えてくれるチームだと感じとったからです。」

 今年のドラフト外の選手は、練習熱心といわれる選手ばかりです。
 たとえ、ロースターに残れなくても、彼らの練習へ臨む姿勢が、チーム全体を底上げしてくれそうです。

<PS>
 去年、新興リーグのAAFLが派手にドラフトまで行いながら、開幕できませんでしたが、今度はUFLという新リーグが、10月の開幕を目指しています。
 マイナーリーグがないNFLで、NFLヨーロッパの後釜を狙って、まずは手堅く4チームでスタートするようで、その最初の選手のトライアウトが行われました。
 そのトライアウトに、元ジャガーズの選手の姿を見つけたので報告しておきます。まだ、完全燃焼できていなかったのですね。
 
・QBクィン・グレイ('02ドラフト外)
 控えQBとして6年間在籍。QBガラードの故障の間実績を残し、FA先を探しますが、意外と評価が低く、ようやくヒューストンへ移籍しますが、そこではフィットせず、今年はNFLでプレーする場所を失くしていました。

・RBラブラドン・トーフィールド('03ドラフト4巡)
 控えRBとして5年間在籍。フレッド・テイラーやジョーンズ・ドリューの陰で出番がほとんどなく、昨年契約満了でカロライナへ移籍。そこでも開幕までに解雇され、今年はプレーする場所を失くしていました。

新人紹介「13」 FBカイル・ベル

kyle bellFB カイル・ベル

6フィート1 233ポンド
コロラド州立大(MWC)
40ヤード走 4秒55

 フットボールに怪我はつきもの。そして怪我はいつ選手を襲うかわかりません。才能を持った選手が、高校時代に大きな怪我をして、不幸にも大学へ進学するチャンスを絶たれることや、大学で怪我をして、その先に進めないことは残念ながらよくあることです。
 医学の進歩により、昔とは随分変わってきましたが、怪我から復帰するには、医療技術のほかに選手の強い心と決意が必要です。

 カイル・ベルは、コロラド州立大学で1年の時から試合に登場すると、2年の時にはエースRBとして1,288ヤード10TDの大活躍を見せ、将来を嘱望されていました。
 しかし、3年生のシーズンが始まる数日前に右膝のACLを故障し、その年を全休します。そして、強い心で、辛抱強くトレーニングを積み重ね、わずか1年で、再びフィールドに立てるまで驚異の回復を見せました。
 膝のACLの負傷から1年で復帰するには、自分に課した厳しさは並大抵のものではなかったと思います。

 チームメイトは言います。「彼ほど熱心に練習する選手は見たことがない。千ヤード走った時よりも強くなっているよ。」
 コーチは言います。「彼がいるだけで、ロッカールームに何かをもたらしてくれる。その何かとは、コーチしたくてもできない貴重なものなんだ。」
 しかし、2007年シーズンに見事にカムバックしたベルでしたが、2年前の本来のスピードには達していませんでした。そして、彼の下でFBをしていたガートレル・ジョンソンという選手が台頭してきており、彼のRBとしてのプレー機会を奪って行ったのでした。
 
 ジョンソンは、第6週からベルに替って先発すると平均5.3ヤードと活躍し、今年のドラフト4巡でチャージャーズが指名する選手にまで成長したのでした。

 「この2年間で物の見方が変わった。多くのことを学んだ。怪我をしてから、去年はフィールドに戻るため必死に自分と戦った。再びプレーできるかどうかわからなかったけどカムバックできた。今年は役割が変わった。とにかくどんなことがあろうとも、その状況に適応して、フットボールを続けてきた。」

「私にとって1番大事なことは、ずっと一緒にやってきたチームの仲間たちとの絆です。彼らは本当にいい友達です。彼らと共にいろんな経験ができたことは本当に幸運でした。」

