ジャガーズファンの日記

NFL ジャクソンビルジャガーズ ファンの日記

DB

新人紹介 FSテレル・ホワイトヘッド

 Mid-Eastern Athletic Conference(MEAC)は、歴史的黒人大学のカンファレンスです。

 このカンファレンスのバンドとチアは、全米でもトップクラスです
 映画「ドラムライン」そのままです。チアたちも、すぐにビヨンセの後ろで踊れそうです。

 
 でも、フットボールの方の評価は低く、このカンファレンスからプロを目指すには、カンファレンスでもトップクラスの活躍が必要です。

 これまでに、ジャガーズは、マシスとデュラントを2巡という破格の好待遇で指名するなどMEACの選手を高く評価してきています。
#27 Mathis, Rashean CB Bethune-Cookman
#56 Durant, Justin LB Hampton

 さらに今年は、MEACのノーフォーク州立大学出身の2人に大きな期待をかけています。

 まずは、今年の新人テレル・ホワイトヘッドです。whitehead
 http://draftnasty.com/football/videos/terrell-whitehead/
MEACではALL-MEACに選抜されるほど活躍しましたが、ドラフトで指名されるほど高い評価はえられませんでした。

 FSは、ジャガーズの弱点の1つでしたが、ドラフトでの補強はなく、この無名のホワイトヘッドに賭けました。
6フィート1 194ポンド 40ヤード走 4秒54
70タックル 5INT

 ミニ・キャンプ初日から、イケメンぶりに注目してしまいました。


もう1人は、去年の新人CBドン・ケアリーです。
ケアリーは、ノーフォーク州立大の選手としては、13年ぶりにドラフトでブラウンズから指名(6巡)を受けましたが、キャンプで怪我をしてしまい、ブラウンズが解雇したところをジャガーズが拾った選手です。
 大学時代は最初FSでしたが、ホワイトヘッドにFSを譲りCBへ移りました。CBとしてALL-MEACに選出され、ブラウンズの目に止まりました。

 5フィート11、186ポンド 40ヤード4秒5 4年間先発し、通算10INT

 頭脳の方も優秀で、イェール大学で奨学金がもらえるほどの成績でしたが、フットボールで奨学金を出してくれた唯一の大学ノーフォーク州立大学に進学しました。

 アカデミック・ALL−MEACにも選ばれ、今年5月には無事に建築工学の学位を取得しています。

 昨年の怪我も完治し、OTAでは、賃金闘争中のラシーン・マシスに代わって1stチームに入り練習する等期待の高さが窺われます。

新人紹介 CB編

 アメリカの子供にとって、夢の職業の一つがNFL選手です。

 でも、NFL選手になるためには、天から与えられた才能とたいへんな努力が必要で、いつしか夢をあきらめてしまいます。

 ドラフトで選ばれた255名は、恵まれた天分を生かして、子供の頃からの夢をあきらめずに現実のものにした特別なエリートたちです。

 でも、あと一歩でドラフトにはかかりませんでしたが、ここまでプロになる夢をあきらめずにカレッジで頑張ってきた選手たちが、まだまだたくさんいます。

 そんなドラフトにかからなかった選手のうちの18人とジャガーズは契約しました。CBジョシュ・コーディーも夢をあきらめずに人一倍頑張ってきた1人です。http://www.youtube.com/watch?v=bLMa5aMq314&feature=youtube_gdata

 NFLのポジションの中でも、最も運動神経を求められるポジションといわれるCB。

 
 5フィート11、194ポンド、MACのセントラル・アーカンソー大学で、4年間先発。4年生の時には、3INT、11パスブレイクを記録し、オールMACのセカンドチームに選抜されましたが、MACというマイナー・カンファレンスでの活躍は、ドラフトでは注目に値しませんでした。
 
