蛇乃目伍長の「エアフォースの英国面に来い!」 Mk.2

歴史に埋もれたヘンな物偏愛ブログ。ただし基本 拾い食いなので安全性(信憑性)に関しては注意だ!

大きさ比較

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これは分かりやすいですね。
でも何でJ-7系の代表がJ-7 III (J-7C) なんでしょう?
それとJH-7のうすらデカさがすごい。アドーアの代わりにスペイを積んだらジャギュアもこんなにでかくなったんかなー(という不毛な想像)

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J-20のサイズ。約20mくらい?
ドラゴンよりもトラペの方が本物に近い縮尺なのですね…。

本日の尻から見たシリーズ③

GAS-TR2

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イエァ!

バルティーニさんは最初からヘンだった Bartini Stal-6

ロベルト・バルティーニさんというとVVA-14がまず思い浮かぶというか名刺がわりになってます。
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亡命外国人という立場の弱さからか、バルティーニが提唱する計画は非常に先進的(と言えば聞こえはいいですが大抵は「ゲテモノ」)な物が多く、1950年代にはA-57という戦略爆撃飛行艇なんかも計画しています。
a57
戦略爆撃飛行艇はミャシーシチェフやベリエフ、モスカレフといった設計局も参加しています。当時のソ連がどんなアドバンテージを期待してこの種の機体を研究させたのかは分かりません。…空母が無かったから、なんだろーか?)

そもそも亡命して最初に作った航空機がコレ。
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1933年に初飛行したStal-6です。
Stal=Steelの名の通りクロム‐モリブデン鋼管フレームにアルミ‐マグネシウム合金の外皮をまとった高速実験機だそうです。

極力滑らかな外形にまとめようとしたためコックピットすら胴体内に埋め込まれています。
しかもエンジンは液冷式(カーティス・コンカラーV-1570)なのにラジエーターのハウジングも見当たりません。
実はラジエーターの代わりに主翼の表面がenerzh-6というステンレスを二重にした冷却器になっています。
当初は冷却
に水を使った蒸気冷却でしたがその性能は思わしくなかったらしく、すぐにエチレングリコールベースの冷却剤(すぐれた比熱とはるかに高い沸点を有する)に取って代わられました。
stal-6

また、車輪は引き込み式ですが何故一つしかないのか詳しい理由は分かりません。
脚も含めた
降着装置が2つよりもやや大きめの車輪1つの方が重量が軽くなるという判断でしょうか?
stal6-1

コックピットからの前方視界確保にはエンジンのシリンダヘッドの谷間に設置されたビノキュラーが使用されたそうです。→
Stal-6-front

このようなヘンさにもかかわらず性能は良かったようで海面高度で420km/hのソ連国内記録を打ち出したとか。
これは当時の主力戦闘機よりも150km/hも上の数字でした。

車輪が1つしかない降着装置もテストパイロット達は「問題なし」と評価したそうです。

テスト結果を受けて改良版のStal-8が計画されましたが
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1934年末に破棄されてしまったそうです…。

本日のシビれるメカ画像

あるいは今日知ってビックラこいた事実、その15。
Juliett-US-Navy-Photo
「651型潜水艦(ジュリエット級)は搭載ミサイルの中間誘導用アンテナが司令塔の前部分に収納されており
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使用するときはその部分がぐるりと回転してアンテナが出てくる」
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…なんか特撮番組にこういうキャラクターいましたよね?顔が回転して表情が変わるの。
※追記
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この写真、旧ソ連の潜水艦なのに星条旗がヘンポンしてるのが気になって…。
調べてみたところ1965年に配備、1992年に除籍処分となったK-77だそうです。→

除籍の翌年、フィンランドに売却され、内部を改装してバー&レストランとして使用されました。
1998年にカナダの業者にリースされフロリダのタンパ・ベイへ。しかし予定されていた係留場所の水深が浅すぎたため業者は出店計画をご破算にしてK-77を返却しようとします。
しかし元の持ち主としても莫大な輸送費を払う気にはなれずeBayに即決価格100万ドルで出品されました。

eBayでは落札者が現れませんでしたが米国の映画制作会社の興味を引き、20万ドルで売却されることになりました。K-77はノバスコシア州へ。そこで映画「K-19」のセットとして使用されます。

2002年にUSSサラトガ(CV-3 or CV-60?)博物館財団が買い取りロードアイランド州プロヴィデンスへ。
おそらくこの写真はその頃に撮影された物と思われます。

2007年4月18日、K-77は嵐によって沈没してしまいます。
翌年8月に引き揚げられましたが船体の老朽化・劣化が著しく進んでおり2009年8月にスクラップ処分が決定されました…。

プロジェクトGUN-VAL

10月25日のエントリでF-89に30mm機関砲を搭載したテストを「Project GUN-VAL」とご紹介しました。
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実は「Project GUN-VAL」はF-89以外の機種でも行なわれた包括的なものだったそうです。
特にF-86ではT160 20mmリボルバーカノン(ポンティアックM39)が搭載され、実戦テストも行なわれていました。

…リボルバーカノンの作動状態というのは初めて見ましたが、なんかバックファイアみたいなの起こしてるし(1分59秒)…。
これ、どういう現象なんでしょう?(ちなみに5分59秒あたりでは撃墜されたミグパイロットのパラシュートが写ります)
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(ポンティアックM39)

朝鮮戦争でMiG-15と交戦したセイバーパイロットたちはF-86のM2機関砲の威力不足を実感しました。
1951年1月に336th FISのブルース・ヒルトン中佐がこの事を報告書にまとめ「より少ない命中弾で構造破壊をもたらすような大口径化を望む」としたのです。

同年9月にGun Evaluation (GUN-VAL)委員会が設立され、朝鮮戦争のエースパイロット(ジェームズ・ジャバラ、ディック・ベッカー、フット・ギブソン)も参加させた大口径機関砲の選定が行なわれました。

1952年に4機のF-86E-10と6機のF-86F-1がノースアメリカンの生産ラインから抜き出され、4門のT160が搭載され、F-86F-2となりました。
同時にエリコン206RK 20mm機関砲を搭載したF-86F-3も試作されましたが砲が重すぎたためこちらはキャンセルとなりました。
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元F-86F-1の51-2884。砲口は塞がれていますが4門あることが判ります。
現在はコロラド州バックリー基地のゲートガードとなっています。

8機のF-86F-2が1953年1月に朝鮮半島に送られ実戦テストが行なわれました。
ところがGUN-VALセイバーは初陣で「発砲時にエンジンがフレームアウトする」トラブルに見舞われました。

奇妙に思われるかもしれませんが、GUN-VALセイバーは機関部に充満する燃焼ガスをエンジンに流し込んで排気するという方法が採られていました。低空では問題はありませんでしたが酸素濃度が低くなる高空では問題が顕在化したのです。
この問題は機関部からエンジンへの流路を塞ぎ、機関部のアクセスドアに小さな穴を開けること、セレクターで2門、4門の射撃モードを選択可能にすることで解決が図られました。

実戦テストは1953年5月まで続けられ、GUN-VALセイバーは282ソーティーをこなし、41機のMiG-15と交戦。6機を撃墜、3機を推定撃墜、13機に損傷を与えました。
2機のGUN-VALセイバーがMiGの銃撃を受けましたが無事に帰投しています。

後にT160(M39)機関砲はF-86H-5、H-10に搭載されましたが、対空用ではなく主に対地攻撃用だったようです。
F-86H-5-NH Sabre 52-5750
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