 翌年になると、プレー機会はますます減少し、完全にジョンソンの陰に隠れた存在になっていました。でも、出場の機会が減ってしまった彼は、元気にスペシャルチーマーとして、FBとして、チームのボウルゲーム出場を支えました。2年生の時にはアカデミック・オールアメリカン2ndチームに選出されるほど学業も優秀だった彼は、コロラド州立大学を無事卒業することができました。

卒業の際にコメントを残しています。
「ボウルゲーム出場で最後のシーズンを飾ることができた。この後の私自身のプランとして、プロでフットボールを続ける準備に切り替えたい。クリスマスの後2週間ほど休んでから、トレーニングに戻り、十分な準備をしたい。プロでプレーすることはずっと私の夢だった。そこでは、私が最高のプレーをしても、残れるチャンスがあるかどうかの厳しい競争が待ち受けている。
 勝ち残れるか、敗れ去るか、多くの素晴らしい選手が夢を果たせなかった、その厳しい世界での経験を楽しみにしています。」


 コロラド州立大学で彼と共に過ごした仲間たちです。

 
 1月から十分に練習を積んだベルは、ドラフトに臨みます。しかし、名前を呼ばれることはありませんでした。

 2年生の時の栄光を誰もが忘れかけていましたが、ジャガーズのスカウトは忘れていませんでした。チームには同じように膝のACLの手術から、1度だけでなく2度も見事に回復したFBグレッグ・ジョーンズという選手がおり、彼の境遇に似ていました。

 ドラフトが終わって25分ほどしてから、ジャガーズから電話をもらいました。
「ほっとしたのと同時にプロに挑戦できることに興奮を覚えた。ドラフトされたかったという思いは、私のどこかにあったけどね。」
 彼はドラフトの前からジャガーズが興味を持っていることは知っており、きっと週末にはプロ入りの機会を与えてくれるという気持ちでいました。彼自身も、去年RBコーチのケネディ・ポーラとも会ってから、ランを攻撃の重点におくジャガーズに興味を持っていたのでした。
「FBもRBもできれば両方やってみたい。チームが望むなら、FBでもRBでもプロでやれるならどちらでもプレーするよ。」
「ミニキャンプでは第一印象を良くしたいね。」

 いくら強いハートを持っていても、大きな怪我については、100%の回復が困難な場合がどうしてもあります。彼が、再び以前のような状態まで、戻ってきたなら、面白い存在になりそうです。
Year G Rush Yds Yd/Rush TDs
2004 6  26  96  3.7   0
2005 11 276 1288  4.7  10
2006 全休
2007 12 180 691  3.8  4
2008 11  61  215  3.5  1
career 40 543 2290 4.2 15

新人紹介「6」 RBラシャド・ジェニングス

raahad jennings7巡250位。ドラフト2日目も終わりに近い下から7番目の指名権で、RBラシャド・ジェニングスを指名しました。ラシャド・ジェニングスは、無名校出身ながらドラフト前の評価は高く、3巡から4巡ともいわれていました。
 そのため、7巡最大のスティールと評価されています。

 6フィート1 231ポンドは、ジョーンズ・ドリューと変化をつけるため、探していた2番手RBにピッタリです。
 大学はFCSのリバティ大学。FCS所属ですが、ドラフト指名を受けるのはなんと20年ぶりです。

 彼がドラフト前から知られていたのは、Big Eastのピッツバーグ大で将来を嘱望されたRBだったからでした。

YEAR ATT YDS AVG TD REC YDS
2005  86 411 4.8   1   5   35
2006 179 1020 5.7   9   6   56
2007 191 1113 5.8  15  13  276
2008 264 1507 5.7  17  24  190

 もともとヴァージニア州リンチバーグの高校を卒業したジェニングスは、授業料免除の特待生として地元のリバティ大学へ進むはずでした。でも、当時の監督はジェニングスをRBに向いていないと考えていたため、トライアウトを受け、ピッツバーグ大学へ進学します。そして、自ら大舞台でのチャンスを掴み獲り、新人ながら411ヤード走りました。