 高校時代には100mで10秒5を記録するなど、スピードは元々あり、プロデイで、40秒4秒32とNFLで通用するスピードを記録すると、一気に注目を集め、パッカーズやチーフスやパンサーズなどが早くから興味を示していました。でも、CBの層の薄さを考慮したのか、ウチに来てくれました。

 さらにもう1人のドラフト外新人CBクリス・ホーキンスも、たくさんの他のチームの誘いを断り、ウチに来てくれました。http://sports.yahoo.com/video/player/nfldraft/Defensive_Backs/19285577#nfldraft/Defensive_Backs/19285577
 強豪校で、先発していた実績で、ドラフト候補に名を連ねていましたが、結局指名されませんでした。

 6フィート1、182ポンド、強豪LSUで2年間先発。

 40ヤード走4秒49と、スピードが最も必要なポジションでは、ギリギリの数字だったのが災いしたのでしょうか?


 ジャガーズの現在のCBは10人。先発の柱CBマティスが、給与の引き上げ闘争中で、チームと別行動をとっているのが少し気になりますが、最も気になるのは、先発陣が怪我をしたときの代替要員に不安があるところです。
2ndチームは、全員が去年よそを放り出されたのを、シーズン途中に拾い集めた若い選手ばかりです。去年の苦しかった台所事情が覗えます。2人の新人たちも、十分にとって替わるチャンスがありそうです。
 3rdチームのスコッティ・マッギーはリターナーとしての採用です。CBの定員は5〜6名。マッギーがリターナーとして残ると枠が1名減ることになります。


(1stチーム)
 CB #27 Rashean Mathis (2003 D-2)
 CB #21 Derek Cox (2009 D-3)
 CB #31 Scott Starks (2005 D-3)
(2ndチーム)
 CB #38 William Middleton (activated from ATL PS 2009)
 CB #41 Tyron Brackenridge (waiver 2009)
 CB #22 Don Carey (waiver 2009)
CB #26 Michael Coe (activated from NYG PS 2009)
(3rdチーム)
 CB #30 Scotty McGee (2010 D-6)
 CB #39 Chris Hawkins (2010 UDFA)
 CB #38 Josh Gordy (2010 UDFA)

新人紹介 RSスコッティ・マッギー

 5フィート8 182ポンドと小柄な彼は、そのサイズが災いして、メジャーな大学からは奨学金がもらえませんでした。 Scotty McGee
子供の頃から足が速く、スピードでは同じチームにいたWRパーシィ・ハービン(09年ミネソタ1巡)とも互角に競っていました。
 コーチから「よく食べて、よく練習するんだよ。」と言われていましたが、大きくはなれませんでした。
 でも、身体が小さくても、メジャーな大学に行けなくても、へこたれずにNFLを目指してやってきました。

 彼が、そんなポジティブにいられたのは、ある事件がきっかけでした。
 彼が16歳の時、3つ上の兄のマーカスが、女性をめぐって喧嘩となり、27歳の男に背後からの4発を含む合計8発の銃弾を撃ち込まれ、ノフォーク州の病院の血まみれのベッドの中で息をひきとりました。
 16歳の多感な少年にとっては、本当につらい出来事でした。母は悲しみにくれていました。

 「人間同士が殺し合うなんて、もっとも愚かなことだよ。僕はくよくよせず、ポジティブに生きることに決めたんだ。」彼は、その事件を乗り越えたことで、もう子供ではなく、強い意志をもった大人になっていました。
 身体が小さいからNFLは無理だとか、メジャーな大学ではないからNFLは無理だとか弱音をはかずに、亡くなった兄の分までと思って人一倍頑張ってきました。
 そして、FCSのジェイムス・マジソン大で、6つのリターンTDを決める活躍をし、少しは名前が知られるようになりました。
 
