蛇乃目伍長の「エアフォースの英国面に来い!」 Mk.2

歴史に埋もれたヘンな物偏愛ブログ。ただし基本 拾い食いなので安全性(信憑性)に関しては注意だ!

まだまだ謎多きカットラス

今日知ってビックラこいた事実、その21
early rocket pack
「F7U-3以降装備された着脱式ロケット弾パックは16発×前後2段の32発である」
またしても1本のチューブに前後2段構えの装填!

これについて調べていたらパテントが出てきました。→
US2930288-0
1列目のロケット弾の排気はベーンの切替えによって下向きに排出されます。(Fig.4)
US2930288-1
early rocket pack
グラウンドクルーが添えた右手の延長線上にある白っぽい線が排気スリットだそうです。

Cutlass-1200_480
そうするとポイントマグーの海軍ミサイルテストセンターで撮影されたこちらのタイプはリボルビングランチャーなんだろかと思いましたが。
ツイッターの方で「世傑では『ロケットパックを改造したスパローⅠテスト用のカメラパック』とあります」とのコメントを頂きました。

F-89でもロケット砲が試されていたのでそれに類似した物と思っていたのですが、スパローⅠのテスト機しか装備している写真がありませんのでやっぱりカメラパックなんだろーか・・・。
今後の宿題であります。というか世傑買ってなかった!買わなきゃ!

さて、カットラスと言えば以前にこういう写真を掲載しましたが→
8f114d9f
別アングルの写真も出てきました!
440241_1_En_5_Fig15_HTML
In-Flight Simulators and Fly-by-Wire/Light Demonstrators」(Peter G. Hamel 編、Springer International Publishing刊 2017年)→による解説では「(ポストストール領域での)高迎え角での横安定性を可能とする」機体だったようです。なるほどカットラスが適任ぽい(笑)

分類的には「Variable Stability Aircraft」とされており、言ってみればCCVの基礎データ収集機なんでしょうね。

STOLミーティア

何気なくミーティアを調べていたら妙な機体が目に止まりまして。
Gloster-Meteor-F8-jet-deflection-trials-Farnborough-1954
手前のボードに「JET DEFLECTION METEOR」とあります。え、ジェット偏向?

モノは1954年にF.4型(RA490)をダーウェントからニーンに換装して排気ノズルの途中(機体の重心位置)に下向きのノズルを取り付けたものだそうです。
これにより離着陸距離の短縮を狙ってたようですが、結果はどうだったのか分かりません。

nenemeteor
もうちょっと機体下面に光が回っている写真がありました。
下向きノズルが判ります。

258a2va
図解もありました。
仕組み的にはベーンによる排気流路の切替えだったようです。

しかしコレといいトレントエンジン(ターボプロップ)を1945年に成功させていたりとこの頃の英国はスゴイ(語彙力)位置にいたんですね…。


謹賀新年

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
2019web

大きさ比較

なんとなく「同じ製造会社 or 同じカスタマーでの異機種集合写真」集めをしているうちにRedditあたりが源流と思われる軍用機の大きさ比較一覧が出てきました。

◎まずは米国戦闘機
71cea11f362475c4f20a32d6ab81d7b4
◎ヨーロッパ戦闘機
CLvGsUD
◎旧ソ連~ロシア戦闘機
InKg7ALCA5FrwT8pLGsTu0f-lNd629Yl6rm8tpoUOHI
◎攻撃機
samo3

◎ヘリコプター
Z7diO51

ありがちですが情報として比較的最新の状況が反映されたものですし、並べてみる事で初めて納得するというか腑に落ちる点もあります。世代による大きさの推移とか、Mi-26のアホみたいな大きさとかw

という事で年内の更新はこれが最後になると思います。
皆様よいお年を。

エゼキエルの飛行船

世界で初めての有人動力飛行に公認されているのはライト兄弟ですが、「世界初はあの人では?」と目される例が複数存在します。

バレル・キャノンと彼が作り上げた「エゼキエルの飛行船」もその一例です。
1902_Ezekiel_airship
ライトフライヤーによる飛行の1年前の1902年に初飛行に成功したと言われています。

◎バレル・キャノンBurrell Cannon
YBh-FoXU700
キャノンは1848年4月ミシシッピ州コフィーヴィルCoffeevilleの生まれ。
自立すると森林資源が比較的豊富だったテキサス州東部に堅木(Hardwood:マホガニー、チークなどの広葉樹の材木)の資源量調査も兼ねた製材業者として移住しました。

製材鋸(sawmill)の熟達したオペレーターとなり、技術指導者として力を発揮していたようです。
同時に地域の教会で説教をするバプテスト教会の牧師としての活動もしていました。