 いつから現実的にプロに行くことを考えていたかとの質問に「ピッツバーグ大学でHCのデイブ・ウォンステッド(元レイブンズHC)にジャマール・ルイスがどのようにしていたかを何度も聞いたんだ。そしたら、ウォンステッドが、「ラシャッド、おまえはこのままでいいんだ。心配するな。これまでどおりに頑張って練習すればプロになれる。」って言ってくれたんだ。」と答えています。

 ピッツバーグ大学で、今後の活躍が期待されていましたが、父が糖尿病を悪化させ、足を切断するほどの状態になっていました。リバティ大学の監督も、彼の家族との昔からの知り合いに替ったのを機に、家族のもとに帰り、リバティ大学に転校することを決断しました。

 普通、転校すると1年間出場資格を失いますが、彼の場合は事情が認められ、早速リバティ大学でプレーすることができるようになりました。
 3年間で、カンファレンスの歴代ラッシングTDの記録を塗り替えるなどの大活躍を見せましたが、リバティ大学のような低いステージでの実績は、プロでは評価の対象外でした。
 彼は少ないチャンスながら、招待されたシニア・ボウルで活躍し、再びプロのスカウトから注目を受けます。
 しかし、続くコンバインでは、40ヤード走4秒67と大きく評価を下げてしまいました。スモールスクール出身者が指名を受けるためには高い身体能力が要求されます。
 ジャガーズにとって、彼はFBグレッグ・ジョーンズと同じようにジョーンズ・ドリューの交替要員にピッタリでした。
 体格はLB並で、高校時代はLBもプレーしており、スペシャルチームでも使えそうです。2日目も終わりに近い7巡250位でいい選手が残っていました。

 ドラフトで指名されたことについて「驚いた。プロに行くことが夢だったんだ。ドラフトされただけでも名誉なことだよ。6歳の時からずっと夢だったんだ。」とコメントしています。
 彼の2人の兄も、NFLに少しだけいましたが、あまり活躍できませんでした。
 そのまま父の病気がなく、ピッツバーグ大学にいたとしても、今年2巡のリショーン・マッコイが後に転入してきたときに競争に勝てなかったかもしれません。
 彼にはスペシャルチームでも、FBでも、生き残る道を見つけて少しでも長く活躍してほしいと思います。

フレッド・テイラー解雇

 ジャガーズの看板RB、フレッド・テイラーがカットされました。
NFLでは、スター選手といえども、選手生活を1つのチームで全うすることは困難なことはわかっています。でも、この日の来ることを想像したくありませんでした。でも、その日は突然にやって来ました。Taylor sign  
 
 もうあの華麗なステップが、ジャガーズのユニホーム姿では見れないのは寂しい限りです。
 1998年地元フロリダ大学から1巡指名で入団。ルーキーの年から大活躍し、11年で歴代16位のラッシングヤードを築き上げた伝説になろうとしている選手です。


Year Team G Att Yds Avg FUM
2008 Jaguars 13 143 556 3.9 0
2007 Jaguars 15 223 1,202 5.4 2
2006 Jaguars 15 231 1,146 5.0 2
2005 Jaguars 11 194 787 4.1 0
2004 Jaguars 14 260 1,224 4.7 3
2003 Jaguars 16 345 1,572 4.6 5
2002 Jaguars 16 287 1,314 4.6 2
2001 Jaguars 2 30 116 3.9 1
2000 Jaguars 13 292 1,399 4.8 2
1999 Jaguars 10 159 732 4.6 0
1998 Jaguars 15 264 1,223 4.6 3
TOTAL 140 2,428 11,271 4.6 20

 何度も怪我をし、ガラス細工の男と揶揄されたりしましたが、それを乗り越え、踊るようなステップ・ワークで、LBたちをあざ笑うかのようにすりぬけてゆきました。
 普通なら、ショートゲインとなるところを彼のカットで、ビッグゲインに変わることが何度もありました。
 これだけの活躍を続けたのに、プロボウルに選ばれたのは10年も経ってから、それも補欠で選ばれました。
fred taylor 夫妻
 最近は、出番をモーリス・ジョーンズ・ドリューと分け合って来たものの、ジャガーズのオフェンスの中心であり続けました。