 ジャガーズのGMスミスとスペシャルチームのコーチのパーネルは、マッギーのワークアウトを見て、チームのリターナー候補として指名することを決めました。

 「子供の頃、兄が僕にフットボールを勧めたんだ。何ひとつ夢をかなえることなく死んでしまった兄の分までと思ってこれまで頑張ってこれた。ドラフトで僕の名前が呼ばれたとき、きっと雲の上から僕を見て笑顔一杯に喜んでくれたと思う。」

<8人のトライアウトからLBテディ・リーマンと契約>
 ミニ・キャンプ終了から、1週間以上が経過し、怪我をしたLBブライアン・スミスをIRに入れ、その代りとして、UFLから這い上がって来たLBテディ・リーマンを採用しました。
 lehman camp
 リーマンは、新人の年こそ活躍したものの、怪我に悩まされ続け、昨年はついにNFLに居場所を失くし、UFLで再出発を図っていました。
 UFLでは、6試合で43.5タックル(リーグ1位)を決め、所属したラスベガスの優勝にも大きく貢献しました。
 その活躍により、NFLへの復帰もできるかなと思われましたが、思いのほか評価が低く、ようやく、今年になって、ジャガーズのミニキャンプに他の7人と、十把一絡げのトライアウトという扱いで、やっとのことで再チャレンジの機会を得たのでした。

 ミニキャンプでは、背番号57を与えられたのが、せめてもの配慮でした。リーマンが勝ち残れるかどうか何の保証もなく、他のトライアウトたちとの苦しい戦いに挑みました。
 キャンプ終了後、すぐには採用通知はありませんでしたが、ようやくNFLへの道が再び開けました。
 若いチームの中で、苦労したベテランの経験が必ず役に立つ時が来るはずです。ロースターに残るには、もうひと踏ん張りして、LBケイアホーとドラフト外新人達に打ち勝たなければなりません。

新人紹介(19) Sメスビン・フォレスター

 mesphin forrester

メスビン・フォレスター
SS ワシントン大学
6フィート2
207ポンド
40ヤード 4秒52
ベンチプレス 17回

 5月の始めのミニ・キャンプに、ひときわ真剣な表情でプレーするフォレスターの姿がありました。彼は一昨年のオールPAC10のSSに選ばれた選手でしたが、ドラフト指名には遠く及ばず、ドラフト外での契約もありませんでした。
 プロになるため残された唯一の道は、ジャガーズから届いたトライアウトの招待状を生かして、テストに合格することでした。彼はこれに懸けていました。

 SSは、ジャガーズの最も補強を要するポジションの一つでしたが、ドラフトで補強することができませんでした。そういう時にはUDFAにいい選手が集まるものですが、先発を脅かすほどの新人とは契約できませんでした。
 背水の陣で臨んだトライアウトで、SSに戦力不足を感じていたジャガーズは、昨年主にPSで過ごしたDBガードナーを切り捨て、彼の為に席を空け、ひとまず彼の採用を決めました。

 ワシントン大学では、3年の時には先発SSとして、4年の時にはFSやCBに故障者が出れば、CBまでもこなす器用な選手でした。ただ、昨年はチームは12戦全敗と不本意な成績で、PAC10にありながら、誰からも注目されていませんでした。

 フォレスターの位置はいつも崖っぷちでした、ミニキャンプから1月も経たないうちに、Sに不安を感じていたジャガーズの首脳陣は、ベテランSのマックリーの獲得を決めました。
 加入する者があれば、必ず出て行く者があります。代わりに解雇されたのは、ドラフトの直後にドラフト外新人として契約していたウェイクフォレスト大出身のSパターソンの方でした。そして、一緒にトライアウトから這い上がってきたDTアブドラーも解雇されました。

 マックリーを獲得後も、なおSに不満を感じるのか、WRノースカットとライオンズの元ドラフト2巡Sジェラルド・アレキサンダーのトレードが発表されました。
 8月2日から始まる夏のキャンプまでに臨めるのは80人。それまでに、あと1人カットしなければなりません。アレキサンダーの怪我の回復具合を見たうえで、たぶんSの中から解雇される者が出そうです。
 そして、解雇されたのは、ベテランSのカルヴィン・ローリーの方でした。

