梅雨明けと同時に猛暑になるというパターンがここ数年で定着してしまった感がある。
だからと言う訳でもないけど水物の話。

「飛行機と潜水艦を掛け合わせたら何か使いでがありそじゃね?」

というアイディアを巡る米ソの態度の違い。
もっともこれから紹介する二例には数十年の開きがあるのでそこから優劣を導き出すのは無理がある。さすがの英国でも現代ではパンジャンドラムみたいな兵器を思いついても実際に作ってみようとは思わないだろう。
ただ、新しいカテゴリの兵器を作り出そうとする時、何の前例もない者と、ある程度のデータ蓄積や分析能力が備わった者との温度差を感じ取れればいいかと(「温度差」が時節に合った笑い所です)。

◎ウシャコフ(B. P. Ushakov)LPL Flying Submarine
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ゼルツィンスキー(Dzerzhinsky )軍事・技術アカデミーの士官候補生だったB.P.ウシャコフがこのアイディアを提唱したのが1934年。
数カ月後、このプロジェクトは軍事科学調査委員会(NIVK)によって承認された。

概要は「乗員3人、1000馬力のAM-34エンジン3発で飛行し、潜水時は1200馬力のバッテリーモーターで航行、離陸総重量は15000kg」というものだった。
計画値での飛行最大速度は100~200km/h、洋上航行速度:4、5ノット 水中航行速度:2、3ノット。武装は魚雷が2発。
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LPLは洋上の船舶のみならず機雷や防護ネットで守られた停泊船舶に対する攻撃を想定していた。
基本的な戦術は「敵の監視圏ぎりぎりまで飛行/洋上航行した後潜水して接近し、攻撃を加えた後浮上して離脱」というものだった。
また3機一組の「ウルフパック」を構成しての水域封鎖、隠密性を生かしての偵察・観測も構想されていた。
航空機の速度と潜水艇の隠密性による迅速かつ奇襲的な打撃力、というのがLPLのキモだったようだが1934年という時代を考慮しても飛行速度が100~200km/hというのはどうなのだろうか?

しかも潜水する時のプロセスは

1.エンジンのシーリング
2.ラジエーターダクトへの注水(バラストタンク兼用?)
3.水密区画への操縦系の切り換え
4.水密区画への乗員の移動

というステップを踏む。そう、飛行機としてのコックピットは潜水時には水没してしまう訳で…。
浮上時は逆の手順となるのだが、計画ではこれらを「1分30秒で行なう」事になっていた。
色々と無理をしてる感が否めないが、やはりというか1938年に計画は破棄されてしまう。
その4年間で試作機なりモックアップなりが製作されたかは判らない。
またウシャコフのその後の経歴についても判らない。モノにならない計画に資材を投入しただけで「革命に対するサボタージュ」として粛清された時代だがなんとか天寿を全うしていると考えたい。

◎コンベア社のNaval Flying Submarine
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飛行潜水艇の系譜は隔世遺伝のように戦後のアメリカに再び出現する。

アメリカ海軍は対ソ戦争を想定した場合、黒海やバルト海のソ連海軍戦力を脅威と考えていたが、それらの海域に従来型の潜水艦を進入させることは困難であった。
しかしその困難さゆえソ連側の対潜能力は低いと見ており、小型の潜水艇での攻撃が有効と考えられた。
このアイディアはWWII中の日本の甲標的やイタリアのマイアーレ特殊潜航艇が戦果を挙げている事への評価から来ているようだ。だが同時にこうした小型潜水艇の航続距離の短さや攻撃後の乗員・機材の回収の困難を指摘している。
航続距離を考えたとき、例えば航空機で戦域までフェリーする方法も考えられたが、その場合運搬機自体が大型・鈍速化し航空戦力が優勢でないと撃墜される可能性が高かった。さらに回収まで行なうとなるとシステムがとんでもなく複雑化することは想像に難くない。

ならば「潜水艇自体に飛んでもらおう」というのが結論だったらしい。
1964年末、コンベア(当時は既にGD社の一部門となっていた)は海軍と契約し、
・水深25~75ftを5~10ノットで4~10時間潜航し、
・280~400km/hの速度で2,3時間飛行
・自重1万2000~5000ポンドでペイロードが500~1500ポンド
という想定モデルの可能性を調査・検討する事となった。
コンベアは簡単な機体概要と共に「水中で約4ノットの速度」という数値を提示した。

しかしほぼ時を同じくして海軍兵器課事務局の航空機流体力学技術者、ユージン・H・ハンドラー氏が「飛行潜水艇」に関する見解を発表している。
ハンドラー氏の所見は「技術的な困難は避けられないが潜在的な(兵器としての?)ポテンシャルは貴重だ」「エンスージアストの賞賛と現実主義者の冷遇を同時に受けるだろうが、それよりも工学的な慎重な評価が重要だ」と歯切れが悪い。
航空機と潜水艇の流体学的に両立すべき点とそれぞれ個別の機能を確立するシステムを一つの機体にまとめる事の技術的困難を示している。
例えば潜水艇となる時のバラストタンクやバッテリーは飛行機となった時はデッドな存在となる。また電装系やジェットエンジンは潜水時には厳重にシールされなければならない。しかもそれらを飛行にも潜水にも適した配置を検討する必要がある。
これらに乗員居住性・生存性・操縦性などを加えた6つの問題点に分類し、「実用的な飛行潜水艇原型の開発は複雑かつ困難になる」としている。

結局、いつ頃かは判らないがこの計画は立ち消えとなる。背景には当然、核戦力の拡充があっただろう。核ミサイルなら回収など気にしなくて良いし即応性にも対費用効果にも優れる。

さて、こうしてその血脈を絶たれたかに見える飛行潜水艇だが2006年に突然甦る。
ロッキード・マーチンが提唱した「コルモラン」というステルスUAVだ。
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核戦力削減で手空きとなったオハイオ級原潜のミサイルチューブから発射され、海岸線近くの目標を偵察・攻撃するのだそうだ。
うーむ・・・。

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飛行潜水艇一族揃い踏み