 チームは、サラリーを少し減らして、テイラーを繋ぎ止めるという道を選ばず、引退か別のチームでプレイするかの決断をテイラーに迫りました。彼は迷わず、選手生活を続ける道を選択したのでした。
 「私は11年間素晴らしいシーズンを送らせてくれたオーナーとコーチ達そしてチームに感謝したい。チームの決定に対して何も悪い感情はもっていない。むしろ理解している。まだ身体は元気だし、もう少し選手を続けてみたい。」とコメントしています。

 いつもキャンプまで、チームを離れて自前でトレーニングを積み、キャンプには完璧な状態で現れました。30歳を過ぎても、平均5ヤードを上回るランを見せることができたのは不断の努力の賜物だと思います。
 昨年はオフェンスラインの怪我もあり、記録は伸びませんでしたが、まだ千ヤードくらいは走りそうです。

 本当に今までありがとう。チームが変わっても応援し続けます。

トライアウトでRBジャイルズ獲得

LAVARUS-GILES-2
ミニキャンプにトライアウトとして参加していた5人の選手の中から、ドラフト外新人RBラヴェイラス・ジャイルズが契約を手にしました。
 その枠を空けるために、チームは去年プラクティス・スクワッドにいたRBのDDテリーを解雇しました。
 ジャイルズは、高校時代に活躍し、名門ミシシッピ大学(通称Ole Miss)にリクルートされ、将来を期待されましたが、学業成績が不振のためプレーできず、JUCO(短大)を経て、ブラックカレッジのジャクソン州立大学に編入、回り道の末ようやく活躍の場を得ました。
2007年 87回 514ヤード 5TD
目立ったスタッツでもないため、ドラフトされることもなく、最初にトライアウトを受けたタンパベイからも声がかかりませんでした。
 注目すべきは、彼のスピードです。100Mの州チャンピオンで、オリンピック候補級のスピードを持っているそうです。

 DDテリーの解雇は意外でした。去年PSでも評判良く、今年もロースターをドラフト7巡のチォンシー・ワシントンを抑えて確保するのではと期待されていました。
 でも、テリーは期待に反して、ミニキャンプでファンブルなど失策を連発し、職を失いました。
 ライバルのワシントンもハムストリングを痛め、練習のほとんどを休んでいたので、ポジションを勝ち取ったわけでもありません。
 この調子なら、ワシントンもPSどまりで、第3RBとしてモンテル・オーウェンス、控えFB兼スペシャルチーマーのスポットをスモルコ、カトロン、ブラウンの3人で争うような気もします。

 ジャイルズが落第したミシシッピ大学は、アメリカ南部ミシシッピ州の最高学府です。1962年まで黒人学生の受け入れを拒否し、その年、たった1人の黒人女子学生の入学をめぐって死者2人、怪我人200人を出し、3万人の軍隊で鎮圧するという暴動が起こったことで有名です。
大学の愛称Ole Missは「プランテーション農場の女主人」の意味だそうで、チーム名のレベルズは「南軍」を意味するそうです。

新人紹介(8) FBアンソニー・カトロン

anthony cotrone
Anthony Cotroneは高校時代はQBとして活躍。メーン大学にQBとしてリクルートされ、2年間控えQBとしてスカウトチームを率いてきました。
 3年目になって、Hバックに転向すると先発となり、3年間で25回125ヤードのキャリーを記録しています。レシーブの方は3年間で10回 91ヤード 0TD。今年の新人の中でも、最も地味なスタッツです。

 3年の時、初めてNFLのスカウトがやって来て、話をしたのがジャガーズのスカウトだったそうです。
 スカウトは彼のビデオを見て、なんてアグレッシブなんだと驚きました。そして、ドラフト外での契約の電話につながりました。地元のジェッツからも同時に電話がきたそうです。
 電話はドラフト6巡の選択が行われている時間帯でした。
 30分ほど悩んで、彼はメーン大出身のモンテル・オーウェンスのいるジャガーズを選びました。