 ようやく、NFLの夏のキャンプにたどり着きそうです。フォレスターは、Sの底辺で、ギリギリのところをこれからも戦い続けなければなりません。

<PS>
 宿敵タイタンズのエースQBだったマクネアが、ガールフレンドに撃たれ、この世を去りました。
 アメリカの若い黒人男性の死亡原因のトップは銃弾によると聞いたことがありますが、毎年のように、NFLの現役やOBの選手たちでさえ、銃弾の犠牲になっています。
 去年のOTコリアーの事件といい、本当に銃社会の恐ろしさを痛感します。
 
 マクネアは、黒人大学のアルコーン州立大学から、全体3位という勇気のある指名で、黒人QBの基礎を築いたウォーレン・ムーンの後継者として、当時ヒューストン・オイラーズだったタイタンズに入団しました。
 そして、ジャガーズが1番強かった1999年には、3度も苦杯をなめさせられ、チームをスーパーボウルに導きました。
 故障を我慢して出場する鉄人の姿は、AFCセントラルからの宿敵でありながら、リスペクトしていました。
 やがて、彼もウォーレン・ムーンと同じように、後継者となるヴィンス・ヤングの指名により、チームを去る時がきました。まだ去年引退したところで、これからの人生だったのに残念です。


 
 WRノースカットと交換で元ドラフト2巡のジェラルド・アレキサンダーが入って来たので、最後のカットはSから出ることが予想されました。

 

帰ってきたマックリー

 ベテランの補強が必要と思われたSのポジションに懐かしい顔が帰ってきました。
 マーロン・マックリーは、2001年のドラフト7巡(233位)でジャガーズが指名した選手です。ドラフト下位から這い上がり、元プロボウラーのカーネル・レイクという壁と、大学時代はLBでSへの転向という壁を打ち破り、開幕からFSとして先発し、その後通算27試合に先発しました。Marlon-McCree_12

当時のジャガーズDB陣
 左から#32マーロン・マックリー#29ジェイソン・クラフト#20ドノバン・ダリウス  


 ところが、2003年にHCがデルリオに代わり、ドラフト2巡で、FSのラシャーン・マシスを獲得すると、後にCBとしてプロボウルに出場することになる彼の身体能力の前に、控え降格を余儀なくされました。
 2002年にはチーム1の6INTをあげていたマックリーは、先発降格に不満を訴え、ついに第3週目でカットされてしまいます。

 2003年は、チームにまだまだ人材が不足していた再建途上の時代だったので、もったいないと思ったことを印象深く憶えています。
 それに、マシスはシーズン途中の第8週から、余りある才能で先発CBに起用されるまでになり、できた空席をマックリーより格下で、マックリーの代わりにウェーバーで拾ったSディーク・クーパーを先発に充てるというチグハグな動きをデルリオは見せました。
 最初から、マシスをCBとして育てていれば、そんなことにはならなかったのに・・・。そうすれば、マックリーは生え抜きのSとして、活躍を続けていたかもしれません。
 一方、マックリーは、先発できる能力があることを新しいチームで見事に証明し、チームを転々としながらも8年間91試合に先発しました。しかし、ついに衰えが見え始め、今年UFAでは、サインしてくれるチームがありませんでした。
 マックリーは、現GMのスミスが、スカウト時代に直接スカウトした選手でした。
ベテラン・ミニマムで契約できる選手を探していたジャガーズは、スミスのつながりで、過去の苦い記憶を乗り越え、マックリーと契約に至りました。
 チーム首脳陣も、Sが弱いことを感じており、特に先発を争えるような選手が不足しており、ドラフト外の新人では埋めきれないと思っていたことが、これで露呈しました。さらに新SSコンシダインにも不安を感じたのかもしれません。

