蛇乃目伍長の「エアフォースの英国面に来い!」 Mk.2

歴史に埋もれたヘンな物偏愛ブログ。ただし基本 拾い食いなので安全性(信憑性)に関しては注意だ!

『戦闘機対戦車』を先取り?モスカリョフLT (SAM-23)

モスカリョフМоскалев、というマイナーな設計局の事を知ったのはごく最近の事です。意外と歴史があって戦後は超音速戦略爆撃飛行艇なんかも計画しています。
そのまとめはいずれやるつもりですが、今回は第2次大戦中に計画された風変わりな攻撃機をご紹介します。

◎モスカリョフLT (SAM-23)
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この航空機の最も風変わりなのは高度4、5mで地上目標に攻撃をかける、という戦法です。
そのため長いアームに取り付けた車輪(アームを折り畳んだ時は尾輪になります)を接地させながら時速150〜180kmで「走行」する訳です。
アームにはサスが付いているので多少ラフな地形でも追随できますし、敵に発見されにくいように機体は小型(全長7.2m、全幅5.57m)にまとめられています。
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(こんなのがキット化されてるなんて!→

この「走行」する特徴のためかairwar.ru→ではTsAGIの当時資料の表記として「танкетки-штурмовик」という言葉が紹介されています。
「танкетки」で検索すると厚底パンプス(笑)とともに各種豆戦車が出てきます。
つまり「танкетки-штурмовик」は「豆戦車襲撃機」のはずなんですが、これは
  1. 豆戦車・ソフトスキンを専門に狙う襲撃機(単純に武装の限界等の理由で)
  2. この航空機自体が豆戦車の一種として分類されてた
のどちらかだと思います。
でも豆戦車が攻撃目標として高価値(それ専用の攻撃機を作るほど)だったとも思えないので個人的には後者の方がマシーネンで「AFSが装甲車の一種として分類された」という設定と共通してて嬉しいんですが(笑)

搭載エンジンはシュベツォフM-11が予定されており、その場合の武装の搭載量は約1000kg
・胴体に20mm ShVAK機関砲2門(装弾数200〜500発)
・主翼に7.62mm ShKAS機関銃2門(装弾数1500〜2000発)
・4〜6発のRS-82ロケット弾、もしくは爆弾400kg

これは後により強力なエンジン(ミクーリンAM-34)に換装すれば搭載量も1500kgまで増加すると見られていました。
コックピットは前方が4、5mm、側方・後方が3mmの防弾板、ウィンドシールドは防弾ガラスで防御される予定でした。

生産もノヴォシビルスクの第499工場が予定されるなどかなり細かい所まで決まっていたそうですが、結局は破棄され、SAM-23という生産名称も水陸両用の大型グライダーに転用されました。
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計画破棄の理由ははっきりとしません。
しかし戦法の検討途上で「時速150〜180km程度の走行速度では歩兵の小火器の集中射を浴びる」、「固定目標の防御、例えば有刺鉄線にひっかかる危険性」、「予定されている武装に対してエンジンが非力」などが指摘されたそうです。

そいやドイツも低空飛行のために接触センサープローブを展開するブロム&フォスBV 143という対艦滑空爆弾を開発したりしてましたね。
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モンゴル奥地のソ連基地跡

今年の6月にテレ朝の「テレメンタリー2016」で「満州侵攻71年目の真実 ~モンゴルの草原に眠るソ連秘密基地~」というドキュメンタリーが放送されました。

第2次大戦のかなり早い時期からソ連は満州国および関東軍と対峙するための巨大な基地を秘密裏にソ連国境付近のモンゴル領内に構築。この基地跡、長大な対戦車壕跡が近年の衛星画像から明らかになり、大戦末期の満州侵攻はこの基地から軍を出撃させたのではないかと推測されている、という内容です。

ググる先生で実際どこら辺にあるのか探ってみたのですが、なかなか見つからない。
そりゃその筈で満州国と対峙するとなればモンゴルの東側に作るのが道理。なのに西側を探していました(てへぺろ)。