さらに発明家でもありその生涯でカメラに関する特許など6つのパテントを取得しています。
彼の初期の発明は船のパドル型スクリューパドル型風車→といったもので後の「飛行船」でも推進器にパドルホイールを採用するなど彼のお気に入りだったようです。
US695276-0
US698391-0
◎「飛行船」の製造
キャノンが飛行機械に関心を持ち始めたのは1890年代と見られています。

牧師であると同時に敬虔な信者であったキャノンはエゼキエル書1章16節の「それらの輪の形と作りは、緑柱石の輝きのようで、四つともよく似ていて、それらの形と作りは、ちょうど、一つの輪が他の輪の中にあるようであった」という描写から飛行船の発想を得ました。
また1章19節の「生きものが行くときには、輪もそのそばを行き、生きものが地の上から上がるときには、輪も上がった」にも注目していたといわれています。

「エゼキエルの飛行船」の設計、製造は多くの地域発明家がキャノンが設立した「エゼキエルエアシップカンパニー」に参加する形で行なわれました。
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製造資金には2万ドルの株券による出資が募られ、製造はピッツバーグ(テキサス州)のP. W. ソーセル工場で行なわれました。3人の従業員がフルタイムで雇われていたそうです。

「飛行船」は3つの部分からなる翼長26ft(7.9m)の羽布製の主翼を持ち、4気筒ガソリンエンジンで駆動される4基のパドルホイールを推進力としていました。機体のフレームは木製でした。

重量について調べてみると406ポンド(184kg)という数字が出てきましたがこれはにわかには信じられない数字です。おそらくエンジンなどを外した構造のみの数字なのではないでしょうか。

後述する1980年代のレプリカでは2000ポンド(910kg)となってしまったそうで、さすがにこれも飛行することを念頭に置いていない工作の結果だとは思いますが。

別の場所では850ポンド(385kg)という数字が提示されていました。ライトフライヤーの最大離陸重量が745ポンド(338kg)なのでこの辺りが妥当な数字なのではないかと思います。

また、離陸は水平に行なわれますが着陸は垂直(!)に行なわれる予定だったそうです。
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1901年9月8日付の「St.Louis Sunday Star」紙(その後「St. Louis Star-Times」に改名)の「エゼキエルの飛行船」の記事

1901年10月12日、サイエンティフィック・アメリカンScientific American誌がキャノンの「飛行船」を採り上げました。
その無記名記事は機体の概要に触れながらもキャノンのインスピレーションが聖書から得られた事に焦点が当てられており、彼が「聖書のあらゆる言葉の意図」を信じ込んでいるとしていました。


主張された飛行
1902年のある日曜日、つまりライト兄弟の初動力飛行から約1年前に「エゼキエルの飛行船」はテキサス州ピッツバーグで飛行に成功したと言われています。

当日は強い風が吹いており、その中で「飛行船」は高度10~12ft(3.0~3.7m)を約160ft(49m)飛行したそうです。
ただしそれを裏付ける写真などの物的証拠がなく、この飛行に関する証言もかなり後年になってからその場にいたとされる数人が主張しているに過ぎません。

この時「飛行船」を飛ばしたとされるのはP. W. ソーセル工場の作業員だったガス・スタンプスGus Stampsなる人物。
キャノンさんはその時どうしていたのかというと日曜礼拝で説教をしておりその場にはいなかったのだそうです。
要するにキャノンさんは飛行したと主張はしていないのですが周囲の人間が後になって「実は…」と言い出した形です。

歴史家による総合的な見解では「飛行した」との見方が強いのですが、同時に「制御された飛行ではない」とも見られています。

◎その後
1904年、「エゼキエルの飛行船」はセントルイス万博に向かう途中でテキサカーナTexarkanaで嵐に遭い破壊されてしまいました。
セントルイス万博では「持続的な制御飛行」に10万ドルの賞金を賭けたコンテストが行なわれており、それに参加する途上での不運でした。

しかしキャノンの飛行機械への情熱は衰えず、改良を加えた機体の開発を続けました。
10年後にピッツバーグ南方の町ロングビューLongviewで第二の航空機が完成しましたがやはりこの機体もテスト中に全壊してしまいました。

そして1922年、火災によって「エゼキエルの飛行船」の図面類は全て焼失。キャノンも翌1923年8月にロングビューの隣町、マーシャルでその生涯を閉じたのでした。

◎近年のレプリカ
1986年から1987年にかけてピッツバーグの職人、ボブ・ロウェリーBob Loweryが実物大の「エゼキエルの飛行船」のレプリカを製作しました。残されていた1枚の写真だけが資料の全てでした。
1902_Ezekiel_airship
1902
オリジナルとレプリカ

レプリカは当初ピッツバーグのホットリンクス・レストランに展示されていましたが2001年に北東テキサス農業遺産博物館( Northeast Texas Rural Heritage Center and Museum)に移設されました。

博物館ではエゼキエル書の章が開かれたキャノンの聖書と共に展示されているそうです。

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