 マックリー獲得の後、ドラフト外新人のSSケビン・パターソンをカットしました。パターソンはウェイクフォレスト大の先発FSとして活躍した選手でしたが、ドラフトではあまり騒がれることなく、ジャガーズの手薄なSの中で、活躍が期待されましたが、あえなくカットとなりました。

<PS>
 2003年、マックリーの放出後、ウェーバーで拾い、FSとSSの控えとして活躍したディーク・クーパーが来る7月25日に東京ドームで行われるノートルダム・ジャパン・ボウルの一員として来日するようです。

 数あるカレッジの中でも、最高峰の伝統と格式を誇るノートルダム大学で活躍したOB達で「レジェンズ」なるチームを特別編成し、日本代表と戦うようです。
 名将ルー・ホルツの「ワン・モア・ゲーム」の呼びかけに、集まったかつての名選手達の中からトライアウトを実施。メンバーは、「ルディ」さながらのウォーク・オンの選手や、NFLに挑戦するもロースターに残れなかった選手たちが多いようです。

 その中で、ディーク・クーパーはNFLで先発まで果たした輝かしい実績を持った選手として来日することになります。
 彼らの中で、まだ燻っているフットボールへの情熱とファイティング・アイリッシュとしてのプライドを見てみたいと思います。

新人紹介「10」 DBピート・イターセイゲン

ittersagentallピート・イターセイゲン DB フィートン大

 Div3の学校から、今年は1人もドラフトされませんでした。
 ピート・イターセイゲンは、Div3を代表するCBとしてドラフトされる可能性のある選手の1人でした。
 5フィート11 191ポンド 40ヤード4秒47 ベンチプレス18回

 CBとして4年間先発し、オールアメリカンに3回選出、Div3歴代5位の通算60パスカットを記録とDiv3ではズバ抜けた存在でした。
 パントリターンでもスクールレコードの通算5TD、65回1,065ヤード(平均16.5ヤード)を獲得、NFLのレベルで、どの程度通用するのか楽しみです。

 NFLの12チームから接触がありましたが、プライベート・ワークアウトにも招き、最も熱心だったジャガーズに決めました。
 「今までのハードワークが報われる日が来て本当にうれしいです。でも、これから先も努力をし続けなければなりません。フィートンでは素晴らしい選手生活を送れました。さらにこのようにプロに進めるなんて・・・。」

 さすがに、Div3ともなると、スタジアムのような施設はなく、グラウンド(芝はありますが)となり、観客も少なくなります。真冬になると、観戦は厳しそうです。フィルムで見る限り、反応も早く低い姿勢でいいタックルを見せています。

 学業の方も優秀で、既に昨年12月に学位を取得し、フィートン大学を卒業しています。今年は、ドラフト外の選手でも素行面を注意しているみたいです。

 ミニキャンプでも、いい動きを見せ、評価が高まっています。ひょっとしたらロースターの一角を狙えるかもしれません。スカウト達の熱意のある仕事ぶりが伝わってきます。

新人紹介「9」 SSマイケル・デソー

デソー










 サンベルトのカンファレンスを代表するQBとして、2年連続ランで千ヤードシーズンを記録しました。
 いわゆるオプションQBです。40ヤード4秒59とQBとしては俊足です。
 ルイジアナ大学ラファイエット校での学業成績も優秀で、2007年の秋の学期にはGPAの満点4.0を獲りました。
 カレッジのフットボール選手としては、非の打ちどころがありません。

 でも、オプション攻撃を攻撃の柱として採用するチームはNFLにはありません。高給取りのQBが怪我をする可能性が高いからです。
 QBとしてドラフトにかかることはなく、ジャガーズにドラフト外でSSとして迎え入れられました。
 今年、ジャガーズは6巡のTEザック・ミラーをはじめ、カレッジのエースQBからの転向組を3人も獲っています。何かスペシャルプレーを考えているのでしょうか?