◎タムスク基地跡(47°15'12.7N 117°18'48.7E
タムスク基地の対戦車壕
そうして見つけたのが最大のタムスク基地。周囲の対戦車壕は全長39kmにも及びます。
内側にはやはり長大な塹壕や無数の戦車用体壕が存在します。
飛行場や鉄道も敷設されていたそうで、それだけの規模の物なのに日本側には一切その存在が察知されなかった、というのがにわかには信じがたいのですが、茫漠たるモンゴルの奥地というだけでなんか納得してしまいそうな(笑)

◎タムスク基地の南には防衛ラインとみられる対戦車壕と塹壕があります。(47°03'51.7N 117°21'31.9E
タムスク南方の防衛線?
タムスク周辺

◎タムスク以外にも北方のブイル湖岸に陣地跡があります。
ブイル湖東岸の大規模陣地跡(47°38'52.9N 117°38'18.4E
ブイル湖東岸02b

その上に遊牧民のゲル。探すと他にもたくさんあって奇妙な感覚を覚えます。
ブイル湖東岸03とゲル


南岸の長大な塹壕(47°38'36.1N 117°32'39.6
ブイル湖南端

◎またさらに西にある都市チョイバルサンの郊外に基地跡(サンベース基地?)とみられる廃墟(48°07'08.1N 114°44'52.0E
チョイバルサン郊外02

マタットにも基地跡があるそうですがこちらはよく分かりませんでした…。

(※追記:通りすがりさんから「マタット基地は47°27'43.9N 115°34'59.3Eではないですか?」とコメントを頂きました。
マタット基地
ありがとうございます!
対戦車壕の全長が40kmとこちらも巨大な基地ですね。

Dad's Army

ホームガードの画像を漁ってたら活きのいいオジサンたちが出てきまして
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同じ面子で別アングルの写真も出てきたので「ははーん、これは当時モノではなく『リエナクトメント ヒャッハー!!』だな?」と。
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はたして。
これらはBBCのシットコム(シチュエーションコメディ)、「Dad's Army」の物だと分かりました。→(英語Wiki)
放送期間は1968年から1977年の9シリーズ!→ 白黒からカラーへの移行期を跨いでの長寿番組だったわけです。

動画を探してみるとある事はあるんですがどれも削除対策のためか画面の一部をブローアップしたり上下を削ってみたりサイズを半分にしたりと「BBCの長い腕」を否が応にも感じ取らせる仕様、恐ろしい。…当ブログも危ないかもしれません。
Dad's Army S01 E01 The Man And The Hour - YouTube

しかし1968年ならホームガードの経験者もまだ多くいたでしょうし、描写にしろ装備品にしろかなり実際に近い物だったでしょう。うーん、観てみたい。

と思ったら
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何と今年ユニバーサルピクチャーズが40年越しの劇場版を公開するんですって!(ただし日本公開は未定の模様)
当然キャストは総入れ替えですけどトビー・ジョーンズとか「ええ顔」の俳優ぞろいです。
 
ジャスパー・マスケリンの伝記の映画化といい「ダンケルク」といいなんか
英国のすごくマニアックな部分がどんどん映像化される年なのだろうか…?

SS-24の収納形態

今日知ってビックラこいた事実 その13

「列車移動型SS-24(15Ж61)は全長を車両に合わせるためにノーズコーンとノズルが伸縮する」
ss-24 - YouTube
(↑動画にリンクします。開始40秒あたりから)

◎ノズルの伸縮
МБР 15П961 Молодец002

◎ノーズコーンの伸張
МБР 15П961 Молодец005
ガス圧で伸張させるんですかね…?

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収納状態のノーズコーン。

一方その頃米国では、移動式ミゼットマンランチャー(Hard Mobile Launcher)を開発していましたが。
midgetmanrubber-belted tread drive system
なんでこんな「メガフォース」風味になるのさ!?

ムサイ

ムサイ
ここで突然のムサイ。
ザクはロマンアルバムに載っていたスタジオぬえバージョン(うろおぼえですが)。
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