 モンテル・オーウェンスが新人としてやって来た時も、最もロースターに遠い存在でした。しかし、プロボウル級のスペシャルチーマーとしての才能でロースターを勝ち取りました。カトロンには、スペシャルチーマーとしても、FBグレッグ・ジョーンズの控えとして正統なFBとしても期待もかかります。オーウェンスとジョーンズの代役ができるなら、PSの道が広がります。ロースターに入るには、先輩オーウェンスをガチンコ勝負で越えていかねばなりません。

 6月6日から、ミニキャンプが始まりました。トライアウトで4人の選手が招待されているようです。
 WRロッド・ガードナー('01年WASドラフト1巡)
  元千ヤードレシーバーも、ここ3年は鳴かず飛ばず。ジャクソンビル出身。
 RBシアトリック・フェイソン('05MINドラフト4巡)
  元FSUのスター。去年はNFLでプレーしていません。ジャクソンビル出身。
 WRブランドン・ブリーゼル(新人 UCLA)
  去年カレッジで810ヤード獲得も165ポンドと超軽量級。
 もう1人の詳細不明。
採用するには、誰かを切り捨てなければなりません。


  
 

新人紹介(2) RBチャウンシー・ワシントン

Chauncey Washongton USC





















Chauncey Washington 7巡213位 USC
 2007年12/11(G/GS) 195/969y 10TD
 2006年13/4  157/744y 9TD
 2005年DNP
 2004年DNP
 2003年7/0 7/65y 0TD

 それほど大した成績ではありません。でも、注目すべきは2003年です。
 2003年のUSCでは前代未聞の出来事が話題になっていました。開幕ロースターに3人の1年生RBが入ったのです。1人はあのレジー・ブッシュ、1人はレンデイル・ホワイト、そして、あともう1人が、このチャウンシー・ワシントンだったのでした。
 USCにリクルートされるだけあって、高校時代は輝かしい成績で、オールアメリカンにも選出され、リクルートされたいくつもの大学から迷わずUSCを選びました。
 そして、1年生の最初の試合から、ブッシュやホワイトと肩を並べて出場を果たしました。しかし、その後ブッシュとホワイトはブレイクし、ご存じのとおり華々しい活躍を続け、NFLへと進んで行くのと対照的に、彼は新人の年は足首の故障などで、わずかな活躍にとどまると、さらに学業成績が悪くその後2年間プレーできず、ついには奨学金も打ち切られてしまいます。


 普通なら、もう少し学業レベルの低い大学に転校する選手も多いところですが彼は負けませんでした。仲間やコーチに励まされながら、ついに苦手な勉強を克服し、奨学金を再び手にします。それまで、華々しくプレーしていた選手が、フットボールから離れ、自費で勉強を続けることは、並大抵のことではなかったと思います。

 そして、下級生の追い上げにあいながら、怪我を克服し、ついにUSCのスターターの座をつかみ獲ったのです。大した成績ではないかもしれませんが、ドラフトでは4〜5巡と予想されるまでになりました。

 しかし、ドラフトでは頭が悪いという評価となり、7巡まで売れ残ってしまいます。それはジャガーズにとっては幸いしたと思います。
 フットボールが好きなのにフットボールが出来ずにいた2年。その間ブッシュ達の華々しい活躍を尻目に、USCで再びプレーするために、地味に勉強を続け、ついにはUSCの先発を勝ち取ったこの男は、熱いものを感じさせます。

 RBフレッド・テイラーも、ジム・ブラウンの記録を超えるまで、あと2年はやりたいと語っていますが、もし、怪我をした場合に誰かが備えなければなりません。
ジョーンズ・ドリューも体が小さく、怪我の可能性が高い選手です。
 去年までは2003年の4巡トーフィールドが控えていましたが、今年は彼と去年のドラフト外新人DDテリーとその座を争うことになります。
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