 オプションQBといえば、ネブラスカ大学のハイズマン賞QBエリック・クラウチも、NFLでは苦労していたのを思い出します。彼は、プロでもQBを志望していましたが、QBでは出番はなく、NFLヨーロッパでSにトライしましたが、NFLに戻ってこれませんでした。今は、NFLヨーロッパもなく、転向した選手が経験を積む場がありません。

 デソーがSSを選んだのは、高校時代と大学でも少し経験があったことと、6フィート0、204ポンドの体格、4秒59のスピードで自ずから決まったと思われます。ロースターの人数に制限がある中、カレッジで経験のほとんどない選手をキープし、短期間で育てられるでしょうか?


 QBとしては身長が低いせいで、大学進学の時も、あまり多くの大学からは誘われませんでした。ラファイエットに決めたのは家から車で30分の地元だったからでした。
 エースQB候補として育てられましたが、2年の時には、DBや、WR、スペシャルチーマーとしても起用され、3ファンブルリカバーを記録しています。
「未来のエースQBなのに怪我をしたらたいへんとは思わなかったのかい?」と学生新聞に尋ねられ答えています。
 「僕は何がなんでもQBでプレーしたいとは思っていないんだ。もし僕が怪我をしても、誰かがQBをするだろうし、フィールドに出て、プレーすることが何より楽しいんだ。試合に出してほしいと僕の方からコーチに頼んだんだ。僕のアイデアなんだ。」
 

 その積極性が、プロ入りにつながったのかもしれません。
 ドラフトの7巡目の指名が行われている最中に、ジャガーズからドラフト外でのオファーの電話がありました。
 ドラフトが終わった後、グリーンベイとクリーブランドからも誘いがありましたが、ジャガーズに決めました。ジャガーズのスカウトは、プロ・デイの時から、デソーのQB以外の才能に注目し、長い時間話をしていたそうです。

 代理人によれば、ジャガーズはSをドラフトで補強せず、デソーとの契約をチームの最重要課題としていたそうです。
 「ジャガーズは、本当に僕を欲しがってくれた。スペシャルチームでロースターを争えると考えてくれている。スペシャルチームだけでなく、Sとしての成長も期待してくれている。」
 この前解雇した、Sチャド・ヌカングの後継者として期待されているようです。

 「彼らは、僕をスペシャルプレーで使うアイデアを持っているみたいで、僕もそのアイデアが好きだ。」
 どんなスペシャルプレーを考えているのでしょうか?

 パッドなしの練習での評判は高く、あとはフィジカル面を鍛えて、キャンプで生き残ってほしいと思います。

新人紹介「2」 CBデリック・コックス

 ドラフト2日目、3巡72位でDTテレンス・ニュートンの指名を終えた後、指名を終えたばかりなのに3巡73位にまたジャガーズの名前が出ています。思わず目を疑いました。トレードアップです。
 なんと来年のドラフト2巡と交換したのでした。しかも、今年の7巡までつけて・・・。
 そして指名したのは、どのドラフト予想誌もカバーしていないほど無名のウィリアム&メリー大のCBデレック・コックスでした。
 
 借金をして、ギャンブルをするような、危険を冒してまで指名したコックスは一体どんな選手なのでしょう。

 
 デレック・コックスは、ジャガーズを含め4チームほどをプライベート・ワークアウトで訪れていましたが、ドラフト前の予想では、7巡にかかるかどうかという程度の扱いでした。
 ドラフト当日、本人はドラフトの様子は時々チェックしていましたが、GMスミスが電話をかけた時、家のTVでは、彼の兄弟が、ドラフトではなくNBAの試合を見ていました。  
 ほかの候補者たちがドキドキしながら中継に一喜一憂しているのと対照的に、この辺で指名されるのではという緊張感も何もない状態で、彼もNBAの試合を見ていました。

 
 GMスミスは電話で「君のプライベート・ワークアウトは素晴らしかった。フィルムでも見ていたが、きっと君は我々に勝利をもたらしてくれると思い、3巡で指名することにしたよ。」と彼に伝えました。
 「それを聞いてから、すぐにTVの前に行って、チャンネルを変えたんだ。すると、自分の名前がコールされて!もう、発狂しそうなくらい嬉しかったよ。」
 「それから、なんだか、嬉しくて笑いが止まらなかったんだ。」とコックスは語っています。

 6フィート1 188ポンド 40ヤード走 4秒39 
 3年間先発して、通算9INT。これだけの数字を残していながら、彼の所属するウィリアム&メリー大は、めったにNFL選手を輩出しないFCSのマイナー校で、オールカンファレンスに選ばれてもいましたが、全くノーマークの存在でした。
 足が速いだけでなく、タックルも上手く、さらにパント・リターナーとしても、FCSのレベルでは活躍しており、ここまで無名なのが不思議なくらいです。


 ミニ・キャンプでも、素晴らしい動きを見せたそうです。この大胆な指名をするまでに、何回フィルムを見直したことでしょう。  
 もし、彼が1年目ないし2年目で、活躍することがあれば、GMスミスの名はNFL中に轟くことになるでしょう。良い指名だったかどうかは、来年のドラフト2巡を指名する時にわかるでしょう。  


 ペイトリオッツは、タイタンズからも来年の2巡と引き換えに3巡89位を譲渡しています。ペイトリオッツは今年は4つ、来年3つとまさに2ndラウンドコレクターとなっています。
 タイタンズは、その3巡89位で、TEジャレッド・クックを指名しました。前借りはウチだけじゃないと少し安心させてくれました。

UFAで去り行く人(4)

 FA市場がオープンし、今年は大物は狙わないと宣言しているジャガーズですが、初日に1軍半の選手でSSショーン・コンシダイン(前イーグルス)を3百万ドル/2年で獲得しました。

 コンシダインは、先発経験もありますが、パスカバーに難があり、控え甘んじていた選手で、普通なら、初日に獲得する必要のない選手のように思います。昨年までの先発Sジェラルド・センサボーと控えSのピアソン・プレイローの2人ともUFAで流出するため、補強が必要なポジションとはいえ、彼を初日に獲得したのは別な意味がありそうな気がします。
 チームがどうしても彼が必要だったのは、去年のジャガーズに欠けていた何かを持っている選手なのだと思います。オーナーもデルリオも、ロッカールームでの不協和音を気にしており、ベテランのリーダー格の選手を解雇して、まず彼と契約したのは、彼のフットボール選手としての態度とか規律などが、周囲をいい方向に引っ張って行くと考えたからではないでしょうか?

 コンシダインの獲得により、Sジェラルド・センサボーがUFAで去り行く人となる可能性はより強くなりました。早速セインツを訪問しているようです。
sensabaugh jumpセンサボーは2005年ドラフト5巡で入団し、新人の年から先発のドノバン・ダリウスが怪我の間代役を務め活躍します。3年目にダリウスが放出されると先発に昇格しますが、両肩を骨折しIR入りとなり期待を裏切ります。翌年はドレイトン・フローレンス獲得により、CBから転向させられたブライアン・ウィリアムズに先発を譲り、不本意なスタートとなりました。しかし、フローレンスの怪我により、ウィリアムズがCBに戻るとSSの先発となりポテンシャルの高さを見せました。
 普通なら再契約となるところですが、UFAとなった今年は大型の契約を求め、ジャガーズと意見が合わず、市場に出ることになりました。昨年長期契約を結べなかったフロントの失敗です。コンシダインよりいくらほど高い契約を勝ち取ることができるでしょうか?
 最近のものを含め、飲酒運転で2回の逮捕歴があることも少し影響しそうです。最近捕まった時は、車に届出義務を怠ったサブマシンガンなど3丁を積んでいました。

 YEAR G GS Tkl Int
2006 16 13 70 4
2007 2 2 3 0
2006 16 7 44 2
2005 16 2 24 2

 センサボーは足も速く、ドラフトコンバインの垂直跳びで未だに破られていない46.6インチの記録を持つほどのバネを生かし、ビッグプレイを見せてくれます。
 先発として、ランにもパスにも強く、特にスペシャルチームではパントブロックを何度か決めた出色の存在です。先発として十分なサラリーをもらい、それに見合う活躍をすることを期待します。

<追伸>
 今年のドラフトコンバインでは、期待された選手の成績が伸びず低調でした。もしやジャガーズがストレングス・コーチとして「コンバインの匠」ルーク・リッチソンを引き抜いたせいでしょうか。
 トップ10から脱落する選手が増え、8位指名に値する選手がいなくなってきました。選手の解雇も多かったので、指名権を増やすほうが賢明かもしれません。

遅れてやってきた男たち(その2)

ケナード コックス DBKennard Coxは、今年のドラフトで、Mr.Irrelevantの1つ手前の全体251位で、ようやくビルズから指名されました。
 ドラフト外ルーキー達が、ドラフトにかかりたかったと口を揃えていうほど、指名されるのとされないのとでは大きな差があります。
 指名されたことについて「それは凄いことだった。ビルズが僕に大事な指名権の1つを使ってくれたんだ。」
「こんなに長い週末になるとは思ってもみなかった、ちょっと忍耐強さが必要なくらい。でも自分の番が回ってきたよ。」どこから見始めたのかわかりませんが、恐らく指名の発表の度にドキドキしながら待っていたのでしょう。
 彼は指名されたので幸せでしたが、彼以外の少しは名の知れた新人たちが、期待とは裏腹に、最後まで自分の名を呼ばれることなく、子供のころから夢にみた舞台で、その夢が打ち砕かれ、少し涙がこぼれそうなくらい悔しい瞬間を味わったのでした。

 ビルズの今年指名した10人の選手のうち、DBは3人。この人数を聞いただけでも、最初から生き残りは難しいものでした。案の定、1次カットで解雇されてしまいます。でも、捨てる神あれば拾う神あり。グリーンベイのPSでくすぶっていたのをジャガーズがロースターに迎え入れることになります。

 ピッツバーグ大では、2年間CBとして先発。身長6フィート1、体重195ポンドといい体格ですが、40ヤード走4秒55とスピードに難があり、プロでは、ニッケルかS向きといえます。

 ピッツバーグ大といえば、今年のドラフト1巡QBジョー・フラッコを弾き出してしまった学校です。フラッコは、うちに1巡8位指名権をトレードダウンしたレイブンズが1巡指名したQBです。
 フラッコは、ピッツバーグ大に奨学金をもらって入学しますが、1つ上にタイラー・パルコというQBがいたため、ピッツバーグ大を2年で辞め、デラウェア大に転校しました。
 その後、タイラー・パルコは大学では活躍しますが、2007年のドラフトでは指名されませんでした。ドラフト外でセインツに入団しましたが、今年はどのチームにも在籍していません。
 かたやフラッコは、転校先のデラウェア大で活躍し、今年の1巡指名まで登りつめたのでした。

 わずか数年で、このように評価が入れ替わってしまうことを考えると、ドラフトというのは、いかに難しいかがわかります。ドラフトの失敗はあたりまえ、下手な鉄砲は数撃った方が良いように思うのです。ですので、今年のように指名権を減らすのは下策で、増やすほうが上策だと思います。
 ドラフトした選手が開幕前に期待に反し、ロースターに残れないと、コーチやスカウト達の失敗のように思ってしまいますが、それを恐れず、たくさん指名し、上位指名であろうとなかろうと実力のある者だけを残すことが、チームに競争を生み、チームを強くするのだと思います。
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